自己紹介
ファーストクラスの座席は、各席からは楕円形に囲うように立ち上がる間仕切りのおかげで
意図的に外の座席が見えない様になっておりその間隔も十分に広く一つ一つの席が独立している。
シートもリクライニングすればベッドにもなるし、さながら個室のようだった。
6席より奥には共用スペースがあり、こじんまりとバーカウンターさえあった。
そこには他の座席の横にある窓より、かなり大きめの窓があったので
外を見ながら飲み物でも飲む事が出来たのだろう…
流石は金持ち専用の席だと思ったが今はどうせ、動きの無い凍った様な海面と、
動かない雲しか見えないが。
私は、他に興味のありそうなものも見当たらないので、
深めにリクライニングを倒して、天井を見つめる。
背中を預けているシートは、流石にエコノミーとは違い、すごく柔らかい。
高級そうな毛布が座席の横の物入れに折りたたんであった。
「 こりゃあいいわ…ちょっと寝るか… 」
思わず私は座席を更に倒してベットにして毛布を引き摺りだしていると、
「 よく、寝れますね? 」
お兄さんがちょろっと首を出してきてそう呟いた。
隣の席に泉ちゃんがいるんで、そんなにびっくりはしなかったが、
仮にも妙齢の女が座っているんだ…ちょっとぐらい気を遣え!
と声には出さないが、不満そうに言葉を変えて話しかける。
「 あの~すいませんが、とかよろしいですか?とか言ってくれません?
なんで、前ふり無しなんですか? 怖いじゃないですか! これでも、女性なんです 」
最後は、ちょっと自虐的…
「 それは気が利かなくて、すいません。
カーテンがまだ閉めていなかったし、ついね。
しかし、結構落ち着いていますねぇ…こんな状況なら眠るどころの話じゃないでしょ? 」
う~ん、確かにそうなんだけど…
「 それは、全員がそうなんじゃないですか?
死神だの、時間凍結だの、異次元だの、非現実な事を突き付けられた割には落ち着いてるわね。
まあ、実際に痛みや恐怖が襲ってこないんでどこか、起きたまま夢を見ている感覚じゃないの? 」
死神っていっても、ドジで能天気そうな外人さんだし、
時間凍結って言っても、私たちから見れば単に置物の様に見えるだけだし、
異次元って言われても、実際に見たわけでもない。
あくまでも、日常の延長で事が起きているようにしか感じない。
実際に、黒ローブで朽ち果てたような骸骨が錆びだらけの鎌を振り回したり
回収で肉体が崩壊するように消え去るとか、
更に、映画などでイメージ化された様な異次元の門や
恐ろしい世界を垣間見るとか有れば別だけどそんなことはおこりはしなかった。
あくまでもジャニスの話の上だけなので実感が無い。
実際、ジャニスが生えてきたところと、
回収以外は…なんというか、すごく良くできたセットの中でみんなでお芝居をしているような感覚に近い。
「 ん~、現実っていうよりリアルな夢? 筋書に沿ってお芝居を見ているか演じているような感じ?
どうにも切迫感が無くて…
まあ、その原因はあのジャニスさんですかねぇ。
さっきの回収?ってのにはびっくりしましたけど、
それだって、血が吹き出る訳度も無いし、ただ光る煙が出るだけですから恐怖感や嫌悪感は薄いですし、
あの人自体、淡々として緊張感のかけらもないし…
大体、出てくるときに穴にお尻が嵌って、涙目なんだもんなぁ~
床から生えているみたいに滑稽で、捨てられた子犬よりも不安そうな顔だったなぁ。
凄い美人で、スタイルも物凄くいい。
ヒール込で2メートル近い超巨体はちょっと怖いけど、
口調は舌足らずの日本語で少し高めの可愛い声…普通あれだけ大きいと低い声ってのが相場なのにね。
しぐさや表情もどこか子供っぽいし、
こういっちゃなんだけど、とても死神って感じじゃないし… 」
いや~よく見てるぁ…あのドジっ子の事、好きなんじゃないの。
よく分からないけど、男って美人で可愛いと死神でもいけるのかしら?
「 もどきでしょ?
厳密には違うって言ってたし…えっと。」
ああ、そういや名前を聞いていないや…
「 今更ながらですけど、お名前はなんておっしゃるんですか?
私は、加藤春奈って言います 」
「 ああ、僕は安藤 隆って言います。年齢34歳 妻あり 子供は小学1年の娘がいます。
商社で営業次長、某国には仕事でってとこです 」
へえ、やっぱり妻子持ちだったんだ。
「 別に、プロフィールまで言わなくても。」
「 いや~、自分から言わないと春奈さんも言いにくいでしょうから。
それに、どちらにしろ6人しかいないことだし、
お互い相手の事知りたいでしょうから、手間を省いたまでですよ 」
そう言いながらも、鼻のあたりを擦りながら頬が赤くなっている。
いや~私って、まだこういう反応してもらえるんだと内心嬉しかった。
それに、お兄さんの言う事ももっともだ…お互いの事を知るのも悪くないだろう。
まあ、どうせジャニスの話だと記憶を消されることになるはずだから、
ここで言っても別にいいし…
「 私は、28歳で、しばらく失業中のさえない独り身です。
今回は、ちょっとした用事で乗り換えのためヘルシンキに行く途中でした 」
皆まで言う必要もないのでそんなところでいいだろう。
すると、話をしている間に他の人が私の座席の周りに集まってきた。
「 えっと、なんでみんな私の席の周りに? 」
さっきもそうだけど…なんで、寄って来るんだろう?
「 なんでって、あんたとこの兄ちゃんと
お互いに自己紹介しとったでな、ワイもちゃんと自己紹介しとかんと
思ってやな…そやな?皆 」
同意を他の二人に求めると、苦笑いしながら頷く。
「 お互い何の因果か知らんけどこうして、ここに生き残ってるからな。
漠然とここで待っているのも退屈でつまらないし、
どうせ、あとからジャニスに記憶消されるって分かってるけど、
今だけでもお互いの事分かってた方がいいと思ってさ。
ということで、俺は、木村 二郎 24歳
一応、大学生だよ…3浪してるからおっさんだけどさ。
ヘルシンキで降りて、北欧一帯をブラブラと観光ってとこだな。
一応、福祉系の大学生だから勉強の意味もあるけど、まあ、暇つぶしかな。」
「 その割には軽装だね。」
7月…いくら夏だと言っても、そこらに遊びに出るかのように
男は軽装だった。
ジーンズにTシャツにスニーカー…手荷物すら持っていない。
「 はあ?荷物なんて現地で買えばいいじゃん 」
軽く返された…行き当たりばったりで単身で海外ね…まあ、おばさんには無理ですわ。
へえ、でも大学生なんだ…いくら浪人してるからって
まだ若いし、自由な時間がたっぷりあって一番いい時だね。
だけど…さっきの態度が少し気になる。
普通なら、ジャニスの提案で胸をなでおろすのに他の人と一緒に死んだ方がいいんかなって呟くかしら。
すると、話が終わるのを待って若い女性が話しだした。
「 あたいは、川上 美智子 21歳 一応勤め人ね。
まあ、いくつもアルバイトかけ持ってるから、本職って無いけど。
天涯孤独だし、施設で育って高校出てから一人暮らしだわ。
向こうへはさ、このお兄さんとおんなじで、北欧三国を回るつもりね。
バイトづくめだったから、ちょっとゆっくり一人旅ってところかな。」
やっぱ苦労人か…でも、何だろう違和感ある。
これから気ままな一人旅って…女一人は危ないんじゃないの?
で、今度は情けないおじさんが話しだした。
「 ワイは高木 恵一って名前で、今年46歳や。
一応、人文学系の大学教授やな…まあ、ジャニスにコテンパテン
やったで、大学名はカンベンしてや。
向こうのトゥルク大学に、知り合いがおってな、ちょい日本文学や古文なんか紹介しに行くんや。
ほれに、スオミゆうたら遊牧民で、民話や神話も世界的にも独特やし、
日本語とおんなじで限定的なスオミ語も面白いんや…半分は、遊びみたいなもんやけど 」
やっぱりというか、学者さんだったか…しかし、言語よく理解できないわ。
話の流れからも語学は達者みたい…英語もまともに使えん私からすると、異星人にも見える。
「 安藤さんと、加藤さんはさっき聞きましたけど…そこのお譲ちゃんは? 」
川上さんが、泉ちゃんの方を見ながら丁寧に話しかけた。
「 えっと、山野 泉です。 歳は17で、
ちょっと問題があって休学していますけど…一応、高校生です。
来年には復学します留年ですけどね。それまでやること無くて…
両親からも勧めがあって暫く、祖父のいるベルギーへ行く途中ですね 」
私は、淡々と話す泉ちゃんの横顔を見ながら、目を丸くする。
何も苦労を知らない、今時の高校生ぐらいにしか見えなかったからだ。
見たところ病気でもなさそうだし、
高校を長期にわたって休学ってそうそう軽い理由の訳が無い。
いろいろ原因はあるだろうが、まだ、子供だし…聞き出すのは禁物だ。
「 へえ、そう。ま、そのぐらいの時にはいろいろあるからさ。
あたいなんか、停学だって何回かあったぐらいだし。」
川上さんが軽くそう答えた。
でも、いい答えだと思う、それ以上話を掘り下げないって宣言してるようなものだから。
ここで、全員の自己紹介と旅の目的は分かった。




