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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第八幕  乱気流 ~Le Prince du monde~
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川上 美智子の場合 ~家族~

  ゆっくりと歩いて行く…3年ぶりだし少し怖くもある。

  

 園の入り口…


 子供の時は監獄の鉄格子の様に感じた錆の浮いた黒い大きな門扉が全開になっていた。

 この時間なら間違いなく閉まっているのだが、

 ジャニスの言う通り園の中に外からみんなが集まってるからだろう。


 あたいは、今は緑の葉に覆われている桜の木の下をくぐって、

 18年間何度も触った、

 その冷たい感触の門扉の感触を懐かしみながら敷地へと入っていく。


 園の中は様々な花々、木々が生えている。

 仲間の皆で敷いた施設の入口に向かう煉瓦の小道を歩きながら、

 今は盛りの花々や草木の匂いを嗅ぐと  

 昔はどんな顔でここを歩いていたんだろうと思いだす。


 小さいころ、学校で虐められて泣きながら帰ってきたら、

 直ぐに上の兄ちゃんや、同年の真理や皆が出迎えてきてくれたっけ…

 んで、あとで皆で仕返しに行ったけなぁ…


 面白くない事があっても真理と一緒に愚痴りながら帰って

 施設の皆に嫌な顔を見せないようにあちこちで時間つぶして、

 ここの道を最後は笑顔で帰ってきたっけ。


 修学旅行の時さ、お土産買って帰ってきたら

 下の子が元気いっぱい迎えに出てきてくれたなぁ…


 高校受験の時は、この道で皆に

 ワーカーのお姉ちゃんがお守りと声をかけてくれたっけ。

 全員合格で、笑顔で帰って来た時には、

 禿の所長が泣きながら一人一人おめでとうって手を握ってくれたっけ…


 そして、施設を卒業してここから出ていく時は、

 皆、手を振って送り出してくれた…


 そんな事を思い出しながら、

 歩いていると真理が入口で俯いたまま座っているのが見えた。


「 お~い、真理ぃ~ 」

 と手を振ったら、凄い勢いで立ち上がると私のもとへと走って来た。


「 美智ぃ、い…生きているよねぇゆ…幽霊じゃないよねぇ。」

 ガタガタ震えながら、それでも凄い笑顔で涙が眼にたまっているのが分かった。


「 ああ、ちゃんと脚あるやろ? 」

 そういった瞬間に、凄い力で抱きつかれた…かなり痛かった。


「 うわわわ~、死んだかと思ったじゃやないよ~

  なんで連絡入れてくれなかったのよぉ、みんな、みんな心配してたんだから。」

 頭の中にチリチリと火がつくような衝撃が走る。


「 皆って? 」


 恐る恐る真理の体を引き剥がす。


「 ワーカーの人はOBも含めてたくさん来てるし、

  所長は…墜落の話があった瞬間に新幹線で出先からとんぼ返り、

  上のお兄ちゃんやお姉ちゃん、卒業した後輩たち。


  ほら、よくあたしらにいろいろ奢ってくれた商店街のおばちゃんやおじちゃん。

  今の施設の子だって眠い目擦って皆と一緒にTV見てるよ。

  大きな講堂に目いっぱい人が来てるわ。」


「 え~と 」


 正直、飛行機の中では泣いてくれる人の事なんか考えてなかったし、

 両親もいない天涯孤独だからって、せいぜい真理ぐらい?って思っていたのに…

 あり得ない…夢の様な気がした。


「 あ~かあちゃんだ…かあちゃんが帰って来た! 」


 小さいころから面倒見ている子が数人、騒がしさに気がついて

 玄関先から飛び出してくる。


 かあちゃんって言うのは、小さくてうまく川上って言えないから、

 めんどいからそう言わせていた…母親なんかいないからさ。


 既に、卒業して3年…

 小さかったこいつらももう中学生か…ちょっと怖いなって感じぐらいに大きくなってるわ。

 時間って容赦なく過ぎていくんだなってそんな感慨に浸っていると、

 皆が私の手を握って、玄関へと引っ張っていく。


「 まったく、こんだけの人が心配するんだかさぁ、

  ちゃんと謝るんだよ!まったくさ~死ぬほど心配して損しちゃた。」


 真理の声がひと際大きく月の光に照らされた施設の玄関に響く…

 その声に気がついたのか、慌ただしく何人もの人間が玄関に向かって

 走って来る音が聞こえた。


 ”あなたがこれから生きる答えは、あの建物の中にあると思いますわよ。”


 ジャニスの言葉が頭に浮かんだ。


 玄関に入るまではまだちょっと距離があったので、

 振り返らないと決めたはずのジャニスの方を振り返る。


 ジャニスは、まだそこに立っていて

 うっすらと青く輝く光の中でこちらを向いて手を振っていた。


 ありがとう、ありがとう…感謝の言葉しか出ない。

 これで、玄関に入ったとたんに忘れるって信じられない…と思った。




「 しかしさ、なんで飛行機乗らなかったの?

  まあ、乗らなかったから死なずに済んでよかったんだけどさ… 」


 あたいと真理は、

 昔、皆で教育も兼ねて作った、広さだけは有る不格好なウッドテラスで

 これまた、不格好な長椅子に二人仲良く座りながら月を見ていた。


 大人のおっさんや卒業生の皆は祝杯という名の酒盛りを始め、

 子供たちは、滅多にない夜更かしに興奮しながら遊んでいた…明日は休日なので、問題ないだろう。


 あたいと真理が仲のいい親友って事で、ほったらかしにしていてくれた。


「 う~ん、なんでかなぁ…急に行く気が無くなったっていうか、

  折角、貯めた貯金がもったいなくなったのかよく分からないのよ。


  ああ、一人で外国行くのが空しくなったんかもしれないな~。

  あんたみたいに、男でもいりゃあさよかったかもしれんけどさ…


  でも、いかんで良かったわ。

  死なんで済んだし…、あたいが皆にどう思っているかよく分かったし…

  ちょっとした、感動ものだったよ帰って来た時は。 」


 たしか、旅行へ行く時は真理の結婚や、自分の置かれた境遇に絶望して

 やけのやんぱちの旅行の筈だったんだが、

 空港ついたら、別に海外じゃなくてもいいじゃん?

 って感じになったんだよなぁ…

 そんな金あったら、直ぐに結婚する訳でもない真理と温泉旅行でも行きゃあいいし。

 当日なんで手数料は取られたけど、殆ど戻ってきたから被害少ないし。


 爪に火をともすぐらいに貯めたお金だ…

 ま、やる事無くて貯まった金だともいえるけどさ。


「 馬鹿だね~心配するに決まってるじゃん。」

 レモン・チューハイを軽く飲んでから言葉を繋げる。


「 みんな、あんたが好きなのさ、

  あたしだってここに、長いからよく分かるんだ。これ、確実ね。」

 真理の言葉は、

 今日、心配して来てくれた人たちの数を見れば、否定できなかった。


「 なあ、真理…結婚前にさ、一緒に温泉でも旅行いかない?

  あたいは、どうせバイトやめて暇だし…お金だってあるしさ。 」


 そこまで言うと真理が笑って答える。


「 ほんじゃあ、まずアパートどうする?

  荷物はあんたが売り払ったけど、一応、アパートの方は大家さんに言って

  保留にしとるんよ。


  あんた、直ぐに気が変わるし、戻ってくる場所無いと困るしさ… 」


「 え…、でも荷物も布団も売っちまったし…直ぐには…困ったなぁ… 」


「 ああ、それより先に大家さんに今月分の家賃払いなよ。

  まったく、電話も電気もガスも水道も停めやがってさ…

  しょうがないから、あたしの部屋で暫く寝泊まりすればいいじゃん。」


「 かあ、やっぱ友達やんか…ありがとう。」


「 10年以上も同じ屋根の下におったんやで、家族の様なもんでしょ。

  勿論、あたしがお姉さんだけどさ…。」


 まあ、反論できない。

 面倒で細かい事は結構昔からこいつに頼りっぱなしだから。



 その時、ふとどこかで…生きていてもしょうがない…って言葉を

 吐いた気がした。

 でも、頭にぼんやり浮かんだのは…

 大きな影にそう呟いたイメージしか無い。勿論、ただの幻想だろう。

 今は…斜に構えていた自分が恥ずかしい気がする。


「 そんでもさ、美智子が死なんで良かったよ。

  そうじゃないと、ここに集まった120人が一気に通夜モードになって

  あたしや、他の皆も暫くは泣いて暮らさなきゃいけなかったしさ。」


 120人?凄い数だ…死んでもいないのに只、心配なだけで

 それだけの人が集まったのか…


「 本当なら…あたいも今頃は、海の藻屑だったんだな。」


 短くそう言った。


 さっき、テレビに映った墜落現場…

 夜の海に、沢山の照明があたり白い機体が確りと見える、

 奇跡の様な形で、海の中で棺の様に沈んでいる飛行機を思い出して

 思わず手を合わせた。


 そんな事は絶対にないと思うが…自分の身代りに亡くなった様な気がして

 申し訳なく思ったからである。


 確りと飲んで火照った体に夜の風が心地いいし、

 隣には大親友の真理が同じように、手すりに肘をついて同じ方向を向いている。

 施設の中では、あたいの無事を祝う人々の歓声が充満し、

 外のあたいたちにもよく分かる音が響いてくる。


 あたいは、幸せというものを初めて感じる事が出来た。


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