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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第八幕  乱気流 ~Le Prince du monde~
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海に沈む棺

 「 え~と、みなさん…やっと終わったんで起きてください。 」


 ジャニスの甘く甲高い声が直接、私の頭に響いた。

深く眠りについていても、間違いなく起きるけど…痛いし、気持ち悪い。

 他も全員、頭を押さえながら苦虫を噛んだ顔をしている。


「 すげー気持ち悪い 」


 若い二郎君が忌々しそうにそう吐き捨てたけど、

 他の人はそんな余裕もなく無言で安藤さんが硬く閉じていた入口のドアを開けた。



 部屋を出てジャニスと別れた場所まで歩いていく。


 乗客や乗務員達が怪我をしたりして血が滲んでいた床は全て綺麗に吹き取られ、

 これから海の藻屑になるというのに、

 転がっていた乗客も傷が完治されていて全員座席に眠り込む様に死んでいた。

 

「 やあ、皆さん。 十分眠れましたか? 」


 ジャニスが、別れた場所で服を着替えて私たちを待っていた。

 

「 えっと、ジャニス…どうしたの? 」


 私が、軽くそう問いかけたが、

 他の皆は趣の変わったジャニスに驚き彼女の傍に寄って行くのを少し躊躇しているようだった。


 ジャニスの服装は…同じ真っ黒な色でも輝くほどの光沢のある黒色で、

 手首までピッチリ張り付いた様な長袖、薔薇の様に複雑に織り込まれた細かな網の様な襟元、

 黒い刺繍で渋く浮き上がるかかとの高いピンヒールと、それがすっぽり隠れるほどの

 ロングスカート…


 外見も違う。

 先程のナチュラル・プラチナ・ブロンドの神々しささえ感じた髪が烏の羽の様なブルネット。

 そして緩やかなカーブを描く眉も、大きな瞳を彩るまつ毛も同じとなって、

 緑かかった碧眼も光さえ落ちていきそうな真っ黒な瞳に代わっていた…瞳孔さえ分からないほどに。

 まさに…死神という言葉がぴったりだ。

 

「 ああ、この格好ですか…。

  服の方は取りこむ魂の数が多いと暴走するといけないからって先程送ってきましたから、

  上司が着ておけっていうもんですから…能力で作られた服ですのよ。


  容姿の変化は、回収した魂の性ですかね…  

  でも、どうです?これなら貴方達が思う様な死神の近いでしょ? 」


「 し…死神って言うよりやな、なんか冥府の女神って感じやな 

  ほら、欧米なんかで見かける冥府…を支配する女神のイラストみたいやなって… 」


「 はあ、知識豊富の割にイラストですか… 」


「 あんな、本当はヘカテェーとか、アスタロトとか、デスとかプロセルピナとか…

  いろいろ言っても、あんたに馬鹿にされそな気がしてやな… 」


 一度、存在意義を否定されると慎重にもなるもんなやろ!

 と高木は思ったが、返ってきたジャニスの言葉は酷いものだった。


「 は~、何か哀れになりますわ…

  ヘカテーねえ、あなたこの方は、神話でダブりまくりですよ。

  プロセルピナはこの人をローマで読み替えただけですわよ。


  元の人は知っていますけど…意外とウフフ…まあ、容姿はいいですけど。


  デスに至っては…よく知っていますねって感じですか。

  この人…墓場の…いややめましょう…超美人ってのだけは保証しますけどね。


  アスタロトって悪魔48柱じゃないですか…

  まあ、こっちもいますけど…実際はえらく酒飲みで、陽気で色っぽいお姉ちゃんって感じで

  どっちかって言うとお酒の神様って感じですが。

  冥府の女神とは程遠いですねぇ… 可哀想ですけど不合格ですわねぇ… 」


 ニヤニヤ笑いながら、ジャニスが見つめるので


「 だから、嫌やったんや… 」


「 黒髪の死の女神って言えば…僕はイザナミぐらいしか… 」


 安藤がそう呟くと高木とはまるで違う態度でジャニスは優しく言葉を返した。


「 あら、日本神話ですか…その方は実在しますし、かなりの高次元の方ですわね。

  神話より、もっと明るくて物おじしない愉快な方でしたけどねぇ 」


「 へえ、何でも出てくるし知っているんですね。

  原初の神様まで知り合いって言うなら…ジャニスさんお歳はいくつです? 」


  神様や悪魔に知り合いがいるんかい!と思いながらも私は聞く。


「 禁則事項ですわね…それお話しするの。


  ただ、言える事は言っておきましょうか…

  この時代まで残っている神とか、悪魔とかという伝承は

  それに類するものには元になる人がいましてそれが形を変えて言い伝わってるものが多いですわね。


  まあ、純粋に空想で存在しないものもいくつかは散見できますし、

  アスタロトみたいに全く感じの変わる場合もありますしね。

  高木さんはよく勉強されていますけど何億人と伝言ゲームの様に伝わった話を最後に聞いても

  あまり為にはならないかと思いますわよ。

  でも、でも、長い時間勉強したんですわね…さっきの与太話はちょっと言い過ぎましたわ…御免なさい。

  ファンタジーとか、お伽噺として考えればいいですし

  そ…そうだ。文学として考えれば… 」


 グサグサと体に刺さる様な感じでショックを受ける高木だが、


「  慰めてもらわんでもいいですわ…余計に辛くなるしな。

  記憶が無くなるのなら…また、リセットして人生歩めばいいし…気…気にしてませんわ。」


 青い顔でそう答える…なかなか愉快そうな話だが、横道に逸れ過ぎていると思った。


「 答えの無い問答の様なものね…やめましょ。」


  ジャニスは、何か話したくてしょうがなさそうだし、話が進んで行かなくなる。

 本当の真実を披露していたら…イザナミさえ知り合いという膨大な情報が滝の様に出てくるだろうし、

 

「 そうですか?まあ、いいですけど。」


「 で、私たちを呼び起こしたってことは、もう回収のほうは終わったの? 」

 

「 ええ、全部で196人ですか…結構多かったですけど終わりました。

  おかげで…お腹いっぱい。後はあなた達を無事保護して指定先へと送り届けることですね 」


 お腹?ってあんた…食事みたいじゃない。


「 おうちね~別に帰ってもやる事ねえしなぁ~ 」

 

 木村君は肩をすくめるが、私の答えは明瞭だった。


「 でも、こんな言葉があるじゃないですか…”生きてるだけで、丸儲け ”って

  いやだな~とか苦しいとか悲しいとか感じるだけで幸せだって意味だと私は思いますけど? 」

 

 私は…大切な人に先立たれているのでこんな些細な言葉でも引っかかるものがある。


「 ああ、すいません。愚痴も生きていればこそって奴でしたね 」


 さっきの酒盛りで元婚約者の話を聞いていた木村君は、察したように謝った。


「 記憶が無くなったら陰々滅滅な生活に戻るだろうけどまた、準備して慰霊祭に行くと思うわ 」

 

「 私は、妻子がいる家に帰れるんだからこれ以上は望む物はないですね。」

 安藤さんはさも当たり前そうに


「 そやな、死んでまったら研究もでけへんし、

  家に帰っても誰もおらんしけど、やりたかった畑違いの学問にも取り掛かれるわ 」

  

「 一人暮らしのアパートに帰るあたいは別にやることないけど。

  せっかく助かった命なんだから、楽しまないとね 」


「 わ…私も頑張ってみようかな…

  ここで亡くなる人たちに申し訳ないし、学校ぐらい何とか… 」


 泉ちゃんは、先程の小さな女の子をもう一度見て意を決したようにそう答えた。


 

「 そ…それじゃあ…始めますか。

  まずは皆さんを外に転送させて、飛行機を墜落させる所から始めますわよ 」


 ジャニスがそう言ったところで泉ちゃんが頭を下げて頼みごとをし出した。


「 ジャ…ジャニスさん!

  もうみんな死んだって理解してますけど…そのお願いです!綺麗な形でご遺体を残してもらえませんか?


  折角、ジャニスさんが自ら傷を治して回ったんでしょ?

  それなら、そのままの姿で残してあげてもいいじゃないですか…残された人達が可哀想ですよ… 」


 涙声で体を震わせながら泉ちゃんは懇願した。


「 う~ん、ワイからも頼むわ…遺体が無かったり、肉片だけやと辛いしな… 」


「 私も…肉片とのご対面は嫌だしね… 」


 勿論、肉片の様な婚約者の写真を見ている私も続く。


「 あたいも… 」「 俺もかな… 」

 木村君も川上さんも、頭を下げて頼んだ。


「 私もお願いします。 記憶が無くなれば他人事でしょうけど今の自分には辛いし、

  出来れば後顧の憂いは無い方がいいし…お願いします 」

 最後に、安藤さんが丁寧に頼み込む。


「 皆さんお優しいんですねぇ…。

  上司からは、乗客の皆さんの死の運命は変えるなと言われていますが、

  遺体の状態までは言われていませんし…いいでしょう、何とかしますわ。」


 そう言ってジャニスが笑顔で皆に答えた。


「 はあ、ちょっと変わった案件になりますわね…ベルカーさん…また怒るかなぁ~

  始末書はいいけど…休暇の取り消しは勘弁してほしいものだわ…

  ブラックボックス…は後からめんどいから潰しておきますか 」


 かなり小声で呟いてはいたけれど、私にはその言葉はよく聞こえた。


「 それじゃあ、行きますか!

  一度、外に出ますわよ…アータデン カイサー シンドーナ… 」


 ジャニスはそう言って大きく鎌を振り上げる…


 一瞬だった…航空機の天井がぱっと青空になった…

 見渡す限りの海原と青空…足元を見ると、私たちが乗ってた大きな航空機が停止している。

 

 すると急に、体に強い風と海の匂いがぶつかって来る…ちょっと寒い。

 時間の凍結が解除されたようで、海面も緩やかにさざ波を立てていた。


「 まあ、よく見てくださいね。

  ちゃんと約束を果たしますから…バーデル ジャーカン ビルヒ… 」


 やや長い詠唱が進む中、緩やかに航空機が海面へと落ちていく…

 衝撃が無いように、ゆっくりと慎重に…そして海面に着くと更にゆっくりと沈んでいく。


「 これで10分ぐらいで完全に沈みます。

  遺体が魚などに喰われない様に特別な呪術も施しましたから大丈夫ですよ。

  救難信号にかかわる設備もちゃんと保護をして、今も信号が出ています。

  海底には広めの平たい丘を作りましたから…水深は20mで水平で止まります。


  このぐらいなら船が寄りつけて、遺体の回収や機体の引き揚げも簡単でしょう。

  遺品もバッチリ残りますし… 」


 その先は、言わないでも分かった…約束は守られたのだ。

 でも、今の今まであの中にいたのだ。

 生きてしゃべって到着すると信じ込んでいた乗客と一緒に…感傷的にならない方がどうかしている。

 ジャニスの言うこれが、最上の手段だったとはいえ生き残る負い目か、非常に心苦しいわ


 同じように見下ろしている皆も無言だった…

 

 ただ、私はジャニスの何かやり遂げた様な満足した顔が、

 少し気にくわなかった。

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