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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第八幕  乱気流 ~Le Prince du monde~
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川上 美智子の場合 ~雪の夜~

  暗い雲だ…救いようのない禍々しい空模様。

 身震いするほどの寒さの中、白く化粧されたアスファルトの上に

 更に信じられない大きさの牡丹雪がしんしんと降り積もっていく。


「 あんさ~、ジャニス、ここどこ? 」


 さっきまで暖かい風の吹いていた夏の日本海の上だったはずだ。

 なんで、こんな寒い所にいるんやろ。


「 ここはですか、懐かしくありませんか? 」


 お尻の大きな色っぽい巨体女は事務的にそう答える。


 さっき、いきなり空から降ってきて今度はあたいだと言って

 凄い速度で飛びあがると

 見た事も無い真っ暗な雲なんかを抜けて、ここまで飛んで連れてこられた。


 ごく普通の田舎町…確かに日本ではあるけれど違和感がある。


 まずは今は夏の筈なのに雪の銀世界に凍るような寒さ。


 なぜかデザインが古めかしい建物が多いができて間もないものが多い。

 

「 なにそれ…ちゃんと答えてよ町の名前ぐらいさぁ。


  みんなを家に帰すのが目的なはずでしょ?

  こんな知らない街に連れてきてさぁ…どういうつもりよ。 」


 少し腹立たしい。

 あのまま、皆と一緒に海の棺に入ったまま死んだとしたら、

 その方が良かったぐらいなのに、この巨体女のせいで命が繋がってしまった。


 実を言うとあたいは両親もいないどころか見たことも聞いたこともない。

 どっかに捨てられていた子供だからだ。


 当然、この世にあたいと1滴でも血の繋がった身内など知る由もない。


 生まれてから、高校を出るまで育ててくれたのは日本の国

 父母は、施設の禿げの所長と入れ替わりの激しい職員の姉ちゃん達。


 兄弟は結構多かったなぁ、

 もっとも、施設で真正捨て子のあたいらは少数派で、

 殆どは、家庭内での暴行、虐待、育児放棄、経済的遺棄の子が殆どだった。

 

 乳児から転がりこめたその施設は、高校出るまでの全てだった。

 

 小さい頃はから金の無い施設だったこともあって、

 娯楽っていうのはテレビか読書、同じ年位の子と取っ組み合いの喧嘩ぐらい。


 皆でまとめてってのも

 近所の公園に弁当持って遠足か、園の庭でのバーベキューぐらいが思い出かな。

 

 小中学校自体は皆、真面目に通った…やることねえし、給食食えるし。

 ぐれてヤンキーって選択も出来なかったなぁ…


 中学以降は自分の物は少ない支給金でやり繰りしなきゃいけないんで、

 盛り場でうろつくとか、派手な服もアクセも買えやしない。

 友達って言っても、うちは門限がシビアなんで、

 外で一緒に遊びにも行けないし当然金もない。

 それに、親にいないあたいを変な風に同情したり、

 親切にしてる自分に酔ってるアホな同級生も多かったんでこっちから遠ざけた。

 友達なんて同じ施設の同学年で、

 狂った親に入れられた墨を気にしてる真理ぐらいしかいなかった。


 何が幸せなのか知らないし、親の有難みなんて分かるわけな~し。

 漠然と時間が過ぎて、成長していったという思いが強い。


 ただ、歳を重ねるごとに女ってこともあって、

 門限きついし、化粧は禁止、恋愛?なんて施設と学校の伝書鳩だと時間ねえし、

 同い年の男子寮生もいたけど男嫌いだし、

 傷ついた豚?みたいな奴しかいなかったんで、食指なんて動くわけがない。


 高校出たら、施設を出ていい職見つけて家庭をもってと淡い夢もあったけど、

 まあ、でもこの不景気だ。

 しかも身元引受人もいないような孤児で高卒の姉ちゃんに気の利いた仕事はあるはずもない。

 何とかボロアパートで、

 一日13時間ぐらい、ぶっ通しで何件もバイトを重ねてやっと食っているって状況だった。

 

  勿論、目を瞑ってマグロになれば楽に金は稼げるけど、

 快感目当てで責任とれずに捨てられたわが身が受け入れるわけもないやん。

 それに、気持ち悪くて吐き出すだろうな…

 21にもなって、男とキスもしとらんし…したいとも思わん女なんだからさ。


 隣の部屋に真理が住んでいるのが幸いだった。

 一応、孤独にはならずに済んだから…真理もそれが怖くて隣に住んだんだろうと思う。


 卒業してこっち貧しかったけど貯金はしてた。

 なんせ、何かあっても頼れる人などいないのだから当然だ。


 贅沢もせずにつつましやかに…そんな生活だった。

 別にやることなかったし血のおしっこがたまに出るほど働いてはいたなぁ…


 んで、僅か3年で貯金は300万…

 このまま、諭吉の顔数えて年食うんかと思ったけど別にかまわなかった。


 でも、この間、真理が結婚するって言われて、

 いきなり切れた…これで、友達すらいなくなると思ったのもあるが、

 背中に桜の花と太々しい仏像を背負っていて、

 あたいとおんなじ人ってものに絶望している真理を嫁にって男が現れたんだ。

 世の中、そんなに捨てたもんじゃないと思ったが自分自身は惨めに思えた。

 どうせ、見も知らん親の性で男は苦手だし、

 一生男なんか作れないし…ひとりで死んでいくだけだと勝手に思ったら、


 何もかも嫌になったんだ。


 何故か雪深い所好きだったんでこの際、北欧行きでもしてぱ~と忘れて、

 全て貯金を使い果たすつもりのヤケ旅行だったんだ。


 見知らぬ外国に一人旅…カタコトの英語で女一人って危険だよって

 真理にも止められたけど別にかまわなかった。

 なんかトラブルがあって死んだって別にかまわないって思っていたからさ。

 真理ぐらいは悲しんでくれるだろうけど、

 葬式も上げる必要も無い天涯孤独だから誰にも迷惑はかけないし…って思っていた。


 あたいは196人もの人が死んで海に沈んでいったのに

 この天然の馬鹿でかい尻と胸が自慢そうな巨体のせいで生き残った。

 あたいが生き残る事に意味なんてあるんだろうか…ジャニスは有る様には言ってたが。


 ジャニスはあたいを家に戻すって言ってたけどそんなの無理だね。

 旅行前に家財道具一式とまとめて処分したんだからさ。


 と、軽くあたいは過去を振り返る。

 ほらね、何もないだろ?あたいの過去ってさ。



「川上さん…生まれた街って知っています? 」


 巨体から、すげー嫌な質問きた。


「 んなもん知らねーて。

  戸籍は、長野県の××市ってなってるけど、ただ単に見つかった場所だからさ。

  生まれてこの方、施設暮らしで手がかりもねえんだよ。 」


 身元不明の捨て子は、基本見つかった地方自治体の酋長が勝手に決める。

 苗字、名前は創作名称に過ぎないんだ。

 捨て子でも、手紙や名前を書いた紙でもあればそっちが優先だろうが、

 あたいは、キタねえタオルにくるまれて交番に置き去りにされたらいいからそれも無い。


「 ここがそうですよ。

  しかも21年前…貴方がこれから捨てられる所ですわね… 」


 その言葉にはっとして、

 目の前の橋の向こうの交番を見つめる…××市△△町交番…話に聞いていた場所だった。


「 あなた、死んでもかまわないってましたわね。

  生きていたっていい事なんか無いって…まあ、ひねくれたもんですわ。


  心理学的にも、説得が難しいんですが、

  貴方には、どうしても生きていってもらわなければなりません。


  そうしなければ、残り4名の方をこの世に残す意味がありませんから。」


 あたいの耳がおかしいのかと思って首を捻っていると、


「 確かに4名です。あなた、木村さん、高木さん、泉ちゃん、

  そして、最も大事な加藤さんですわ。 」


「 はあ?あのおっさんは?えっと…確か。」


 おかしい…確かにもう一人いた様な…いや、気のせいか。


「 いや…確かに皆で5人だったわ…どうかしてるわ 」


 よくよく考えて、一人一人指折り数えたが5人しかいない…


「 でも、どうしてあたいが選べられたんだろう? 」


 ジャニスは相変わらずこちらに目を向けずにその答えをくれた。


「 木村さんにも言いましたが、分かるのは十年後です。

  まあ、それが何かを打ち分ける訳にはいきませんけどもね。


  話が横道にそれましたわ…。


  仮にですね、今ここで元に戻しても記憶が無くなれば、

  またぞろ自棄を起こすんじゃないかと思うんですわね…だから 」


 巨体が、周りの町を目を細めながら見渡してからこう言った。


「 この時間、この場所は過去の現実ですわ。

  貴方に強烈なインパクトを与えて、その残滓で死にたくなくなると思いまして、

  あの…先に言いますが、強烈ですからね。」


 ジャニスの目が少し泳ぎながら中空を見つめて、溜息をつく。

 そして、更に言葉を付け足していく。


「 言っておきますが、ここの空気や雰囲気…匂い、音の全ては記録です。

  よって、こちらから干渉は一切出来ません。

  本来なら立っている事さえ出来ませんが、私の能力でかろうじてここにいる訳です。

  試しに、貴方の横の橋の欄干に触ってみてください。 」


 何を言っているのか分からなかったが橋の欄干に触れようとしたが、

 手に石の感触だけはかすかに有ったが、するりと通り抜けた…

 驚いて、何度も同じように試みたが一緒だった。


「 なにこれ、これってまるで…映画なんかで幽霊が… 」

 

「 まあ、それとあまり変わりは有りませんわ。

  気を強く持ってくださいね…私たちは過去の幻を見ているだけですから。 」


 何度も言われなくとも分かるわ!

 とジャニスの顔を見上げた…酷く悲しそうな顔だった。


「 で、あんたは私に何を見せようとしてるんや? 」

 そら、話の流れからアホな私でも想像はつくわ…気分悪いけどな。


 ジャニスは、ゆっくりと腕を上げた…人差し指で何かをゆっくりと示す。 


「 …ほら、あれが…貴方のご両親ですわ。

  近づいて見てきてください…それは、多分、貴方の運命を決めてしまうでしょうから」

 今までのジャニスの声とは違う振り絞るような低い声だった。



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