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たまゆらの花篝り  作者: はーこ
37/49

*35* 鼈甲飴ふたつ

 つかの間の霧雨が紺青の空に降り注ぐ頃、喜色満面なほのの姿は、真知まちとともに晴天下の雑踏にあった。


「わぁ、さっすが駅前! 日曜の朝からにぎやかだねー!」

「あんまはしゃいでっと、人ごみに飲まれるぞ」

「いいじゃない少しくらい! この辺久しぶりなんだもんっ!」

「はいはい。口うるさい世話係が大人しくなると、遠出ができていいな」


 差し出した左手を、ぷぅ、と頬をふくらませつつも取ってくれる穂花が愛しくて、思わずフッと笑ってしまう。


 上機嫌の真知は、細い指先にしっかりと指先を絡め、街路樹が青々と茂る舗道をゆっくりと歩き出した。



  *  *  *



 ふたりがやって来たのは、電車に揺られて20分ほどの街。

 駅前にショッピングモールや映画館など、大型の商業施設がところ狭しとひしめき合う、この辺りでも有数の外出スポットだ。


 神気の乱れによって学校を数日間欠席、回復しても上手く制御できないうちはと、結界の範囲が及ぶ自宅と学校の往復をするばかり。


 そんな穂花に、気分転換などいかがでしょうかとサクヤが提案してきたのは、今朝の話だ。紅のそばには自分がついているからと、頬笑みながら。


 このところの天候も相まって、息の詰まった様子を気に留めてくれていたのだろう。穂花も思うところがないわけではなかったが、目前の頬笑みに、はにかみを返すことにした。


 一連の話を聞いた真知が「そんじゃ、穂花とデートでもしてくっかな。あ、デートって意味わかるか? 逢い引き」などと余計なひと言を発したせいで病床のべにが飛び起きたらしいが、あおに引きずり戻され、サクヤに宥められたとかなんとか。


 いまにも祟りそうな形相で歯ぎしりをしながら真知を睨みつける紅の姿が、容易に想像できた。それでも強行阻止はなされなかった為、いまとなっては笑い話だ。真知も、素直でない見舞い方をする。


 かくして、現状に至るわけなのだが。


「すごい……普通にカップルみたいだね、私たち!」


 露店を数件回ったところで、感嘆がこぼれ出た。街に繰り出してから小一時間と経っていない。

 そんな穂花と連れ立ちながら、なにやら真知は得意気だった。


「いまのうちに楽しんどけよ。結婚したら、こんな甘酸っぱいだけの生ぬるい愛し方なんかしてやらんからな」

「結婚しても、恋人同士みたいな感覚もたまには素敵だなって、私は思うの」

「そう照れるなって。大丈夫だ、倦怠期とかいうふざけた期間の芽を滅却するために、ちょっと本気マジになるだけだぜ?」

「あっ、まちくん! あそこにクレープ屋さんがあるよ、行ってみよう!」


 普段は仏頂面を貼りつけた真知がニヤリと不敵な笑みを浮かべたので、会話の舵を全力で反対方向に切るのも、当然の流れだった。

 そういえば、最後に褥を共にしたのはいつだったろうか。願わくば、週明けの昼休みから空き教室に連れ込まれない1週間であってほしいのが、乙女心というもので。


「なにが食べたいんだ?」


 遅れて追いついてきた真知には、もう艶めいた色香は存在していない。甘やかさのみ残した声音に泳がされた視線は、メニュー表へと逃れる。


「……ベリーベリーショコラ」

「めっちゃベリーだな」

「でも、抹茶あずきもちょっと気になってたり……」

「そんなら両方食っとけ」

「え」


 呆けたその間に、注文が済まされてしまった。「少々お待ちくださいませー!」と笑顔の女性店員が作業に取りかかったところで、ようやく我に返る。そして、会計すらも済まされてしまったことを理解した。


「ま、まちくん! そんな、悪いって! 私ふたつも食べきれないし!」

「俺と分ければ済む話だろ?」


 まんまと振り向かされたその先で、直視してしまった。とろとろに蕩けた、ふたつの鼈甲飴を。


「う……心の胸やけが」

「ひとの顔見たとたん失礼だな、おい」

「だって甘すぎるよ! どうしたのまちくん、今日表情筋ゆるすぎない!?」

「おまえこそ、〝みたい〟じゃなくて恋人とまさにデートしてるってのを、いい加減把握しろ」

「あたっ」


 心外だと言わんばかりに、指先で額を弾かれた。いわゆるデコピンなるもの。もちろん充分すぎるほどに手加減はされていて、ぱちぱちとまばたきののち、後ろ首を撫でている真知を見つめ返した。


「やっと解放されたからな。俺も羽根を伸ばしたいんだよ」

「お仕事……大変だったの?」

「ん? あー、そこそこ、な」


 思い出されるのは、数日前にしばらくの留守を伝えにやってきた、真知の苦い顔。

 言い回しから察するに、あれからずっと高天原に詰めっぱなしだったのだろうか。


 穂花の予想通り、今朝やっと戻ってくることができたのだと、真知は話を続ける。


「アマテラスがサボった末にヘルプ出してきたなら、ふざけんなよってひと言かましてさっさと帰ってこれたんだが、ちょっと厄介な案件があったみたいでな。あのバカに任せっきりにしたほうが面倒なことになってたわ。まぁ今回は仕方ない」

「それはそれは……お疲れさまです」


 高天原のことはよくわからないので、月並みな労いしかできなかったのだが、そんな言葉でも、真知には充分だったようだ。「ん」と短い返事ながらも、至極満足げに鼈甲飴色の瞳を細めていた。


「んで? おまえのほうはどうだったんだ。サクヤとなにかしらあったんだろ?」

「……すみません、あんまり日の高いうちから、話せる内容ではないかと」

「安心しな、そこはふれないでおいてやる。俺が言いたいのは、そんだけイチャついた後朝に、なんで言い出しっぺのサクヤがほかの男にデート権を明け渡して、おまえも知らんぷりで妙にはしゃいでんのかってこと」


 さすが真知、といったところか。言い訳も叶わぬ機微の聡さである。


「お待たせしました! ベリーベリーショコラと、抹茶あずきですー!」


 返答を詰まらせる沈黙に響いた声が、天啓のように思えて。


「……あっちで食べよっか」


 そうとだけ促した表情が苦笑であっただろうことは、もはや否定しまい。

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