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「どうすんだよ、ボス」
小さな声でオードリーが問いかけて来る。それも別の衝立の方からだ。
こう言った遠くからの言葉に、子供たちは皆慣れている。いかに音を立てないで意思疎通するかもだ。
チィは手を顔の脇でひらりと動かした。
待てのしぐさだ。まだ状況がしっかり読めていないのである。
ほかの子供たちも興味津々で、団長と言われている男の方を見ている。
その男は声を大きくして、小さな子供を戦場に送るなんて許すまじ、と怒り狂っている。悪い男ではないのだろう。ただ、チィは財布と言う物を盗んだ結果、あんな乱暴な手段を取られたに違いない。
話は通じそうだ。
しばらく旦那との会話を聞いて、彼女はそう判断した。
そして彼らの死角をついて、いかにもそこの出入り口から現れた、と言うそぶりで出て行く。
「こんにちは」
「こんにちは、今は取り込み中なんだが」
適度に挨拶する団長が、ややあって首を傾げた。
「君はどこかで見たような気がするんだが」
「まあそうだろうな、あんたの財布を盗んで火の玉ぶつけられたんだから」
「なんだと! オーガスト、どうしてそんな娘をここに置いているんだ!」
「団長、落ち着いてください。彼女は何人もの子供を食べさせるために、仕方なくそう言った事に手を染めていたのです。根っこから悪い娘ではないのです」
「だが私の財布を盗んだんだぞ! ……だがよくまあ、生き延びたものだ、火球は確かにわき腹のあたりを焦がしたはずだが」
「体が頑丈なんだよ。それにええと、団長さんだったか? あんたがさっきから話題にしてんの、あたしの「大事な」子供たちのことなんだよ」
それにしても、もっと怒るかと思った団長は落ち着いている。
怒るやつはもっと派手に怒って、始末にならないと知っている彼女からすると、この冷静さは意外だ。
それが表情に出たのだろう。団長がああ、と何か納得した顔で言う。
「君は火球にぶつかった。死に至る術だったが、生き延びた。それでもう罰は十分受けているだろうし、何よりオーガストが信用しているのだから、本物の悪とは思われない。この男はそう言った物を見るのに特化しているからな」
つまり、オーガストが信じているから団長は、怒りを収めることにした、という事であっているだろうか。
驚くべき信用だが、これもありうるものなのであろう。
チィはいったん頭を下げた。
「心が広くてありがたいぜ」
「それはさておき、そうだ娘、お前は自分の子供と言ったな? それはどういうことだ?」
「あの子たちは、皆、親といろんな事情で別れた子供たちなんだ。その子たちを皆まとめて、あたしが面倒見てきた。だからあたしの子供なんだよ」
「……お前は十人もの子供を食べさせていたというのか!?」
団長が信じられないという声で言う。
「十人もの子供を、緑の花弁で、たった一人で!?」
「まあ、あの子たちにも褒められない事を教えた自覚は、ある」
悪ではない、だが褒められる行為でもない。チィはそれくらいの分別はあったのだ。
彼女の何とも言い難い笑いに、オーガストが言う。
「ほら、悪人ではないでしょう」
「たしかに。で、だ。オーガスト、陛下が逃げ出した子供たちのことで大変ご立腹なのだが」
「それ以上にもっと関心を寄せることがわかったっていったらどうすんだ」
「しかしお前は言葉遣いの悪い娘だな……オーガスト、この娘に言葉遣いを教えないのか」
「強制してもいいものは得られないと思いますので」
しれっと答えるオーガストだ。そのやりとりから、自分の言葉はあまり評判のいい方じゃないだろう、とまたチィは認識する。
緑の花弁で丁寧に喋るのは、胡散臭い連中か、教会の誰かと決まっていたわけだが。
「それで、もっと関心を寄せる事とは」
「あたしが見た夢が、水の中の聖鎧を動かす夢だった。そしてそこで子供たちを守って、あたしの子供に手を出すなって言ったって言ったら?」
団長にこれは効果てきめんだったようだ。見る間に目を見開き、言う。
「それは大変な事だ、該当者が一人もいなかったのだから」
そしてオーガストの方を見て、問いかけた。
「この娘を急ぎ宮中に連れて行かなければ。陛下はまったく見つからない該当者の事で、大変苛立っているのだから」