表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第七幕 温泉宿~Mer d’étoiles~
61/124

正規のルート

   遠くで響く僅かな喧騒に、立ち止まる。

  常人なら、囁き声よりも小さな音だが、女将にはよく聞こえた。


  ジャニス達と別れた女将は、渡り廊下の欄干に腰かけてその様子を見ていた。

  

  赤色灯を回しながら救急車やパトカーが数台、停車している。

  他に黄色の回転灯の点滅する…建設車両らしきものもちらほら見えた。

  車道の脇には、夜間の工事現場などで見かける照明バルーンが設置されていて、

  忙しそうに動き回る警察官や、作業員の姿が浮かび上がる。

 

  更にはその明りに照らされた大きいなクレーンが動いているのも見て取れる。

  見慣れたロゴが入った、報道関係の車もいて騒がしげに見え、

  警察官が何事かと集まってきた住人たちを整然と指示しているのも見え、

  よく見ると、そのうちの何人かは女将の知り合いのようだった。


「 へえ、町長も来ていますか…まあ、こんな山奥じゃあ

  こんな事故でも、滅多にない騒ぎですからねえ… 」


  ジャニスと同じ異次元の住人であった女将は、

  常人の数倍の視力と聴力を持ち、暗視の能力を持っているため、

  随分離れているのにすぐ近くの様に、良く見える。


  クレーン車の設置を急いで、慌ただしく作業員が行き来している。

  その場所は、かなりの高さのある崖で、

  無残にガードレールが破られなぎ倒された木々が崖から釣り下がっていた。


  大きな投光機が、その下の川の方を照らしている。

  そこには、横倒しになって、傷だらけで窓も割れている

  赤い誰もが知るメーカーの高級乗用車が速い川の流れの中、半分以上が水没していた。


  もっとも、普通の人間ならこの距離では、何やら灯りがあって、

  動き回っているぐらいにしか見えないだろう…。


「 ああ、結構な騒ぎになっていますね~

  

  でも、あんな場所ですから引き上げも時間かかるし、

  川も下流まで捜索するでしょうからしばらく、騒がしくなりますねぇ…

  まあ、死体は出ないので行方不明ってことになるでしょうね 


  ま、見てもどうしようもないし

  このままにして、肝心の楓さんに見られても面倒ですもの…」


  女将は、そう言うと、

  その場に立ち止まって、麓の方に向かって右手を上げて、一気に降ろす。


「 シュデーキ ボスト! 」


  短く力強くそう叫ぶと、女将の見ている風景全体が、

  ぐちゃぐちゃに混ざり合って、中心部に落ち込んでいく。

 

  そして、しばらくすると、何も無かったかのように

  麓の町はいつもの静かな景色へと変わり、秋の虫たちの泣き声が涼しげに響き始めた。


「 ほう、立体時間投影ですか…

  相変わらず、凄いですねヒルダ、その短期詠唱でこんな高等能力

  流石、異界の魔女、全然、衰えていないですね。 」


  廊下の曲がり角から、小さく手を叩きながら

  白髪が良い具合に交じったスマートな中年男がスーツを着た姿で現れる。


「 見ていたんですか、あなた。

  任せるって言ったから、来ないかと思いました。」


  意外そうな顔で、その男を見る…女将の連れ合いの様だ。


「 君に任せておけば、安心だとは思ったんだけど、

  礼二がそわそわしているのを見てるとねぇ、

  気になって様子を見に来るしかなくてね。

 

  でも、おかげで久しぶりの大能力が見れました。」


  男は、そう言うと、渡り廊下の手すりに腰を寄りかからせて答える。


「 で、どうだい?あの楓って子は。

  礼二と付き合ったとしてうまくいくかなぁ?


  私が記憶変換の能力を使った時は、

  彼女はまだ、ダメージがあって意識が無かったから、

  記憶や、思考の傾向を見ただけなんでよくは分からないんだよ。


  まあ、折角、礼二が気にいるし、

  殆ど、死にかけていた彼女を3人で何とか助けたんだから、

  何とか、うまくいってくれないかなとは思うけど。


  もしもだけど、うまくいって結婚ってなった場合は、

  あの子、この旅館の若女将になっても大丈夫なのかな? 」


  にこやかに、女将の方を向いて話しかけるが、

  その顔は、どこか不安そうな色が浮かんでいた。


「 そうですね~、まず礼二の事は気にいるでしょうね。

  覗いた限りでは容姿も性格も、彼女の好みに近い…というか理想ですし。

  多分、明日、山にハイキングに行けば気に入ってくれると思います。


  後は、礼二の頑張り次第ですが、大丈夫だと思いますよ。

  

  それと、気が早いですけど女将としては有望かと思いますのよ。


   地方都市の企業とはいえ、有能で営業の主戦力として休む間もなく働き、

  才能もあるし、職業意識も強いし、丁寧で粘りもあるので上司も凄く頼りにしていて、

  破格の高給も会社が出してくれたぐらいですから営業に関しては優秀だと思います。


  大学も、経済学部なので経営の初歩的な事は理解していますね。

  それに勉強熱心なんでしょうねロースクールにも通っていたぐらいですから、

  実践的な事は、フォローしていけば大丈夫でしょう。


  女性で、これだけの能力はあまりいませんから、幸運ですよ。

  

  それに、物おじしないし、度胸のいい性格もいいですね。

  多少の、精神安定の能力もかけてはいましたけど、

  異界の私達の正体が分かっても全く恐れていませんでしたから。


  こういうのは、

  従業員の教育、管理も教えれば問題なくこなせますね。


  容姿は十人並み…か少しいいぐらい?ですがこれもいい点です。

  美人過ぎる女将は苦労しますから。

  礼二は、女を容姿では判断しない子ですから問題ないでしょう。


  おおよそ、理想ですね。

  流石に、礼二の昔からのお気に入りのジャニスさんが、

  ここの女将をやるのは…ちょっと嫌だったからそれに比べれば満点ですね 」

 

  長々と、話をした女将は、笑いながら連れ合いの方を見た。


「 ああ、礼二の奴は

  子供の時から、ジャニス、ジャニスだったからなぁ…

  

  ジャニスさんは、昔からよく礼二の事を可愛がってましたが、

  いくら、22以降は永久に歳を取らないって言っても、

  凄い美人で、性格良くて、能力も高いけど…

  

  あの巨体だし、凄い体だから礼二じゃあ持たないし…

  だいたい、元同じ高校の友達だった人が、息子の嫁は嫌だし… 」


「 まあ、そうですわね。

  いくら歳を取らない私達でも、それはちょっと…って思いますよ。

  それに、礼二では役不足ですしね。


  しかし、礼二があの女の子を抱えて旅館に戻って来た時は、

  心臓が止まりそうなほど驚きましたわね~


  結界を破って外の人間が入ってくるのなんてありえないものですから…


  聞けば、麓で買い出し中に、崖から落ちる車を見かけて引きずり出したら死にかけていたんで、

  時間停止をかけて持って来たって言うじゃないですか。


  まあ、放って置くわけにもいかず

  ここで、みんなで回復処置と記憶操作を懸命にしましたわね。

  

  何とか助かった楓さんに礼二は、すごく興味を持ちましたわ。

  容姿も自分好み…って聞いたときには頭を捻りました。


  なにせ、ジャニスさんとは正反対ですから、

  背も低いし、胸もお尻も貧相だし、

  顔だって、十人並み?目が少し大きくてきれいなぐらいだけ…

  まあ、女性に対していい評価を下さないのは、

  母親としての常なんでしょうけど…。


  頭を覗いた、礼二が言うには擦れてないし真面目だし、

  自分の周りにいないタイプって言ってましたわね。


  私からしたら、ボッチで世渡りべたって感じでしたけど…。


  礼二もいい歳だし、ひと肌脱ぐかって感じで始めましたが、

  こうなってしまえばいい結果になりましたわ。


  たまたま、

  ジャニスさんが逗留に来ているのも運命を感じますね。

  説得したら、喜んで協力していただいたし。」



「  礼二は…28で彼女なし、童貞ではないが基本的には、純な子だし、能力も高い。


  楓さんは、もっといい。

  28歳で、彼氏なしでおまけに処女…経験が多いと能力の伝達が遅いし、上限が低くなるけど、

  処女なら、十分な伝承もできるでしょう。

  条件がみんな揃った相手で、しかも礼二が気にいるなんてね 」


「 暫く逗留していただいて、徐々に礼二との距離を縮めてですね。

  こちら側に引き込もうと思います。

  さっきの対応見る限り、多分うまくいくと思いますから… 」


「 ああ、僕達も早く孫の顔が見たいしね。」


「 そうですね…どうせ向こうには帰れないんだし、

  この次元を存分に楽しみましょうよ…ねえ、貴方。」


  ヒルダと髪は白いが、とても30近い息子がいるようには見えない連れ合いは、


  お互いに手を握って、本館へと歩いていった。







   空はよく晴れあがっていた。


  心地いい谷から吹きあがる風が目の前の旅館を回って吹いてくる。

  まだ、先程食べた満足度の高い朝食の余韻と、

  久しぶりに温泉に入って、アパートの布団とは違う高級布団で

  十分に充電できた私は、ウキウキとしながらリュックを背負う。


  ハイキングなんて何年振りだろうか…楽しみだわ。


  つい、一昨日まで灰色の社畜生活だったのに…

  昨日から、長い休み決定!

  昨日は、夏休み前の子供の様に本当にリラックスできた。


  私は、ふと横目でその休みの間の友達を見る。


  ジャニスは…どこにそんな巨体用の服売ってるの?と思う。

  186センチ( 昨日ジャニスから直接聞いた。)

  の超巨体に合う服なんてよく用意できたと思う。


  物凄く長い脚は恐らく裾カットなしのジーンズだろう。

  お尻は窮屈そうだったけど、

  お腹はブカブカで、サスペンダーで吊るしている。


  肩幅はぴったりでも、胸が零れそうなワークシャツで、

  ボタンも上2つは嵌らないので、黒いTシャツが良く映える。


  26だか7ぐらいの女としては馬鹿でかいハーフブーツ。

  日差しが強いからと、男もののテンガロンハットで、

  首元には赤いチーフで模様入り、

  金のフレームに薄いサングラスをかけて、横に立っている。


  アメリカ南部の農園のお姉さんの様な出で立ち…

  正直、似合いすぎる。


  まあ、でも基本、私も同じような格好だ。

  ただし、裾を直されたし、

  ジーンズのお尻は凄く余裕あるけど、お腹はぴったし。

  ズレを防止する皮のベルト…

  

  チェックのワークシャツの胸の部分は…更に余裕がある。

  流石、私…本当にペッたん子だ。


  23センチの丈夫な革の底の厚いスニーカー、

  こっちの方が似合うからと…麦わら帽子とタオル。


  うんん…、日本の田舎の典型的なお姉さんの様な出で立ち…

  癪だけど…似合いすぎている。


  宿の女将さんが用意してくれた服は、

  借り物だけどセンスはいいと思った。

  


  ああそれと、今朝がた女将さんから、

  長逗留だから、レンタカー店で借りた赤い有名高級車は

  返しましたって言われたっけ。

  結構、お高いレンタル料も気前よく奢ってくれて、

  領収書も見せてくれた。


  いずれにしても、

  変わった異次元の人が経営するこの旅館で、

  どのぐらいになるか分からないけど、長逗留はしなければならない。

  少なくとも、横の死神もどきが異次元に帰るまでは。


「 やあ、お待たせジャニスさん、楓さん。 」


  そんな声が、後ろから聞こえた…

  きっと、女将さんがいっていた付き添いの息子さんだろうと思った。

  若々しいさわやかな声だ。


  ふと、後ろを振り返る…。

  

  びっくりした、私が夢見た様な理想の容姿に近い男の人が

  そこに立っていたのだから…。


「 女将の息子の礼二です。今日はよろしくお願いしますね。」

 

  礼二さんの、にこやかに笑う顔を見て、


「 あ…えっと、お願いします。」


  なぜか恥ずかしくなって、消え入りそうな声で返事をする。


「 よろしく頼むよ!若者よ! 」


  とおじさんみたいにジャニスは声をかけて、礼二さんの肩を叩く。

  女将と知り合いのジャニスは、

  礼二とも知り合いなのだろう…ジャニスの方が若く見えるけどね。

  

  ジャニスの肩たたきは洒落にならないほど痛いのか、顔をしかめている。

  でも、悪い気はしないのか、笑みが直ぐに浮かんできた。


「 ははは、相変わらずですねぇ…。」


「 で、礼二君、今日の見どころを先に説明をしてあげないと。」


  ジャニスは、にこにこ笑いながら礼二を見る。


  礼二は急に察したように、何やらパンフレットの様なものを取りだした。


「 えっと、み…みつきさんでいいですか… 」


「 あ…ええ、はい!? 」


  真っ赤な顔で、何やら説明をしている礼二さんを、

  玄関先で、女将さんと連れ合いの紳士が笑顔で見つめていた。


  それをちらっと横目で見て、嬉しそうにジャニスが呟いた


「 やあ、楽しいお休みになりそうですわ… 」

 

「 ほ…本当ですねぇ… 」


  心臓が破裂するかと思うほど鼓動を打ち、全身の血が騒ぎ出すのを感じた。

  私の、28年で、初めての経験だった。

  礼二さんは、優しく地図で丁寧に行き沙紀の説明をし出した。


  ごめん、舞い上がって頭に入らないわ。

  でも、礼二さんって、私に興味があるって女将が言ってたわね…

  うんんん、

  これって、人生最初で最後の大チャンスなのかしら?


  ずっと、礼二さんを見ていたら、気がついたのか目があった。

  にこやかに笑う礼二さんを見て、思った…

  長逗留じゃなくて…ここに住んじゃああいけないかしら?



  その時、ふと耳元でジャニスが囁いた。

「 どうです?これが正規のルートでしたのよ 」


「 は?」


 と私は振り返ったが、ジャニスはそこにはいなかった。

 そりゃそうだ…ジャニスは目の前にいるものきっと気のせいだわ。





「 ほおお、君の言うとおり、これは決まりだなぁ… 」

 

  真っ赤な顔で見つめ合う礼二と楓を見ながら、

  面白そうに礼二の父親が笑った。 


「 そうですね。よかったです。」


  女将はそう言って、首にぶら下がっているネックレスに呟く。

 

「 今回は、出番が無かったわね…電話だもん。」


  首から下げたチェーンの先には、

  小さな鎌のアクセサリーに化した、舞踊の鎌が揺れていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ