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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第六幕 罪 ~Punitions sévères~
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敗者~Ne perdez pas les "perdants"~

  どんよりとした雲がかかった空に星は無く、

少し湿り気を帯びた土の道をフェリルはまだ涙目で歩いていた。


赤い高価そうなドレスは真っ赤な血が褐色になって強張り、

引き裂かれた一部が地面を擦って泥まみれになっていた。

ヒールは傷だらけで何とか足にくっついているだけ、

髪はボサボサだし、頬も少し黒くなっている様子だった。


「 治らないねえ… 」

フェリルは変形して痛む足を時たま摩りながら大して意味も無く呟いた。

ヒラリーに潰された空間からの逃亡するのに大方の能力を使ったので、

回復のための能力ももう大して残っていない。


「 それに何時までも痛いわ…久しぶりだわ。勘弁してほしい 」

足首のあたりは千切れそうなほど損傷がひどいので、

何とか形を維持してこれ以上悪くならない程度で押さえるのが精いっぱいだった。

痛みは出来る限り抑えているが、

本当はその場でのたうち回るほど痛い。

それをしないのはヒラリーに負けた自分がいっそう惨めに思えるからだ。


「 遠いねえ… 」

ため息交じりにフェリルはそうこぼした。

瞼は泣きはらして赤く腫れ、声も擦れ、焦燥しきった顔で

まだ涙で滲んで歪んで見える夜の道を眺め続けている。

細長い田舎道…周りには水田と畑、道の先には人工の灯りは無く

のしかかる孤独感でフェリルの気持ちが重くなっていく。


だが、それでも必死に歩いていると、

道の先にぼわっと小さな灯りがいきなり出現した。

そして、その光の中からよく通る年若い女性の声が聞こえて来た。

その声を聴いてフェリルの口元が緩んだ。


「 大丈夫ですか?フェリル様 」

光の加減で黒い影のように見える女性が、

青白い光を放つ様々な飾りが施されたカンテラをもって駆け寄って来る。

そして、その後ろから風のように屈強な2人の男たちが後に続いて来た。


「 油断しちゃったわ…ま、負けちゃったわ 」

助かった…と思ってフェリルは気力が緩んで膝を崩しそうになったが、

同行してきた男たちがフェリルに駆け寄ると彼女の体を支えた。


「 だから、このジルが同行するって言いましたのに 

  相手はあのヒラリー様ですから、こういうこともあるからと申し上げたのに  」

女は白いローブの様な服を着ていて、

跳ね上げたフードで透き通るような金色の髪がその動きで美しく舞い、

紫がかった灰色の瞳で心配そうな表情でフェリルに話しかける。


「 はは、これでも為政者だからね…

  次席のジルを私個人の事で駆り出せないからね。

  何かあったら12位のあんたがコンジータの未来を繋げて行かなきゃいけないし 」


少し笑みを浮かべるがあまり力のないその顔を見て、

ジルと呼ばれた女は呆れるように答えた。


「 別にヒラリー様の御国と戦争する訳がありませんし、

 勿論、私がフェリル様と一緒に戦うわけがないじゃないですか。

 二桁の私が叶うわけありませんもの…無謀で意味のない事はしません。


 大体、そんな事しなくてもちゃんと事情を話せばいいだけでではないですか?

 私が行けば中に入って冷静にお話しできましたし、

 そうすれば、ヒラリー様も

 ギーディアムさんでも何も言わずにアレを引き渡してくれましたのに

 無理してヒラリー様と戦うなんて信じられません 」


「 言えないわよ…そんな事。私だって意地ぐらいあるもの 」


「 そうですかね~。まあ陛下のお考えですからそれ以上は言いません。

  ああ、その話はここまでにしましょうか…お疲れの様ですし、

  お怪我もされている様ですから…屋敷の方は既にお休みになられるように準備してますから 」


「 はは、相変わらず準備がいいなぁ 助かるよ 」


 フェリルはそう言うと安心したのか気が抜けたのかその場に意識が遠くなったようだ。

よろよろとよろめき出すと、屈強な男の一人が風のようにフェリルを抱き留め、

そして、そのままフェリルを横抱きにした。

抱える側と抱えられる側の接点が最も少ない抱き方だから選択したのだが、

意識は無い筈なのに

フェリルは艶めかしく男の首に手を回し、なるべく密着を避けている男に

体を横向きにして胸が当たる姿勢をとった。


 男は無言だったが頬は赤くなり、口の端が上がり気味になる。


「 流石ですわ…意識失ってもそれですものねェ…

  ああ、ジーク

  咄嗟に抱き留めたのは大したものだけど…変な気を起こさない事ね 」

その様子を見ていたジルの言葉に我に返った男は直ぐに頭を振ってこたえる。


「 そんな事は露ほども思いません… 」


氷の様な言葉使いと、身も凍るような冷たい視線のジルに冷や汗をかいて頭を下げた。


「 そう、それでいいのですわよ。陛下にもし変な気を起こしたら

  直ぐに凍らせてあげますから…あなたの主人は私ですからね 」


「 は…はい 」


 ジルはそう言いながらも、失神しても誰かに縋りつく癖の主人には呆れていた。

 子飼いの部下が勘違いするのも分からないではない…が、


「 それとね…勘違いしているかと思うけど。

  陛下の事を色情狂だの、バイセクシャルだの、変態だのと世間では言いますけど… 」


 へ…変態までは思ってませんけど…と男が苦笑いした。


「 陛下の御心は…というか陛下自身は、どこまでも純情な方なのよ。

  まあ、肉体を持つ我らの宿命で性欲と寂しさから…摘まみ食いはしますけどね 」


 つ…摘まみ食い?


「 でもね、陛下自身の興味が動くことはあっても心が動くことは無いのよ 」


 男が理解できず混乱している様子を見て、ジルは優しく肩を叩いて

 男に微笑みかける。


「 言葉で言っても理解はできないでしょうから…

  明日の朝…そうね…呼び出すから私がどういうことか見せてあげるわ 

  

  ということで、この話は終りね。

  屋敷に戻りましょうか…陛下を寝室で早くお休みさせてあげなければなりませんから 」


 ジルは、もう一人の男に合図を送ると男は首を縦に振って、呪文の様な言葉を並べた。

 その言葉が止んだ時、

 ジル達4人は微かな白い煙を上げてその場から消え失せた。


  真っ暗だった空の雲が緩やかに開いて、星の光があたりを照らし始める。

 細く長いフェリルの歩いてきた道の周りは、

 水をたたえた水田が星の灯りを反射して幻想的な風景が広がっていく。





 見たことも無いほど煌く街の光が俺には眩しく、

普通ならのっぺりとした外観が普通のビル群は複雑すぎる装飾がなされていた。

アールデコ調もあれば古代インド系、中世ヨーロッパ、古代中国様式にアステカ調…

様々な文化が滅茶苦茶に混在しているのに違和感がない調律で成り立っている。

俺は、それを硬化テクタイトとかいう訳の分からない窓ガラスで

広がるその景色を見て改めて別の世界だとため息をついてみる。


「 まあ、さっきまでのお前からしたら見たことも無い風景やで驚くわな 」


深く腰掛けたソファーから、知坂先生がぶっきらぼうにそう呟いた。


「 先生…今更ですけど俺って人殺し何ですかねェ…フェリルの言う通り 」


俺は、フェリルがそう言ったことにケジメをつけるために先生に聞いた。

今迄の状況ではそうだと思うし、あの時先生もそう言った。

しかし、ここは駄目押しの様に先生にとどめを言って欲しかった。


「 そうやな、さっきも言っただろ 」

 

「 そーで間違いないで。うちもついさっき説明したやろ?自分ボケっとったんか? 」

先生の体面に座っているギーディアムさんも尻馬に乗ってとどめを刺した。


「 そうか~記憶には無いですけど… 」


 フェリルとの戦いの場で先生の言ったことは断片的だったが、

先生がこの場所に戻ってくるまでにギーディアムさんは、

超分厚い俺が殺したっていう名簿と記録を写真付きで俺に詳細に教えてくれた。

 理不尽過ぎるって俺は思う。

確かに、フェリルが見せてくれた瑞希のようなものの友達を殺すところや

幸恵の首を絞めて殺した所は見たけど…自覚もないし殺す意味も分からない。

ましてや見たことも無い人物の膨大な資料を見せられても納得できる訳が無い。

そうだなぁ

無理していえば…まるで冤罪で逮捕されるような気分だ。


「 ま、そう思うのはしょうがないやろな

  死んで転生したら昔の記憶なんてリセットされるから… 」


 俺の顔を見ないで先生はぶっきらぼうにそう答えた。

頼むから先生…俺の顔を見てくれよ。

記憶にある瑞希や幸恵には手を出したし、啓子には子供産ませたけど

俺は、先生の事をずっと好きだったし…今は若いけど50近かった先生も好きだったんだし。


「 あ~なんだ…それはあたいの計算違いやったけど… 」

先生は少し辛そうにあちこち見渡しながら最後にはため息をついた。


「 あんたが罪の意識を感じるようにギーディアムと相談しながらやって来たんやけど

 あたいに惚れるなんてのは想定もしとらんかったんで… 」

思っていることがダダ洩れているのは気まずいが、

逆に言いにくい本心も相手には分かって話が早い…気分は悪いけど。


「 そこはうちも想定外やったな…ヒラリー以外の子を好きになる様に

  いろいろ工夫はしてたんやが 」


 ギーディアムさんは悔しそうにそう言った。

 しかし、さっきは3メートルの化け物のようだったのに今は160無いぐらいは何故?

 しかもそのまま縮んだだけなのに妙に可愛いのは何故?


「 ま…まあなんだ 」


 ギーディアムさんも俺の顔を見ようとはしなかった。


「 予想もつかない方向に来たのは確かやな…でもさ、お互い様だろヒラリー

  幻想体になったお前も夢中になっ… 」


 先生がその言葉を遮るかのように立ち上がり


「 げ、幻想体は幻想体だろ?あたい自身はグランドの内政と仕事で飛び回ってたし

  あのボケ…分身やのに本家のうちより遊びからかして羨ましいわ…

  20年で100人付き合ってバカかよ!

  ああ、もうどうするんだよこれ…幻想体って言っても簡単に消滅できないし 」


何故か何か誤魔化すように力がこもっている…しかし、なんで俺の顔見ない?


「 まあ、本家のお前も似たり寄ったりやろ?なんせ元はお前だし…

  と言ってもお前は女が主で男は数えるほどしか相手にしとらんかったなここ最近。

  実際、相手は数えるほどやったし…

  でも流石に偽魂ぎこんが若いんで、

  両方入れ食いのフェリル顔負けの色ボケやったもんなあ…あの幻想体 」


「 おお、そやったやろ?あたいも流石に手あたり次第は無いわ 」


「 か?昔はお前もあんなもんやったと思うけど。

  まあいいや…幻想体って言っても不確実性の世界で成るようになった人格や。

  元はお前でも歩んだ時間や経験でいくらでも変化するからな…


   京香の殺人鬼って大陸中で恐れられたこいつの奴隷の瑞罕见ルイハンジェン

  が医者になってこ幼馴染で元恋人。

  ヒエルダイの姫君のケイが農協の事務員で農家の嫁。

  そして、こいつが最も愛した幸恵が別の男と結婚してるって事だ。

  あれはあれでそうなる環境だったんだろうよ…

  しかしどうするよ…幻想体の話はそのぐらいにしてこいつの始末 」


 悩んだように頭を振っているギーディアムさんに先生が冷めた笑いを浮かべて


「 ここまで来たんだ…後は計画通りに話しを進めるしかないねぇ 」


「 でも、まだ後30年過ごさせて普通の人生送らせてってのが本来の計画じゃあ… 」

 ギーディアムさんが、小さくなってから初めて俺の方を向いてくれた。

 彼女の眼が何か悲しそうに見えた。


「 辛いじゃないですか…ヒラリー。

  ここで40年過ごしてきて見届け続けたこの子とお別れなんて。

  最後まで、そう、計画通り火葬場で焼かれ灰になるまで見届けてあげたいんだけど 」


「 ストックホルム症候群かよ…こいつが殺しまくった人々にそれ言えるか?

  いくら記憶が無くても、たとえ今は善人だって”罰”は受けなきゃいけないだろ?

  それだけの”罪”なんだからさ。


  あたいの領地にもいるんだよ、こいつに殺された奴だって

  記憶は境界を超える時に全部消えちまうけど、

  あたいは領主だからそいつの記憶を見てるんだよ。


  残酷だったぜ、今のこいつとは違って情け容赦ない殺人鬼だった 」

 

 先生はソファーの背に両手を広げて上を向いて何やら煙草の様な煙を出した。


「 煙草やめたんじゃなかったの? 」


「 まあな、でもあたいだってこうでもしなきゃ落ち着かないんだよ 」


 ギーディアムさんは先生の言葉に軽く相槌を打つと

 僕の方を向いて、短く呪文の様なものを唱えた。


「 御免ね、これ以上はお話を聞かせるわけにいかないのよ 」


 その瞬間に俺は真黒な円筒状の空間に囲まれた。

 光も音も全く感じないただの真黒な空間で、これからどうなるんだろうと

 不安で心臓の音が早くなるのだけが分かった。




  事務所の中の窓際で煌く街の光の一部が真黒な柱が遮った。

 ギーディアムの奴、第200位なのは相変わらずだけど少し腕を上げたようだな。

 

 あたいは、膝を崩してソファーの上で胡坐をかいた。

 さっきまでは健二の野郎が居たからな…長い付き合いであいつには少し特別な感情がある。

 さっきはギーディアムにあんなことを言ったが、あたいも似たようなものだ。


「 さて、ここに来て予定変更だがその元凶のフェリルの奴はさ、

  なんで結界破って侵入できたんだろう?

  あの騒ぎで何重にも強力な奴を展開していたし、専門の業者まで使って強化したのにさ 」


「 そのことに関しては、さっき業者に確認したんだ。

  複雑な術式を展開し、連続で結界をうち達に気が疲れない様にチマチマやっていたみたい。

  執念感じるって業者も言ってたわ…

  コンクリートの壁に穴をあけるネズミのように粘着質にやらないと出来ない作業だってね。

  きっと膨大な能力をつぎ込んだでしょとも言っていたわ。


  少なくとも二桁クラスの能力者が何人も蒸発する量だってね。 」


 フェリルを捕まえたのはここ数日の事だ…健二の事を考えても更に数日前程度

 

「 はあ、それでか。翼竜身になってまであたいとの勝負急いだのは。

  そういや、昔のあいつの能力の方が何倍も凄かったし

  ご先祖様の力と至宝を繰り出したって言ってもあんな簡単に撃退できたのは

単純に燃料切れであれから逃げるので精いっぱいだったんだ…


  ま、能力量が激減していてもあたいなんか目じゃないって思いもあったんだろうな。

  それは流石になめ過ぎだ 」


 あたいの言葉にギーディアムは首を傾げた。


「 いや、舐めたように見えたようだけど見ている限り必死だったわよフェリルは。

  何が何でもあの男の魂が欲しいって気迫にあふれていたもの 」


「 はあ、一国の王でこの世界でも欲しいものなど簡単に手に入るあいつが?

  意味が分からないわ。

  稀代の殺人鬼って言ったって元は普通の人間だし価値は無いんじゃないの?

  あたしたちの事務所を出し抜くってのもそこまで必死になるかなぁ 」


  でも、一つだけ気になることはある。

 それは”罪”と”欲望”が少しづつたまって出来る”暗黒”って言われる物の事だ。

 それは大昔のあたい達が人間から直接魂から食らい続けたという

 人間でいう”食料”の様な存在でもある。

 今は普通に食事から栄養も取れるんであまり必要ではないが、

 これは私たちでは美味しいと感じることのできるものだ。


  ”暗黒”の由来は、文字通り真黒の精神の闇のようなものだ。

 ”暗黒”が多い魂は、可視光を反射するため白くなり最上級は光の玉になる。

 そう言えば、健二の魂は眩しく光そのものに感じたようなぁ…最初の頃は。

 ひょっとしてフェリルの奴、

 それが必要なのか?あたいらにしてみたら”美味しい食料”でしかない様に感じるけど…


 その時、ギーディアムがぼそりと言った。

 

「 多分それじゃない?”食料”って認識も少し古い考え方らしいから…

  実際は”暗黒のエネルギー”ってエネルギーの塊みたいなもので

  大昔、私らが不老の上に”完全不死”を持続させれる力らしいから。

  あの子の暗黒は凄く強いし他よりは価値があるとは思うけど…


  ただ、私らは自分で死を選べる方を選んであんまり食べなくなったけどね 」


「 完全不死か…そんなもの欲しいのかね、あの馬鹿はさ 」

 

 人間の生と死…種族は違うがそれを長い事仕事にしてきたあたいからすると、

 死ぬことが出来ないのは悲劇でしかないとは思うけどね。


「 まあそれが全てでは無いやろうね。

  なんせエネルギーはあるんだから他にも使い道はあるかもね。

  でも、どう使うかは他ならぬフェリルしか知らないんだし。

  

  ただ、フェリルがあれほど執着しているのなら…諦めないでしょうね。

  あんなダメージだから、暫くは大人しくしているでしょうけど。 」


 そこで、自分がさっき言った自分の言葉が実現できないのをギーディアムは理解した。


「 そうね、しょうがないわね。ヒラリーの言う通り計画を進めるしかないな

  早い所さ、業務指示に従って処理しなきゃ…

  そうすれば、どんな形であれ依頼主に渡って仕事は終わりだからな 」


 ギーディアムは黒い円筒を見ながら口惜しそうに話した。


 残念なのはあたいも同じだ…しかし、フェリルは完全不死がそんなに欲しいのかと思う。

 気も遠くなる昔、

 あたいの前で”命もいらないわ”って涙ながらにあたいに言葉を投げかけたことを思い出す。

 あれはあたいがこの世の全てを失ったって思った時だったな…






  日の出の少し前の為、

 大気が冷え切って空に吸い上げられる風がゆるやかに流れていた。


 昨晩に言われた通り、呼び出されてジルの後ろを歩いていた男は

 街はずれの荘厳な建物を見て驚いた。

 この村には主人に連れられて何度も来ているのだが、

 そんな彼でも初めて見る建物だった。

 同時に疑問に思った…数十メートルはあろうかという大きな煉瓦作りの建物など

 大して大きな建物の無い田舎で気が付かないわけは無いのだがと…


「 それはね、陛下の永久不滅の人払いと認識不可の結界が張られているからなのよ。

 私はここに入る許可は貰っているし、私について来る限りは認識できるのよ。

 でも、次に私がいないときに探しても絶対に見つからないけどね 」


 ジルは男に説明すると、少し怖い顔になった。


「 いい、ここで見たことは絶対に他言無用よ。

  私は見てもいいことになっているけど、後は限られた人しか見れないんだからね 」


「 ジル様…で、私が見てもいいんですか? 」


 ジルはその問いに寂しそうに笑った。


「 陛下は多分許してくれるわ…陛下自身は寂しくて自分の境遇を誰かに知って欲しいって

  そんな望みはあるのよ。


  勿論、陛下には事前に許可は取っているわ。

  あなたが陛下を支えてくれた時に既にね…この男は陛下に命を捧げれる男ですって言ってね

  

  勿論、私が一番で陛下が二番ですけどその覚悟はあるでしょ? 」


「 あ、はい。勿論です 」


 ジルはその返事を聞くと小さく頷いて男の手を取った。


「 え… 」


 困惑する男を無視して手を引きながら建物の扉へと進んだ。

 

 巨大な扉は高さ5メートルはあろうかというもので、横幅は実に8メートルはある開き戸だった。

 その合わせ部分は微妙に開いていてやく80センチほどだった。


「 中には入れないからね…陛下がご自分の魂を削って維持している空間だもの

  私だって1時間もいたら干からびてしまう程、能力を吸い取られるからね。

  お前なら5分も持たないで消滅するから… 」


「 しょ…消滅? 」


「 ええ、そうだけど扉の中にさえ入らずに隙間から覗く限りには大丈夫んだから 」


 そう言われて男は隙間の右横で扉の縁を持っているジルと手をつないだまま

 自分は左横で扉の縁を持ち中を覗いた。

 そこから見える建物の中は、大きな半球型の天上を持つ円筒形の空間だった。

 白い壁に様々な言語で書かれた文言がびっしりと占めていた。

 男はいくつかその中の言葉は分かったが、それ自体の意味はあまり理解できなかった。

 それは季節を読んだ詩もあったし、高度な数式が長々と蛇のように連なって見えるものもあった。

 統合性もないしまるで適当に埋めたような感じにしか見えなかった。


 そして床は真黒な大理石が極限までに磨き込まれ

 どこから光があるのか分からないが、天井や床の文言が映し込まれて異様な光景だった。

 

「 陛下… 」


 建物の威圧感に飲まれていたが、やがてその中の中心あたりに目を凝らすと

 眼の先に小さな椅子に座り、

 御影石を磨き込んだ墓石の様な箱を見下ろしているフェリルを確認することが出来たのだ。

 何とか認識できる程度の距離なのに

 その姿は男が知るいつもの脳天気で明るく自信に溢れたいつもの女王の姿では無かった。

 

 打ちひしがれて自身の欠片さえなく生気も感じられない姿だった。

 だが、

 男たちの存在に気が付いたのかゆっくりとジル達の方に顔を向けて来る。


 そしてフェリルは力なく笑って手招きをしだす。


「 大丈夫よ、ここまでいらっしゃい。私の話を聞いて欲しいから… 」


 フェリルは一連の騒動の真実を男に話したかったのだ。


 恐らく自分の次の王になるジルの未来の夫に対して…



  











 




 

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