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破棄聖鎧使いと音調使い  作者: 家具付
奥様(仮)と旦那様
18/28

3

大きな書庫は確かに、チィの望み通りに子供向けの本から何からがそろっている。

絵本などはその大きな特徴であり、色々な色があふれた本など見た事のない彼女はそれをいくつか手に取り、それでも読めない文字たちに笑ってしまう。

「あたしどれだけ文字が読めないんだ」

確かに読める単語も、子供たちと生きぬいてきた時よりははるかに多い。それでも子供向けの、やや分厚い絵の少ない本は手に余る。

それでも一つずつ、単語を拾って読んでいくのはいい暇つぶしと言ってよかった。チィは毎日勉強をし、文字を覚えて単語を覚えたら、書庫に入ってそれが使われている本を探す。

そして適当な時間に、彼女のために時間を使える程度に使用人たちの手が空いたころ、扉を叩いて呼びに来る使用人たちに料理や裁縫を習っていく。暗がりでもちまちまと作業する事になれていた彼女は、よく見える場所では余計に器用だったらしい。それはそうだ。人の隙間を縫うように財布を盗んできた手先の器用さがあるのだ。ただ器用なだけではない。

しかし使用人たちはそれを知らないので、単純に彼女の上達の速さを褒めてくれる。特に針目がまっすぐである事や、細かい事で褒められた。針子になっても生きられるくらいだと、途中から言い出されたために、それじゃあ転職するか、と笑った彼女である。

意外な道がいくつもあるのだ、と彼女は毎日知るのだ。技術を手に入れる事でできる事が増えていき、生き延びるための方法が増えていく。

知識が増えていくほど、逃げ道が多くなっていく。死神からの逃げ道だ。知識とはこれほどの価値を持っているのか、と彼女は何度も驚いている毎日だった。

無論、子供たちの事を考えない日はない。そのため、二日に一回のペースで手紙を書いた。へたくそな文字であり、読みにくさで言ったら子供の落書きと互角であるが、それでもやはり、手書きの言葉で子供たちに伝えたいものがあるのだ。

文字の練習にもなれば、言葉の使い方を練習する事にもなる。

二日に一度なのは単純に、彼女が一日で手紙を書ききれないという事でしかなかった。

そして今日、チィは鍋をかき回していた。自分で料理を一からやってみたいと願い、それがかなったのだ。

出来上がったものは彼女が責任をもって、食べるという事になっている。

だが匂いからすれば、そこまでひどい物は出来上がっていないようだ。

チィは匂いを確認し、匙で少しだけ掬って味見をする。塩辛くもなければ味がないわけでもない。

よく煮込まれたネギの甘い味がするし、子供たちに体力が付くからと手に入る時はいつでも食べさせていたニンニクもたっぷり使われている。

……まだ両親が生きていた時代に、母の得意料理だった煮込みなのだ。火を熾せない地下水路では作れるわけもなかったし、再現など夢のまた夢だと思っていた匂いを嗅ぐと、この生活を選んだ価値はあると思ってしまう。

そうして出来上がった煮込みは、ネギとニンニクの甘味が強く出た、このローゼリアでは食べられない珍しい味となった。そのためだろう。

「いい匂いですね、強いけれど。食べてもいいですか」

「いいよ、一人じゃ食べきれないんだから」

食べ物は誰かと分け合うべきだ、そんな考えの強い彼女の快い了承に、使用人たちが思い思いにその豚の煮込みを皿によそっていく。数人でその皿の中身を分け合うのだ。チィもそれに合わせて食器を使い、食べていく。

塩をすこしけちったそれは、塩が珍しくてたまらなかった彼女の身分からすれば十分な味がした。それに材料がおいしいので問題ない。

「おいしいですね、これ。食べ慣れない味ですけれど。奥様の故郷の味ですか」

「死んだ母さんがよく、父さんが疲れて帰ってきた時に作っていたんだ。体力が付くって言っていた」

「確かに食べるとそんな気分になりますね」

「いつもだときつい匂いですけれどね」

誰かの言葉にどっと笑う使用人。チィはそれに頷く。

「確かに、あんたたちみたいなきれいな人がこの匂いを漂わせていると、変な気分になるだろうな」

「いやだ奥様、お上手!」

そんな平和なやり取りの後に一人が言い出した。

「そうですよ、旦那様にこれを食べさせてあげてください、最近大変な仕事が続いていて、疲れていらっしゃるそうですし、この煮込みは柔らかくてとろとろしていて、意にも優しい気がしますし、疲れた時に食べる物なんですよね、最近食欲も落ち気味の旦那様がよろこびますよ」

「これを?」

「だって、奥様が旦那様の事を考えて作ったりしたら、もう、旦那様はそれだけで疲れが減りますよ」

なんだかおだてられていると思いつつも、チィは恩がある相手に何か返せると思うと悪い気はしなかった。

「それだったら、今日はあの人いつごろ帰ってくるんだ。出来れば温かいうちに食べさせたい」

彼女の言葉に、使用人たちがにやにやと笑った。

「なんだよ」

「いや、出来立てのおいしいものを食べさせたいっていう思いのある奥様って、いい奥様だって思ったんですよね」

「普通だろうに」

「聞いた話だと、あちらの夫人は冷たくなった脂の浮いた粥を夫に食べさせたとか」

「衣食住賄ってくれてる相手に、失礼なことするんだなそれは」


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