緋村 信二の場合 ~死というものは~
もう今は外が見える訳じゃないけれど、今日はいい天気だ…と思いたい。
なぜかって?
ほら、よく言うじゃないか…死ぬにはいい天気だって。
いや…いい日だったけ?それとも、いい場所だっけか?
まあ、どっちでもいいや結論は何も変わらないからさ。
そう思うのは、三年以上も続いた孤独で押しつぶされそうな、
地獄の様な毎日が続く闘病生活から今日でどうやら解放されるからだ。
そう、僕はやっと、望み通り死ぬ事が出来る様だ。
長い長い自宅での療養もやっと限界にきて、
総合病院に移っての2週間。
意外に早く死期が訪れたのは正直、ありがたいと思った。
病院側は、もう少し早く来れば…と世迷言を言ったらしい。
まあ、使用人のばあさんからの又聞きだけどね。
ああそれと、両親は俺には興味が無いので病院には来なかった。
腐った親だとは思うけど、でも感謝はしてるさ。
なにせ好きなだけ金は出してくれるし、
愛想の無いばあさんだけど、
こうして、世話用として使用人もつけてくれたしな。
それに、いまさら来てもらっても困るさ…大っ嫌いだからさ。
おっと、話が逸れた。
ばあさんに話した医者に言ってやりたい。
もし、最初っから入院をしていたとしても、あんたら何が出来た?と
だいたい、治療法もない病気だし延命処置も出来ないから対処療法だけだろ?
そんなら、ただ時間とともに衰えて死んでいく事を考えたら
辛気臭い病院の、薬品臭い病室で、
赤の他人の看護師さんにいろんな世話をされて何の意味がある?
体が動くうちは好きなところで好きな事をする方が普通だろう?
入院してから生活は、
食事は、糞不味い流動食と、補助的に点滴で補充する事になった。
呼吸も苦しいので、酸素マスクで補助してもらう。
既に自発的に排泄も出来ない状態だったので、
下剤とおむつという…ちょっと前なら自殺しそうな介護を受ける。
そんな感じだ。
ケアする看護師の態度は、
僕が口が利けないと分かっているので結構適当だったように思う。
それに、病院での愚痴や出来事をとめどなく話して来て迷惑でもあったけど、
まあ、激務の代名詞みたいな仕事だから手を抜く所があってもいいと思う。
どうせ、そうは長くないと自分でも思っているので許してやる事にした。
治療や処置の時間じゃない昼間は、
軽く起こされたベットの上で、日がな一日外をぼんやり見ている事が多かった。
それが、まあ、唯一の気晴らしのようなものだった。
8階の個室だから窓も広いし景色もいい。
自宅だと、ただただ広い庭と変わり映えしない使用人を見ていただけだから、
眼下に広がる景色は色とりどりで変化があった。
ちょっとした天気の変化も面白く感じた…
風の強い日にスカートの裾を押えて目を瞑って歩くOLや、
近くの学校へ通学している中高生なんかが雨の日に様々な色の傘を差したり、
穏やかな日に談笑しながらふざけながら歩いているのを見たりして、
ああ、病気にならなきゃな…ってどうしようもない一言を頭に浮かべてたりした。
勿論、
生き生きとした同年代の女の子を目の保養がてら漫然と見れたし。
可愛いなぁとか、付き合いたいなぁとか勝手に自分で思ったりして
かなわない青春を夢の中で繋げてほくそえんだり…
いいことと言ったらそれぐらいかな…
その他は誰も見舞いに来ない病室で腐っていくだけだった。
そんな静かな二週間の入院生活だったが、もう終わりだ。
さっき、眩暈がしてベッドにものを吐き出してから数分でばあさんが
医療スタッフが呼び出して、
今、慌てて器官挿入や、強心剤を直接心臓に入れ込んだり
ガシャガシャと雨のようにも聞こえる器具のこすれる音を聞いたり、
電気ショックも何回も受けたけど…ホンの少ししか感触が無かった。
自分の体なのに、まるで遠くで起きているように感じる。
そこで僕は、これは死ぬんだなと確信した。
ただ、嫌な事にまだ意識がしっかりある。
もう目も見えないが、耳はしっかりと聞こえる。
まるで拷問だ…
「 こ…これは、もう無理ですね… 」
思わず呟いた女医さんに、看護師が噛みついていたのも聞こえる。
「 あほか!最後まであきらめんなよ、 まだ18だぜこいつはよぉ!」
凄く必死な声で叫んだのは、適当で愚痴ばかり言っていた看護師さんだった。
ああ、そうか
あれって別の意味なのか…と思ったけど…いいよもうありがとう看護師さん。
でも、不思議にその看護師さんの手のぬくもりが僕の手の中に感じられた。
暫くすると、耳も聞こえなくなった。
僕としてはただの無音の闇だけど、まだ意識がある。
はは、勘弁してほしい…
僕は、病気なってから全てを失った。
家の跡継ぎの兄貴のスペアって位置…もう、それから両親とは会っていない。
高校生活もほんの数週間でお終いになった。
死ぬだけの自分を見せるのが嫌で、海外留学ってことにしたから、
数少ない友達も、昔の取り巻きや女の子も音信不通になった。
それと、
中学のころには、好きだった泉という女の子もいたけど。
今さら特にどうとかは思わないが、顔ぐらいは死ぬまでに見たかったなぁ。
自宅の屋敷は、両親が非干渉の代償に人や設備も結構な物を用意してくれたが、
見舞いに来る人は当たり前だがゼロだった。
仕事だしな…
生活に困る事は一切無かったし、食っちゃ寝て、ネットに漫画…
金は唸っていたんで何でも手には入った。
裕福な引きこもりだったなあ…面白くもくそも無いけどな。
気のきいた使用人たちで、生活そのものは快適ではあったけど、
所詮は金目的だから、ビジネスライクで作り笑顔で世話をしてくれるだけ。
普通に考えれば、ただの座敷牢だった。
孤独の中で無為に過ごした三年間…腐る様に体が死んでいっただけだけどな。
ああ、何故僕が…と何度も思った。
それは、この死ぬ間際の今もどうにもならないと分かっていてもそう思っている。
くそおもしろくなかったなぁ…
この世に生れて、何も残せず、誰からも認められず、必要とされていない。
ま、その事はいいとしよう、大概の人間はそんなもんだからな。
でも、何か忘れている気がする…
それが何か分からないうちに、最後の意識が消えてくれた。




