舞踊の鎌
でも、不安が大きいので先に私のその後を聞いておこう。
大体、想像できるけど…
「 率直に言いますけど、
異次元の旅館に泊まる予定て言うか泊まるしかないけど
その場合、その後、私はどうなります? 記憶を消して、元の世界に戻すとか… 」
ありがちな話だと思う。おとぎ話ならね。
それに、麓の住人も来るって言ってたから、そんな感じでしょ?
「 んんん~食べて、消してもいいんですけど。
善良そうで美味しくないだろうし、折角お話してちょっと興味も出てきたし…
小麦粉も用意しなきゃいけないしね 」
食うって何?まさかの注文…一瞬、御出汁のお風呂に入る自分が頭に浮かんだ。
「 た… 」
いやぁですよ…鶏がらですよ、食べるとこないし、お尻もお胸もペッたん子ですよ!
「 ああ、ジャニスさん!それシャレにならないからやめてあげてください。
ああ、心配しないで大丈夫ですよ、えっと~ 」
洒落にならないって?食べる事は出来るって言う事?
「 か…楓です。 」
人外でも、商売でしょ!
さっき宿帳に書いたじゃない目の前で…あなた復唱すらしたし。
「 ああそうでした。
まあ、礼二も気にいってるんで暫く逗留してもらいましょうかねぇ。
なに暇でしょ?会社潰れてるし、彼氏もいないし、実家とも疎遠でしょ?
離職に関しての手続きは麓の先生にお願いしますから安心してください。
しかる後、
その時が来たら記憶を操作して帰しますから安心してくださいな。」
失礼な言葉を挟みながら、女将さんは話を続ける。
まあでも、無事には帰れるらしいちょっと安心した。
「 そうだ、ただ長逗留じゃぁ、お金もかかるでしょうから、
一つ仕事を頼まれてもらえないでしょうか? 」
えええ!金とるんですか?って、旅館かここ…。
「 実はですね、今日からこのジャニスさんも長逗留しますんで、
ちょっとその間、相手をして欲しいんです。
この人、凄く寂しがりですので、いつもは、私か礼二がお相手するんですけど。
紅葉がピークの今週末からは忙しいんで、相手する暇が無くてねえ。
異次元から団体さんも来るし、
懇意にしていただいている麓の方々の宴会も頼まれてるんでね 」
「 はあ…え!でも初対面ですよ私…しかも、ただの人間だし
お仕事の方に手伝いはいいですが、
そ…それよりも、こんな巨体の大人の女の人なのに相手がいるって何なんですか? 」
すると、おかみさんお顔が急に柔和になって
「 いえいえ、ジャニスさんは貴方とよく似ていて…結構、人見知りでしてね
彼氏だっていないし…それから… 」
女将がそんなことをしゃべりだすと慌てて、ジャニスが女将さんと私の間に割って入る。
「 わ!私は、ここに遊びに来てるんです!
長い長い仕事ずけの毎日を忘れる為にね!
あ…あなたも休みなく働いて 苦労されているんで気が…その…合うかなって。
ちょっとだけでしたけど…お話した限り
いい人そうだし…な…何か…そうだ、何か運命的な出会いってのを感じましたわ!
そうだそうだ 」
運命的な出会い?女の人に言われてもなぁ…
しかし、仕事漬けなんだぁどんな世界でも人手不足なんだなぁ…
「 そ…それにさぁ女将や礼二君が相手してくれないと…折角の休暇が楽しくないじゃないです。
温泉もお酒もお料理もそりゃあ嬉しいですけど、一人きりで放って置かれてもやることないしねぇ…。
で…ですから、と…友達になれないかなぁって思いまして… 」
う~ん、めちゃくちゃな言葉使いだなぁ…友達になりたいって何?
しかも、取ってつけた様な…まさか…その方面は趣味じゃないんですけどぉ…
でも、せっかくの休みに旅館で一人っきりで長逗留…確かに寂しいわね。
そうかぁ~分かるなぁ…私もボッチだし。
まあ、いいか~友達ぐらいまでなら…ここにいる間は、私も友達欲しいしね。
「 あの~、ここにいる間は何?ジャニスさんと遊んでいればいいんですか?
配膳とか手伝ってもいいんですし、掃除とか… 」
「 ああ、いいですよ。
スタッフの仕事は取っちゃあ駄目ですし、プロなんですから
お客様の気分を良くするために最高のおもてなしを提供するんで素人は邪魔です。
宿泊費はジャニスさんの相手をしてくれればロハにしときます。
賃金までは払いませんが、
サービスは他のお客様と変わらずにさせていただきます。
それ以降は、その時に話していくことでいけません? 」
願っても無い好条件だ。
別に、お金なんてここにいる間はいらないだろうし、貯金なら唸ってるし。
「 よろしく、お願いします。 」
と答えてしまった。
「 ふうう、ジャニスさんの方はこれで安心ですね。
ああ、それに、何かの縁ですかね~。
偶然とはいえ礼二もこの28歳…流石に…思うことはありますが。
まあいいでしょう… 」
急に、夜空を見上げよく分からない事を女将さんは呟いた。
沢を渡る風に、女将の髪が揺れて、一瞬さびしそうな顔が見れた。
しかし、最後まで話を言いきらずに止めるんですね貴方達…。
多分、物凄く失礼な事が頭をよぎったに違いない。
「 ふ~ん、ああそうだ。
舞踊の鎌でも呼んでみるかな、上司には言っておかないといけなし。」
「 え?ああ久しぶりですね。舞踊の鎌…
ジャニスさんは、毎年、湯治に来るけど鎌はあれ以来だったわね… 」
女将さんは、何かを思い出したかのように遠い目になった。
ぶようのかまってなんですか?
私が頭をかしげていると、呪文のようなものを月に向かってジャニスが唱え始めた。
「 アータサン、シャーキン、カエシーナ 」
へ?変な呪文
と呑気そうに思ったけど、次の瞬間から体が固まってしまった。
ジャニスさんが右手を回すと、やや上の空間に煙が渦巻いてきた。
灰色の煙…匂いも何もない…煙って言うか微妙ですらある。
そこから何かが降りてくる。
ジャニスは湯船で座ったままだが、ゆっくりとその右手に降りてきた。
黒い見た事のない材質…木の様でもあり金属の様でもある、
直径が3~4センチの棒状の物だ。
ジャニスの右手にゆっくりと滑り込んで止まった…
すると、凄まじい勢いで棒の上部で何かが渦巻いていく、
そして、渦が止まったと同時に長大な刃が現れた。
長さは2Mはある、よく絵画で見る死神の持つ鎌の様だった。
ジャニスは、手の持った鎌を大きく振ると、
目の前にいる私の頭の上を、鎌が凄い音と風と共に通り抜ける。
一歩間違えば、頭が胴体とお別れしてもおかしくない。
( 勘弁してください! )
と、文句の一つも言いたくなる。
大きな鎌は、ジャニスの首のあたりで回転すると、
丁度、バランスの合うところで
意思を持ってるかのように、長い柄が両肩の上で停止する。
ジャニスは両手をその柄からぶら下げると、湯船から立ち上がった。
短い時間だったが、
私の直ぐ眼の前にその…暴力的に綺麗な桃色がかった白くて大きなお尻が現れて、
同じように桜色した太ももとで視界を塞ぎながらかなりの位置まで上がって止まる。
まあ、正面はいくら女同志でもキツイんで…(女って言うの正しいのかな?)
後ろ向きなのは、助かった。
でも、金属らしき大鎌と、小さな珠の様になった水滴、
湯に濡れた綺麗な金髪が月明かりに照らされて輝く後ろ姿は、絵画の様で美しいとも思った。
一跨ぎで、囲んでる岩を超える…凄いコンパスだ。
そして、外の砂岩タイルの上で両足をついて立った。
座っていた時はよくは分からなかったが、やはり大きい。
ジャニスのすぐ横にいる女将さんとは、部屋に案内された時に近くにいたんで分かる。
大体、150半ばぐらい…日本人女性の平均的な身長だった。
そこから換算すれば…ジャニスは190近い。
女将は、立った位置でもジャニスの綺麗な乳房の下までしかない。
直ぐ近くに上がってきたジャニスを見上げているが、ちょっと体勢的に辛そうだった。
「 相変わらず、ジャニスさんは大きいですねぇ…
それに、舞踊の鎌も久しぶりに見ると凄く大きいですわねぇ 」
女将が、羨ましそうな顔で、
右手をジャニスの鎌の刃先に乗せて、撫でながらそう話す。
「 別に、大小は関係ないでしょ?
職種が違うし、能力も違う事も多いでしょ…なんたって現役ですから。
それに私からしたら、
女将さん達の方が羨ましい時もありますのよ。」
ため息交じりにそう答える…見る限り、本音の様に聞こえた。
「 そんなもんですかねぇ… 」
「 そんなもんです。それじゃあ、上司にちょっとお願いを…
と…上司はベルカーですが…女将さんは? 」
何やら、聞きずらそうにジャニスが女将に話しかけるが、女将は笑うだけだった。
「 はは、それ、昔の話ですよ、ず~と昔の話。
今はしがない旅館の女将、旦那もいるし礼二もいる関係なんて全く無いですよ。」
「 そ…そうですか。それならいいんですがぁ、じゃあ、呼び出しますか… 」
そう言うとジャニスは軽く鎌を軽く揺すった。
「 あ~もしもし、何だねジャニス君? 何の様だね! 」
舞踊の鎌と言われた鎌の中から、渋い中年の声が聞こえてき出した。




