13
王は度し難い阿呆が現れた、という目をしてその小娘を見ていた。
見事なくらいに下級の生まれ育ちの小娘である。
どう考えても、こんな小娘が、破棄聖鎧を動かした可能性があるとは思えない。
破棄聖鎧は、もともとは貴族の中でも特に優れた人徳を持ったものが乗りこなした機体だ。
耐久年数を過ぎた結果、全く動かなくなったとはいえ、何の間違いでこのような、あまりにも無作法な、年端もいかない女が動かしたといえるのか。
王は一瞬だけ、オーガストに馬鹿にされたのか、とも考えた。
「オーガスト、こんな口のききかたの娘をどうして連れてきたのだ」
「……似たような事をした覚えがある、という事を言ったからです、陛下。お許しください、なにぶんこのような場所に来る機会など、一度もなかったものです」
「来たいとも思わなかったぜ、あんたたちがあたしの大事な大事な子供たちを、殺し合いの場所に放り込もうとしなかったらな」
チィが周りの重圧に似たものなど欠片も感じない調子で喋る。
王がその言い方に驚いたのを見計らったのか、それとも一気にまくしたてる予定だったのか、彼女の口は周り続ける。
「卑怯だよなあ、自分たちの身の上は可愛くって、自分たちよりもずっと小さくて何も知らない子供を、戦場に我かんせず、これは名誉だというだけ言って、連れていこうっていうんだから! 家族との別れもさせないし、家族への連絡も全くなしに! 結構なことだよなあ、教師とか言われている御大層な身分の女たちでさえ、そんな場所に行きたくないというくせに、名誉だ名誉だと言い聞かせるその滑稽さ! あきれ果てる以外に何といえばいい? これだから貴族の連中はほとんどが腐りきって液状化した考え方なんだよ」
暴言はなはだしい。
王は思考回路が停止しそうだったが、そこは一国を束ねる長として、停止するわけにはいかなかった。
そのため、言葉も出ないで小娘の発言を許す結果になっていた。
オーガストは止める間もなくどんどん言われていく中身に、倒れそうだ。
流石にここまで言い出すとは思わなかったのだろう。普通の貴族だの騎士団の人間だのは、王に対してここまで非難の言葉を直截にぶつけようとはしないし、そんな真似をしたならばその場で身の破滅である。
彼女たちが速やかにここまで来られるように、手配をした団長はもはや泡でも吹きそうな顔色だ。
そこまでの暴言である。
だが彼女自身はとてつもなく強い光を目にたたえたまま、じいと食い入るように王の喉元だけを見ている。
まるでそこを切り裂こうと狙っているかのような顔だ。
これが暗殺者ならば等に失格、捕らえられて終わりだが、彼女は暗殺者でもないのだ。
そして視線が失礼だというのは、言いがかりも甚だしい物がある。
視線にまで礼儀などを求めていたならば、王侯貴族たちはどう考えても失礼の塊なのだから。
しかし周囲の役人や騎士、兵士、文官、共に卒倒しそうか怒り狂った顔だ。
彼等の王に対してあまりにも身勝手な振る舞いに等しいのだから。
だがチィがここでためらえば、彼女の大事なものは守れない。
彼女は手心などくわえない。
「さてあんたはこの国の頂点だ。戦場にか弱い子供たちを放り込む程度のことしか考え付かない頂点という時点で、この国の未来は見え切っているようなものに思える。だがあたしはあえて問いかけよう、この落とし前をどうつける。あたしはあたしの子供たちを、たとえこの国が滅んだとしても戦場に出すことは認めない。あたしがそう言う意思であると子供たちは知っている。だからあたしが心変わりしたとお前たちの手のものが説得に回ったとしたならば、それは子供たちにとってあたしがあの子たちを裏切ったという事に他ならない。子供たちはあたしをそんな人間だったと軽蔑し、去っていくばかりだろう。あの子たちはそういう風に育ててきた」
チィの言い方を聞き、王の脇にいた高官が苦々しい顔になった。すでにそんな方法を考えていたに違いない。
彼女の意思に従う子供たちならば、彼女の心変わりについていこうとするだろうと思ったのだろう。
だがここで彼女が手の内を明かし、そんな事をしたら子供たちはお前たちの知っている場所から消え失せる、と明確に脅していた。
ここまでの脅しもあまりないだろう。
音調使いはそれだけの価値を持つ特殊能力だというのに、学園の教師たちは皆皆そろって、自分たちの地位と安全だけを考え、子供たちを生贄に差し出そうとしたのだから。
それも十代にすら届かないような子供たちを。
それが烈火のごとく彼女を怒らせている。
あたしの子供たちよりも、力の使い方を知っている年上はたくさんいた。
大人だっていたのに、子供たちをひとまとめにして、ほとんど力の扱い方について無知な子供たちを、戦場に送り込もうとした。
一体それをあたしが許すなどとどうして思う。
あたしがそれを認めると思う。
チィはぎいぎいと音を立てて王の首を切り落としかねない視線を向けたまま、王の選択を待っていた。
この選択次第で、彼女の出方は決まるのだから。
「お前たちはあたしの子供たちを緑の花弁の出身だから、使い勝手の悪いだけの効率の悪い、出来損ないだとでも思ったのか。教えもしないで出来損ないなど聞いてあきれる。あの子たちの年齢を知っているのか。あの年端のいかない子供たちが、出来損ないなど誰も物をきちんと見ていない!」
チィはすさまじい音を連ねている。その音はこの沙漠では聞き慣れない落雷の音に似ていた。
しかし耳を圧し苦しめるだけのものがある。
けっして彼女は怒鳴っているわけではないのに、彼女の声はびいびいと響く。
「親玉よ、あんたはこれをどう決着をつける」
返答次第では、貴様の喉を掻き切って殺す。
誰しもがそんな音が聞こえた気がした。