14歳の告白
生意気そうな幸恵の顔を見ていると、
俺の頭の中に当時の記憶が霧雨の様にゆっくりと思い出されていく。
もっとも、あの時には少し大人びて感じていたが
こうして記憶では無く現実の姿で見てみると…やはり中学生らしい子供にしか見えない。
無理して張り付けたような不良っぽい姿が
40も近い俺の眼からはほのぼのとした可愛い姿にしか映らなかった。
しかし、フェリルの言う幻というにはリアルすぎる…そこに存在しているとしか思えない。
「 はは、見た目は確かに現実の様に感じてもですね、これは幻ですわよ 」
そう言うと胸を押さえている彼女にフェリルは近づくと大きく手を振り上げて
結構な勢いで幸恵の頭をはたいた。
が、幸恵は何事も感じないまま相変わらず胸に手を当てたままだった。
「 どうです? 」
「 馬鹿な…すり抜けるなんて 」
「 さっき言いましたでしょ?時間を巻き戻しなんて大袈裟な事は大変です。
次元変換とか光速度超越なんていう幼稚な理論では出来ませんからね…
実際に中身の詰まっていないものの情報としての幻なら組み立てられるんですね。
まあ、昔懐かしい思い出の映画でも見ている気分で眺めたらどうです? 」
数十メートルは離れたはずのフェリルがいつの間にか俺の背後に立っていた。
驚いて振り向こうとするが、
フェリルは甘い吐息を俺に浴びせながら柔らかい胸を押し付けながら
長くて細い脚をいやらしく俺に絡め付けて来る。
「 どちらにしろ何をしようと私たちには彼女たちには手が出せませんからね
次元編率も違いますからね~
あなたには必要な情報ですから私が組み上げて見せてあげてますけど
ま私には直接関係はないので面白くも何ともないから…
あなたをからかって遊んでた方がいいですし、このぐらいは大目に見てくださいな 」
って事は、暇つぶしかよ。
「 いや、ちょっと…離れてくれないかなぁ。
その、あんたが人間じゃ無いって分かっているけどそんな若い肉体押し付けられたら 」
「 へえ、欲情しますの?この状況でねぇ…
若くは無いですけどこの程度で感じるんですか? 」
フェリルは妙に色気のある笑い声をあげると
「 別に構いませんわよ…気にもしませんから。
だったら正式に口説いたらどうです?受けて立ちますわよ最後までね
楽しむ分ぐらいなら別の世界を作って…ムードのある部屋も用意しますけど? 」
「 いや、生理現象で昂っているだけだから… 」
俺は全身を貫く様な強烈な性欲に戸惑いながらもなんとかその言葉を吐きだした。
「 ふうん、まあいいや…楽しみは取っておくとしますかぁ 」
そう言いながらも体を燻らせるのは止めてくれない…そうか欲情してるのはあんたか。
こいつは大変な変態の様だ。
( 40年近く生きてきた俺 )には初めて見る色情狂だと断言していいな…
まあ、それでも枯れるにはまだ早い俺にとっては
背中のフェリルは物凄く気にはなるが、
幻と言われた目の前の幸恵のことはしっかりと目を離さず見ていた。
心臓を鷲掴みされそうな懐かしさだが、初めて見る視点なので目が離せるわけがない。
幸恵は俺の知っている幸恵でない様な面白い行動をしている…
携帯で自分の顔をしきりにチェックしながら髪を直したり
そうかと思ったら深呼吸してブツブツ何か独り言をつぶやいたり、
にやけた顔をして呆然と天井を見たり…軽く走ったり屈伸運動したり
どうにも落ち着かない様子だった。
「 何だよこんなところ呼び出してよぉ… 」
しばらくして開け広げた扉の向こうから声がした。
その声の主は、農家らしくがっしりとした体形でもっさりとした髪型の俺だった。
そうか…あの時の俺ってこんな声だったんだな。
しかしにやけてるなぁ…女子から呼び出しって初めてだもんなあ…
俺の声を背後に聞きながら何か思いつめた顔をして少し深呼吸している幸恵は、
何か力を入れて目をつぶって後ろを振り返る。
「 いやあ~、何…ちょっと聞きたい事が在ってさぁ。
そのなんだ、お前って好きな奴とかいる? 」
惚けた顔でその場に立ち尽くす俺が懐かしい。
そうだったそうだった…いくら中学生って言ったてこんなド直球って呆れていたっけ。
「 はあ?お前…ま、いるけど。その聞き方だとひょっとして告白か? 」
怪訝そうな顔で中学生だった俺が幸恵はさっぱりした口調で答える。
「 うん、そうだよ 」
「 おいおい、なんだよそれ。やり取り数秒で終わりじゃん…って本当かよ! 」
残念そうにそう話す俺が地団駄踏んで悔しがっているのが見える。
迂闊に返事せずに上手く誤魔化して宜しくやるって卑怯じゃあなかったからなぁ…子供だったし。
「 終わりじゃないって…あんたに好きな奴いても関係無いけど一応聞いてみただけやん 」
「 はあ 」
「 目星も大体ついてるんや…家が隣の瑞希か、偶に中学に講師で来る赤髪の知坂先生か…
が大体本命か対抗ぐらいで、
同じクラスの香苗とか同じ部活の春江先輩とか、あと数人おるやろ?
で、付き合ってるわけでもないやろ?ここしばらく後付けたりしてたし
瑞希には直接聞いたりしてるしなぁ… 」
「 はあ、すいません好きな子がいるだけです 」
中二のあの時に好きな女なんて星の数ほどいるもんだ。
よく分からんし、妄想するのは自由だが実際に付き合うのは別問題だからなぁ…
しかし、いくら子供の時から兄妹みたいにして育った瑞希にそこまで話す事なかったわな、
その点は14歳でも馬鹿の極みだったと今この光景を見て思った。
「 せやろ?万が一って事もあるから確認したんやけどな 」
ニシシと笑う胸の無い不良娘にカチンとした顔をしている俺
「 ひょっとして瑞希は危ないから念を押してるから安心してたけど
スゲー大人の先生とは何かあるかもって心配はしてたんよね。
ま、取り越し苦労やったてことやな 」
「 はあ…お前、俺を馬鹿にしにきたんか? 」
「 なわけないって。馬鹿にするなら皆の前である事ない事織り交ぜて
面白おかしく言いふらした方が効果的じゃん。こんなのは前振りやって 」
「 お前なぁ~ 」
「 でもちゃんと確認しないといけない事でしょ?
さて、そうとはっきりしたから落ち着いたから告白の続きや。
あんた顔はまあまあだし、性格もひどくないし、体力はまあまあありそうだし
あたいが初めて付き合う程度にはちょうどいいぐらいやから付き合わん? 」
えらく投げやりな告白…とその時は思ったけど
後ろから見てる限りは、幸恵の脚は震えてるし手も強く後ろで組んでいる
へえ…あいつ、結構緊張してたんだ。
「 お前…なんちゅう告白なのそれ?
それどこもお前が俺に魅力がある様に思ってるの感じんのやけどなぁ。
普通ならさぁ、いろんな場面で俺を気に入る事が在ったとかさぁ… 」
「 ある訳ないじゃん。
あんた基本的には女子で話しするの瑞希かあの先生ぐらいでとっつきにくいし
目立った行動とかなんかした?記憶にないんですけど? 」
「 ああ…そうだなぁ。じゃあなんで? 」
「 う~ん説明難しい。
あんた喧嘩はそこそこ強いし、勉強もできるけど精々中の上程度じゃ無かった?
脚は短いし、肩幅広くて少しサルみたいだし、身長だって私より低いし… 」
懐かしい会話だ…そうだそうだ
あの時困った様な顔で指折り数えて侮辱する幸恵に少し殺意さえ抱いたなぁ…
「 そりゃあ168センチもあるお前と比べたらそうだろうよ… 」
俺が不貞腐れた顔でそう言うと、
当時は成長期に入った程度で160センチしかなかった俺の頭を急に幸恵が軽く叩いた。
「 で、返事は? 」
「 っは?だってお前…急に告白されたってそのなんだ…どうしていいか
てっかちゃんとした告白は聞いていないんだけど 」
「 十分じゃん。
別に大して魅力とか感じんのやけど、付き合ってって言ってるんやし 」
「 いや、そういうの嫌だって。俺だって初めて女子から告白される訳だし…
そのなんだ、少しぐらいドキドキするような展開が欲しいんだけど 」
あの時の俺が、こいつの事が嫌いかというとそんなことは無い。
背も高いし、不良娘でご同類と屯することも多いのでクラスでは浮いてはいるけど
顔はまあ整っているし、出るとこは無いが痩せてバランスがいい
それに、瑞希の友達って事で性格も悪くは無いって知っていたからな。
「 んじゃあ… 」
幸恵の顔が真顔になって俺を見下ろす(8センチも身長差があれば当然)
「 好きだから付き合ってください。前払いもしとくから… 」
「 へ、前払い? 」
俺は、その次の光景を涙が出そうなほど懐かしく思った。
幸恵がその大きな体で、まだ小さな俺を抱きかかえるようにして頬にキスをするのを。
「 ちゃんとしたのはあんたが付き合うって言ってくれたら、少し後でなら考えたるし
それ以上でも別に考えてやっても構わないよ。
それに、べ…別に瑞希なんかと付き合っても構わないって。
あ…あんたがあたいとちゃんと付き合ってくれたら… 」
真っ赤な顔で物凄い事を言われて、その時の俺がその言葉に拒否などできるわけがなかった
「 ああ、いいよ 」
その後の展開は可愛いものだった。
背中から覆いかぶさるように抱き着いて来る幸恵を、困った顔で抱き留めて
お互いのアドレスの交換をして、次に会う約束をして
体育館の外を慎重に伺いながら、夕暮れの校庭へと二人で出ていく…
懐かしい光景を見て、少し涙が瞼の端に浮かんで立ち尽くした。
その時は流石に、
背中でいやらしく体を擦り付けて来るフェリルの事をすっかり忘れていた。
「 おかしいでしょう? 」
感傷にひったっている所でフェリルが可笑しそうに笑って聞いて来る。
「 あなた、あの時に幸恵さんとの運命を感じていたでしょ? 」
確かにそうだった記憶が頭の片隅にはあるけど、
今はかなり年下の付き合いも短かった女と結婚している。
ただ、なにせ14歳の頃の話だ。
あれから高校に上がって何故か瑞希と深い仲になったし、
東京に出て大学でも役所でも全く女性関係が無かったわけでもない。
運命と感じたのは青春の淡い思い出だっとしか…
「 まあ、14歳の子供だったし… 」
「 そう?でもこれ以降も頭の程度の良くない幸恵さんを
あなたは死ぬ思いで一緒に勉強して何とか励まして高校に行ったのに、
入学したとたん高校では直ぐに疎遠になって瑞希さんと仲良くなって… 」
「 え、ちょっと待てよ…幸恵の勉強って瑞希が見てたんじゃあないのか? 」
「 それは…事実とは違いますわよ。
実際にはあなただけしか彼女の面倒を見ていませんし
瑞希さんはあなたと幸恵さんの交際状態で常に黒々とした感情で見ていましたし
幸恵さん自体を相当に恨んでいましたわね 」
「 そんな馬鹿な、あいつらは姉妹のように仲が良かった思い出しかないし
俺が東京に行っている間には疎遠にはなってその場にはいなかったけど、
あの幸次郎との仲も幸恵が相談し、瑞希が取り持ってだな…結婚までしたし… 」
そこまで言うとフェリルが声を殺して暫く笑った後で、
柔らかい長い手を俺の頬に擦り付けながら、開いたままの体育館の扉を指さした。
まだ夕暮れの光の中の体育館のコンクリートの廊下の先の階段の下で、
さっきまで一緒に飲んでいた知坂先生が
真黒なロングドレスを薄っすらとオレンジ色に染めて階段の下の校庭に立っていた。
おかしな格好だった…デザインが古すぎるというか中世の欧州の様な服だったからだ。
大きな胸が胸元から弾け出しそうに思えるのを黒い紐で閉じ込めて、
襞襞の薄い大きな襟元には宝石がちりばめられて、
ビッタリとした腹部にかけて細い金色の鎖の様な飾りが垂れ下がっていた。
複雑に襞の入ったスカート部は踝まであって、複雑な模様のレースで彩られていた。
微妙なコントラストではあったが、
全て黒の系統でまとめ上げられ、それでも上等そうな生地は小麦色の先生には似合っていた。
更に赤い燃える様なトレードマークの赤い髪が風になびき
赤い長手の手袋と同じく真紅のハイヒールを履いた姿はどこか貴族の様な雰囲気が漂っている。
そして何よりも異様なのは50近い美魔女ではなくて、20代前半にしか見えない若々しいその風体だ。
中学時代に憧れた容姿と寸分たがわなかった。
「 あれは、あなたが今までいた世界はあの女が…多分ギーディアムも力を貸しているけど
全て幻で作り上げた世界なのよ…あなたを除いてね 」
勿論、信じることは難しかったがフェリルの言葉に嘘は感じることが出来なかった。




