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飛び回る。一刻の猶予もならないのはチィ以上に、オードリーが感じていただろう。
彼女の速度に追いつこうとする事がその事実だった。
「ボス、足が速すぎる」
「間に合わなかったら終わりだ、みんなみんな」
飛ぶ足をわずかに緩め、オードリーが道を知らせやすいようにしながらあらゆる道を駆け抜けていく少女。
彼女の中にあったのは焦りだった。
安全だから、幸せになれるはずだから。
だから見送ったのだ、自分の目の届かない場所に、どうなっても大丈夫なのだという言葉を信じて。
そのおのれのうかつさを、彼女は呪い殺したい。
間に合わなかったら、あの子たちは、あの子たちは死ぬのだ。
死なれるなど二度とごめんだ、守り続けて、自分が死んで守れなくなった後ならまだ、いいかもしれないが。
いや、よくないが。
自分がのうのうと生きていて、あの子たちだけ危険にさらすなど、絶対にあってはならない事でしかない。
顔を上げ、二人は学園の門に到着する。
チィはその門番をちらりとながめ、無視して中に入ろうとする。
「まて、ここは許可なく通してはいけない」
「あたしの子供たちがここにいる、いまから死地に無理やり向かわせられるという。そんなことは認められないから迎えに来た」
チィの言葉に、門番が絶句する、その隙に中に入る。
「オードリー、どっちだ」
「こっちだ! 出発の馬車がこちらだった」
ここからはオードリーが完全に先導する。二人は何事かと怪訝な顔の生徒やら教師やらを突っ切り、そこを目指す。
泣き声が聞こえてきた。
あの子たちの泣く声だとすぐさま分かった彼女の腹に、燃え盛る怒りが芽生える。
絶対に、殺させやしない。何があってあたしの子たちだ。
決意も新たに彼女は、泣き声のする方にオードリーとともに飛び込んだ。
そこではスザクやらルナやらが泣いていた。わあわあと泣いていて、収拾がつかない位に泣いていた。
「皆さん、そんなに泣く事ではありませんよ、これは名誉な事なのです。あなたたちの実力が認められて、あなたたちでなければならないと、陛下がおっしゃった事に近いのですから。あなたたちの様な身の上には、もったいないほど光栄な事なのですよ」
「ボスに会いたいよう」
「帰りたいよう」
「こんなところ来なきゃよかった」
皆口々に泣きながら言っている。
「死ぬのなんてやだよ、こわいよこわいよ」
泣いている子供を言いくるめるにしても、ずいぶんな言い方ではないか、この見下げ果てた言い方は!
チィはどん、と足を鳴らした。木の底がこわれるばきり、という音が伴われた。
「お前たち、逃げるぞ! オードリー。先導しな! しんがりはあたしだ!」
彼女の大声が響いた瞬間に、子供たちの顔がぱっと明るくなった。
「ボスだ! 迎えに来てくれた!」
「ボスだ!」
「ボス、スザクがまた熱を出しててふらふらなの、背負わなきゃ!」
歓声に近い物とともに、子供たちが彼女の近くに群がる。ざっと人数を確認したら、呆れた事に彼女の子供たち全員が死地に向かわされるところだった。
くそったれ学園め、と悪態を心の中ではきちらかしたチィは、全員を見て言う。
「ここから出ていくぞ、大事な物はちゃんと身に着けてるな?」
「うん!」
「ま、待ちなさい、あなたに何の権限があるのです! その子供たちは名誉なことに、音調使いとして聖鎧使い達の補佐に向かうのですよ!」
「そんなものはそれを名誉だと思うくずたちに押し付けろ、この子たちが泣いていたのが見えなかったのか!」
子供たちを背中に隠し、チィが怒鳴りつける。
彼女のような若い女に怒鳴りつけられた事が無かったのだろう。年配の教師らしき女が眦を吊り上げる。
「なんて口の利き方を! こんな名誉なことを!」
「だったらてめぇが行け。名誉なんだろ?」
彼女の容赦ない言葉に、女が青くなった。
「わ、私には家族がいるのですよ!」
「語るに落ちたな、つまりいなくなってもかまいやしない子供たちを死地に向かせるんだろ、ほとほとクズどもだな」
鼻を鳴らした彼女は、集まってきた警備員たちまで眺めた後に、ぞっとする声で言った。
「あんたらの名声のために、あたしの子供を使わせやしない。死んだってな」
覚悟の強さに戦いたのだろう。その隙に、オードリーが怒鳴る。
「走れ!」
子供たちが走り出す、手を取り合い、助け合って。チィはしんがりとして一番最後に続いた。
学園中で警報が鳴っている。これから送り出すはずの音調使いたちが逃げ出したのだから当然だ。
警備員も手の空いた教師も、生徒たちまで巻き込んで、逃亡劇が始まった。