酒盛り
簡単な自己紹介…旅の目的が分かっったところで、
私は、他の5人を見る…改めて見ても特段変わった感じには見えない。
平凡な普通の人々だと思った。
「 ジャニスさんがなぜ我々を助けるのかよくわかりませんけれども、
少なくとも6人の関係性はないですね。
皆の話聞く限りだと…旅行の目的も、
置かれている現状も特段に問題のある内容ではない様に思いますね。 」
安藤さんが顎に手をやりながら全員を見渡した。
「 他に、何か身に覚えのある人はいますか? 」
全員が首を横に振った…それは、下手な質問だと思った、
死神に助けてもらう様な事など、普通ある訳が無い。
ただ、勿論私には、心当たりがある。
ジャニスは、多分、差しさわりがあるのか言わなかったが、
落ちる寸前に和幸の残した手帳に書かれていた言葉を読み上げたのが
関係しているに違いない。
というかそのせいであの巨体が現われたに違ない。
” アータデン シャコオ ヘンガーナ ”
そんな言葉など聞いたこともないし、
ジャニスが何回も唱えていた呪文のような言葉になんとなく近いし、
その言葉が書かれていた手帳もおかしい、
確かに、形見でもらった時には絶対に何も書かれていなかったはずだ。
大体、文面だって…と私は先ほどの手帳を懐から取り出して、
もう一度、先ほどの文章が書かれたページへとめくった。
幻かもと思ってもみたが、確かに書かれていた。
筆跡…字の大きさ、文章の全体のイメージ…
付き合いの長い私が見間違えるわけがない、明らかに彼の書いた字だった。
” 君がこちらに来るのはまだ早すぎるし、それを僕も望まない。
一番下に書かれた文字を声を出して読み上げてほしい。
おかしな言葉に思うかもしれないが、
恥ずかしがらずに読み上げるようにお願いする。
君の事は今でも愛している… ”
文面から考えても、私がその文章を読まなければならないし、
その上、こちらという言葉からも、私に死の危険があることを暗示している。
死んでいる人間が書けるわけないし、
例え字をまねて他の人が書いたとしても、不確定な未来を事前に予測することなど
できないはずだ。
だけど、ジャニスが出現したんだから当然、ジャニスが理由を知っている…
ああ、心当たりといっても結局、ジャニスしか真実を知るわけがない。
私は、手帳を閉じて再び懐へと戻した。
深刻な顔で俯いていたら、頬に冷たい感触が走った。
「 ねえ、大丈夫?
そんな深刻な顔しても、何も変わらないじゃんか。
これでも飲んで落ち着いたら…喉も渇いただろうしさ。」
川上さんが、冷たい瓶を持って笑っていた。
「 や~ぱ、あのバーカウンターには、いい酒置いてたよ。
瓶しか無くてさ。これ…ドイツ語?かしら…ビールだと思うけど。」
「 ケストリッツァー シュヴァルツビアですか…
ドイツの黒ビールですね。
美味しいですよ、日本にはちょっとないタイプで香ばしいというか何というか。」
へえ、お酒もよく知ってるんだ…海外勤務とか言ってたからエリートなんだろうな。
安藤さん頭もよさそうだし。
「 ま、冷たいビールってのはいいわな。」
木村君がいい具合に泡の立ったタンブラーを渡してくれた。
乾ききった唇をタンブラーの汗を掻いた端で緩やかに湿らせ…一気に飲み込んだ。
食道を苦いが、ギュッと締め付けられる感覚が襲い、
胃に落ちた瞬間に、炭酸が鼻に抜けてくる…
最後に、香ばしい香りとなめらかな舌触りがゆらゆらと立ち上がっていく。
「 くわああ…美味しい。」
普段は、失業中の引きこもりっということで、
お母さんが、スーパーの特売で買ってきてくれるお情けの様な、プライベートブランドの
高アルコール度数の缶チューハイを味が分かんなくなるぐらいにキンキンに冷やして飲む私からすれば、
天使の様な味だった。
一瞬、頭がくらっとして少し落ち着いた。
「 嬢ちゃんは、コーラでええやろ? 」
「 あ…ありがとうございます。」
頭を下げてる泉ちゃんに、
父親の様な優しい顔で十分に冷え切っている缶コーラを高木さんが手渡していた。
その顔は、今までの下品な感じが見受けられなかった。
「 ふうう。」
泉ちゃんの安堵のため息が聞こえてきた。
高校生には大変な経験の連続だ、張り詰めていたんだろうな。
「 ま、ワイはこれでいいけどな。」
高木さんは、しゃれたグラスに高そうなワインを入れて
下品な音を立てながら飲み始め、一気にそれを飲みほして、床にそのまま座り込んだ。
「 どや?床も結構深い絨毯でケツもイタならんし、
ワゴンもそこに持って来とるでちょい無駄話でもせ~へんか?
つまみもいいの有ったんで、ちょい飲み会っていうのさぁ。」
流石に年長者だ、塞ぎこんでいても仕方ないし…その意見さんせ!
「 あ、其れいいや 」
川上さんがワゴンからチーズやクラッカーを持ち出して高木さんの横に座り、
対面で、烏賊とピーナッツの袋をパラパラと置いて、
安藤さんが、冷たそうなステンレスタンブラー、アイスペール、
アイリッシュ・バーボンをドンと置く。
「 あ、それいいすね…後で貰っても 」
木村君の問いに、
「 ああ、勿論。」とにこりと安藤さんが笑った。
木村君は、大きめなジョッキに赤いビール…冷たそうに、僅かな白い靄の様な煙が出ている。
さっき会ったばかりなのにもう、酒盛り状態になっているわ…
まあ、お互いに不安の裏返しの様なものだわね…。
私は、ゆったりと座席に横座りして、皆の顔を見つめる。
意外とサバサバしているようだ。
まあ、今から酒飲むって時に、暗い顔してもねぇ…
お通夜じゃないんだから。
「 なあ、安藤はん。
お互い自己紹介も終わったし、これ以上な、お互いの事聞いたところでやな、
あのジャニスがどうにかなるとか、魂の回収が止まるとかあらへんし、
かえってやな、話したくもないことしゃべってもうて
お互いに険悪になってもしょうがあらへんやろうしな。 」
言い終わって、ワインを注ぎ直す…
やや黄色がかった透明の液体が、上品な渦を立てながら注がれて透明な泡が立ちあがる。
「 ああ、高木さん、私は別にリーダーでもなんでもないですから。
それに、皆さんのご機嫌が悪くなっても嫌ですしね。
まあ、そうですねえ、どちらにしろ
何か思いついたところで、あんな超能力使うジャニスさんを止めれないし、
力ずくでいったところで… 」
言いながら、カランカランとグラスに氷を落とす安藤さんの顔は少し苦笑い気味だった。
「 返り討ち…ってとこかな、すげー体してるからな~あの死神。」
そりゃ~胸もお尻も馬鹿でかい、ついでに手足が細くてお腹がペッたん子…の超巨体。
私だって、初めて見る凄すぎの体だったわね。
でも、しょせん女の子だとは思うんだけどねぇ…
「 それに、意外と軽いんですよ。
筋肉が高密度にあって、バランスのいい人ってことですね。
贅肉があって、バランスの悪い人だと同じ体重でも倍以上に感じますからねえ
人間じゃないし、そのこと考えたら危ない橋ですよね 」
木村君はそう言って笑った。
「 どっちにしろ、何もしなければ俺たちは助かるわけだしジャニスも言ってたじゃないですか、
時空の揺り返し?まあ、平たく言うと運命の調整かな…
があるんで、ここで助かっても俺ら以外はどちらにしろ死亡確定だしなあ。」
そう言うと、大きいジョッキの半分ぐらいを一気に飲み込んだ…流石の若さだと思ったが、
溜息ついた顔が、ちょっと目が泳いで赤みがついていた。
「 そうよね、可哀想だけど…決定している事実って言う奴?
その事は、さっきもう済んだ話題でしょ? 蒸し返してもしょうがないじゃない。
どうせ、記憶が消えてなくなることだしお互いの事はそれなりには理解できたし、十分じゃないの?
春奈さんや泉ちゃんもそれでいい? 」
投げやりな言い方だけど…実際そうするしかない。
「 ええ、もうジャニスさんに身を委ねるしかないですし。」
泉ちゃんも、さっきジャニスに喰いさがった時の気概は既にない。
暖簾に腕押し、糠に釘、何をしても、ひっくり返らない事を散々ジャニスに言われたんだ。
納得はしてはいないだろうが理解はしていると思う。
「 そうですね、回収というのもジャニスの言う通り3時間はかかるなら、
この際皆で酒ども飲んで憂さ晴らしましょうよ。
そんで、いっぱい休んでおいた方がいいと思いますね。
肉体的にはそうでもないけど、精神的には普通に疲れましたからね。」
川上さんのその言葉に少し救われた気がした。
正直、いつジャニスからの呼び出しがかかるか分からなかったが、
気にしてもしょうがない。
どんなことがこれから起こるのか…
凄く不安ではあったんだけど、今は飲んで忘れたい…
なに、寝床もここにあるし、たっぷり飲んでも差し支えないわ。
それで、起きたらすべて夢でした!ってことになるともっといいなぁ…。




