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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第二幕 暗闇に浮かぶ赤い目~Loup noir~
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黒い犬

  彼女のその目が嫌いだった。

 どこまでも人を見透かすような日本人には珍しい茶色の澄んだ美しい双眸が、

 本当に嫌いだった。

 美しい栗色の柔らかい髪や、すらっとして細長い四肢、

 柔らかな肌に、意志の強い茶色の眉、薔薇の様な華やかな唇。

 何もかも嫌いだった。


 彼女は…いい子だとは思う。

 10歳にしては頭もいいし、言葉使いもちゃんとしているし、

 言えば掃除なんかの手伝いも出来るし、手先もかなり器用な方だと思う。

 多分、事情があって、全くの他人様の子どもであっても、

 その容姿が無ければ、

 子どもの無いあたしも喜んで娘として育てただろう。


 でも、彼女はそれを持ってしまっている。


 それは仕方のない事だとは思っている。

 なにせ、亡くなったあの忌々しい妹の娘なんだから。

 私の全てを奪い去って、

 勝手にあの人と死んじまった疫病神の娘なんだから。

 

 だから私は物凄く辛く当たる。

 頭ではいけないって思いながら、無意識に張り手や暴言もつい出てしまう。

 それ以上の虐待も日常茶飯事だ。

 「 死んでしまえ! 」

 って言ってはならない言葉も平気で吐き出してしまう。

 

 私は、自分の下衆さ加減を忘れようとして飲んだ酒だったが、

 暖かい室温の間接照明だけの部屋では、流石に気が滅入るだけなので

 仕方なく立ち上がり、厚いカーテンを開けて

 大して上等でもないマンションのベランダに出て冬の冷たい風に当たる。

 外の冷たい風にでも当たれば、

 自分のどす黒い嫉妬と憎悪を少しでも鎮まるかと思ってだ。


 まあ、逆に火照った体に心地いいだけだったが…

 

「 ああ、あの子どうしているんだろう。」


 私は、そう呟きながら、

 べランダの手すりに肘を付きいて、冬枯れの不景気な街を見下ろす。


 夜の8時だというのに、この辺の通りはすっかり寂れて、

 向こう側の商店街は固くシャッターが閉ざされていて、

 防犯灯の光が当たらない場所では自販機の灯りが目立つ。


 冷たいアスファルトの対面車線の車道は行きかう車も疎らだ。

 歩道は白いタイルで良く見えてはいるが、肝心の歩行者は見かけない。

 大した生活音もしない静寂が支配する退屈な風景だった。


 彼女…私の姪はもう一週間ものあいだ家に帰ってきていない。


 身を切るような寒い風が吹いている…どこでどうしているのやら。

 セーターも無い粗末な格好で消えてるから相当に寒いだろう。

 お腹も空いているだろうから今夜あたりが限界だろうと思う。

  

 私は、彼女に対して物凄い虐待しているはずなのに心配しているのだ。

 おかしな話だと思われるかもしれないけど、

 彼女がいつ帰ってもいい様に寝床もちゃんと用意しているし、

 常に冷蔵庫の中には彼女の好物も用意はしている。


 でも実際に彼女が帰ってきたら、彼女のあの顔を見たら何も言わずにふて寝して、

 翌朝、空腹に耐えかねたあの子が平らげるであろうその食事を見て

 烈火の様な怒声と往復ビンタをお見舞いする。


 そして…陰湿でやっかいな八つ当たりを繰り返していく事にはなる。


 それは、分かっていてもやめられない呪いだ。

 彼女自身が辛いのは当たり前だが、

 私の魂も真黒で卑屈などうしようもないものに変わっていく呪いだ。


 彼女の家出など日常茶飯事だけど…

 流石に一週間も経つと明日ぐらいは警察や学校に届けておかなくてはと思う。

 そして、彼女が見つかるまで必死に探すんだ…


 まさかとは思うけど、彼女に何かあったら凄く困る。

 確かにあの糞女の娘だけど、同時に私のあこがれの人の残していった娘だ。

 彼女のことは死ぬほどに憎いけど、同時に死ぬほど愛してはいるのだ。


 憎いだけなら、親戚中が誰も引き取らない彼女を私が引き取る訳がない。

 どこかであの人の面影を残す彼女を手元に置いておきたかったんだと思う。

 まあ、施設にでも入った方が彼女にと言ってはマシだったかもしれないけど…


 でも、あの眼さえなければ…と何度も思う。

 どんな不細工になっても構わないから、整形でも事故でもいいから目でも失明して

 瞼が開かなければ私は彼女に何でもしてあげられると思う。

 

 複雑な感情で頭が少し重くなっていると、

 見下ろしていた対岸の歩道に犬がのそのそと歩いているのが見えた。


 大きい犬だと思った…

 対象物が無いのであまりよくは分からないが2メートル以上で

 ピレネー犬かグレートデーン種ぐらいありそうだ。


 その犬は、とぼとぼと私の視線の真ん前で止まると、

 ゆっくり悠然とこちらを向いてお座りをした。


 真黒な犬だった。

 立耳で、かなり長い尾っぽ、防犯灯の光に輝く様な黒い黒い体毛。

 ここからでは分かりずらいけど

 かなりしっかりした骨付きで、筋肉が盛り上がった様な立派な体躯だったが、

 何よりも目立ったのは

 黒いその貌には、真っ赤な血のような目と立派そうな犬歯が

 体毛と同じようにキラキラと光っていた事だった。


「 な…なんなんだろうあの犬 」

 彫像の様にビクともせずにその犬は私を眺めてた。


 10分ほど夜の寂しげな空気の中で

 私は、飲みかけのブランデーに口を付けながらその犬を見る。


 無類の動物好きでもある私は飽きることなく見回す。

 犬の種類は少し距離があるので分からないが…

 近いところだとアラスカン・マラミュートか、ウルフドッグって所かな…

 しかし、

 一番近いのはシベリア・オオカミ…まさかね。

 まあ、どちらにしろ堅牢な広いゲージで飼う種類の犬だ。


 何でこんな所にいるんだろうとは思うけど、

 まさかこの距離で飛びかかってくるわけも無いので

 ブランデーで気持ち良くなってもいる私は赤い顔で軽く手を振る。


 私が手を振ると、その犬は体を大きく振って

 のっそりと体を上げると、北方向と反対方向へのそのそと歩き出した。


 警察か保健所にでも連絡するべきだろうが、

 酒も入っている私にはただめんどくさいので、ニヤニヤ笑いながら

 夜の闇に消えていく犬を目で追うだけにした。


 それから暫くすると、その犬と同じ様に歩道を歩いて来る人影が見えた。


 黒のかなり長めのタイトスカートに黒いロングコート

 開いた襟口から見えるコートの中もまた真黒だった。


 普通、少しはアクセントでもつけるのに…


 防犯灯の光の反射が眩い鮮やかな金髪が揺れる。

 どうやら外人さんなのは確かなようだ。


 カーンカーンと硬いヒールの音が響いて来る。

 ここから見ても分かる長いコンパスの脚がゆっくりと大股気味に歩いている。

 そして、何故かさっきの犬と同じように私の方を見上げて来た。


 流石に犬とは違い、意思のある人なのでかなりの警戒心をもって睨み返す。


 大きな女性だった。

 はっきりしたことは分からないけれど2メートル近くありそうな巨体だった。

 デフォルメした海外の女性の様に、すごく大きな胸とがっしりした肩

 細い胴回りと、ふくよかな腰回り。

 そして、この距離からでは分かる訳ないのに

 彼女の顔が笑ったのがはっきりと見えた…

 さっきの犬よりも獣のような厳しい目で狂暴そうに笑ってこちらを見つめて来る。

 

 私は固まったように目を背けることが出来なかった。


 そしてさっきの犬と同じように彼女も10分ぐらいこちらを見てから

 現れた時と同じ大股で反対方向へと歩いて行った。


「 なんなのよアレ… 」

 私は、不思議に思ったが何故か全身の毛が逆立つほど恐ろしくなった。


 普通に犬と外人の女の人の筈なのにこの世のものではない様な感じを受けた。




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