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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第二幕 暗闇に浮かぶ赤い目~Loup noir~
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死の恐怖

  細切れになって鉄のレールにこびり付いた私だったが、

 やがて無くなった筈の意識を取り戻した。

 体の方も、最初は痺れた感じだったけど、徐々に元に戻っていくのを感じる。


 自分の顔は確認できないけど、手足はちゃんとついている。

 ぐちゃぐちゃになったはずの目が、最初はぼんやりと暗いお空を映してきて、

 そのうちに小さな光が少しずつ…やがて空一杯に綺麗な星が沢山沢山

 目の前に浮かんでいるのが見えて来た。


 凄く綺麗だって思った。

 数えきれない星の海っていうのを初めて見たと同時に、

 とても綺麗すぎて…普通のお空じゃないって思った。


( ああ…無事に死んだんだ。これでもう…苦しまなくても済むんだ。 ) 


 確かに、電車に撥ねられて細切れになったはずの私が、

 まともな体をして夢のような星空を見ているんだから、たぶん魂のようになってるんだと思う。


 それに目が覚める前に感じた物凄く痛かった感覚は、

 今はもう遠い昔かと思う程に何も痛くは無かった。


 私は、身動きは取れないまま暫くその空を見ていた。

 そのうちに少し獣の匂いがしてきたが…何故か落ち着く匂いだった。

 鼻の感覚も戻って来た。

 そして、背中からはゆっくりと柔らかくて暖かい感触がしてきて

 なにか大きなものに守られているというか守られているというかそんな感じがした。


( しかし、死んだ私はどこに行くんだろう…天国かなぁ? )


 地獄じゃないと思う、私そんなに生きていないし悪い子じゃなかったもの。

 それより、死んだんだから、

 ひょっとしたらかなり前に死んだお父さんやお母さんに会えるのかなぁ。


 そう私が思っていると、背中の方から優しい声が聞こえてくる。

 低い男の人の声だった。


「 残念だろうけど、それは無いから諦めろ。

  お前の運命は既に決まっているので

  死んで父母のいる吾輩の世界に来るには、まだ当分先の事ということになっておる。」


 誰だか知らないけど、私言葉にしていないはずだけど…

 でも、死んでいるのか夢なのか少なくとも私が生きていた世界じゃないから

 私の心が分かる人がいるかもしれないと思って返事をする。


「 でも、私…死んじゃったもの。これで終わりでしょ私の人生って。」


 すると声の主は少し笑って答えてくれた。


「 ああ、あのままなら確かに死んだんだが…吾輩が次元を切り取って確保したんだ。

  そして死んだらどうなるかってイメージをお前に与えてやったんだ。

  すまんな、悪戯が過ぎた。

  あまりに簡単に死のうって考える人間にはこのぐらいがいい薬かと思ったんだよ。


  さっきも言ったとおり、お前の死の予定には無いのだが完全なる運命って訳でもないんでな。

  多少、死の恐怖っていうのを植え付けてやったんだよ。」


「 え?でも、凄~く痛かったし…体がバラバラになる怖さも凄かったんだけど。 」

 あれが、ただのイメージ?それに悪戯で済むレベルじゃあ…


「 まあ、お前がそれでもどうしても死にたいって言うなら、

  この場でもう一度時間を巻き戻して電車に放り込んでやるのも考えてやってもいいけど、

  実際に巻き込まれて死ぬとなるとさっきの数十倍は痛いんだが… 」


 その言葉に私は何も言えなくなってしまった。

 さっきは死ぬほど痛かった。…というか死んだって思ったけど。

 あれより数十倍…それを体験するほど私は死にたいわけじゃない…そんなの経験するぐらいなら

 どんなに辛くてもあの叔母さんの基でも生活できる。


「 はは、悪い悪い…怖い思いさせてしまって

  しかし、自分から死ぬなんて馬鹿な真似は愚行そのものだと思うぞ。

  運命は決まっているとはいえ、

  それはお前の両親からきつく言ってくれって言われているからなぁ。」

 諭すように私にそう話してくれた。

 

「 両親?知っているんですか? 」


「 ああ、そうだ…まあ、吾輩の国の民だからな今は。

  それに、両親のことは気にしなくてもいいぞ…結構楽しくやっているからな。」


 死んで楽しく…って意味が分からない。


「 あなたの国って…天国みたいなもんですかぁ? 」


「 ふむ、死後の世界っていう点ではな。

  しかし、天国とか極楽なんてものは絶対に存在しないんだから、

  そんな人生逃避の為の世界など信じてはいかんぞ…人間が駄目になるからな。


  おっと、もう次元列の補修が終わったか…お前を返さねばならんなあ。」


 返す?どこに私は混乱していると


「 飛び込む前の切り出された時間配列にカードのように差し戻すのさ…

  って分からんだろうが。

  要はもう一度、考える時間が出来るというわけだ。」


「 あなたは神様かなんかですか? 」


「 は、上位次元体であるあの人たちなんかと一緒にするなよ。

  吾輩たちは必要だからお前たちの魂を借り受けて、そして…うむ、子どもには難しいか。

  し…そうだ、死神って感じだな。 」

 なんか言いずらそうに私にそういう返事をした。

 なんとなく神様でないって分かったけど…優しいその声は恐ろしい死神って感じじゃなかったけど。


「 ふん、なんか引っかかった感じだから私の名前ぐらいは教えておこう。

  アルコキアス、親しい友人はアルさんって呼ぶがな…


  しかし、結構話したがお前にはここでの記憶は一切残らないのも言っておこう。

  そして、ここでお前が得たものが一つだけ与えておこう。」


「 な…なんですか? 」


「 それはな、死、死への恐怖だ。」


 最後の声は小さくて聞き取れなかった。

 ただ、その声が消えると同時に満天の星が少しずつ消えて行って、

 私の意識が朧げになって何も考えれなくなってしまった。

 ただ、急速に暗い何もない空に戻っていくのだけは目に映っていた。



 カンカンカン、カンカンカン…


 芯まで冷える寒い夜空に大きな音が響き渡っていた。

 その音に急に目が覚めたかのような錯覚を感じた。


 え…

 私は体中を真っ赤に照らしている踏切の警報ランプを呆然と見て思った。


 さっき…私、バラバラになったんじゃないの?

 確かに血まみれになった、凄く痛かった、ぐちゃぐちゃになって…

 え?そんなことあったけ?


 私は一瞬、訳の分からない事が頭に浮かんだと思ったけど、

 直ぐにそれすらも思い出せなくなって来た。


 っていうか…私、なんでここにいるんだろう?

 そうだ、私、もう何もかも嫌になって死ぬためだった…けど、どうしてか怖い…


 飛び込んだら直ぐに死ねる。

 ちょっと、目をつぶって目の前の棒をくぐるだけでいいんだ。

 もう終電も近いんで早く飛び込まなくちゃいけない!


 そう思って、遮断機の棒に手をかけたが、

 改めて、凄く明るい光を出してこちらに来る鉄の塊に足がすくんだ。

 ついさっきまで決心したはずなのに…その迫力に心臓が止まる思いがする。

 で、

 何故かバラバラになって体中が物凄く痛くなって、

 車輪の下でぐちゃぐちゃの自分が頭に浮かんだ。

 一瞬でって思ったけど…もし、ぐちゃぐちゃになるまで意識があったら怖い。

 土壇場で私は、遮断機の棒をくぐることが出来なかった…

 電車の近づく振動で怖くて少しオシッコが漏れたのもあったのかもしれない。


 私は、

 目の前をすごい速度で通り過ぎる山のように感じるほど大きな電車を呆然と見送った。


 電車が通り過ぎると強い照明の灯りの中、

 踏切の向こう側でお座りしている凄く大きな黒い犬が見えた。


 その犬は傍に誰もいないし、首輪もしていない。

 物凄く大きくて強そうで、

 普段ならそんな犬なんか見かけたら泣き出しそうに怖いし、

 足が震えて心臓もバクバクする筈なのにちっとも怖くなかった。

 初めて見たはずなのに…つい最近見かけたような気もする。


 遮断機が上がると犬はハッハハと白い息を吐き、少し首を振りながら歩いて来る。

 そして、私のすぐ横まで来ると

 人懐っこく私に頭を擦り付けて来た。


 私の倍近い大きさなのに少しも怖くなかった。

 ただ、なんだろうな?って感じがするだけだ。


「 駄目ですよ、死のうとするのわ。」

 その時、私の肩に大きな白い手が後ろから伸びてきた。



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