俺って死んでるの?
その女の異様さに一瞬だけ意識が幸恵から離れると
両手から幸恵の重さがなくなり、冷たい幸恵の感触も無くなった。
同時に死臭も排せつ物の匂いも消え去った。
驚いて見直してもそこには幸恵の影も形も無かった。
「 不思議ですか? 」
気持ち悪いほどの甘い匂いをさせながら、
積層鍛造されて複雑な波紋の大きな刃を女は長い舌で舐めながら尋ねた。
勿論だが、これまでの事自体が幻のようで不思議なのは違いないが、
まずは相手の名前が分からない事には話が進まない。
「 不思議なのは確かだが、その前にあんた何者なんだい? 」
「 ふ~ん…汗びっしょりで心ここにあらずって感じですわねェ…
まあ仕方ありませんかぁ特殊って言っても普通に人の魂ですものねぇ 」
「 そうかぁ? 」
目の前で非現実的な光景を見ている割には冷静すぎるとも俺は思うが、
傍から見ればそうなんだと思った。
「 気の抜けた返事です事…一応、そうは見えますわよ。
ま、お話が進まないので自己紹介はしましょうか。
わたくしはフェリルと申しますのよ…可愛い名前でしょ? 」
「 いや、名前はそうかもしれんが…
俺が知りたいのはだなぁ、お前が何者かってことなんだが 」
女は俺の質問には答えずに
「 まあ、ここじゃあ暗いだけだし、河岸を変えましょうかねえ… 」
とだけ言っていやらしい(エロっぽいって意味ね)笑みを浮かべる。
「 河岸? 」
「 嗚呼、気にしないでね、場所を変えるだけだから 」
そう言うと右手を前に出しスナップを利かせて指を鳴らした。
すると、静かな夜の倉庫街は急に眩い光と共に一瞬真っ白になった。
呆然としていると、やがて薄っすらと景色が浮かび上がってくる
それは、見渡す限り俺には身に覚えがある光景だった。
夕暮れ時で床が窓を通る光で建物の中が全体がオレンジ色に染まっている。
高い天井に広い構内…そこはよく覚えている体育館の中だった。
「 何だよこれ… 」
説明がつかないものを見ると頭が混乱するしかない。
が、目の前の女は平然そうにその答えを口にする。
「 見て分かるでしょ?あなたが中学時代を過ごした学校の体育館ですわよ 」
「 まあ、その様だな… 」
とても現実に受け止めれる事ではないが、
どうしてそうなのかは分からないが不思議に結構冷静なのに自分自身驚いた。
女は肩に先ほどの鎌を抱えて微笑みかけて来る。
身長が160センチそこそこの程度の体には不釣り合いなほどの大きさだ。
刃渡りは60センチ近い刃と柄の長さは2メートルを超えているし、
更に金属製の様なので数十キロは軽くありそうなんだが、
まったく重さを感じないほど軽やかな足取りで近寄って来る。
目の前まで彼女が来ると僕の顎を下から人差し指で持ち上げた。
魂が抜かれるよな迫力を持つ金色の瞳は輝くほど美しく
彼女の吐息は薔薇の様な甘い匂いを伴って熱く感じた。
「 まずはそんなに驚かないのが不思議でしょう?意識に能力…をかけてるから 」
「 能力? 」
「 う~ん、そうねぇ魔法って言った方がいいかしらぁ 」
女はそう言いながら俺の下半身の方を見てニヤニヤ笑いだす。
「 魔法? 」
そんな言葉で済まされる様な出来事かよこれ…信じられんけど。
「 馬鹿ねえ、実際に時間を遡ったりこの世界を物理的に作り上げるなんて
魔法でも無理だわよ 」
「 じゃあここって… 」
「 ただの幻だわ 」
フェリルという女はただ一言返しただけで、俺が思っていることに具体的に答えて来た。
しかし、幻とか言ってももう少し説明してくれないかなぁ…
「 まあ、そうだわね…
まずは私が誰だか分からないとこの状況の説明が出来ないですわね 」
その言葉に思わず大きく頷いたが、
先ほどと同じように俺は一言もしゃべっていないんだけど。
「 ああ、別に話さなくてもあなたの考えている事ぐらい分かりますから…
って、やっぱり最初からちゃんと説明しないといけないわね。
まずは私の名前は、
フルネームでアルテェイシアム・コンジータ・フェリルといいます。
歳は…あまり意味から永遠の23歳ぐらいで思っておくように 」
「 いや、その… 」
「 ああ!こんなエロイお姉ちゃんが23ってどうなの?って思っていますね
ちゃんと23歳からこっちまで年齢凍結してますから間違いありませんのよぉ…
人間にしてみても胸だってお尻だってちゃんとしてますし、
お肌だってさぁ…すべすべだしぃ 」
かあ、これって本当に心が読めるんだなぁ…怖いわ。
ってことは人間じゃ無いって事だねぇ
でも、セッカチだなこの人…色っぽ過ぎて23に見えないっていうだけで
見た目の美しさや若々しさは十分に20前後って感じなんだよな。
おっと、それより話を進めて欲しいんだけど。
「 へえ、あまり肯定的な好意は見られませんけど評価は満足ですね 」
女はニヤニヤ笑いながら俺の頬を撫でて来る。
「 じゃあ、お話を進めましょう。
あなたが思っている通り私は人間ではなくてですね… 」
そりゃあそうだろう…
「 この世界とは別の次元の住人で人間とは根本的に違う存在ですわね。
見てくれはそうは変わりませんけど構成素材からして違うし、
考え方は割と似ていますが、
これは知性を持つものなら知識は別としてどんな種族も変わりません 」
「 へええ… 」
別の次元って…多次元だと認識とか問題があるんじゃないかぁ?
俺たちは3次元に生息している生物だしなぁ…まあ、よく分からないけど
「 物理や数学的な意味で空間の構成要素の次元じゃないですわね…
簡単に説明すれば、まったくの別の世界って意味ですか…
惜しいところで言えば天国とか地獄とかそんな感じが近いですかね 」
「 それって、空想…そうか、説明以前に成り立ちが理解できないっていう意味か… 」
詰まるところ、
俺たちの住んでいる世界とはまるで違う世界としか説明できない世界っていう事だな。
「 ええ、理解が早くて助かるわよ。
で、その別の世界で人類と同じように反映している立場の種族が私たちですわ。
グリムリーパーっっていう名の種族ですのよ 」
「 グリム・リーパー?って確か英語で死神っていう意味じゃあ… 」
俺は怪訝な顔でフェリルとやらを見つめる。
外国の伝承物の名前を平気で言ってる事に驚いた…嘘言ってるんじゃあ
「 はあ、名称はただの偶然ですわよ
まあ…あなたたちから見れば存在意義はそれに近い感じですかね。
この世界の生と死を管理するという意味ではね。
でも、
真っ黒い古びたフードを被った骸骨じゃないでしょ? 」
「 …それは、イメージ的に定着してるから 」
まあ、確かに見た目は全然イメージと違う。
胸の谷間がはっきり見える真っ赤なドレスにその上に柔らかい毛皮のジャケット
膝で切れたスカート丈から形のいい足が伸びその先には
真っ赤なエナメル質らしきハイヒール…高級娼婦って感じのいで立ちだもんなぁ
共通するって部分はバカでかい鎌って所だけど
それだって、こいつの持っているのは派手派手で死の雰囲気はまるでない…
「 能力の鎌に関しては…私の種族では少数派の得物ですわ。
斧や剣、刀や長刀、弓矢に変わり種では戦車って事もある私たちの個人の象徴です。
これ一つをとっても説明には時間がかかり過ぎるんで存在意義も含めて省きますね。
ただ、魂の管理という仕事だけは共通してるし、方法も似通っている面も多いので
この世界での死神と同じ認識で構いません。
が、俗なイメージがあるので…今は日本人のあなたには八百万の神の一員ぐらいには
敬意を示しては欲しいですけどもね 」
要は、死神でいいやって事か…
でも、でっかい胸を俺に押し付けてくるあんたに神様と同じ敬意ってのは…
あ、そうなると…
「 で?俺ってひょっとして死んだの? 」
当然の帰結だが…死んだ感触もないし記憶もない。
「 死んだっていうか…もうかなり前に死んでますわよ。
今話しているあなたは魂そのものというか、魂の持つ意思が具現化した借り物
って感じですかね。
で、実際に今のあなたの魂そのものはまだ、幸次郎さんのお店にありますのよ。
あなたはその魂から離れてわたくしが作り上げた世界に招待された意思って事ですわね 」
「 はああ?じゃあいつから死んでんだよ俺って? 」
フェリルは面白そうに僕の胸を指でこねくり回しながら
「 いつからも何も、あなたが生まれたと思っている前から死んでいますのよ。
つまりですね、あなたは死んだままですけど
魂が外的要因で強制的に幻影としての人生を送っていますのよ今はね… 」
「 何言ってんだよぉ… おかしいじゃないかそんなの。
俺の人生が幻だって言うのかよ…生まれてもいないと言ってもだなぁ 」
もし今までの俺の人生が幻だとしたら、幸恵や瑞希、啓子に幸次郎
いや、両親は言うに及ばず生まれてからこの方出会った人間は全て幻なのかよ?
一瞬馬鹿な事を言うこの女に引きずられるように
おかしなことを考えたが、
幻であったなら俺の記憶にある今までの出来事の情報量が膨大過ぎる
有り得ないとしか言いようが無いんだから。
「 情報量ねえ…大した量じゃあないですわよ人に一生分の出来事の情報量ってのはね
認めたくないのは分かりますから、一度味わったあなたの経験を
わたくしが再現すれば恐らく納得するしかないと思ってですね 」
「 で、だからここかよ 」
俺は今一度体育館を見直した。
遠い日の記憶をぼんやりと思い出して照らし合わせるが、ほぼ同じイメージだった。
体育館の天井近くの設備の作業用の歩廊も、歩廊の横に数多くある明り取りの窓も変わらないし
バスケットのゴール位置も体育倉庫の入り口も、舞台の位置も記憶と遜色が無かった。
でも、学校の体育館なんてこんなものだろうっていう思いもあった。
「 へえ、頑固ですねェ…そりゃそうですか
でも、もう少し具体的に思い出してくださいね、
直ぐに否定できない事態が目の前に起こりますから、結構しっかり作り込まれてますからね 」
何を言ってるんだと思っている所で、
誰もいない体育館の出入り口の扉が音を立ててゆっくりと開いた。
俺は何事かと思ってその方向を見て固まってしまった。
「 よしよし…誰もいないじゃん 」
俺の眼の先には
空いた扉の隅から、こちらを体育館の中をおっかなびっくり覗いてそう呟いた少女がいた。
少し恥ずかしそうに頬を染めながら
俺が通っていた中学校の制服をだらしなく着こなした生徒だった。
校則違反の長い裾のスカートに
胸元のホックをわざと外して大してありもしない胸元を強調している馬鹿娘
さっきしつこく俺にしがみついて飲んでいた幸恵だった。
いや、
勿論あんな年増じゃない、
処女を戴いた俺なら分かる、輝く青春の入り口で精いっぱい背伸びして不良を演じている
旧姓
中島 幸恵 恐らく14歳だと思う。
何故なら、その後の言葉を聞いたからだ。
「 まったくさ~あたいって肝心な時にビビっちまってさ~
来るよなぁ、健二の奴来るよなぁ~ 」
と、幸恵が今とは違う洗濯板の様な胸を何度もたたいたからだ。
思い出した…
瑞希とも仲はこのころ良かったけど保育園の時からの腐れ縁だったから
初めて異性にちゃんと告白された日の事を。




