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「それで?」
組手のために、ドレスでも盛装でもなかったチィは、使用人たちが止めるのもきかずに玄関に着いた。
そしてそこで、待ち構えている男たちを見やり、傲然と笑ったのだ。
「うちの子たちに何か用事?」
「用事だとっ」
その発言に、いきりたったのは、まだ年若い男だ。おそらく使命感に燃えている。
「正式な音調使いを、この家が隠しているという通報があったのだ! 正式な音調使いを隠すなど言語道断、速やかに我々が保護しなければならない!」
チィが己の血管が、切れそうな音を立てた事に気が付いた。
そして。
つかつかと歩み寄り、その相手の首元の布を掴み、思い切り凍えるような音でぼそりといった。
「ならどうして、ここに来るまでに助けに来なかった、くず」
その音に凍り付いた男を放り棄て、チィは彼らを見回して言う。
「事情が何も分からないので、順を追って説明していただけないですか? きっと齟齬があると思うんです」
彼等は、顔に大きく痣を持った、眼に強い光を持った小柄な少女に気おされていた。
しかし、自分たちの役割を思い出したらしい。
「乳母殿……子守女中殿だろうか? この家の夫人はいつ来てくださる? 子供たちのために応対しに来てくださったのだと思うのだが……」
「あいにくわたし、この家の奥方ですの。この前籍を入れたばかりなんですよ」
チィはさらりとその、相手方からすれば爆弾でしかない事を言い放ち、彼等を見回す。
「あなた方の言う、正式な音調を使う子供たち、は皆、わたしが育ててきた孤児たちです。ここの旦那様にわたしが嫁ぐ際に、身寄りがないので皆引き取っていただいたのですよ」
その言葉に、彼等はざわついた。
「孤児……」
「孤児が教えられてもいないのに、正式な音調を使う……?」
「通報が嘘なのか……?」
「だが……そんな事をすればどうなるか、わからないわけがない……」
「皆さま」
チィはこの混乱した状態の中で、場を制しているも同然だった。
「ひとつ言わせてもらいます。……子供たちは皆、わたしが緑の花弁で死に物狂いで育ててきた子供たちです。正式な音調使いかどうか、など、わたしは知りませんでしたし、その重要性も緑の花弁では知られてはいないのです」
そこで彼女は、男たちを見回す。物々しい、いかにも武装をした男たちだ。
「だというのに、旦那様が子供たちを音調使いだと知らずに引き取ってくれた英断を、いかにも旦那様が隠した悪い事のように言うなんて」
彼女は真剣に腹を立てはじめていた。
そして娘の周りの空気が、じわりじわりと凍るような重さに変わっていく。
「どの面下げて言っているんです。あなた方は、緑の花弁に子供たちがいたならば、救うだの救わないだのという以前に、存在も知らなかったでしょうに」
娘の気迫は並の物ではなかった。
自分よりはるかに大きな体の男たちを相手に、気付かれないように財布をスッてきた娘の度胸と、彼等のそれは大きく違っていた。
男たちはかなりの大人数だった。
おそらく、この屋敷の住人が子供たちを引き渡す際に抵抗する、という判断の結果であろう。
この屋敷の住人たちは、彼らの考えている、重要な子供たちを隠匿している、という認識はまるでないというのに。
そして数の威圧で、従わせようという魂胆も透けて見えてきており、チィは彼らを眺める。
「ふざけているんですか。偶然、この屋敷に来る事が出来たから、あなた方が子供たちの事を知る事が出来たというのに。子供たちは自分たちがその、正式な音調とやらで会話しているなど、思いもよらなかったというのに」
彼女はにらむ様なその青い目で、言う。
「いかにも自分たちが正しいのだという顔で、乱暴にこの屋敷に大人数で押し掛ける前に、する事があるだろう、この脳足りんどもが!」
最後の暴言はかなりの衝撃だったようで、男たちがひるむだけの圧力があった。
「ボス、落ち着けっての」
そこでオードリーが、毛を逆立てんばかりに怒り狂っている彼女をなだめるべく、口を開いた。
そこから飛び出すのは、彼ら曰く“正式な音調”である。
それは、西の訛りがとても強い彼女とは大違いの言葉だ。
男たちが、愕然とするのがはた目からもわかった。
「この少年も……」
「この年になるまで、誰もこの少年の事を知らない……?」
「この少年も保護された……」
「いったい幾つから幾つまでの子供が……?」
男たちの言葉に、オードリーがあきれ果てた顔で言う。
「あんたらが何を思っているのか知らないが、俺は十二年くらいはこんな喋りで緑の花弁で死にかけながら、暮らしてきた。目の色変えて保護だの救出だの言う前に、胸に手を当ててよく考えろ」
「オードリー、最初から飛ばしてはいけない」
「飛ばしてない。ここの、あんたを嫁さんにして子供たち全部引き取るって、子供たちと会話もした事が無いのに決めて、面倒見てくれる旦那様を、いかにも罪人みたいな扱いしている奴らに、手加減する必要はない。ボスもそう思うだろう」
「だけどな」
男たちはもう、色々な物がぐらぐらと揺れている状態である。
これはもしかして、情報を確認し、この屋敷の主人に事前に連絡をし、その後対処した方がよかったのではないか……と。
目の前の少年の口調は見事な程“正式な音調”その物だった。
いいやもしかしたら、それ以上の見事な旋律だ。
もしもここにいる子供たちが、皆一様にこれだけの言葉を使うのならば。
こんな手段は国王が選ぶべき手段ではなかった。
「我々は……なにか大きな勘違いを……」
「しているっての、最初から最後まで。うちの旦那さんにとっとと連絡して、事の詳細をあの人から聞けばいいだろう。あの人疚しい気持ちなんて欠片もないから、全部正直に教えてくれるぜ、それも騎士団長として当然の誠意だ、とか言いながら」
オードリーが冷めた視線でそう言い、チィは玄関の外にいる人影を見て、声をかけた。
「旦那様、お早いお帰りですね。おかえりなさい」
「チィ、子供たちは何も……? いきなり黒の騎士団が動いたから、何事かと。聞けばうちのあたりに来るといったからな、家の周りの治安が悪いならば、確認しようと思えば、家に来ているし」
その人影、チィの夫にして、この屋敷の主が乗馬していた騎獣から飛び降り、チィに駆け寄り、オードリーに問題がなかったかを確認する。
「君も何もなさそうでよかった」
「俺が殺されないでこいつらに捕まるとか、ありえないぜ、ボスの旦那様」
「いけない、殺されるくらいならば、大人しくしていてくれ」
「あんた、ボスには甘くて俺らには優しいよな」
「妻の子供たちだから、無論私の子供のような物だからな。……ところで、そちらの騎士たちの用件は一体なんだ? この家に疚しい事など一つもないんだが」
まさかの、家の主人の堂々とした登場に、男たちは引きつり、その中でもかろうじて言葉が出たらしい一人が進みです。
「白の騎士団長様には、お話したい事がありまして……我々の失態なのですが……」
「ああ、それなら客間を通そう。ベリエッタ、彼等を客間に通してほしい」
「は、はい!」
影から、助太刀する機会をうかがっていたらしい一人の召使が、片手に庭ばさみをもって現れた。
見事な切れ味だろう、庭ばさみだった。