回収
さっきまで私とやり合っていた時のドジっ子の面影も無く、
ジャニスは冷静な顔で、落ち着いた口調で語り始めた。
「 そうですわね…目的は2つ有りますわね。
一つは、貴方達6人の保護と処置 もう一つは、それ以外の方、全員の魂の回収です。 」
「 回収?どういう意味ですか? 」
「 ええ、眠っている方にはそのまま死んでいただいて
私が、丁寧にその方たちの魂を回収してですね、業務指示書に従い然るべきところに、
連れていく事になっておりますわ。」
死んでいただいてと…特に感傷も無く淡々と仕事口調で言われて少し驚いた。
「 はああ? 」
「 なんやて… 」
「 嘘… 」
そんな言葉がいきかう中、スマホの彼は黙りこくったままジャニスを凝視している。
「 あの~、それは… 」
私は、再び頭が痛くなる思いで問いただそうとしたが言葉が出てこない。
そんな私を脇に置いてスマホの彼は先にジャニスと冷静に受け答えを始めた。
「 魂の回収ですか…凄いこと言いますね。
それに…その大きな鎌、黒いフード付きの服で超能力…
そういうの、私たちは絵画や映画でしか見たことないけど
多分…ここにいる皆が同じ事思ってると思いますよ…
非科学的で…ただの伝承って感じですけどもこれが一番近い。
”死神” ってね。 」
その言葉を出すにはいささか恥ずかしい物があるが、
そう思うのが普通だと思う。
「 ううんん……げ…厳密に言うとですねぇ、違いますわね。
もっとその…俗っぽいんですけど…まああ、
でも、貴方達から見れば、信じられない能力や、
言ってる事は、貴方達の言う死神というのと同じようなもんですわね。
でも、それでもいいです。っていうか、そうしてください。
説明すると長くなるし、多分理解も出来ませんから
…死神 ジャニスでかまいません。 」
厳密に言うと何なの?とも思ったが、
頭のいい本人が説明に窮することだし…知ったところでたいして変わりはしない。
どうせ奇跡の様な力を操れるジャニスと揉める事も出来ないのだから。
「 はああ、死神って認めるんかいな。
えらい現実感があらへんな~どないしようか…ほや、あんたが死神って言うならやな、
その大鎌は一部欧州の伝承で言う死神の刈り取り鎌?かいな。
冥界の農夫って異名もある証明かい…ならやな、死なんとに魂の一部を切り取ってやな…
格好つけてもいいんやないか? 」
さっき下半身がどうとかほざいていた脂ぎったおっさんが、
訳知り顔で話に割り込んできた…何、その話…聞いたことも無いわ。
ジャニスは一瞬驚いて脂ぎった関西弁の見苦しい中年を
眺めたが、直ぐに可哀想な物を見る目で呆れたような口調で話す。
「 へええ、博識ですね。その伝承は…伝説レベルの話ですわ。
また、意味の無いくだらない知識を…とりあえず、それ与太話です。
可哀想ですわ、貴重な時間をかけて覚えた事でしょうに。
その話はですね、浦島太郎が大亀で竜宮城へ行くくらいの…作り話。
浦島太郎の元の話を知ってます?
これは確かですが日本書紀で助けた亀が女人になってお礼をしに来る話ですわよ。
どこで覚えたか知りませんけど、全く違いますからね、
古い言い伝えのもとなんて全く違う話が、その時の都合で変化するんです。
言いたくありませんが、あなた達が言う冥界自体すら存在しません 」
それを聞いて思う…
歴史や伝承何て全部そうか…真実じゃなくてあくまでも言い伝え…
また、いくらかは真実で何を構成しているのかさえ霧の中の様に思う。
大体、事実を積み上げて構築された学問だって、
今の目の前の事実だけでも、量子論も相対性理論も生物学でも何一つ説明できないのだから。
「 いや…そんなはっきり言われると…わいの存在意義がなぁ。」
そう言って頭を抱えるおじさん…あなた何者?
「 事実って思いもよらないものですからね。
まあ、落ち込んでも後で記憶が無くなるから気にしないでくださいね。
ああそうだ、どうせ忘れるけど教えておきますわね。
知識欲は有りそうなんで、気になってしょうがないと
これからの事に集中できませんから…
まず最初に、常識とか既定の事実というのを頭から切り離してくださいね、
なるべく分かるように説明しますけど、
柔軟に話を素直に受け入れないと理解できませんから。 」
何気に、3つも気になる事を言ったが、
話の腰を折って話が散開してもしょうがないので、終わるまで黙っておこう。
「 ええと、まず、この鎌の様なものは舞踊の鎌っていいます。
ああ、まいおどりの鎌って言った方がいいかな? 別に踊りませんけどね。」
「 そうでっか?意味は? 」
知識欲が高いのかおじさんは直ぐに喰いついた。
「 ありません!って思ってください。秘密ですし船かなんかにつける命名と同じです。
”いずも”とか、”飛鳥”とか…直接意味が通じないでしょ? 」
そう言って笑うジャニス…よし、ひとつ問題解決。
というか、事実を確認しようとしても肝心な事は言わないのは分かった。
「 はあ、なんや中途半端やな…それが事実かどうかは知らんけど…
ジャニスはんしか、本当の事実を知らんならどういう風に聞いても無駄や。」
正解! 面と向かって冷静に理解するだけあんたは頭いいわ…。
「 ひとつ確認したい事があります。いいですか? 」
私が声を上げた。
「 なんですの? 」
「 その魂の回収とか、保護とかって行う理由は? 」
「 ああ、当然ですね。でも理由は分かりません。
なんせ、仕事ですから、余分な事は一切知りませんね。
業務命令書のランクはAクラスですから重要度が高いってことぐらいかな。」
緊張感もなく、さらっと口にした。
「 し…仕事?ってこれって報酬とか出るようなものですか? 」
「 え?だって、無料で誰が動きます?
結構、高等能力使って疲れるし、私も生活ありますしねぇ
まあ、独り身で気楽は気楽なんですけど…結婚もこの先したいしねぇ 」
何を当たり前の事を聞く?という顔でジャニスが答えた。
「 はあ、死神が生活?ですか。
結婚もするんですねぇ…相手もその…やっぱりですか? 」
「 いえ、相手が人間でも構いませんよ。
実際、同僚にはいますからね。
まあ、一回死ななきゃいけませんけど不可能じゃありません。」
そうか…別の世界に人でも結婚できるんか…でも、死ぬのは怖いなぁ。
「 そ…そうなんですか。選択肢が多くて羨ましいですねえ… 」
本心でそう思う…今の私にはなんせ相手もいないんだから…
「 あら?でも人間だって半分は異性でしょ? 数十億はいますでしょ相手は? 」
その言葉にいささかムッと来る。
確かにそうだが、数十億人も総当たり戦でお見合いする訳が無い。
適齢期の男女は戦争なんだぞこんにゃろ!
それに、私たちは寿命の短い人間なのだから。
「 はは、じゃあ、ジャニスさんちょっと失礼な質問ですが、
回収も保護も全部嫌って私たちが言ったらどうなります? 」
先程、気になった事よりも大事な事だ。
拒否権があるかは知らないけど…根源的な問題である。
「 ンと…。拒否してもかまいませんけど…別に普通に仕事しますが?
まあ、仕事をしないとなれば時間を戻して私は消えますよ…
記憶を消して墜落寸前からやり直しです。
まあ、100%の確率で全員ミンチですわね。
それに、意外と痛いですわよ…
よく言う気絶したまま飛び降りれば痛みを感じる前に死ぬ。
っていうのは、嘘ですから…というか迷信です。 」
血も凍るような上から目線で、口角を上げながら笑って言葉を続ける…悪魔のようだ。
「 断頭台で、即死するって有名な話…おじ様ならご存じですよね 」
先程の関西弁のおじさんを冷たい流し目で見る。
「 それ知ってるわ、有名な話やないか。
確か…そ…そや、首が刎ねられても瞬きするわ…って言って、
言葉通り…瞬きしたっていう話やなぁ。
フランス革命の少し後ぐらいの事やったかな、
ロベス・ピエールの恐怖統治の時代ぐらいやな。
そ…それに、神経は光速で伝達されるから…痛みもそら… 」
急に苦虫を噛んだような顔をした。
「 ということです。
それこそ光の速度で消滅でもしない限りは、必ず痛みは有ります。
しかも衝撃が大きいほど痛みは強いですわよ。」
きょ…拒否…出来る訳が無い。
「 それは、ジャニスさんがやることに文句も言わずに従うしかないって事?
でも…あんな小さい子も死ぬの? 」
私は、気絶して時間が止まって凍結した様な人たちを見渡す。
目に入る範囲だけでも、
まだ、年端もいかない少女や…赤ちゃん…とその母親もいる。
ここで時間を終わらせるには…悲しすぎる。
「 え?死ぬのに年齢なんて関係ありませんわよ。
まあ、確かに幼い子供というのは可哀想な気はしますわね。
悲しいのですか?
でも、時間が止まった中で私が回収すれば 痛みも無く肉体から分離しますし、
この恐怖の体験も瞬時に記憶を消して、然るべきところで覚醒します。
っと…そこまでしか言えませんが…少なくともお終いではありません。
残された遺族の方々は残念としか言えませんわね…
バラバラの機体と肉片しか残りませんから…物質的結末はね。
このまま、死んでいたら恐ろしい痛みと
魂という名の本来の姿も、行き場の無い暗黒の時を経て
うまくいけば転生もするかもしれませんし、どこにも行けず
彷徨い続けるかもしれません。
ね、私が回収した方がいいでしょ。」
ジャニスはそう言って笑った…
所詮、他人事なんだ…自分がどうにかなるわけでもないから…
でも、命かかってるんですけど私たちは。
ジャニスの言うことが本当だとしたら、決して悪い話ではない。
死なずに済むならそれが一番だけど…恐怖も痛みが無く気がついた時には別世界…か。
もし、ジャニスがいなくなって、
時間が巻戻らない場合でも、このまま数メートルの高さから機体が落下。
衝撃は十分緩和するから、多分機体は無事だろうけど…
飛行機の中だし、水圧がかかるんで脱出は不可能…
それに、気絶した乗客も水が迫れば気がついて、
この世で、最も苦しいといわれる溺死が待っている。
ははは…逃げ道なんかまるで無いわ…。




