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破棄聖鎧使いと音調使い  作者: 家具付
スリの少女と副団長
2/28

2

子供たちとチィの家に、帰るわけがない。

追手に見つかれば、自分以外の子供たちも、きっとひどい目にあわされる。

それだけは、認められない。

絶対に、させない。

チィは生きるために足掻く、らんらんと輝く瞳を左右に向ける。

そして、子供の一人がスリを担当している地区との境界線の壁に、ようやくたどり着いた。

だが、門はせき止められている。なんて運が悪いのだろう! 朝は確かに開いていたのに。

「こっちだ!」

「ちょこまかと逃げやがって!」

「そのちびを捕まえろ! スリだ!」

そう言う声が四方から上がる。

後がない。チィはひび割れて血がにじむ唇をなめて、ずしりと重い財布を口にくわえた。

しっかりとくわえたチィは、壁の近くの塀を、走る勢いのまま蹴った。

とん、と。

「なんだあいつ?!」

「浮いたぞ!!?」

チィの、栄養不足極まりない、その結果成長が遅れている体が、高々と宙に浮かんだ。

その高さ、およそ二メートル。

普通の人間の跳躍ではない。

もっともこれにはコツがあり、塀を蹴った時の角度などから、可能になる事でもあるのだが。

チィはそんな事を考えず、今度は壁を蹴った。

また浮き上がる小さな体。チィは壁の上部に、手をかける事に成功した。

そして後は体を引っ張り上げるだけなのだが。

「逃がすか! “火球よ、放て”!」

誰かの声が響き、チィの体はぐらりと揺れた。脇腹に、拳ほどの火球が命中したのだ。

「―――――――!!!!!」

その激痛は、悲鳴として現れる事はなかった。

それはチィが、口にがっちりと財布をくわえたままだからだ。

恐るべき執念に、間違いはない。

チィは今まで経験した事のない、すさまじい激痛に、頭が真っ白になりそうだった。

これが、魔法。

特別な言葉により、世界の理に干渉するというもの。

貧民街では、全く見た事もない物たち。

……キゾクとか、呼ばれている奴らの特権。

いたいいたいいたいいたい!!!

チィはそれでも、財布を離さない。

決して離してなるものか、とくわえつづける。

激痛の奥で、子供たちの顔が思い浮かんだのだ。

あの子たちに伝言も残さずに。


死んでたまるものか!!!!!!!


チィは続いて放たれたらしい、火球を背中に食らい、ぐらぐらとふらつきながらも、自分の体を壁の上部に持ち上げ、そして反対側に飛び降りた。

「上ったぞ?!」

「飛び降りた?!」

「一体どこの隠し玉だ?!」

そんな声は、無視をした。



3

飛び降りたそこは一見すると、行き止まりのようになっており、子供の一人が待機していた。

この地区での盗みを主に行う子供だ。彼女はボスの姿に笑顔になった後、凍り付く。

「ボス?!」

そしてチィの無残な姿に、仰天する。

チィは、激痛のあまりかすむ意識を、必死に根性でつなぎとめてこう言った。

「これをもって、行け! 早く! あたしはもう、走れないから駄目だ……」

「ボス、お腹と背中が……」

子供は、一部炭化した彼女の姿に、声が揺れていた。

「もう、だめだ。わかる」

血と、体液がだらだらと流れているのが、なんとなくわかった。

これで一命をとりとめても、後に始まるのは清潔にしていなければいけない、生活だ。

あの、貧民街でそれを行うのは困難であり、稼ぎ頭の自分が、子供たちに負担をかけてはいけない。

だから言った。

「あたしは、もう無理だ。皆、オードリーの言う事を聞いて、生き抜くんだぞ」

オードリーとは、チィの片腕と言われる相手だ。

チィより一つか二つ年下なので、ボスの座をチィに任せている少年でもある。

あいつに任せれば、大丈夫。

この冬を生き残ってくれた奴らも、生き続けてくれる。

チィは彼女をまっすぐに見つめ、笑った。

「これが、あたしのさいごの、稼ぎだ。お腹いっぱい、パンが食べれる」

言いつつ、チィは財布の中身を、いつも通りの汚れきった革袋に移し替えた。

きらっきらの金貨や銀貨といった、高額貨幣が革袋に入る。そしてそれを彼女に押し付けた。

これはカモフラージュである。

こんなぼろぼろの人間たちが、立派な財布を持っていると、それだけで狙われるので。

「行け……な?」

チィは、弱い所も、弱ったところも、子供に見られたくないという意地から、彼女が地下水路の整備のために作られた、蓋付きの穴の中に入り、逃げていくのまで見届けた。

そこで力尽き、倒れた。

死ぬなとは思ったけれど、死にたくないとも思ったけれど、やせ細り、出血多量で、火傷の損傷もひどい体は、それに応えてはくれなかった。



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