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残されたもの

以前に掲載していたものを大きく書き直しての再度投稿です。

のんびりやっていきますのでよろしくお願いします。

 今一人の少年は伝説を目の当たりにしている。


 少年の思い出せる限りる大きなもの、「城」と呼ばれていたあれよりも遥かに巨大な龍が、太く逞しかった四肢が力無く大地に叩きつけられる。それでも周囲にの森は悲鳴をあげながら数々の木々たちが爆風によって爆ぜわれていく。


 今まで超えることのできなかった龍の力を一人の人間がねじ伏せて見せた。


 これが伝説の始まりである。





 ――いつかあんな風に強大な龍を倒してみせる。


 駆け巡る興奮を抑えることができず少年は拳を強く握りこむ。まだ柔らかいその肌を自分の爪が食い破っているのにも気がつかない程少年の気持ちは高ぶっていた。


 しかし現実は無情である。少年はまだ自分がいかに無力かを自覚していた。この年で自分の力を客観的に分析できる人間も多くない。その点を考えると少年は優秀さの片鱗を見せていたのかもしれない。


 しかしながら今回の戦闘で彼にできることは師の言いつけを守り、龍に自分の気配を悟られないようにすることだけだった。


 これまでは我慢してきたがそれでも少年は弾む心を抑えられずには居られなかった。


 少年は心に誓う。この光景を、偉業を全人類に伝え後世にまで語り継がせる。


 その後自分も師と同じくいつまでも怯えるだけの暮らしを捨て、龍に立ち向かっていくのだと。











 僕は師匠から身を隠しているようにときつく言われていたが、倒れた龍を目の前にして興奮を抑えることなどできず身を潜めていた木立から飛び降りた。


「やっぱり、師匠はすごいや。天災級七飛翔龍の内の一匹を本当に倒しちゃうなんて」


「フハハ。私に不可能なことなんてない。いや、人間誰だってやろうと思えば不可能なことなんてないだろう、私はそう思うね。ていうかお前出てくるなって言っただろうが!」


 大きな背中が振り向いて豪快に拳骨を飛ばしてくる。拳骨さえも常人放れした速度で飛んでくるから、避けることもできず頭がガツンと痛い。


 愛する弟子にすら本気で殴る。これが僕の師匠のアマツだ。


「痛い。いや、それは師匠だから言えることだと思う……」


「そうか? そんなものか? よくわからんが、疲れたわ」


 師匠は猫の様に大きく伸びをして、長い欠伸をする。


「いくら師匠といえども、三日も眠らず戦い続けたらそりゃ疲れるよ。というよりそんなことできる人なんて他にいないよ」





 三日にも及ぶ龍との戦闘で僕達のいる高台から望める範囲辺り十キロメートル程度は、ぽっかりと豊かな森が抉られ悲惨な有様となっている。


 朱色に燃える夕日が激しい戦闘の跡を克明に映し出す。今もまだあの激闘が繰り広げられているような錯覚すら覚える。





――ここにもいつか、また新しい生命が育まれることはあるんだろうか?





 戦火に巻き込まれた動植物達はみなこの黒いコゲた跡に変わってしまった。そう考えると身体の芯が冷水を浴びせかけられたようにぞわりと冷える。動植物は自分とはなんの関係もないのに関係ないと素直に思えない自分は一体何なのだろうか?


 その時僕の頭の上に柔らかくて温かい手が、ポフンと乗せられた。


 それはさっきまで獰猛な龍と壮絶に戦い、傷つけ、死に追いやった手であるが、僕にとってはいつだってほっとできる手だ。


「自然はさ……人間や龍なんかよりよっぽど強いよ。だからお前がそんな顔をする必要なんてないさ」


 僕の髪を憂いを帯びた手つきでグシャグシャにしながら、師匠は微笑みながら言った。








 しかし、唐突にその微笑みが凍りつき、頭の上の手が不自然に震えた。


「生命力だけは自然の上をいくかもな、貴様ら龍は……」








 呟きをかき消す甲高い悲鳴にも似た唸りが周囲に轟いた。凄まじい高音と烈風が振動と風圧を伴い僕らを吹き飛ばそうと襲いくるが、師匠の大きな背中が僕を覆い隠すようにその風を寄せ付けなかった。


 けれど龍が生きていたことの恐怖と、師匠の胸から突き出ている禍々しく鋭い凶器の存在が先程の身震いとは比較にならない程僕の身体を震えさせる。








「なんで……なんで奴は生きているの?」


 肋骨をへし折り、心臓や肺のあったであろう胸の中心から黒い何かが突き出ている。僕はただひたすらに師匠の胸がどす黒くなっていく様から目が離せずにいた。


 穿たれた穴からは今も大量の血が地面の若々しい草へ、滝となって轟々と流れ落ちていく。


 緑の絨毯に池を作っていく赤が、血が、無慈悲に現実を叩きつけてきた。





――母さんはもう助からない、と。





 そう意識してしまうと、もう溢れ出る涙を止めることはできなかった。


「あらら、やっちゃったね。いつもつめが甘い所が私の悪いところなんだよ。ったく泣くな、バカ! 男は女の前じゃ涙は見せちゃいけないよ」


「母さん……」


「うー、痛った。こいつも最後の力を振り絞って一矢報いにきたわけだ。身体と尾が繋がっているからか、わかるよ。死にそうなくせして憎しみ、憤怒、破壊衝動に溢れてやがる」


 自分の胸から突き出ている禍々しい龍の尾を掌から血が吹き出るのも構わず乱暴に握りしめ、さらに続ける。


「でもね、でも息子にはもう傷一つだってつけさせやしない。充分に傷ついてきた。そしてなにより私がどれだけ苦労して、どれだけ愛して育ててきたか。貴様にはわからないだろう。わかってほしいわけじゃないけどさ。だから!」


 握りしめた両の手から白銀の光が溢れ出す。





「貴様はここで必ず私が止める! 私一人の命で済むなら安いものだ!」


 遠くで地に伏せっている龍が自分の尾を通して良くないものを感じたのか、身体をのけ反らせてこの世のものとは思えない吠え声をあげた。


「すまない。もっともっとお前と一緒にいてやりたかったけどしくじっちゃったよ。お前の嫁の顔を拝むまで死ねないと思ってたけど……」


「母さん、死なないでよ! 母さんに不可能なことは無いってさっき言ったよね? だからこれからもずっと傍にいてよ!」


「ハハ、命の終わりばっかりは人間だからどうしようもない。けどお前はこんな死に様にならなくていいようもっと強くなりな。私を超える偉大な龍滅師になるんだ。私はずっと傍で見ていてやるから……」


 光源はさらに強くなり痛いほどの光でついに目を開けていられなくなった。


 それでも僕は吠える。溢れ出る悲しみを吐き出したくて、息の続く限り吠えていた。








 次に涙で汚れた目を開けた時、僕と鞘に納められた一振りの細身の刀、そして一つの伝説が残された。


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