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「なんかえらい体が軽い、これならどんなおきびぶっ!?」
「起きろこの馬鹿、頭を覚ませ、現実を見ろ」
オードリーの言葉に素早く、チィは頭をひっぱたき覚醒させる。
場合によっては喉を締め上げるという、結構な荒業もあるのだが、これはオードリー限定の荒業である。
滅多に使わない暴力的手段、と二人で顔を見合わせた後に語る物であった。
「あー、どっかのお屋敷に迎えられたわけだっけな俺ら」
大あくびを一つして、オードリーが現状を思い出し、子供たちを順繰りに起こしていく。
チィがすでに起こして、慣れていない顔を洗う行為に、四苦八苦するちびたちもいる。
娘は初めは手助けをし、自分でできると判断すれば自分でやらせる。
ボスに何かをしてもらう事も、自分で何か新しい事を覚えるのも大好きな子供たちは、瞬く間に顔の洗い方を覚えていく。
その次に、使用人たちの視線が痛いので頭を梳かし始める。
チィはばらばらと無作法にこげ茶の髪を伸ばして布を巻いているのだが、それよりも子供たちは髪質が柔らかく、櫛が通りやすい。
髪が絡まっていればそれを、丁寧にほどいていき、チィは並んでボスのそれを待ち構えている子供たちを見やる。
「オードリー」
「俺もやってほしい側だから無理だ、ボス」
ちびたちの一番後ろで、喜々として待っている一番大きいのに呆れた声を上げた少女に、少年が笑って返す。
笑えば途端に、その造作の整い方が際立つ、それがオードリーという少年だった。
普段が極めつけの仏頂面なので。
「ボス、ボス」
「順番!」
せがむ子供たちをぴしゃりとやっつけ、チィは鍋を持ってきた男に挨拶をする。
「ああ、はよ、オーギュスト」
「名前が違うぞ、私はオーガストだ……」
似たような物だ、と集団で視線を浴びせられながらも、騎士は妻になる相手に視線をやる。
「これで問題はないだろうか。昨日の今日で、食器を持たせるのはどうにも」
「覚えさせてるから問題ないだろ。……喜べ、お前たち、今日はパンもそれを浸すスープもある朝ごはんだ!」
チィが鍋の中身を見やり、そう言って声をかければ歓声が上がる。
オーガストからすれば、かなり質素な食事なのだが、彼等の生活環境を考えればスープなどめったに食べられないご馳走だったのだろう事は、想像に難くなかった。
「こぼさないように、スプーンの使い方を皆で覚えるぞ!」
「おー!」
オードリーの掛け声に、子供たちが手を挙げて賛同していた。
昨日は食べさせてもらって喜んでいたのに、今日は自分でやりたいのか。
と思わないでもない声たちだが、誰もそれを問題視していなかった。
「……さて、私は城に出仕しなければならない」
「ああ、そうなのか。それじゃあ見送りしなくちゃな」
チィがすっと立ち上がり、子供たちがひょこりひょこりと立ち上がる。
「お見送り?」
「かせぎにいくんでしょ」
「お見送り! ボスのいいひと、お見送り!」
かなり好き勝手に喋っていても、子供たちは統率がとれている。
それに微笑ましい物を感じながら、オーガストは言う。
「見送ってくれるなら、玄関まで、お願いしよう」
「わあった。お前たち、おいで」
チィが手を伸ばすと、小さい子供からチィの手を掴み始め、引率する子守のような体勢で、チィはオーガストの後に続く。
玄関までは短いようで長く、そこで彼が靴を履く。
「では、いい子にしていてほしいな」
「そこは言い聞かせておくから問題ない、この子たちはちゃんと考えてっから」
と言った後、チィは男を手招きした。
「?」
それにつられて、首を傾けた男に少女は、額に口づけた。
「いってらっしゃい、旦那様。気を付けて」
その声は、何も知らない使用人たちですらとてもやさしく、また、相手を案じる声にしか聞こえなかった。
された方は目を見開いてから、こくりと頷いてみせた。
「無論気を付けて、行ってくる」
「財布とか大事な物とか、すられんなよ、そうだ、スラれない秘訣としては、うつむいたりしない事だな。ちょっとでも気が緩んでそうな奴は、直ぐ目を付けられるから」
何故か注意事項が、とても微笑ましくなるものだ。
しかしチィは大真面目に相手を案じていた。
そしてそれを感じとった男は笑い飛ばしたりはせず、頷いた。
「それはいい事を聞いた」
耳が真っ赤だったというのは、のちにそれを後ろから観察していたオードリーの報告だった。
男が去って行くと、途端に使用人たちの好奇の視線が刺さる。
子供たちも無論、そのボスのチィも視線には神経を使うので、一斉に視線の方を見やる。
「なにか?」
チィが目を細めて問いかける。
瞬く浅葱の空の色、それが極端に険悪になるわけでもなく、ただ見つめただけだというのにどうしてか、使用人たちは言葉が出ないらしかった。
「ボス、視線負けしている奴らに、喧嘩売ってもしょうがないっての」
いち早く状況を察した少年が言えば、それもそうかと彼女も肩の力を抜いた。
「ん、だな。さあ、飯だ、行くぞちびたち」
くしゃりくしゃりと子供たちの頭を順繰りになでながら、チィは子供たちを引き連れて、先ほど食事を持ってきてもらった場所まで向かった。
そこに置き去りにされていた食事であるが、チィはそれらの香りをかぎ、呟く。
「変な物は入っていなさそうだな、しつけの行き届いた使用人たちってわけか」
独り言を近くでうっかり聞いた、使用人の女性はその言葉の重さと、彼女の生きてきた年数を倍にしてもこの少女に敵うわけがないと感じたらしい。
一人で息をのんでいたが、チィは気にせず、子供たちにスプーンを配り、食べ方の指導を始めていた。
「オードリー、お前一番最後まで食べないでいようとするのやめろ」
「子供が先。俺は一番後」
「それを言うならあたしが一番後だろう。お前はあたしより一つ年下なんだから、ほら、食べろ」
子供たちがたらふく食うまで、と自分の空腹を我慢している片腕の口に、チィは強制的にスプーンを突っ込んだ。
口に一回入れてしまえば、後は本能に敗北するのだから、結果は見えているものだった。