それじゃあ、始めますか…
ジャニスの満足そうな顔は、ある意味理解はできる。
仕事で来てまずは、滞りなく最初の命題をクリアーしたのだから。
ジャニスが私たちに向ける態度は血が通っていないとかそういうレベルの感じではなく、
別の生き物に対する態度の様な気がする。
確かに別の次元の生き物ではあるから…差別というより区別?
しかし、助けてもらってるのにえらそうな事を言う立場でもないし、
静かに海に無傷で機体を沈めてくれた優しさもあるのでこんな事を思うのは失礼極まりないかもしれない。
そう思いながら、出てきた周りをよく見直してみる。
まず…日が高く明るい時間だ。
ああ、そうか…まだあのときと同じ時間なんだ…
体感的には、騒動の後に親睦という名のやけ酒の酒盛り、
ぐっすりと眠っていた事を考えると8時間ぐらい経っている気はするが…。
外で見る海は…360度水平線しか見えない。
真っ青な空と海…白い雲がたなびいている。
、
海面を通して見える飛行機が沈んでいく姿をじっと焼きつくように見ていると、
着底したのか、僅かに茶色い靄の様なものが見えた。
「 後はいつ発見されるかだな… 」
安藤さんの言葉に、
早く発見されて家に帰ってもらいたいと正直な気持ちになった。
ジャニスが特例で呪術をかけているそうで、
綺麗な遺体のままで過ごせそうだけど…早いに越したことないしね。
でも、これからどうするのか?
「 ねえ、ジャニス…回収も終わった、飛行機の始末も終わった。
後は私たちの事になるよね…どうするの? 」
助けるって言ったからには、心配はしなかったが、
その方法まで明言した訳じゃない。
ひょっとしたら、私たちにとって辛い事が待っているかもしれない。
不安いっぱいで、そう聞いたのにジャニスの答えはあくまでも…他人事な脳天気な物言いだった。
「 えっとですねえ、
ここからは、お一人ずつ私がご自宅までお送りいたします。
実は、業務指示書によると…皆さん処置内容が違いますし、
方法も結構複雑で、一言では言えませんわ。
だから、詳細については御免なさい…言えませんわ。
ただし、苦痛とか辛い思いをするとかは有りませんから、安心してね。
何、実際に送られる方はそれなりに時間を感じますが、
待っておられる時間は一瞬ですから心配しないでくださいね。
理論的に言うとですねぇ… 」
なんでか嬉しそうに話そうとするジャニス…
お話し好きなのかな?
こいつ…どういう性格してるんだろうか?
「 あ、いいです。さっさとやりましょうよ。
ここであの沈んでる飛行機見るのは耐えれませんから… 」
また、長話もかなわないし、僅か20メートルの海底だから、
沈んだ飛行機がよく見える…精神衛生上、これ以上見続けるのはよくないと思う。
「 そうですか?なんか…私の事嫌いですか?春奈さん 」
嫌、もうこの人…死神が好きな人っています?
ドジで、可愛い声だし、綺麗でスタイルがよくても、それとこれとは話が別でしょ?
まあ、可哀想だから逃げ道ぐらい作ってあげるか…
「 ジャニスさ~これって仕事って言ってたでしょ?
あんまり遅れると上司に何か言われますよ。
あ…でも、時間なんか関係なかったかしら… 」
仕事というものは時間が一番大事だ。
もし、いくらいい結末を手に入れようと、時間切れでは意味が無い。
そういうのは無能?って烙印が…でも、時間さえ止めるんだ問題ないだろうと思っていると。
「 いえ…、そうでしたわ…
ありがとうございます、すっかり失念してまいたわ。
確かに時間が…ありませんわ。
それに、ベルカーって厳しかったですわね…その納期に…。
なにせ、時間を巻き戻せるとか停止するとかはですねぇ、
さっきも言いかけましたけど、高次元から干渉の場合だけ有効でして…
私の本当の次元じゃあ…まったく融通がきかなくて、
こうしている間にも…の…納期が… 」
いきなり青い顔で焦りだしたジャニスが、
凄い勢いで青銅色の馬鹿でかい懐中時計を取りだした。
「 かああ、もうこんな時間ですの?
別次元はこれだから…時間の感覚がおかしくなるんですもの。
ど…どうしましょう。
困りましたわ。これじゃあ6人も送れるかしら?
ああ、こうなったら一か所に送ったら…そこで現地解散とか… 」
真っ青な顔で乱暴な事を言いだした。
このあわてっぷり…相当怖い人なんだベルカーって。
「 ジャニスはん、何やそのバスツアーみたいな結末。
一人一人送って仕事せにゃならんてあんたが言ったやんか!
ほれに、これって業務命令なんやろ?
仕事やったら、納期に間に合ってもやなぁ、品物が欠陥品やったら
怒られるの倍になるんやでぇ…
どうやな、遅れるの勘弁してもらうよう頼んでみたらどうや?
そのベルカーって上司と連絡取れへんのかいな? 」
高木さんが年長者らしく助け船を出した…
もっとも、一番の年長者はジャニスだと思うのだけれども…
しかし、あれだけ馬鹿にされたのに親切ですねぇ。
やっぱり、美人は得なのかな~ムカつくけど。
「 あ…、そうですわね。ありがとうございます。
アータデン ビルヒ カンバン シメータン… 」
その瞬間、舞踊の鎌と言われた大鎌が震えだした。
全員に緊張が走る。
「 あ…もしもし… 」
ジャニスが、何気に鎌に話しかけだした…で…電話? 一気に緊張感が解けたわ。
電話をし始めて30分…ひたすら鎌の電話の横で、何べんも頭を下げるジャニス…日本人かよ!
時々通話の内容が風に乗って聞こえてきた。
恐らく聞こえない処置をする手間を忘れたんだろうな…
キツイ上司だと舞い上がって、周りの事に目がいかない事が多いし仕方ない事なんだろう。
ただ、上司らしき人の
「 はああ?納期遅れぇ~ 」とか「 またか… 」とか
「 しっかりしなさい!」とか 「 うう、私の昇進があああ! 」
という単語はよく聞き取れた。
どうやら、上司からするとジャニスは無能な部下らしい…時々、涙声さえ交じっていた。
言葉は違うはずなのに、そう聞こえるという事はそういう状況すら
忘れて電話に没頭していたんだろうと思う。
でも、そのぐらい気を使え!と思う。
まあ、最初にお尻が嵌って動けなくなる様なドジだからしょうがないか…
普通の人間なら、登場しようとドアを開けて
思いっきりひっくり返って血だらけになって助け起こされるレベルだもの。
思わず同情しますわ…ベルカーって上司に。
「 かああ、もういい!それで手を打ってやるから!
ちゃんと仕事をしなさい!
折角、納期遅れを許してあげるんだから…手なんか抜いたりしたら! 」
最後に、その場にいる全員がビクッとするほどの声が漏れてきた。
必死に何かいい訳して、バッタの様に激しく頭を下げるジャニス…
しばらくして、静かになって顔を上げる。
「 ど…どうやら、折れてくれたようですから…は…はじめましょうか… 」
その言葉をジャニスが吐きだした時には、
げっそりと疲れたような顔で、目が宙に浮いていた…。
こういう時って大概、交換条件を突きつけられている事が多いんで、
その心配でもしているんだろうし、
上司の大きな声での注意…離れた私達でも驚くほどの声だ、
耳をつけていたジャニスの頭にはさぞ響いている事だろう。
「 始めるって、誰からいくんです? 」
木村君が首をかしげてジャニスを睨んだ。
「 ああ、貴方でいいですわ…目があったしね。」
そう言うと、右手でおいでおいでと合図をし、口元で何やら素早く唱える。
「 お…おお?! 」
木村君の体が自然とジャニスの体に近づき、驚嘆の声を上げたが、
犬でも抱くように、正面から抱きしめられた。
180ぐらいの木村君の体でも、
ヒール込で2メートルの超巨体のジャニスに抱きしめられると小さく感じる。
しかも、メーター越えのダイナマイトボディを支える体型だ、
肩幅や腰のあたりも大きくて結構、細マッチョの木村君が華奢にさえ見えた。
「 ジャ…ちょ…く… 」
木村君の顔が、凶暴に大きく型崩れしていな豊満な胸に沈んでいた。
文句を言おうとしたが、息さえできないぐらいに顔が埋まってしまっては何も話せなかった。
「 さあ、行きますか… 」
と短くジャニスが呟いた瞬間…二人とも煙の様に消えてしまった。




