加藤 春奈の場合 ~ベンチにて~
そう言えば、虫が少ないなぁ…私は、その場で違和感を感じていた。
それに少し空気が重いし、どことなく見られてるような気がするけど、勘違いだろう。
なにせ、私からしたら霊感強いっていう人間の数倍はこの死神たちが
特に周りを警戒する様子も無いのだから…
ジンギさんがゆっくり立つと、手招きをした。
「 それではそこに腰かけてください、僕らはこっちでね 」
ジンギさんの温もりが残る綺麗に掃除された座面の方を私に、
ささくれて虫の死骸が転がって冷たい座面の方を安藤さんに勧めた。
多分、無意識なんだろうけど男性に対してはまるで関心が無いのは分かる。
ジンギさんがジャニスにウインクすると、
ジャニスは、ため息をついて呪文を唱えると向かい合わせにベンチが出現する。
「 はいはい…座った座った 」
ジャニスの背をニタニタ笑いながら押して出現したベンチに座らせて、
密着するようにジンギさんはジャニスの横に座った。
ジャニスは真っ赤な顔をして両手でジンギさんを押し返すと
またニタニタ笑って拳一つ分だけ離れて今度は私の顔を見て笑った。
「 もう、いい加減にしてよジンギさん。
ああ、それから春奈さん達に言っておきますが、
この公園一帯を閉鎖空間にしますね。
もう夜も更けてますけど人目もありますし邪魔が入るかも知れないし 」
別にそんな心配しなくてもと思う。
夜10時…もう野生動物か猫ぐらいしか通らない時間だ。
ま、でも静かすぎるんで近所の手前もあるしその方がいいか。
「 それでは…何から話そうかしら…そうだ
まず、今回の皆さんの命を救った件の説明をしましょうか。
あまり詳細に話すと運命曲線に影響が出るんで最小限にしますね。
貴方…加藤春奈さんは未来に救世主となって世界を救います。」
「 … 」
あまりに荒唐無稽な話にアホらしくなって匙を投げたくなった。
28のしがない無職の学歴も特技も無いガサツな女が救世主?
「 二郎君、美智子さん、泉ちゃん、高木のおじさまは
あなたが救世主になって協力してくれる掛け替えの無い根幹メンバーですね。
そして、これから何世代にわたって生死を繰り返しながら、
何度も蘇っては世界を救う運命を背負っていく事になりますわね… 」
八犬伝か!って思わず突っ込みを入れたくなる。
いや、こんな設定は三文アニメでもついぞ見ない…
世界を救うための何度も蘇り戦い続ける救世主…中二病でも思いつかないっての!
「 いや…あなた。それマジで言ってます? 」
「 本気も本気ですわよ。そうじゃなきゃ196人も海に沈めて
書き換えられた運命を捻じ曲げてあなた方を救う意味ってあります? 」
「 ちょ…ちょっと待ってください。救うってどういう意味です?
書き換えられた運命を捻じ曲げるって? 」
安藤さんが話しに割りこんできた。
「 詳しい事は禁則事項で言えませんが、
誰も死なずにヘルシンキに到着して、
そこで皆と出会うって言うのが…本来の運命でしたのよ。 」
「 は?何言ってんの?
運命って書きかえられるんですか?
たしか、あの時運命が変えられないからあなたが皆の魂を
回収していったんじゃないんですか? 」
「 ええ、そうですわ。
ちょっとあの時は語弊のある言い方で申し訳ないですけど、
残念ですけど運命っていうものを変える事は
簡単には出来ませんし、矛盾を解消し計算を万全にしたうえでも
私たちには完全には出来ません。
だから、皆が助かる運命への修復は無理で、
あの時点ではあれしか改編する方法が無かったんですわよ。」
「 でも、そうなると最初の運命の書きかえって… 」
限定的な処置しかできなかったからというジャニスの話だと、
そこまでの運命の変更って出来るのだろうか?と思ってしまうが、
次にジャニスが言った言葉で少しは納得した。
「 運命の書き換えは理論的には出来るんですよ。
私たちでも改編までは出来ますからね…
小難しい物理学的証明はしても無駄ですから、概念的に話しますね。」
当たり前だ!相対性理論を物理の初歩ぐらいにいう連中の理論や数式など
聞いても無駄だからだ。
「 運命というのは合致した経過の結果の集合体ですから、
単一で確定的なものというわけではないですよ。
だったら経過のほうを少しずつ変えていけばいいってことです。
長い時間をかけて…慎重に事を運べば、運命を変えれます。
例えば、道端の石でも位置を変えるだけで影響は出ます。
それによって軽微でも物理的事象の改変に繋がりますからね。
確率的にはほぼ無視していい様な可能性でも、
星の数ほど事例を積み上げれば変わっていきますわね。
ここまでは理解できますか? 」
小難しくは話しているけど、大体分かる。
もう少しくだけた話し方だともっとよく分かるんだけどね。
「 なんとなく分かるわ、小石一つでも車ではね飛ばしたりして
通行人に当たったり、窓ガラス何か割ったりするからね。
でも、風が吹けば何とかみたいに非常に低い影響を
星の数ほど事例を積み上げて徐々に事象を変形しなくても、
ジャニスたちなら、
空間を捻じ曲げたり、時間をある程度コントロールできるから、
もっと簡単に出来るでしょう? 」
当然の帰結ではあると思う…
能力の範囲が人間とはレベルが違うんでそんな事も可能だと思った。
「 春奈さん、運命の書き換えについての
概念的な説明って言ったでしょ!まだ、気が早いですわよ。」
ああ、そうだった。
「 運命の書き換えについてはこれが基本的な理念ですわね。
ただ、経過といっても運命の一部なので、
変化をさせるためには時空間を操る私たちでも相当な能力が必要です。」
「 ま…まさか。あの呪文はあなたが運命に干渉するために? 」
「 はい、言ったでしょ…能力は100分の一で済むって。
そこに通常の10倍の能力を叩きこみました。
そのせいで精度が落ちて、お尻がひっかかりましたけどね…
超重力干渉や他の手も考えるには考えましたけど、
これが一番手堅いって事でこうなりました。
そこで残存した能力で、
結果的にあなた方を助ける事が出来たから成功でしょう… 」
多分お尻の件は、ただ単に大き過ぎるだけの様な気がするけど
「 だったら、196人の貴方の体に取り込んだ命は必要だったの? 」
「 ええ、必要でしたわよ。
あれまでしか、私たちの力ではどうにもなりませんでしたから。
もっと早くに気がつけば別だったでしょうけどね。」
氷のような答えだった。
「 時間を遅くしたり止めたりすれば… 」
「 前にも言いましたけど、別に万能ってわけじゃにですからね。
範囲も限定的だし現実の中で数時間も過去に戻るというのも出来ません。
過去は起きたことがそのまま記録されていくものですからね。
何度も言いますが、あれが精一杯でした。
それに今更って感じですよ。
196人の方の運命として既に私に取り込まれているわけだし。
今も言いましたが、既に終わったことですからね。」
確かにそうだった…私もそれには納得したんだ。
「 分かった…もう、過ぎてしまった過去の事ですもんね…
でも…運命の書き換えって誰が起こしたの?
ジャニス達よりも高度な存在なのかしら…目的は有るのかしら 」
死神…って言うかジャニスたちでも難しい運命の改変を出来る存在がいるのか
もしいたとしたらここで話している事すら無駄じゃないのかな?
「 いえ、能力的な差が彼らとそんなにある訳じゃありません。
目的については今は捜査中ですわね。」
ジャニスはチラッと安藤の方に顔を向けたが、
安藤は、半眼で笑顔を浮かべながら白銀に輝く山の方を見ていた。
ジャニスは少し溜息をついて春奈の耳元で呟いた。
「 彼らについては個体差が大きすぎて良く検証もされていません。
けど、統計的には死神と大して変わらないって聞いています。
”ジュールス ”それが彼らの種族の名称です。
今回は、その中でも相当な大物がかかわっていてですね… 」
ジャニスはそこまで言って、
再び安藤さんの方を向く…何を気にしているのかしら?
「 いいですか…よく聞いてくださいね、実はですね。 」
そこまでジャニスが言いかけた時、
閉鎖空間化した別次元の公園の真上に、紫色の雷光が雨の様に降って来た。
空間はドーム化しているのか頭上で花が咲くように四方八方に飛び散る。
「 え…これって。」
ジャニスが紫の光の雨を見上げて、驚愕のあまり震えながらそう呟いた。
「 これ…ジュールスの極光干渉じゃないかよ…
この規模だと直ぐに天井に穴が開いてくるぞ…しかし何て力だ 」
バリバリと雷の様な音が次第に大きくなって来る。
私は…雷もそう怖い方ではないけど…これは異常だと思った。
見渡す限りの紫の雷が光続けているからだ。
「 ふ~ん 」
ジャニスや私たちが緊張の面持ちで空を見上げているのに、
半眼でのんびりと安藤さんは天井を見渡していた。
「 あ…あなたじゃなかったんですか? 」
ジャニスが恐る恐る安藤さんに声をかける…
「 何が?それより天井を良く見てみろよ、あそこあたりに穴が開くぜ… 」
落ち着いた口調で安藤さんはそう答えた。
ジンギさんが急に立ち上がって、何やら唱えだすと…
ジンギさんの手の周辺で黒い雲が現れてくる。
黒い雲はやがてジンギさんの体全体に行き渡って、体全体を覆っていく。
ピシピシ…と何かが割れて行くような音がした。
ジャニスが青い顔をしながら、背中の舞踊の鎌を取り出して
剣道の平正眼の形で天井を見上げながら構える。
自信たっぷりで軽い笑顔が普段の顔のジャニスだけど、
必死の形相で、冷や汗が噴き出ているようだった。
「 心配するな、俺が何とか守ってやるさ。」
黒い雲が晴れて、ジンギさんの姿が見えて来た。
夏もまだ終わっていないのに真っ赤なゆったりとしたクローク姿、
その下は真っ黒なダークスーツだった。
何やら吸血鬼の様な服装だったが、
茶色の綺麗な髪と、ダークブルーの瞳にはよく似合っている。
手には平べったい特殊な形をした二本の短い鎌が握られていた。
急にバキッと音がして、凄まじい勢いで亀裂が入る。
「 来ますわ… 」
次の瞬間に、バンと大きな破裂音がした。
細かな無数のチリの様なものが、月の光で煌めきながら降って来る。
「 閉鎖空間を無理やり破るなんて…考えられないわ。」
「 ああ、そうだな。こいつは多分凄い大物だ… 」。
見上げた空からゆっくりと何かが舞い降りて来た。
空を飛んでいるのに体のわりに小さな翼…でも翼の幅は軽く20メートルを超えている。
下から見ると長い尻尾と長い人間の様な手…
あの大きさであの翼なら凄い勢いで落下してくるはずなのに、
何か透明な大きな翼でもあるかのようにゆっくりと旋回しながら降りてくる。
そして日本語が大きな声となって降り注いできた。
「 加藤 春奈…迎えに来てやったぞ。 」
その声は、あたりに畝ってこだまする…
声に禍々しいって言うのも変だけど、低く地の底から這い出て来るような
そんなうめき声だった。
私は、その言葉を呆然と聞いていた。




