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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第六幕 罪 ~Punitions sévères~
46/124

歪の黒衣

 夕暮れだった空は、

徐々に暗くなりやがて気の滅入るような暗い雲の渦に代わっていく。

その空の下でフェリルの変身した赤い龍は

凄まじい禍々しさを漂わせと狂暴な存在感を持って立っていた。


 龍の外観は凄かった。

全体からすると小さめな頭には血走った目に金色の眼が怪しく光り、

異様に大きい口は鋭い牙に糸を引いてわなわなと震え、

体表にはごつごつとして、複雑な形をした鱗で覆われている。


 鱗の表面には金色の薄い体毛がびっしりと生えそろい、

それらが複雑な動きで揺らめいて波のようになって体中を動き回る。

そして、長い尾はギザギザの黒い鱗が鬣のように立ち上がり、

先端には50センチはあろうかという白いとがった角の様なものが生えている。

 また、背中にはその大きな体を飛ばすにふさわしい

蝙蝠の翼に短い羽根が無数に生えた大きな翼がゆっくりと上下している。


 言葉にすると御伽噺なんかとそう変わらないのが、

実際に目で見ている俺にとってそいつは

禍々しくて気持ち悪く、心臓が止まりそうなほど恐ろしい…

脚が意味も無くガタガタと震えて、顎ががくがくとして不安定になる。


 さっきの幸恵や俺たちはどこまでも本物には見えたけど、

目の前の現実は存在感が半端じゃない…それを見てると夢から冷めた気分になる。

そう思うといきなり世界がクリーンに見えてくる。

やはりフェリルのいうところの幻なんだろうと納得した。


 俺はなんとか震えながらも立っていたが、

それを許さぬかのようにダメ押しの様に赤い龍は大きな咢を開けて、

鼓膜が破れそうなほど大きな咆哮を上げた。

目の前で腹の空いた虎でも見たかのように心臓が止まりかけ、

俺は、たまらずにその場に失禁してしゃがみこんでしまった。


 なんだよこれ…こんなのと同族なのかよ先生って…

俺はそんなことを思いながら…遥か頭上でこちらを見下ろす先生を見上げていた。




 高度100メートルの上空であたいは、睨みあげて来る龍になったフェリルを見下した。


 「 翼竜獣心か…本気かよあの馬鹿 」


 同族相手に殺し合いを挑む気満々だなぁ


 グリムリーパーには大概は獣心化って最終形態への移行能力がある。

特に8位までの王族の大半は超強力だ。

 神話の大蛇、巨大な虎、無数の蠅、重力を操る黒狼等々…こいつの場合は翼竜だ。

そのどれもが強力で王が王たるにふさわしい力を持っている。

因みにあたいは王族でも希少な獣心化出来ない半端者だけどな。


 しかしフェリルってのは変態で粘着質で独占欲が強い変わった馬鹿だが、

自分に利がある事には興味津々だけど冷静さは絶対に失わないタイプだ。

そんな姿になってまで健二が欲しいのか?

それに、何を焦る必要があるのだろうか?

まともにやりあったら、それこそ順位の通りあたいに負けるわけないのにさ。


 そんな風になにか妙だと感じながら観察していたが、

直ぐにそれどころじゃなくなった。

フェリルの周りにに黄色い閃光が見え始めたからだ…

あれってブレスの前兆だよな…確か。

って事はよ…フェリルの奴あたいを殺す気?

 逃げなきゃね…いくら頑丈なあたいでも直撃はヤバいからさ。


「 バーサミンガル … 」

あたいは、自分の影を詠唱で展開して

この馬鹿がまさかの獣心化をした場合に備えていた作戦に切り替えることにした。



 腰の抜けて呆然としている俺の前で、龍は大きく翼を広げると

体の周りが黄色く光りだした。

何事かと思っていると、首を小刻みに揺らして大きく口を開くと、

ドン!ドン!と火の玉が飛び出して空にいる先生に向かって飛んで行った。


 慌てて先生の方を見上げると、何故か先生は3人いた。

?と思う暇も無く

閃光と衝撃波がほぼ同時に俺に降り注ぎ、少し遅れて轟音が2回聞こえて来た。


 大きく花を開いた爆炎が空をさらに暗くしていく中、

直撃を免れたのか、紫の光を纏って先生がその中から飛び出していく。

何やら咳き込んでいるように見えるが無事なようだ。


 

 ゲホゲホ!ゲーホゲゲホーグゲ!

く、糞かよ!同胞同士で殺し合いするつもりかよ!!

あたいは、

フェリルの手加減なしのブレスには用意した囮の影をぶつけて、

更には衝撃波に巻き込まれない様に限界近くまで飛行能力を上げて避けたが、

奴の作った空間だから慣れてないのでかろうじて躱すのが精いっぱいだった。

しかも、酸素まで燃やし尽くすフェリルの高熱のブレスは

ヒドラジンによく似た化合物の分子を高速化して燃焼させて起こすため毒性が強い。

人間ならひとたまりもない有毒ガスだが、あたいらは咳き込む程度で済む。

が、イガイガして気持ち悪いし喉も痛いので気分は最悪だ。


 まあ、下の健二やほかの幻たちは生身の肉体が無いので関係ないが…


 「 殺す気かよ!戦争でもする気かぁ~ 」


 あたいは咳き込みながらも高速旋回し龍になったフェリルに叫んだ。

今のは危なかった…流石に怖い。

基本性能はフェリルと違い過ぎるあたいでは逃げるのがやっとだ。

でも逃げ切れるもんじゃないので作戦通り罠を張って撃退しなければ…

まともにやりあって勝てるわけがないからな。

 勘違いすると困るが、あたいらは”不老”ではあっても”不死”じゃない。

限界を超えた…そうだなこいつの”ブレス”の直撃なら間違いなく死んじまう。

だから、ここは慎重にちゃんと作戦通り上手く立ち回らないと…

 さっきの先制攻撃を仕掛けたのは最初の作戦だった。

奇襲だし基本体術と筋力が物を言う攻撃で”能力”は関係ないからな。

グリムリーパー同士では相棒となる”得物”には殺傷能力は無い縛りがある。

しかし、気絶や怪我などまでは出来るので、

不意打ちで物理的に気絶させようと思っての攻撃だった。

まさか、体術も私より上で反射神経も上だったとは計算外だった。


”戦争”って言葉は大げさじゃない。

仮にもあたいもあいつもちゃんとした領土を持つ国王だ。

面倒見ている国民も多いし社会形態もしっかり出来上がっている。

お互いに殺しあっただけでも外交問題になるし、行きつく先は戦争だ。

それに、あたいが死んだりしたら

懇意にしているベスなんかが見境なくフェリルに宣戦布告するだろう。

そうなりゃ、

お互いの同盟もあるから大戦争になって…は最悪ありうる。


 それがあるから、フェリルもあたいもお互いに殺したいほど憎くても

出来るだけ穏便な交渉事か、基本無視を決め込んでいる。

そうだった筈なのに、そんなに健二が欲しいのか?国が傾いてまで?

おっと、あの馬鹿が飛び上がってきやがったか…嫌だなぁ

あたいはそう言いながらも作戦通り足元に小さな花びらを置いて浮かせる。

 

 フェリルが大きな翼を羽搏かせ巨体を浮かせ始める。

体高は10メートルはありそうだし、

長い首からその尾までの長さは40メートルは下らない。

中型の旅客機並みの大きさだが、中が空洞の飛行機とは違う。

骨と皮の飛行機と違い中身が詰まった生物の様だし、

この巨体で普通に動けるなら筋量は物凄いから相当に重いはずだが、

音も無く、風も無くゆっくりホバリングしながら浮き上がっていく。


やがて半回転したかと思うとそのまま先生の元へと飛び上がっていく。

先生が何か足元に物を浮かべたようだが小さすぎてここからでは確認できない…

フェリルの飛び上がった後には大質量の移動による風圧を残して先生を追い始める。

俺はまたしてもその風で吹き飛ばされて、

空しく地面に転がりながらその様子を見るしかなかった。


 それは戦闘機同士のドッグファイトの様に目まぐるしいものだった。

先生が凄い速度で動き回って、飛び上がって追い回してくるフェリルから逃げる。

大きなフェリルはゆっくりに見えるが、

相対的に豆粒の様に見える先生は弾丸の様に逃げ回っている。


 フェリルは何度も火の玉を吐き出して先生を撃墜しようとするが、

高速で攪乱して、時々先生そっくりの人形みたいなのをばら撒いているので

フェリルは捕らえることも、掠ることも出来ずに

ただ、火の軌跡を残して遠くへ火の玉が消えるか、

人形に当たって爆発するかしているだけだった。


その様子は何かのダンスの様に優美な運動曲線をもって展開しているが

体が小さい先生に比べ大きな龍のフェリルは小回りが利かないので

時々に先生が空中に静止してさっきと同じように何か置いているのが確認できた。

あれは何だろうか…


 さっきまでの平和そうな校庭はフェリルの咲かせるブレスの光で

花火の夜のように爆音と色鮮やかな光で覆われていく。

先生も何度か白や黄色、色とりどりの光線で攻撃するが

フェリルの体表で弾き飛ばされて、更に彩を添えって行った。


その様子は20分ぐらいは続いているだろう…先生もフェリルも速度は落ちない。

でも有効な攻撃のできない先生の方が分が悪いとは思う。


 先生はフェリルと同じ化け物かもしれないが、

昔から好きだっただけに何も出来ずに追いかけまわされるの見ていると

何もできない自分がもどかしくなる。

フェリルの言った通り先生が俺を騙していたとしてもそんなことは関係ない。

ただただ自分が情けなくなる…


 「 馬鹿やね、勝算も無しに迎えに来るわけないやろ… 」

いきなり大きな手が後ろから伸びてきて二の腕を掴まれた。

俺は慌てて振り返ると何もないはずの空間から上半身だけ出現した女の人がいた。

少し気が遠くなるぐらい変わった女だった。

日本人形のように切れ長の眼ではあるが、色白で真黒な髪があたりの風に靡いていて

相当な美人ではあると思ったが、将棋盤ほどもある大きな顔には驚くしかない。

掴んでいる手も物凄く大きくて人間のサイズではなかった。


 「 さっさと行くで、しっかり掴まっていなよ 」

その声は鈴がなるほど綺麗な声だったが、引き込まれる力は尋常ではなかった。

捥げるような錯覚がするほど急激な速度でどこかへ引っ張られ意識が遠くなっていく。


そして、気が付くとどこかの豪華なソファーの上に転がって

上から俺の顔を覗く6頭身半で物凄く綺麗な人が浴衣の様な服を着てそこに立っていた。

そしてその人は小さくため息をして安堵した顔になった。


 「 えっと… 」

そこまで声が出たが、その人の大きさに気が付いて声がつまった。

3メートル近い巨大な体だったからだ。

「 うちの名前は、ギーディアムっていうねん。

  ヒラリー…いや、あんたが知坂 平理って名前で今は承知している女の上司だわ 」


これが…さっき先生たちが言ってたギーディアムさんか…

俺は200位だの壁にしかならないっていって馬鹿にしていたこの人を見上げた。



 さんざん逃げ回ったり、効きもしないあたいの光の能力で誤魔化しながら

時間を稼ぎ、フェリルの意識を健二から逸らすことに成功したみたいだ。

ギーディアムの独特の意識伝達であたいの頭に確保した健二のイメージが浮かんだからだ。

しっかり経路を追えない様に術式で塞ぐことも忘れなかったな…


 「 間に合ったか。んじゃさっさと退散するか。」


あたいは予定通り用意していた

実家に3000年は伝わると聞いている家宝の”掴みのショール”を肩に纏うと高速で詠唱を行う。

そうすることであちこちにばらまいた空間掌握の花が反応しだす。


 詠唱により動きの止まった私に向かって

フェリルのブレスが回避できない様に上空で火炎球を分散させる。

もう少しであたいを包み込みこの空間で消し炭にされるところだったが、

詠唱の方が早く完成し、

術式が発動し”掴みのショール”によって空間掌握の花に捕まれた空間が

周りの空間を引きずり込みながら急激に変形させブレスを包み込んでいく。

醜い龍の顔が驚いた様に私を見上げたが…すべてはもう遅かった。

フェリルの奴は実力差が大きい3位のあたいを舐め過ぎていたのだ。


 あたいが3位に留まれるのはあたいの能力の高さじゃないのを忘れていたのだ。

それは、数々のご先祖が集めた実家の能力関連のお宝と

切り札の”星の海”を発動できるだけの膨大なエネルギーを持っているからだということを。

あたいは、

作戦の発動の為に着て来た実家の”歪の黒衣”の袖を捲り上げながら、

フェリルに「 悪いな… 」と一言だけ言って予定の実家に伝承されている”魔術”を唱える。


”歪の黒衣”には助けられた…歪に捻じ曲げた空間でフェリルのブレスの直撃も回避できたからな。

ご先祖様に感謝しないと…後でちゃんとクリーニングして

本体の人にはお供えもしてちゃんと作法に従ってしまっておきますから安心してね。


 フェリルは急に自分の体が重くなって慌てているみたいだが、もう遅い。

”歪みの黒衣”の力で収縮しだした空間から逃れる手段は無いのだから。

空間の圧縮はやがて巨大なフェリルの体を潰して事象の地平面を通り越し文字通り消えてなくなる。


 卑怯なのだとは思う。

なにせ、あたいはグリムリーパーであっても大昔に何か別の種族の血が入っている。

勿論、グリムリーパー固有の能力はそれなりに使えるが

何か別の種族の力には今はどこの別次元でも見かけない力がうちの一族にはある。

”魔術”ってありきたりの名前で呼んでいるが、

その為、グリムリーパーでは解除不能の”魔術”を沢山持っている。

今回は、そちらの力と実家のお宝のおかげで健二が取り戻せたわけだ。


 あたいは、自分の周りの空間だけ”魔術”で構成を書き換えているので安全だが、

高圧縮で空間密度が高くなってもがく様に蠢いているフェリルの方はそうはいかない。

やがて嫌な音を立ててフェリルは潰れていき、

真っ赤な血で丸くなった空間の中で更に小さくなり、最後は消滅していった。



 「 ま、時間稼ぎぐらいにはなるだろうな 」


 普通の相手ならそこでお終いだろうが、反則の様な3位のあたいに比べると、

全くの実力で2位のフェリルがこの程度で死ぬわけがない。

きっとどこかであたいの知らない奇跡のような力で生き残っているはずだ…

それに潰れる瞬間には奇妙な違和感をあたいは感じたしなぁ。


 「 じゃあ、早い所事務所に戻ってギーディアムと一緒に健二に話をするか 」


ヒラリーはそう言うと夕暮れの空の中で歪んだ空間を纏ったまま

その場で消えるようにいなくなった。

そして後には地面も何もない夕暮れの空だけが雲がピクリとも動かない

写真の様な止まった景色が広がっているだけだった。


が、それさえもやがて薄っすらと消えてゆき文字通り何も存在しなくなった。




 「 不味ったなぁ… 」

フェリルは真っ暗な田舎道をとぼとぼと歩きながら頭を横に振っていた。

地面はむき出しで、足を引きずるようにしているのでフェリルの歩いた後には

ひっかき傷にような跡がしっかりと残っていた。


 「 流石に”三位”か…舐めてかかったのがいけなかったわね。

   焦らずに地道に攻めればよかったわ…そうすれば結末も変わったのにね。

   でも、焦るわよ時間が無かったんだもの。


   まあ、今回は見送るしかないわね…

   どっちにしろこんな体じゃあ半年は回復にかかるから、

   あの”暗黒の種”の回収は無理だしね…


   次の機会は30年後になりますか…残念ですわ。 」


フェリルはそこまで言うと泣きそうな顔になって

どこまでも暗い夜道を時折すすり泣く声を上げながら歩いて行った。












 

   

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