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「……つまり、ええと何だ? 正式な音調を使う人間は、この国にとってとても重要な存在たちで?」
「王立の学園で、皆すべて保護される対象なんだ」
「ああ、ああ、全く、緑の花弁にいる時にそういう事言ってほしかった。それだったらあの子たちの仲間も死ななかっただろうに」
夫が、押しかけてきた相手たちから聞かされた事、そして妻が知らない事を順に説明するや否や、妻は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「そう言う素質を持っている子供だって、あいつらの目に触れなかったら助けてももらえないのか、本当に奴らは身勝手だな」
言っているチィを見て、オーガストは問いかけた。
「どうしたい、君は」
「どうしたいって?」
「君の子供たちだ、君はあの子たちを、学園に送ってもいいのか」
チィは相手を見た。それから頭を掻いた。
「よく分からないけど、正式な音調を使う子供たちは、この国でも腹いっぱい食べていける存在なんだろう」
「ああ」
「その後、成長しても食っていけるだけの学問を身につけさせてもらえるんだろう」
「ああ」
「だったら答えは一つだ、あの子たちが行くというなら、学園に送る」
「……君はそれでいいのか」
オーガストの問いかけは当然だった。
あれだけ必死に、死に物狂いに守ってきた子供たちを、そんなあっさりと遠くにやってしまえるのか。
「その方が、あの子たちが生き延びやすいだろうから」
「……」
「大体」
彼女は指を振り、男の前に突き出す。一つ一つ教える調子で。
「あの子たちが、その正式な音調を使うって、もうオウサマとかに知られているわけだろう。それなのに、いつまでもここに置いて置いたらおそらく、あんたにも迷惑がかかるし、子供たちもいらない警戒をさせる事になる。……強引に連れていかれるとか、きっとあの子たちの心に傷を作って、あの子たちが生きるのに邪魔になる」
「覚えがあるのだろうか」
「想像しろっての。人さらいと一緒だろ、家族から無理やり、何の前触れもなく遠ざけられたら」
さらりと言う娘は、男を見やってこういった。
「上の奴らってのは、自分の都合のいいようにするんだ。それで、あの子たちが都合のいい力を持っているならばなおの事、手に入れようとする。あの子たちの意思を無視して。そうなればあの子たちは抗う力も根性も持っているから、下手したら自死しかねない」
「子供たちだぞ」
「子供でも、大人が引きつるほどの覚悟を持っている子はいくらでもいる。あの子たちは、ちゃんと物事を考えるから余計に、自分を曲げないために死を選びかねない」
ぼやいた女は、続けた。
「だから、明日の朝にでも確認するさ。……権力に抗う時は、死ぬか生きるかの二択の時で十分だ」
娘のつぶやきはどこか静かであり、実感の伴ったものに聞える。
「君は……そういう経験をしたことがあるのか」
つい、夫が問いかけたのも無理はなかった。
西の訛りの強い、異国の空気をまとう娘。この街にも、この国にも滅多に存在しない薄い青色、空と同じ瞳の彼女がそういうと、どうもそういう物があるように聞こえたのだろう。
「ないな。あたしはこの街で育ってこの街で生きてきた。ずっと、緑の花弁だったけれど」
それを否定した娘は、夫に言う。
「あたしは、自分よりもあの子たちが幸せだったら、きっとそれだけで、幸せになれるんだ」
「何故」
「あたしがあの子たちの、ボスだからに決まってるだろう?」
男の顔を見やった娘は、慈愛の聖母よりもずっと、神聖な物の空気をまとっていた。
「それにあたしは、大事な子供の幸せを、否定して幸せになりたくないのさ」
言い切りながら彼女は、さてと長椅子から立ち上がる。
子供たちの様子を見に行くのだろう、と男はわかっている。
彼女は毎日、ある程度夜が更けて、子供たちが寝入ると様子を見に行くのだ。
うなされていないか、苦しんでいないか、泣いていないか。
ただ子供のためというように、彼女は様子を見にいき、泣く子供やうなされた子供を抱きかかえ、頭を撫でて付き添う。
子守女中だったならば、おそらくどこからも引っ張りだこになるだろう、献身的な様子だった。
それを彼女はこういうのだ。
「見ていない所で死なれる方が、あたしにとっては悪夢なのさ」
と。
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「ボス、行ってくるね」
子供たちが自分たちの人数を確認し、引き締まった顔で言う。
「ああ、長期休みには帰ってくるように、手続しておいてもらったから」
「じゃあ、チョウキヤスミっていうのになれば、ここに来られるの?」
「それまでボスに会えないなんてやだなあ」
「自分で行くって決めたんでしょ」
「しょうないしょうない」
「ここはボスもいていいけど、いくってきめたもんね」
「いくの、いくの」
「自分のごはんのためだもんねー」
子供たちが、彼女に向かって手を振る。
そんな十人もの“正式な音調使い”の子供たちに、護衛となる男たちは固い顔をしている。
それはおそらく、子供たちが誰に教わるでもない調子で、見事なまでにそれを使いこなすからだ。
そんな物が実は、滅多にないのだとチィも、夕べ旦那様から聞かされたのだ。
とはいえ、子供たちに言葉を教えたのも、言い方を教えたのも皆、自分なのだが。
その己は見事な程になまっているので、なんとも言い難い。
「いってくる」
「るー」
幼い幼いマリも、お付きの女性に手を引かれている。
「オードリー、子供たちの事、わたしに変わって守ってくれよ」
「あんたに言われるまでもなく、守るに決まっているだろ」
鼻を鳴らして呆れる右腕の、その頼もしさにチィは彼の頭を撫でまわす。
「子供扱いはやめろ!」
「ガキが行く学校に行くのに、何言ってんのさ。人妻からすればお前も餓鬼だよ、オードリー」
「ああ言えばこう言う!」
ふてくされた右腕だが彼も、子供たちが手をつなぎたがるので、ひょいひょいと両手をくれてやる。
じゃれつく子供たちの中には、背中に飛びつき首にしがみつく、という奴もいるのでオードリーの負担は相当だ。
しかし彼も平気な顔である。
子供のじゃれあいには慣れたもの、というのが年長組の共通意見であった。
「いいか、オードリーの言う事をちゃんと考えて、おかしいと思ったら聞かなくていいけど、聞く方がいいと思ったら聞くんだぞ」
「はーい」
「あんたそこは、いう事を聞くっていう風に……」
「お前時々、変に常識すっぽ抜けてるから駄目」
「あんたに言われたくねえよ!」
そんなやり取りも、しばらくはお別れか、と思った娘は、一人ひとり、子供を抱き上げて、頭をなでる。
「皆、病気にならないで、怪我もしないで、帰ってくるんだよ」
まあ、怪我に関してはこの子たちほど、回避能力にたけた子供もいないだろうが、と内心で思いながらも娘は子供たちの頬に、額に唇を落す。
十人もの大人数の“正式な音調使い”が、一度に同じ出身地から、王立学園に入学する事になった。
その年の差は、小さい物で三歳、一番年長で十五歳。
王立学園は、その事を十分に承知し、また、白の騎士団団長の世話している子供たちという事で、彼等に十分な対応をする事を、教師たちに通達していた。