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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第八幕  乱気流 ~Le Prince du monde~
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高木 恵一の場合 ~寂しい日々の終わり~

  大きな窓に映る満月を見ながら、高木恵一は安堵のため息をついた。


 大蛇のような腕で拘束され、甘く柔らかい匂いと

 豊満な肉体に刺激され反応する自分を抑えるのは、ある意味地獄だった。

 更には、ここまでの道のりも刺激的だった。

 悲鳴を上げそうなほどの速度で空を飛び、

 亜空間のような所を抜け、光り輝く自分の住む街を抜け

 いきなり建物にぶつかったと思ったら、なんの障害もなく研究室に帰れたこと

 全て僅か数十分の中で起きたのだ。


 安どのため息ぐらいついても当然だった。



  「 へええ、高木さんは大学の教授って言うから、

  専門書の山で部屋が埋まっているかとかと思えばそうでもありませんわね。」


 ジャニスは、高木の書斎で数十冊の本がびしっと詰まった本棚を見ながらそう呟いた。

 どれもかなりの年代物で…よくわからない文字で書かれている本もある。

 ただ、本棚もそれ一つだけで他に書庫も無かったので意外だったのだろう。


 部屋の中にはほかには来客用の5人がけのソファーと

 ガラス天板の高そうな木製のテーブルがあり造花と白いテーブルクロスがかかっている。

 他には、大きなマホガニーの机に、PCモニターが3台乗っかって、

 長時間の使用を考えている為か、奇妙な形だが高そうな椅子があるだけで

 壁にもありがちな写真も絵画も一切なく非常に殺風景な部屋だった。


 高木自身が非常に綺麗好きなのか

 埃一つ落ちていなかったので生活感というものを感じられなかった。 

  

「 まあ、昔はな…アホほど本は有ったけど、殆ど大学に寄付してもうたわ。

  そうしないと本と資料で部屋が埋まってまうからな。


  ワイとしては、別に本のコレクターや無いんで情報さえありゃあいいんで、

  最近は、電子であるものは入れ替えとるし、

  古文書なんかは、劣化もあるんでなるべく触れたくないんで

  電子で無い物は全て圧縮画像で取り込んで保存しとる 」


 高木は、ジャニスに無理言って海中の飛行機の貨物室から取り出してもらった

 自分の荷物を開きながらぶっきらぼうに答えた。


「 でも、結構高そうで、装飾も華美な本が… 」


 ジャニスは、本棚に手を伸ばして一冊取り出す…意外とずっしりとしているのか、

 手に取った瞬間に少し下に引っ張られるように肘が落ちた。


 ちょっと驚きながらも、パラパラと本をめくりだした。

 

「 へええ、古代ヘブライ文字ですか…よ…読めるんですか? 」


「 ああ?読めんよ普通に。わいは考古学者やないしな。

  それは装丁が立派で、いかにも古文書って感じやないかぁ。

  まあ、いってみりゃカッコつけやな…大学の教授って感じのな。


  ワイはそう言うの興味無いんやけど、大学側が少しはカッコつけてくださいよ

  って言うから仕方なしに置いてるだけやな。

  他の本もそうやな…、まあ、ポスターか絵画やと思えばいいやろな。

  ああそれ…古代のエロ本やぞ。 」

 

 ジャニスがその行為だと思われる挿絵を見て、真っ赤な顔でその本をピシャンと閉じた。


 そんなジャニスを少し可愛く感じたのかに高木はこやかな顔で眺めた。

 だが、それも一瞬で、

 高木は荷物を整理して、必要な書類を机に入れ終わってため息をついた。


「 まあ、無理して出してくれたのには感謝しとるわ。

  もっとも、あんたが言ったように伝言ゲームのカードみたいなもんやで

  どこまで本物か分からんけど…集めるの苦労したからな。

  

  ほれにやな、フィンランドで発表するはずやった資料もあったし、

  こんで記憶は無くなっても、

  折角の記録ってのは残して行かないかんやろ?

  またいつか、そこで発表したいし…

  そうじゃなきゃ、196人も目の前で海に沈めた自分が情けないしな。 」


 自虐的に笑いながら、窓から外を見る。


「 えらく綺麗なお月さんやなぁ…あんなん見ると

  あそこで起きた事が夢みたいに感じるわ…。


  それはそうと、先に行った2人はどうなったんや?

  男の方は人生に迷っていたし、女の子は絶望してたしなぁ…

  うまく処置しないと… 」


( ああいう若い連中は、結構脆いからな~ )

 教育者としての経験から、そう心配していたのである。

 

「 ああ、心配しなくてもいいですわよ…ちゃんと処置しましたし、

  あれならお二人とも、今後の人生をちゃんと続けていきますわよ。

  それより、貴方の方はどうなんですか?

  

  結構、失礼な事を私言っちゃってヘコンでいるか心配したんですが… 」


( ははは、なら言うなやなぁ。)


「 ははは、気にせんでええって、もう50近いおっさんなんやで気にせんよ。

  それに、あんたがここから消えたら記憶が無くなるやないか。

  それなら、

  自分の今まで生きてきたとおりに、これからも過ごすだけや。

  さっきの若い二人みたいに長い未来もあらへんしな…


  でも、あんたに言われてやな、

  少し他の事でも学ぶのもいいかなと思ってるんだ。

  物理や生物、地学なんかもええな…

  こう言うのは答えがちゃんとあるし、証明もちゃんと出来るしな。」

 

( ま、実際の所、実学って言うのは常識程度しかやってなったんで

  勉強する範囲も多いし、時間をもてあまし取るワイには丁度いいしな。 )


「 流石に、伊達に歳を取っていませんわねぇ。随分、落ち着いていますわ。

  でも、学問の話ばっかりですわねぇ…他に興味とかないんですか? 」


「 まあ無いな…この歳まで他に趣味っていうのも考えも無かったし、

  酒は嗜む程度で、タバコもやらんし賭け事も嫌いやしな~。

  ほれに、仕事やゆうても学問ってのは、  

  ワイにとっては好きでやってるから道楽みたいなもんやし…」


「 そうですか?

  それにしては、私が最初に貴方を覗いた時には随分寂しそうな感じでしたわよ 」

 ジャニスは、心配そうな顔で高木の顔を覗き込んだ。


 少し苦々しそうに、ジャニスの顔を見返したが…諦めたようにため息をつく。


「 嘘も、虚勢も全く通用しないあんたにいい訳してもしょうがないな…

  そりゃ、寂しいって言ったら寂しいよ…

  20年連れ添った女房と、高校生の娘を事故で去年亡くしたばかりだからさ。


  でも、嘆いたところで死んだもんが帰って来る訳も無いしな。

  せいぜい、道楽に没頭して忘れることぐらいしか出来んやろ? 」


 そう吐きだした言葉には力が無くどこか投げやりの様に聞こえた。

 そして、こうも考えた。


( まあ、あんたと会ってなけりゃあここまで投げやりにはならんけどな。

  信じていたもの、勉強していたものをあれだけ馬鹿にされたらさ…

  

  ま、でもお尻のでかい巨体の姉ちゃんは心配せんでいいと思うぞ。

  今は落ち込んでいるけど、

  記憶が無くなったら、そう言う屈辱もすべてなくなってリスタートやろ? )


「 奥様と娘さんは確かにお気の毒でしたわねぇ…

  でも、いつまでも引き摺っていてもしょうがないでしょう。

  それに、学問て言っても

  あなたの場合、受講生の教育というルーチンな教育って仕事とは関係しませけど、

  基本、貴方自身の楽しみというだけでしょう?

  何かに役立ててこその学問じゃないんですか? 」

 誘導尋問の様に何かに導こうとするような言い方だった。


「 まあ、言う通りなんやけどさ、

  ワイの専門は、言語学に民俗学、歴史学に心理学ってとこか…

  沢山やってるけど、実際少しは役に立つのは言語学か心理学ぐらいやでな~

  何かに役立てるとかは… 」

 高木がもっともらしくそう答える。


「 う~ん、

  いくら記憶を消すといっても、これだけ運命と離れていると

  うまくいかないかもしれませんねえ…困りましたわ。

  

  しょうがない、これ反則ですけど…未来について少し話しましょうか。

  どうせ忘れますけど、

  意識の方向ずけに影響を及ぼしますから無駄ってわけでもないでしょう。」


「 ふ~ん、なんや? 」


( 運命の強制力が何とか言ってたんや無いのか?

  記憶を無くそうが、どうしようが行動そのものが…て考えてもしょうがないか。

  ジャニスは、とりあえず全部受け入れろって言ってたしな。 )


「 今から5年後に、貴方の提唱した新しい物理理論が、

  既存の物理学を過去のものにしますわよ。

  超弦理論も、量子論、ニュートン力学、相対性理論さえも超越した

  そんな世界を揺るがす様な理論ですわ。


  それが元で更に5年後、今回の皆さんと再会して…

  波乱万丈の物語を描く事になりますわ。 」


 高木が、胡散臭そうな目でジャニスを見る。

「 あんな~、人文系の学者って

  生物でも物理でも理論を言葉でこねくり回すまでは割と平気だけど、

  高等数学を駆使してそれを構築するのはえらい苦手なんや。


  ワイもご多分にもれず苦手やな、

  理解できるのも、一般的な高校生の数学レベルぐらいやぞ。


  そんなワイが、重積分や偏微分、ベーター関数に虚数証明なんて

  いまさら覚ろって言うんか?

  多分、光電効果あたりの関数でも理解は難しいと思うんやけど… 」


「 う~ん、でも理数系の方にとっては

  8ヶ国語を操って、いろんな国の歴史や民族に造詣があって

  なおかつ、心理カウンセラーさえ出来るあなたの方が

  よっぽどすごいって思ってるんじゃないですか?

 

  それに、私が言っているのは確率の高い運命みたいなものですから、

  実現の可能性は大きいですわよ。

  じゃなければこの度5人の方を助ける意味が無いでしょ? 」


「 う~ん、あれ…5人だったけ…6人じゃあ… 」

 そう言って、不思議そうにジャニスの顔を見たが


「 あ、ゴメン…そうや…確かに5人やな。

  木村君、川上さん、ワイ、泉ちゃん、春奈さん…だけやったわ。

  でも、そうか…

  このワイが物理学者ねええ…なんか不思議に感じるけど

  あんたが言うならそうなるかなぁ…

  でも、どういったきっかけでなるんや?

  

  記憶も無くなるし、あんたも居らんくなるわけやさかい。 」


「 大丈夫ですわよ、

  ひとつ、いい事をして置きましょう…手を出してください。」

 

 何を言ってるのか分からなかったが、言われた通り右手を差し出すと

 強い力でジャニスが握って来た。


「 アータデン ミライノル エメールキ… 」

 ジャニスは俯いて何やら呪文を唱えだした。


 呆然としている高木に向かって、ジャニスは笑いながらこう言った。


「 ちょっとばかり、運命を促進する能力を使いました。

  本来なら、もう少し後の事ですけど…ちょっとぐらいならいいでしょう。

  どうせ消えてしまう記憶ですが、

  面白いから言っておきましょうか…暗示にもなるし。


  私が消えて、今回の貴方の記憶が無くなります。

  そして、ソファーで目を覚ましますわ、そこで最初にこの教授室に

  入って来た人があなたの運命を変えますわ。


  まあ、それと寂しい日々も終わりますから。」


「 寂しい日々が終わるって…なんやねん? 」


「 それは、自分で確かめてくださいね。

  多分というか、これであなたが新たな人生を力いっぱい生きていけますから。」


 その声を聞いて直ぐに高木は眠くなってきた。


「 今回はお疲れ様でしたね。

  もう、二度と会う事はないでしょうが、これからの人生を

  奥様と娘さんの分まで幸せに送ってくださいね。 」


 ニコニコ手を振っているジャニスの姿を見ながら意識が遠くなるのを感じる。


( ああ、多分、目を覚ましたら全部忘れているパターンだな )

 と思いながら、ゆっくりとソファーへと倒れて行った。




 ドンドン ドンドンと壁を叩く音が聞こえてくる。

 ワイは、少しばかり重い頭を振って目を覚ます、誰かがドアを叩いている。

 

「 先生!高木先生!居るんですかぁ… 」

 おお、どうやら論理物理の今村女史かな…オールドミス(死後)じゃないわオールドメイドだな。

 まあ、それでもワイより8つも下やけど。


「 ああ、別に鍵もかかって無いし、入ってくりゃあいいよ。」

 何の気無しにそう答えると、過ぎ勢いで扉が開いて女史が飛び込んできた。


「 灯りが点いているんで、おかしいなとは思ったんですけど。

  まさか、ここにいるって思いませんでしたよ。

  ヘルシンキは?飛行機はどうしたんです?

  今、高木さんが搭乗予定だった飛行機が落ちたってTVでえらい騒ぎですよ。

  でもでも、無事でいらっしゃるってことは… 」

 分かりきった事を質問してくるとは…


「 まあ、慌てなさんなよ。搭乗しなかったからここにいるんやないか。

  でも、なんでそんなに血相を変えて慌ててるんや? 」

 ちょっとよく理由が分からない。

 彼女とは特に親しい訳でもなく、教授室も科目が違うから別棟だ。

 繋がりと言えば、

 死んだ嫁さんの後輩って言うぐらいか…


「 え…だって心配でしたもの。」

 そう言って何やら顔を赤く染めている。

 40前のいい大人の顔には見えなかった…もっと幼い感じがする。


「 へえ、なんでやの? 」

 まさかとは思うが、ワイに気でもあるんやろうか?無いか…

 

「 そ…それより、早く事務棟に行きますよ!

  結構、貴方は結構有名ですから、マスコミも何人か来ていますし

  無事の連絡を入れなきゃいけないし… 」

 そう言って、ワイの手を強い力でひっぱていく。

 流石にまだワイより若いだけあるわ…凄い力だわ…


「 しょうがないなぁ~

  手なんか握っていったら誤解されるやろ?ワイは別にかまわんけどさぁ。」

 一応、腐っても嫁入り前だろ?と思ったら予期せぬ答えが返って来る。


「 高木さん、あの、その… 」

 戸を開けながら彼女がこちらを見ずに言葉を繋げる。


「 今って、決まった人いますか? 」

 はああ?と思ったが別に答えるのを控える質問でもなかったので


「 いや、おらんよ…誰かいい人がいればいいかなては思うよ。

  なんせ、家に帰っても一人だしな… 」


 今村女史の足が止まり、手を握ったままでこちらを振り返って

 ワイの顔をまじまじと見てきた…照れるやないか。


「 今回は、高木さんが死んだかと思いました。

  人間ていつ死ぬか分からないってよく分かりました…

  

  私の話を聞いてもらえますか? 」

 

 ワイはその真剣な目に、襟を正して聞く事にした。


 それに、ワイは、なぜかそれが

 誰か知らないが聞いた事がある運命的な物だと確信したのだ。

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