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エピローグ

 は!とした。

 僕は、こんな大事な時にどうやら寝ていたようだ。

 さっき、大きな音楽が聞こえたまでは覚えているんだが…

 多分、昨日から美雪の事が心配で一睡もしていないのが原因だった。


 夜の病室…鼻を衝く独特な香りがする中

 僕の好きな幼馴染の美雪が堅いベッドの上で寝ている姿を見やる。

 身動きできないはずの美雪の口にあった酸素吸入器のマスクが外れていて、

 心電モニターの波形が一直線になっている。


 そして、握りしめている美雪の手が冷たくなっている事に気づく。


 ああ、畜生…なんでこんな時に寝てしまったんだろう

 最後の最後まで彼女に声をかけ続けるつもりだったのに、何でなんだ。

 唇の端から血が滲むほど唇を噛みしめるほど悔しい思いがする。


 ここが夜中の病院で無ければ大声で叫びだしたくなるところだが、

 声を必死に殺して泣きながらナースコールのボタンに手をかける。


 枕元のコールボタンを押すのに彼女の顔の直ぐ傍まで近づく事になった。

 寒々とした病室の中を煌々と照らす照明に照らされた彼女の顔は…

 衰弱しきって元気な時の面影はすっかり無かったが、

 目元に一筋の涙の痕と、

 動くはずの無い彼女の表情には幸せそうな笑顔が浮かんでいた。




 それから…1月後…




 僕は、美雪の死から立ち直ろうとしていた。


 美雪には言えなかったけれども、発育不良で眼鏡も厚い僕は苛められていた。

 まあ、容姿だけじゃなくきちんと言い返せない臆病者で、

 体力も学力も大した事が無いので仕方の無い面はあったかもしれない。

 だけどそれに立ち向かう事も出来なかった僕は登校拒否程ではないけれど、

 気分が乗らないと登校しない事も多々あった。


 美雪の見舞いも、休みがちな僕だから昼間からいけることも多かった。

 彼女の事が好きだった事もあるけれど、

 どこかそれを言い訳にして学校に行かなかった面もあったかもしれない。

 

 看護助手の中島さんは何も言わなかったけど、

 多分、平日の昼間にぶらりと見舞いに来るのを察して知っていた。

 ただ、美雪の傍に誰も居なかったので黙っていただけだった。

 だから、葬式の日

 美雪が寂しい鉄の塊の中で荼毘にふされる時…強い口調で言われた。


「 もう、これからは毎日、学校に行くんだよ慶介君。

  何があったかは知らないし、どんな事情があったかも知らないけど

  苦しいとは思うけど我慢していきなさい。


  あんな苦しい思いをして生き続けた美雪ちゃんは、一度だって

  高校に行けなかったんだからさ。」


 そう言って、僕の背中を優しく押してくれた。


 それから、辛くても苦しくても歯を食いしばって毎日、学校へ行き出した。

 誰も友達もいないし、孤独で辛い中必死に登校しながら気がついた。


 足がだるくなるほど長い上り坂の周りの景色も、

 冬になると吹きっさらしになって凍る冷たい河の橋も、

 雨が降ると、柳が幽霊みたいになる道も、

 美雪が昔、好きだったケーキの店の前の道も、

 毎日、少しずつ変わる…まるで生きているように変わっていくのを感じた。

 そしてそれをそんな風に感じるのは僕が生きているからだ。


 生きていればこそ苦しいとも冷たいだの怖いだのを感じ取れる事が出来るんだ。

 美雪は…いや、何も言わなかったけど…

 きっと、こんな風に感じながら登校をしてみんなと同じように生きていたかったんだろうと思う。

 その事に気がついた。

 だから僕は、それから多少の事では根を上げれないと思うようになった。


 敵わない喧嘩もした。

 歯が折れて、頬が血に染まっても理不尽な暴力には屈しなかった。


 それは、きっと病院で痛みと闘っている

 美雪や、小さな子供たちを見続けたからだと思う。


 泣きだしたい、逃げ出したい気持ちを押さえつけて

 生きることに、真っ直ぐに向き合っていた人たちを見れば、

 我慢できる。


 生きる事は、楽しい事がいっぱいなのもようやく分かった。

 ただ、ご飯を食べて、通学し、勉強をし、お風呂に入って、寝る

 それが、どれだけ幸せなのかも十分に分かった。


 そして、17歳の高校3年生になってからだけど、遅ればせながら

 大学受験の為の勉強も始めた。

 受かる事が、目標だけど…目的じゃない。

 遅すぎて多分、受かる事は無いだろう…学校も休みがちだったし

 でも、生きていれば、来年か、その次か…

 両親は、歩き始めた僕を暖かく見守ってくれている。

 本当に有りがたい。

 そんな気持ちも…美雪がプレゼントしてくれたのだろう。


 ほんのわずかだが身長も伸びてきた。

 不思議な事に、

 美雪が亡くなった夜…僕の眼鏡がくちゃくちゃに壊れていた。

 まったく、そんな記憶は無いのだけれども…


 もっと、不思議だったのはそれから、僕は目が普通というか

 急に良くなったんだ。

 視力は、眼科でしっかり検査した。

 2.0…0.03ぐらいしかなかったのに…

 視野も遠視力も問題なし、奇跡だとも言われた。

 おかげで、野暮ったい眼鏡も無し


 頑張っていると、友達も少しはできた。女友達もできた。



 そして、更に時は過ぎた。

 7月の初め、既に進路調査も終わり、夏休み前の緩んだ緊張感も手伝って

 教室は、平和な雰囲気になっていた。


「え~、誠に珍しい事ではあるが、転校生を紹介する。」

 はああ~教室中に冗談だろ?って声が蔓延する。

 高校三年生の夏休み前に転校だと…普通ありえんじゃないの?


 そんな中、緩やかに女子生徒が入ってきた。

 背の高さは美雪と同じぐらいだなと思った。

 でも、顔は全く違う。

 気が強い元気な感じでショートヘアで綺麗っていえば綺麗かな…

 でも、元気が溢れかえっているように見える。


「 自己紹介を… 」

 スキップしながら教壇の前まで行って、空中で体を捻って正面を向く。


 か…変わった子だなぁ~

 と思ったら、僕と目があった。

 歯を見せて満面の笑みで僕の方を向いた。本当に変わった子だ。


「 橘 美晴っていいます。みんな~よろしくね。」


 あまりの明るい大声で、皆がびっくりしたが

 直ぐに、大声で笑いが起きた。僕はあっけにとられている。


「 こら~そこ、暗い顔しない!!」 

 そう言って、女の子はこっちを向いた。

 

「 ん? 」

 彼女の首に何かかかっている…ネックレス?

 でも、禁止だよなぁ~あんなの。

 誰も気がつかんのか?結構大きいぞ…


 チェーンの先に金色の鎌の様な6センチぐらいの飾りがついていた。


「 はい!こんな可愛い女の子に声かけてもらたんだから… 」

 はい?


「 ありがとうは、こういう時に言いますのよ!」

 なんで、ですます調なの?


それから、僕らは暫くして友達になった。



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