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そんな状況が一段落したあたりで、オーガストが立ち上がり、険しい顔で教員たちを見た。
「一体全体、どういう経緯で、入ったばかりの子供たちを戦場に? これは大変な問題だ」
「そ、それは」
教員たちが言い淀む。明らかに何かを隠す調子であり、チィは大変気に食わなかった。
それゆえに、子供たちを見て告げる。
「帰るよ」
「えっ!?」
彼女の大事な大事な子供たちに向けられた言葉は、他の人間にとってぎょっとする一言だったようだ。
仰天した顔で、信じられない相手を見る表情で、チィは見つめられる事になった。
その視線をものともせずに、彼女は言った。
「何に問題があるんだ? 弱い者いじめの人殺しの集団が?」
「な、何という事を言うんだ!」
教師の一人が激昂して叫ぶ。
チィはその教師に言葉を投げつけた。
「目の前の事実をよく見ればいい。こんな幼い子供たち。何にも知らないのに、血まみれの殺し合いの世界に送り込もうとする。自分たちは安全な場所でぬくぬくして。あんたがたに反論するだけのものがどこにある?」
それだけを言い、チィはオーガストを見た。
「お前もお前だ、約束を破ったんだ。それ相応の償いをしてもらおうか」
彼女の殺しかねない視線だが、オーガストは重々しく頷く。
その重々しさに、周囲はまた唖然とした。白の騎士団副団長が、小娘一人を重く重く見ているのだから。
「それに関しては、まずチィの話を聞かなければいけないだろう。何を求めているのか、何を欲するのか、どういう償いをすれば、納得してくれるのか」
「話が早い」
不敵に笑った彼女に、彼が笑う。
「それだけの信頼を、失う事になってしまったということが、つらいな」
「情に訴えないでくれないか? 一度は信用した相手だから、また信じたくなる」
彼女はそう言い、今度こそ子供たちを連れて学園を出た。
「帰っていいの?」
「いいのさ」
「ボスと一緒でいいの?」
「向こうがひどい事をしたんだから、連れ帰って何がいけないのか知りたいな」
子供たちは、そこでようやく笑った。
その足で屋敷に戻れば、青ざめた顔の召使たちが待っていた。
彼等も、子供たちの事を案じていたようだ。
「ああ、よかった、戦場に連れていかれなくって」
膝をつき、ほっと息を吐きだすような女性までいるため、チィは頷いておいた。
「間一髪ってところだった。旦那様が出てきたしな」
「では、旦那様は間に合ったのですね」
「良かった……」
「良くないさ、これからまたもめるか何かするだろうし」
「ボス、どういう見方をしたんだ?」
「オードリー、お前だったら逃がすか? 自分を圧倒的優位にする相手を、みすみす?」
「まあ……逃がす馬鹿はいないな」
「そういうわけさ。えらい人たちにこの子たちの重要性がばれている。うっかりしてれば連れいてかれる。それもこっちの意思なんて無関係に。そして望まない生き方を強いられるだろうな」
そこまで予測して、彼女は苦笑いをした。
「まったく、旦那様の奥様になっていて、これだけよかったのかもしれないな。旦那様を盾にできる」
それは彼女の望まないものだったし、心苦しい物だったかもしれない。
それでも彼女は、夫をある程度盾にすることを、決めていた。
「殺されるところだったんだから、ちょっとは守ってもらわないと、面目が丸つぶれだろうな、旦那様」
「ボス、信じてるのか信じてないのか、分からない言い方だな」
「気質は信じてるさ。それと肩書から発生する権力は。でもそれだけで守り切ってもらえると信じていないだけで」