10
瓶覗きの瞳が、躊躇なく相手を射貫く。その鋭さがオーガストにとってはこの上なく、いたたまれないはずだ。
護ると断言し、もっといい環境になるから連れて行くようにと説得した場所で、右も左もわからない子供ばかり何人も、戦場に向かわされるこの理不尽を、さすがにわかるだろうからだ。
チィは鼻を鳴らし、オーガストに言う。
「さあて、旦那様。オハナシアイの時間だ」
「……何を言われるのかと考えると、恐ろしくてたまらないな」
「ああ、怖がってもらおうか」
彼女の声の鋭さは、もう想像以上の物だった。そして言葉を吐きだす唇は、かすかに血の色が無くなっている。
「どうやってこの子たちをこれから守っていけると考える? 話によってはまたいらない痣が増えるぞ」
「……守り方もいろいろあるのだが……本当にどうするかと言われたら、何かこう、もっと注目を浴びるものがあるといいんだ。それの陰に隠れて段々あいまいになっていく」
チィは一瞬思考を巡らせ、そういえば、と会話の流れを途切れさせるように言った。
「確か動かない聖鎧の話をしていたな、そして子供たちに手を出すなって言われたとか何とか」
「ああ、だがそれが」
「身に覚えがあるって言ったらどうする。たしか身に覚えのある相手を、国王陛下とやらが呼んでいるんじゃなかったか」
「たしかに興味をひかれている様子だが……まて、本当に身に覚えがあるのか?」
「隠し部屋の中で昼寝してる時に、夢を見た。その夢の中で、自分が鎧その者だったといったら?」
「いくらなんでも荒唐無稽すぎる、ボス。そんな事を言って詐欺だとか言われたらどうすんだ」
「だからこいつの権力なんだろ? それに……」
チィはあくどい顔で言った。
「心当たりのある者を探してるなら、それが詐欺とか言い出せないんだよ。どんな変な事を言っている頭のおかしい奴の話でもな。こころあたり、何だから」
そして彼女はすうっと視線を夫に向け、言う。
「さあ連れていけ、自分の身が可愛くて、幼い子供を戦場に連れて行くような学校の連中の親玉の所にな」
「言い方! ボス、言い方!」
常識的なオードリーが叫ぶものの、チィがこうすると決めたら、少年が言いくるめられるわけがなかったのだ。
そして王の命令の事も考えていたオーガストは、なんとも言えない顔で黙り、ややあってから頷いた。
「わかった、連れて行こう」
「そのとき、前の服を出してくれるか。その方が目立つし色々ろくでもない噂が立ちやすいからな」
「噂立てるつもりなのか?」
「立てた方がこの子たちの目くらましになるだろう? 憐れな身の上で育った子供たち、ろくでもないボスの所で寒さに震えていた子供たちってな、相手は好きかって考えて噂しあう」
「ぼす」
「そんな言い方ひどい」
「おれ達のボスをそんな風に言わないでよ!」
子供たちが、明らかに彼女が自分を貶め、それで庇おうとしているのに気付いたのだ。ぎゃんぎゃんと騒ぎ始める。
そんな子供たちに、彼女は柔らかく笑い、頭を撫でた。
「大丈夫だろう、全部本当のことなんだから」
あたしがろくでもないのも、あたしがやってきた事が褒められない事ばっかりなのも、全部本当だ、あたしは何も傷がつかないさ。
柔い優しい声は、本当の母親でもそんな風に言えないだろう声だった。
その頬が音高く鳴らされた。ぎょっとしたのは誰だったか。おそらく手を出した本人も、自分の行動にぎょっとしていた。
だが。
「己をそんな風に貶めないでくれ、……俺がこれはと思って妻に迎えた人を」
ややあって言われた言葉は、痛みをこらえるような声だった。それを聞いたチィは、悪いな、と悪びれもせずに答えた。
屋敷の扉が叩かれる、誰かの来訪を告げる声、その声を聞いてオーガストが言う。
「面倒な相手が来たかもしれない、少し隠れられるところにいてくれないか」
「わかったよ、お前たち、隠れるぞ」
「はーい」
「スザクはあたしと一緒。熱出してんだから」
「スザクいいなあ、ボスが抱っこしてくれて」
「後で皆も抱っこしてやるから」
「おれもな」
「お前もかよオードリー……いいぜ」
言いながら、素早い身のこなしで子供たちが玄関ホールのいたるところに隠れる。
気配を探るのも見つけ出すのも、なかなか難しいほど慣れ切った隠れ方だった。
そこに子供たちの、大変な半生を見るような気がしたオーガストは、しかし現れた上官に頭を下げ挨拶をした。
「このような時に、どうしたのです、団長」
「お前の所のこどもたちが、一斉に学校を逃げ出したと聞いたぞ、何をしているんだ、正式な音調使いが十人近く!」
「私が知っている話によれば、その子供たちは何も知らないのに、魔王軍とぶつかり合う境界線まで送られそうになっていたそうですが、ご存じですか」
「お前の子供たちは、たしか片手で数えられる程度の年齢ばかりだっただろう! なんと非道な! それは学校に厳重に抗議をするべきだ!」
チィはその顔に見覚えがあった。というか、その財布を盗んだ覚えがあった。
そうだ、火球をぶつけてきたのは、あの男の護衛たちだった。
あたし面倒なのの財布盗んだんだな……と彼女は心の中で考え、出方を考えていた。