あたいらはガムか
お通夜みたいな雰囲気の中、ジャニスがため息交じりに切り出した。
「 そろそろ、回収を始めましょうか。
別に3日ぐらい時間止めても、能力的には問題ないですけど、そう訳にも行きませんし 」
ああ、始まるのか回収とやらが…どういうことするんだろう。
「 どうやって魂の回収をするんですか? 」
ジャニスはその言葉に軽くうなずく。
「 ああ、それじゃあ今からどんなものかお見せしますわ。この人から始めますか… 」
そう言って一人の男を指さした。
多分、私達に見せるために一番罪悪感を感じない様な男を選択したのだろう。
大柄で肩幅が張っていて、パンチパーマで上等なダークスーツ…ゴツイ指輪に頬の傷…
特に同情心が沸きにくい人物だった。
ジャニスは俯いて高速で呪文を唱えて、
その言葉が終わると、大きく頭上で旋回するように例の大鎌で8の字を描く。
暫くすると、その男から綺麗な白い煙の様なものが立ちあがり。
…エクト…プラズム?ってよく知らんがそんなような物がゆらゆらと揺らめきながら…
軽く口を開けたジャニスの中に入って行った…煙草の煙の様に。
時間が凍結している男の方は、当然、写真の様に固まったまま動かない。
ただ、気のせいだろうと思うが…見開いたままも目の精気が急に無くなった感じがした。
「 んん、これは…美味しいですね。 」
そう言って、満足そうに舌舐めずりまでした。
ガタガタ
皆、恐ろしさに座席の中で後ずさりしだした。
天然ボケの巨体美人の様な認識で見ていたジャニスが初めて、
生臭い人外の化けものに見えたからだ…魂を食べる異形の…化け物。
「 く…食った 」
私の言葉にジャニスは笑った。
「 嫌ですね、違いますわよ。
純粋に私の体に回収したのよ一時保管には、私達…の体を使うしかないんです。
美味しいと言ったのは、体に入って来る時に味がするんですよ。
聖人は無味で不味く…悪人は濃厚で複雑な味がしますね…
ほら、ガムとか食べないけど味わうじゃないですか、
あれに近い感覚です。
あ、そうそう…私もガムとか噛みますけど本当によく似てますよ。」
今度は、逆にフッと口から吐き出した。
それは10円玉程度の大きさでジャニスの手のひらの上で渦を巻いていた…
若干、さっきより黄色いが…
「 ね、食べてないでしょ?
最後にはちゃんと形として出てきますでしょ?ね、ね… 」
私達はその話を聞いて胡散臭そうにジャニスを見た。
「 あたいらは…ガムか? 」
先程の女の子が呆れたように、真っ赤なルージュが薄くなるぐらい大きな口を開けてジャニスを見る。
「 ほうか…事実ってこんなもんか。
演劇や伝承とは全く違うんやな…ワイの人生ってなんやったんや… 」
脂ぎった…おっさんは、さっきと同じような事を言っていた。
博識な所や賢く見える事や今までの言動からすると…学者さんかな?
「 ま…なんでもありか。どうせ忘れちゃうから関係ないけどな。」
すっかり捨て鉢になっている男は、その場で座り込んだ。
泉ちゃんは、ジャニスを一瞥してさっきの少女を見返すと、再び、泣きだした。
お兄さんは、複雑な顔だったが、一言もしゃべらない。
「 もういいわ…十分分かりました。
回収の場面は、結構刺激が強いので…私達には見せない様に出来ますか?
それに、貴方の話から想定すると、
先に他の皆さんの回収とやらを済ませてから、私達の保護ですよね。」
誰も話を進めないので、意を決して私が話しかけた。
それに、泉ちゃんを始め、無力な私たちがこの機内にいる百数十名の
神経に来そうな回収の光景を見続けるのは流石に耐えれない。
「 ええ、まあ…そうですね…見ていても気分のいいもんでもありませんから…
そうだ…ファーストクラスが空いていますから、そこでゆっくりと待ってはどうですか? 」
「 ビジネスクラスのドアも開かないし…いけないんですけど… 」
そこまで私が言うと、ジャニスの笑顔の口角が更に上がった…
「 大丈夫、今は開いてますわよ。
その先にファーストクラスがありますから…いってらっしゃい。
回収の方は皆さんがここを去ってから、しっかり行う事にしますわ 」
可愛い声でジャニスはそう言うと、大鎌を近くの座席に立てかけて
大きなお尻を座席のひじ掛けにちょこんと乗せた。
多分、さっき座席から立ち上がる時、キュポンって音がするぐらい
お尻がきつかったんでそこにしたんだろうな…さすがエコノミー座席幅が小さいや。
「 ねえ、ジャニス…回収ってどのくらいかかるの? 」
私は、金色の美しい髪に指を梳きこんで、すっかりリラックスしているジャニスにそう問いかける。
「 んっと…私の能力のかけ方もありますけど…
凍結空間と流動空間が干渉しあっている場所もあるので、
時間と言われても…よくは分かりませんね。
大体で良ければ…そうですね200人近い回収ですから…
約3時間ってとこですか…貴方達にとっては。」
3時間か…、結構あるわね。ちょっと仮眠ぐらいとれそうな感じだわ。
「 んじゃあ、ジャニス…終わったら呼んでよ。
その方が、お互い気兼ねないしさ…どうかしら。 」
ジャニスは少し笑いながら小さく手を振る。
「 はいはい、分かりましたわ。
ああ、そう言えばあなた、私の事、ジャニスって呼び捨てですわね。
会って間もないのに、えらくフレンドリーですわね… 」
「 ああ、その事?いいじゃん別に。
めんどいから言ってるのよ、それに私よりだいぶ年下に見えるしね。
気になるっていうんならさ、
あんたも私の事、春奈って呼び捨てでかまわないよ。」
「 そうですか…ちょっと馬鹿にされてるのかな?って思ったもんですから。
それを聞いて安心しました。
じゃあ、またあとでね…えっとは…春奈 」
「 うん、またあとでね。」
そう言うと、ジャニスに微笑みかけて手を振った。
うん、ちょっとは馬鹿にしてるけどさ、
あんたが来てくれなきゃこの6人も死ぬところだったから本当は感謝しているんだよ。
その後、私たちは皆でジャニスに手を振るとファーストクラスへと向かい始めた。
時間凍結で眠ったままに固まった人達の脇を抜けたり、
通路に転がっているコップや手荷物をよけながら進む。
時間を凍結させているというのに、
足元を照らす照明は、不可思議ではあったが有りがたいと思った。
さっき捜索した時にはカギがかかり閉じていた頑丈そうな扉の鍵が開いていた…
その扉を押し開けて、ちょっと贅沢なビジネス席へと入っていく。
私たちがいたエコノミーでは見かけなかったが、
床から跳ね上がった途中で、空中で止まっている人や、
派手に床に手足を広げて倒れている人もいた。
そのほかは、エコノミーよりやや広く高そうな座席で乗客たちは眠っていた。
特に顔見知りがいる訳でもなし更に前部にあるファーストクラスへと向かう。
途中で、乗務員席で座り込んでいるアテンダントも見た。
ベルトは乗務員らしくきつく締め、確りと足を踏ん張っていて固まっていた。
多分、気絶する前に凍結してしまったのだろう…
その顔は、目を硬くつむり、目の周りの化粧が剥がれたのか
頬の途中で黒く筋を引いた涙が張り付いていた。
その横で、仕切りになっていた薄いカーテンを開ける。
乗務員用の控室兼サービスキッチンを抜けると、
更に頑丈そうな扉が解放されている。
しかし、カーテンで仕切るだけでいいのに…
いくらテロ対策って言ったて…これじゃあ格差社会じゃないか。
私は舌打ちをしながら、扉を抜ける…
目の前に私の様に平凡な小市民が見たら、贅沢すぎる席が6席が現れた。
たった6席…いくらするんだよと思いながらも
各々が安堵のため息をつきながら座っていく。
「 これから…どうしましょう。 」
不安そうに泉ちゃんがこちらの顔を覗き込んでくる。
「 待つだけね…それしかできないわ。まあ、座りましょうよ。」
そう言いながら、落ち着かせようと泉ちゃんの背中を軽くたたき
座席に座るように促した。
実際ここで待つ以外にはないのだ。
あとは、ジャニスの起こす行動に従うだけだ。
パキキと、ファーストクラスのドアを閉める音が聞こえた。
さっきまでの機内と隔離されたせいか、
今までの事が幻の様に感じられた…勿論、感じただけだけど…
「 まあ、他に何も…できないですからね。
先程からジャニスさんは魂の回収を再開し始めたようですね…
いまちょと、例の光がかすかに見えましたから… 」
私はあらためて、室内を見渡した。
先程の広い機内とはうって変わったこじんまりとした空間だったが、
勿論、収容定員が少ない席数なんで十分な広さではあった。




