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たまゆらの花篝り  作者: はーこ
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*8* 散りゆく此花

 

 茜に焼き付いた校舎裏に、影法師がひとつ、ふたつ。

 どれほどの間対峙していたか。それは、双方にとってまつなことであった。


「これはこれは。名高きあまかみ殿が、しがない付喪神に何用でしょうか」


 べには口角を上げ、花のように頬笑んでみせる。


「付喪神……ね」


 小首をかしげた姿は、会釈をしているようにも取れる。

 まことしやかな挨拶は、真知まちに柳眉をひそめさせた。


「思ってもないことを口にするのはよせ」

「これは失敬。礼儀を重んじよと、父に申しつけられておりますゆえ。お久しゅうございます――オモイカネ殿?」


 紺青の袖を当ててくすくすと紅が笑えば、さやさやとそよぐ薄桃の桜。


「――懲りずに我らの邪魔を。まがかみが」


 上機嫌な草笛の声色は豹変。奈落の底より容赦なく言霊の矢が打ち放たれる。


「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ」


 いまにも穿うがたんと襲い来るそれを、真知はなんなく弾き返した。

 お返しとばかりに細められた鼈甲の瞳は、たしかな切れ味を宿して紅を捉える。


永久とわを司る神が、落ちぶれたものだ。オオヤマツミもなんと嘆くことか」

「……父には関係のないこと」

「あるだろ。自信を持って婿に出した息子が袖にされた挙げ句、血迷って呪術に手を出してちゃあ……同情するぜ、ほんと」

「おのれ愚弄する気か!」

「事実だ。少しは落ち着けよ。クールじゃない」


 煌々と燃えたぎる嫉妬の炎を目前に、冷めた鼈甲は微動だにしない。

 淡々と、しかし饒舌に煽る男の、なんと恨めしいことか。


「……小賢しいやつめ」

「我儘アマテラスの相手してるとな、要らん知恵ばかりつくんだよ」


 事もなげにのたまう真意はなんとするか。

 神々の住まう天界、たかまがはらを統べる神の腹心であり、知恵袋。

 つまり天津神たちの頭脳とも言える神の心中を暴くことは、深海の奥底から一粒の真珠を探し出すようなものだ。ひとたび見誤れば、呑まれる。

 深い呼吸で、体内にこもる熱を大気へと逃がす。


「……先ほど、愚弟と言を交わしまして」


 くすぶる声音をひそめた紅に、真知は腕を組み、「へぇ」と興味深げに片眉を持ち上げた。


「で、景気よく恒例の火だるま祭り?」

「まさか。れっきとした真剣勝負――今宵、誓約うけいを執り行いまする。貴方様もお越しになるとよろしかろう」

「対価は」

「己が命」

「褒美は」

「無論、よろずにふたつとない麗しき花を。貴方様がご所望であれば、ですけれど」

「ふ……愚問だな」


 起伏に乏しい頬の筋肉をゆるめ、真知は薄笑う。


「もう二度と、あいつは散らさせない」


 凛然たる宣言の余韻に、対峙する二柱。

 その間を春の夕風が肩身を狭そうにして吹き抜け、宵の向こうへ消えてしまった。


「かしこまりまして。では――……」


 優雅な所作で辞儀をするものと思われた一瞬のうちに、鈍い輝きが鼈甲をよぎる。


「愉しみに、しておりますね……?」


 穂花の後を継いだ右手は、竹箒を握っていたはずと記憶していたが。

 押し当てられた硬質なそれは、研ぎ澄まされた冷たさで頸動脈をしかと捉えていた。

 ――白銀の片手剣。構えの風格から、にわか仕込みでないことは容易に見て取れよう。


「宜しく」


 微塵も動じぬ単調な返答に、花の笑みがひとつ、ほころぶ。

 茜に散らされ、舞い狂う薄桃の……此花このはなのように。

 

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