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破棄聖鎧使いと音調使い  作者: 家具付
スリの少女と副団長
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屋敷に異様に人が近付くのを、チィは屋根の上から眺めていた。

「……なんだぁ?」

口が悪いのは今更なのだが、彼女は一人呟き、また身軽に屋根から飛び降りる。

「ボス相変わらず、身軽なのね」

「うちのボスさんの一番の持ち味だからな」

「だねー」

子供たちはと言えば、教師が毎日文字を教え、読み書きを教えながら、持参する絵本に夢中だ。

そして飽きれば、子供たち全員で組手が始まるのである。

チィはそれの監督をしていたのだが、不意に物音のいびつさに一人屋根に上がったわけである。

この屋敷での生活はとても平穏で、しかしいくつか変わった事があった。

まず、子供たちを使用人が認めたという事である。

というのも、過酷すぎる環境で、子供たちだけで助け合って生きてきた、というくだりが男女構わず使用人たちの涙腺を刺激し、優しくなったからである。

そしてもとより、性格が悪いわけでもない子供たちはそれを受け入れ、多少は彼女たちに面倒を見てもらっても、不安がったりしなくなった。

オードリー辺りは、いまさら過ぎてどうにも馴染めないらしい。

いまだに彼女たち使用人に対して、警戒したような視線を向けがちだ。

それも仕方あるまい、と娘は判断している。

自分の右腕は、自分と一つ違いで、それだけ長い間、彼女と助け合って生きてきた。

今更のように、誰か大人を頼る感覚がつかめないのだろう。

大人の大半が、敵のような状態であった緑の花弁での生活が、オードリーから子供らしい無邪気さを奪ったのだ。

だが自分がいらないほど周りに、子供たちが恵まれるのならばそれは良い事、と知っていた。

たった一人しかすがるものがない世界など、意味がないのだ。

そして縋る相手がいなくなった後の世界の、荒涼とした心持も精神上よろしくないのである。

それをチィはわかっていたので、こうして彼女たちと触れ合って、世界が広がるのは大変よろしい事だと思っていた。

微かにさみしいと思うのは、人間なので仕方がない事ではあったのだが。

「お前ら、ちょっと気をつけな。なんかきな臭い」

「襲撃?」

すっと目を眇めたのはオードリーであり、いや、と彼女は首を振る。

彼が子供たちを集めて、人数を確認するのを見ながら、言う。

「なんかえらい物騒な気配がするんだが、どうも敵とか殺意とかはなさそうだ。……荒れっかもしれない。ここを目指しているのは確実なんだが、どうもあたしらが知っている系統じゃない」

「押し込み強盗にしては、ボスが人数が多いというのはおかしな話だからな」

子供たちの人数を数え終わり、オードリーがチィを見やる。

次の行動を決めるためだ。

「お前ら、ちょっともしかしたら、暴れる事になるかもしれない。そうなったら、隠れてるんだぞ。……うかつに暴れると、旦那様に迷惑がかかるからな、手加減するけど」

「だいじょうぶなの、ボス」

「ボスが暴れて、手加減の話が出て来るのが変」

「ボスもおーどりーも、気を付けてね」

「……ボス」

その中で、割と頭が回るスザクが、ぼそりと彼女を呼ぶ。

「どうした」

「……気のせいかもしれないんだけれど、先生が悩んでたんだ、この前」

「悩んでた?」

「うん。小さい声だったけれど、ぼくらをここにいさせていいものか、みたいな事言ってたんだ」

「……あたしらの仕事がばれたか?」

「そんな感じじゃなかった、ホゴしなきゃとか、ぶつぶつ。……なんかぼくらがすごいみたいな感じで」

彼女は腕を組んだ。スザクの眼の良さには信頼をしていたので、何かあるとすぐに察したのだ。

何かの中身は、分からないのだが。

「とにかく。お前らはなんとしても守るから、安心してな。このボスを舐める奴はたいてい、地面と仲良くなるんだから」

「ボスが組手する気になったらなー」

「オードリー、言いたい事があるならもう少しはっきり言え」

「なんでも」

何か含みのあるオードリーであるが、彼女たちの意識は、慌てふためき、せき切って現れた使用人の女性に持って行かれた。

「奥様……っ!」

最近、チィを奥様と認識した使用人の、マリアが真っ青な顔になっていた。

「どうしたの」

チィは、奥様らしく……と頭の中で唱えつつ、落ち着いた声を出した。

「子供たちを、王立学園の人々が連れて行くと」

「はあ?」

流石の言葉に、彼女は奥様らしい物言いが飛んだ。

しかしその言葉遣いを気にする事もなく、向こうもかなり慌てているらしい。

「はい、国王陛下が、子供たちを学園に連れて行く事を命じたそうなのです!」

「ちょっと待って」

チィは、先ほどから聞き慣れない、学園という物の正体のために問いかけた。

「ごめん、学園ってもの自体が分からない。それはどういう場所」

「奥様は……緑の花弁の出身ですから、存じない?」

「そうなの」

「学園というのは、特別に選ばれた、“正式な音調使い”の子供たちが集まって、音調の使い方を学び、“福音”を操る方法を知る場所です。これは基本的に、正式な音調を学んだ、貴族の子女が集まる所なのですが」

「うちの子供たちがそうだって? 馬鹿言ってはいけない、うちの子たちは全員、孤児で緑の花弁で生きてきたんだけれど」

マリアもそれはわかっているらしい。しかし。

「……正式な音調使いは、この国にとってとても大事な存在であり、隠されるわけにはいかないのだそうです。どうも、この屋敷で正式な音調使いの子供たちが、隠匿されているという話になったらしく……」

「く?」

「子供たちを引き渡さないと、公爵様にご迷惑が」

「わかった」

チィは素早く子供たちに、指示を出してオードリーを見やる。

「オードリー、ついてきな。まずは相手の話を聞いて、こっちがイントクされたわけじゃないってのを説明するのが先だ。旦那様に迷惑がかかったら、日ごろのおまんまのお礼ができない」

「了解、ボス」

子供たちは、中庭のあちこちに隠れたらしい。見事な隠れ方と、息のひそめ方だと確認したチィは、隣の右腕を連れて、マリアに言った。

「その人たちの中で、話の分かる人はいる?」

「一応、待っていただいています」

「先に、奥方が応対すると伝えてきてほしい」

「奥様、相手は知識の豊富な方々で……下級学校の知識もない奥様では」

「旦那様いない時に、この家守るのが奥方の仕事なんでしょうが。……やらなきゃならないの」

ぴしゃりと言い切ったチィは、マリアには見た事のない、強い女性の姿勢で立っていた。

「とにかく、会わなかったら話にならない」



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