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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第二幕 暗闇に浮かぶ赤い目~Loup noir~
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赤い目

  12月も終わりともなれば、木枯らしと共に空気は重く密度が濃くなって

 音の伝わり方が夏とは少し変わって甲高くどこまでも響くように感じる。

 そして、決まって響いてくる音というものは幸福とは真逆の事が多い。

 

 カンカンカン  カンカンカン カンカンカン…

  

 甲高い音が少女の周りで渦を巻くように五月蠅く響いている。

 そして、

 赤色のチカチカと光りまくる二つの目が他に誰もいない踏切の周りを照らしていた。


 少女の冷え切った体は赤く染まって見えるが、温かさはまるでない。

 手も足も寒さよりも痛いほどで、足の先の感覚も少女には無かった。

 歯がガチガチと音を鳴らしている。

 しかし、寒さよりも怖くて震えている方が大きいかもしれない。


 ガタン ガタン ガタン ガタン…

 レールの上を大きな鉄の塊が4つの連ねて通り

 外の寂しく暗い世界とは別の小さな世界を乗せて過ぎてゆく。

 

 そして、コンコンコンと段々と音を変えながら、小さくなり

 その塊は夜の闇の中へと消えていく。

 やがて激しかった警報音もゆっくりと小さくなり消えるとともに、

 赤い光が無くなり、

 線路の中の世界とを隔てていた黄色と黒の縞模様の長い棒が上がってゆく。


 少女は思いつめた顔で身じろぎもせず

 向こう側の電柱から踏切を照らしている灯りが照らしている

 きらりと冷たい光を放つ線路を少女は透き通った茶色い双眸でじっと見ていた。


 

「 怖い… 」

 小さく呟きながらも少女は頭を強く振る。


 まだ10歳前後でありそうな少女は、かなり使い込まれてボロボロの靴に

 この寒いのに防寒用の上着も無く

 小学校の制服らしい紺色のブレザーとチェック柄のスカートを穿いていたが、

 それらも同じようにボロボロだった。

 

 不健康そうな顔色に、疲れ切った様に呆然と少女は立っていて


「 でも、一瞬だから… 」

 と悲しそうな顔で遮断機の棒を持って自分に言い聞かせるかのように

 少し力強く言葉を放った。


 そして、少女は震えながらも唇を噛んで夜の寒さに耐えていた。




 ああ、もう…飛び込みそこなっちゃた。

 もう、何回目だろう…何とか飛び込まなくちゃ…

 私は、天高く立っている遮断機の棒を見ながらそう思う。


 さっきお店の横を通った時が8時過ぎで、ここで30分はいるから

 もう9時は過ぎているとは思う。

 終電が何時なのかは知らないけど、田舎の鉄道だもんそんなに時間は無いかもね。


 うん、決めた…今度遮断機が下りたらその下を抜けて…数歩歩けばいいだけ。


 そうすれば、10歳の私はもう痛い思いも苦しい思いもしなくていいんだ。

 もう、我慢の限界なのだから死んでもいいでしょ?


 お腹がすいた…もう3日も食べてない。

 寝床の叔母さんの家に帰っても…食事は出てこない。

 さんざん怒られて折檻されてお風呂に入って寝るだけになる。

 お腹を何とかするには、叔母さんちの冷蔵庫から盗み食いするしかない。

 そうしたらお腹は何とかなるけど、

 朝には叔母さんに平手打ちが凄いだろうし、

 ”すりこ木”で容赦なくお尻を叩いたり痛い目にあわされる…あれはもう嫌。


 それに、帰ってもお腹いっぱいになることはまず無い。

 叔母さんは料理はちゃんと作るけど私の分はほぼ作らないからだ。


 叔母さんにとって姪で身内の筈なのに私に、

 無表情で、ゴミ虫でも見る目で私に言った言葉がある。


「 ごはん?給食があるでしょ、給食が!

  あんたは一日一食食べればいいの…死にゃあしないわよそれで十分だわ。

  なんで私があんたのご飯を作らなきゃあいけないのよ。」


 お父さんとお母さんが生きていた時、一番楽しかった食事の時間は

 叔母さんの家では一切無かった。

 

 育ち盛りの私にはきつすぎる、だって、給食だけだもん…

 だから家にいるときは夜中に息を殺して冷蔵庫で盗み食いをする。

 でも、ちょっとしか食べれない…分かったら”すりこ木”で叩かれるから。

 お腹を蹴られたこともある。


 土日は学校が無いから給食は無いので辛い…

 

「 は、しょうがないねぇ… 」

 って嫌そうな顔をして叔母さんは昼間に本当に一食出してくれるだけ。

 大概は白ご飯にお漬物に御味噌汁だけだけど…

 ひどい時には食パン2切れにただのお水って時もあった。


 給食は食べれるけど学校も地獄の様に嫌な所だ。

 週に1度のお風呂で匂いがする体に…ぼさぼさの髪、

 美容院にも床屋にも行かずに自分で切っているからしょうがない…叔母さんはお金くれない。

 洋服と下着はあまり買ってくれないので着まわして…ボロボロ。

 下着は頑張って自分で手洗いするけど、洋服までは辛い…

 家には洗濯機はあるけど使わせてもらえないから手は皹切れ凄い。


 流石に鉛筆や副読本なんてのは買ってくれるし、上履きとか体操着とか

 そこまでは買ってくれるけどその他にはお金を出してくれない。

 ノートなんか取らなくてもいいじゃん?って言って買ってくれないんで

 運動会とかで貰ったノートに超細かい字で真っ黒になるほど書きこむか、

 教科書もノート代わりに書き込んでいくしかない。

 その上で、

 がりがりに痩せた体で舐めるようにしぶとく給食を食べる姿…


 苛められない訳が無い。

 男子からはまず無いのは不思議で、殆ど女子。

 小突かれ、蹴られ、からかわれ、机の上は…見るに堪えない悪口ばかり。

 死ねば?って書かれた机を見るたび、何んで生まれて来たんだろうと思う。


 その上、陰湿で残酷

 班決めや体操なんかの相手も先生から強制しない限り相手してくれないし…

 班に入ってもほとんど無視。

 靴や教科書を隠すなんてのは当たり前だった。

 何でか知らないけど、虐めて来る女の子の目はどこか叔母さんの目に近い気がする。

 まるで私が死ねばすべてが解決するような恐ろしい目だった。 


 流石に担任の先生が、叔母さんに電話で注意をしてくれたけど、

 女子にもかなりきつく注意したけど

 同じように手を変え品を変え虐めが巧妙になっただけ…


 叔母さんの方はもっと酷くなった。

 服装や髪の毛、お風呂なんかは見えるから渋々譲歩してくれたけど、

 平手打ちしたりした後に冷やすか休ませるようになったり

 見えない所への暴力と言葉の暴力が、残忍になった。

 

「 死ね!死ね!死ね! 」って呪文のように言葉の暴力。

 それが一番つらかった。

 

 勿論、ご飯をくれない、お金くれないとかは変わらなかった。

 

 私のお母さん…本当におばさんの妹だよね?

 いくら、お母さんが死んでいなくなってるからって、

 私、おばさんの姪だよ?身内でしょ?


 

  

 でも、そんなこと思っていても…このままじゃあ辛すぎる。

 其れなので仕方なしに家出した。

 別に初めてじゃないし…最初は軽い気持ちで

 最悪でも2日で家に戻ればいいって思っていたんだけど…

 どうにも帰る気になることは無かった。

 公園で水や、遊具で寝床…拾った500円で少し息をついて

 1週間、今日まで何とかしてきたけど…もう限界だった。


 生きていてもしょうがない…苦しいだけだ。

 って結論になっちゃった。


 そして、再び警報音が鳴り遮断機が下りて来た…


 もういいや…私は長い黄色と黒の棒をくぐって

 凄い勢いで突っ込んでくる電車に、飛び込む様に思いっきり体を投げ出した。


 空とコンクリの踏切がグルグルと回りながら

 私の体が跳ね上がっていく…いや、腰から下が千切れて上半身が飛んでいったの。

 下半身は電車に飲まれていくのが見えた。

 

 物凄い痛みが体中を駆け抜けたけど、

 どうすることも出来ない。

 最後に2両目と3両目の間に体が落ちていった。

 私はそのまま体中が細切れになっていくのまで感じた…


 何が一瞬なの?

 私の頭がバラバラになるまで意識があった。

 ああ…こんなに痛いなら飛び込まなきゃよかった。


 


 



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