あなた、普通の人間なの?
ピチャ…ふわふわ…パッ!ザザザーザー
そんなには小さくない湯舟なのに一人だけ入ってきただけで、
異様に湯面が上がり
周りを囲む岩の隙間から外へとかなりのお湯が流れていく。
私は、少し違和感を感じたがデブのおばさんでも(今時100キロ超えのおばさんいるもん)
入ってきたのかなって感じで特に気にはしなかった。
お酒を飲み始めて頭と体がいい具合に弛緩してきたところで、
気にせずに紅葉と川面を見ながら、烏賊をかじりながら
チビチビと湯気と一緒に酒を飲んでいた。
ジャバジャバ…スルー
少し湯を切って進む音がして、結構大きな波に私の体が揺れた。
どうやらその入ってきた人が私に近づいてきたようだ…
「 それって、桜神楽じゃないですか?
良いですわねぇ…湯船で一杯。美味しそうですわね。」
いや~独り酒って気持ちいい時間が…って思ったけど、
流石に無視って言うのもなんなんで、
御猪口をお盆に置いてからゆっくりと振り返った。
「 えっと… 」
思わず絶句してしまった。
流暢な日本語だったのでてっきり日本のおばさんでもいるかと思ったのが、
ものすごく大きな金髪の外人さんだったからだ。
外人さんは普通に腰をおろしているのに湯面が胸のあたり…までしかない。
同じ姿勢をしたら、私なんて肩まで浸かってしまうほど深いのにだ。
それから推察すると、
この外人は多分180…センチは軽く超えている。
恐ろしいほどの存在感で腰が抜けそうになったけど、
物珍しさなのか思わず相手を観察してしまう…外国の人と風呂なんか入るの初めてだし。
湯船に浮かんで漂う乳房…おっぱいって浮くんだ!畜生!
手では軽く隠してはいるけれど隙間から薄い綺麗なピンクのものが見える…
で、大きさも体同様規格外
1メートルはか~るく超えているのに、
ありがちな垂れ気味のだらしなさは一切無い、整った形だ。(ロケットかよ…)
で、その胸と釣り合う肩幅が大きい(ま、当然でけどね)
首筋は白くて長く…弛みも何もなく、
透き通るような白い肌なのには、
欧米人の女性にありがちな、多い産毛やざらついた感じがまるで無い。
更に弱い肌にありがちな雀斑やシミも一切なかった。
しかもその肌はきらきらと湯の玉が輝くほど弾く…
眉も髪の毛もナチュラルプラチナブロンド…白金と金の間の微妙な色合い、
鼻筋は通っているが、高すぎず自然…
目は…深い湖のよう、
唇も赤みがかかる微妙な色合いで輝き、
西洋画にある女性天使って感じがぴったりくる顔を生まれて初めて見た。
「 あなた、短い時間によくそんなに観察できますねええ…びっくりですわ。
しかし、天使の様な顔というのは少し…大袈裟ですわね…恥ずかしいですわ 」
と突然、その巨体の女性は私に向かってにこやかに呟いた。
( は?何言ってんの?って…私って、声に出したっけ? )
いや…一瞬たりとも何も言ってないんだけど。
「 ええ、でも、そう思っていたんでしょ…違いますか? 」
口を押えながらいたずらっぽく彼女は笑ったが、私は混乱してしまった。
( 何が分かるの?私の思ってる事が?って、貴方…いったい何者? )
血の気が引いて、折角、湯船とお酒で少し火照っていた体が急に冷たくなる。
雰囲気で有る程度の感情は分かる、ってのは聞いたことがあるけど、
天使の様な顔なんて具体的表現まで分かる訳無い…。
( 私…今何を見ているのかしら…よ…まさかね? )
一瞬、化け物だの悪魔だの馬鹿な妄想が頭に浮かんだが直ぐに首を振る。
「 何者でもいいじゃないですか。
それよりねぇ…、お風呂の中で日本酒ってのもいいですけど 」
私は、正直怖くなってしまった…腰も抜けたみたい。
巨体の女性は、そんな固まっている私を置いて、
軽く手を天に挙げて2~3回叩いた。
パアア~ンン、パア~ン、パ~ンンンと、
あたりの静かな山々に当たり、その音が幾重にも木霊して消えていく。
( えっと、いきなり何? )
その動作からは考えれる事の出来ない大きな音で、固まっていた私が正気づいた。
「 ああ、お酒を頼んだんですよ。
ここの女将さんとは長年の知り合いでね…これだけで分かるんです。
ああ、でもちょっと時間がかかりますか…
ちょっとそれもらえません?私のも後で分けてあげますから…お願い 」
物欲しそうに、私のお酒を覗きこんでくる。
しかし、見も知らない他人が飲んでるお酒を欲しがるって…御猪口もこれしかないのに。
( ちょっと気持ち悪いけど…こんな怪獣みたいに大きな外人さんには
とりあえず正体が分かるまでは逆らわない方がいいわね… )
私は、震える手で失礼にも、飲みかけの…御猪口を差しだす…
それも、まるで巫女さんが神様にお酒をささげるようにお辞儀しちゃった。
あ、でも御猪口を濯いだ方が良かったかしら。
「 ああ、ありがとうございますね 」
まるでさも当たり前のように何の遠慮も無く、
その御猪口を取ると一気に…飲みっぷり良いわね…男前。
その上、お代わりして立て続けに飲んで満足そうに酒気を月に向かって放つ。
「 やっぱり日本酒もいいものですねぇ。
まだ自己紹介もしてませんでしたね…私、ジャニスといいます。」
首を45度に横に傾けてやっと名前を名乗った…
「 はあ…、私…中村っていいます。 」
( どうせ今限りだし、本名なんて名乗らなくてもいいだろう? )
無暗に本名名乗ったって得することは何もないからね。
「 あら?失礼じゃありませんこと!楓 みつきさん。
嘘つかなくてもいいじゃないですか?
どうせ、私たちなんてお互い考えてること駄々洩れなんだし…」
ゲ…つ…私の本名だ。
言っちゃたよ…これって、間違い無く心を読まれてるわ!しかし駄々洩れってなによ!
「 そんな、非科学…ああ、でも、納得するしかないか。
って、お互い駄々洩れって…私そういう趣味ないし…勘弁してください!
何言ってんのかしら私ってば!
あなた何者です? 超能力者?心理学…はないか、妖怪? 」
言ってる私の方がよっぽど非科学的で支離滅裂だ。
その癖、関係のない性癖の話なんかして馬鹿じゃないの私?
「 ん?…そうか…あなた、普通の人間なのか…なんで? 」
不思議そうに訪ねてきた。
まるで、目の前に信じられないものを見ているような目…で、すぐに興味津々になったようで
目がクリクリと大きくなっ足り波目になったりする。
「 いや、普通の人間ってどういう意味なんですか?
あ、それに考えてることが駄々洩れなら…会った瞬間にわかるでしょ?なんで今頃? 」
質問に質問で返した。半分は自分でも何言っているか分からないけどね。
「 ああ、それはね、
存在そのものって意外と分からいのよ…当人には当たり前のことで、意識に上ってこないし。
こちらが意識して手順を踏んで確認しないといけないのよ。
ま、反応見たら確認の必要も無くなっちゃったけど…でも、不思議ね…
気まぐれで入れる町じゃないし特にここの旅館はねぇ 」
ジャニスはその場で胡坐を組んで、近くの岩場に肘をついて私をじっと見る。
何やら真剣に私を見て(数秒)次の瞬間ニヤッと笑って
さらに、ひくひくと頬を動かしたかと思うと決壊したかのように大笑いし始めた。
「 へえ、そう…ただの人間の娘なのに28で独身で彼氏もいなくて…
で、馬鹿みたいに彼氏も作らんと必死に働いて会社が倒産して失業ねえ。
友達もいないし、行く当てのないボッチ旅?ははは可愛いですわね。
おまけに、処女なんて、可哀想で涙が出ますわ…生きてて楽しいですか? 」
涙を滲ませながら失礼の極みのような言葉を投げかける…でも、事実だわ。
生きてて楽しい?なわけあるか!
しかし、こんなの嫌だ…どんな秘密も記憶も読み取られてしまうし
死んでも知られたくない事だって沢山あるのに人に見られるって死んじゃいたくなるじゃない!
「 勘弁してください!あなたが誰かは今はいいですけど、
裸の上に、心まで全開で見られるのは辛いし話し進まないし…何とかしてくださいよ~~ 」
不思議に怖さはまるで無く、それよりも、燃え上がるような羞恥心で頭がおかしくなりそうだ!
妖怪だろうが、怪獣だろうが知られて困る事はあるでしょ誰だって!
でもでも、こいつ怪獣みたいに体大きいし、
このぐらいの言い方で押さえないと怒らせたら、下の川に放り投げられそうだもん。
あ!でも、確認したいことが…
( このあたりが、彼氏いない歴13年の…いや、何も考えない方がいい )
「 えっとですね、思っている通りですよ。
人間の思考って雑音というか、混沌というかつかみどころが無いものです。
いろんな感情が渦巻いていて、そのすべてが限定的な条件下で真相という
複雑なものですよね。
その中から、情報を紡ぎ取って整理し…
まあ、大脳生理学の話や量子論や確率論の話をしていけば分かりますかねぇ? 」
こいつ、私が考えをまとめる前に答えだした…そうだよ、考えってものは一定じゃないもの。
しかし、馬鹿にはどうやって説明したものか?って感じで腹が立ち…でも、怖くて文句は言えない。
で、分かったところで切実に願うことがある…今はもっとして欲しいことである。
「 ああ、そうですわね…一方的にみられたんじゃあ叶いませんものねぇ 」
血の涙が出そうな私の顔を見て、今の私の悲痛な願いを感じたのか
大きくジャニスはため息をついた。
「 はあ、しょうがないですわね…確認した内容は私の中で消える事はありませんけども、
これからの繋がった感情や思考を一時遮断して…あなたの思考回路を整理しながら
情報を分析し、分類わけし… 」
話を長くするのが好きなのかね?この外人…聞いているの苦痛なんですけど?
「 簡単に、じゃあ考えていることが分からないようにしますって言えません? 」
涙目で抗議すると、ジャニスははっとした顔をして、
こちらを向きなおして私の頭に手を伸ばした。
「 分かりました、分かりました、御免なさいねぇ…すぐ済むからちょっと待ってね。
ナータデン シャーリンガオ ビル… 」
呪文のような言葉を小声で高速で唱えてから、
顔自体はにやにやしながら、私の頭を優しくなでてきた…なんか摘ままれてるぐらい大きい手
ばかばかしいほどの身長差は30センチ近くある、
傍から見ると小さな女の子の頭を撫でている母親のように見えるだろうなぁ…
近寄ると首を捻ることになるけどね。
「 これで、とりあえずは聞こえません。
ああ、でも私の質問とかに嘘はついていけませんよ、酷い目にあいますから。」
それは、守ろうと思った。
どう見ても人外の生き物に逆らってもいいことは無い…
更に、言うと生き物であるかも疑わしいし。
ジャニスはそのまま大きなお尻を湯舟の底の飾り岩に押し付けて
私のほうを真剣に見て、もう一度私の頭にその大きな掌を乗せた。
もう!なんか手置きにでもちょうどいいと思ったのかしら!腹が立つ。
あ…いいか、もう心は読めないんだろうし。
「 それじゃあ、質問です…
28歳、彼氏無しの楓さん。ここってどこか分かってきましたのですか?
で、どうやって入ってこられたんです?この町にもこの宿にも 」
物凄い失礼だわ。
「 あの…彼氏無しって…そんな名前じゃないですから!呼ばないでくださいよ。
それに、ここってただの温泉旅館じゃないんですか?
外の町だって普通のただの地方の町だったし…それに、高速の入り口もあったじゃないですかぁ
それに、さっきまで私の心も何もかも見えてたんじゃあないんですか? 」
ここに来るまで、おかしいと思ったのはあの料金所だけ…
しかも、寂れていてオンボロかなって思っただけだし。
「 あ~そうでしたわね。
そこまでは、まだあなたの思考や記憶を掘り下げてなかったものですから…
それより、あなたの元々の状況のほうがすごく面白かったんで忘れてましてねぇ。
しかし、馬鹿の極みですわよあなた。
あなたがここまで結婚する確率は中学生の時の彼氏相手にしかなかったのに…
まだまだ子供だから未来があるって…直ぐに音信不通になってさ。
それでいて、結婚式の案内が来たら大号泣して寝込んだでしょ? 」
いや、あんた…来た理由なんて、さっきなんで気まぐれで来れたんですか?
って答え言ってたじゃないですか!
それより、人の死ぬほど恥ずかしい記憶を見るのに夢中だったんですか?
何の脈絡もなく話に入れてくる必要ある?
あ、一応結婚する可能性があったんだ…あいつと?
誰もいない教室、掃除道具の入ったロッカーの陰に隠れてのファーストキス…
も何も人生で一度しかしたことのないキス…うえええええん 泣きたくなってきちゃった。
バカだったんだ私。
ハラハラと涙が湯舟に落ちていくのがわかる。
「 あらら…どうしました? 意外と心弱いのかしら? 」
あほか!心の隅にはあったわよそんな可能性…でも、もう何もかも終わったことだし
もう、あいつ子供が幼稚園…だし…忘れたいって思ってたのに。
「 あのね、可能性はあったっていうだけでしょ?
終わったことをグジグジいつまでも思っていたら心が劣化しますわよ
…ああ、そうだ
アールデンシャ フミキ リー イカンジャー… 」
ジャニスの摘まんでいる掌から何か強い光が頭に入ってくるような錯覚に陥った。
何か緩やかに体から抜けていくのを感じる…
「 まあ、可能性でいえばねぇ…ここ数日中が多分ピークだと思うんですけどね。
それでも、そこでそのことに気が付くのか、真剣になるのかは
やっぱりあなたの心がけ次第なのよ…頑張ってね。
あ、このことも記憶から消さないと… 」
ジャニスがその時何を言ったのかは今でも分からない…
でも、言葉は忘れたけど
私の中にあったどうにもならない過去の記憶は緩やかに不鮮明になり
ただのいい思い出になったのは確かだった。




