罪と罰の意味
ペルシャ絨毯の上でメソメソしているギーは、
変態女の気分の悪いサプライズによって最も可哀想な存在だった。
グリムリーパーの世界ではエリートで頭良いし、社会的地位もそこそこだ。
能力も上位で怖いものが無かったはずだから
戦闘モードになりかけた王族を見て自信喪失したんだろう。
しかし、いい年して泣きながらお漏らしするのは…えっと…可愛いけどさ。
「 しょうがないわねェ… 」
そんな情けない姿を見たベスが最初にした仕事は、能力で床を綺麗にして
ギーを空中浮遊させて、バッチイ服を盛大に燃やした。
アンバランスだが遠目では見事なスタイルの裸体が現れると、
竜巻の様な水の渦を作って洗浄し、同じく温風で体を乾かした。
新たに規格外のギーのでかいパンツやその他諸々を新品で呼び出して揃えて
凄まじい速度で着替えさせた事だった。
余計な事だけど、その服のセンスは前よりもよくコーディネイトされていた。
勿論、用意などしておらず全てべスの能力でテキパキとおこなわれた。
無から有を生み出すのは高等能力だ…流石に第一位…あたいには半分も出来んわ
「 ね、ギーちゃん…落ち着いたぁ? 」
「 ううう、姐さん怖かったよぉ… 」
さっきギーが手足を伸ばし切って少し手狭に見えたソファセットが大きく見えるぐらい
ギーは小さくソファーの片隅でしつこくグスグスして
べスは156センチしかない小さな体でソファーの背もたれの上に腰かけて
優しくギーの頭を撫でられていた。
べス・ハートランディア・クライン
今の彼女の容姿は、私がよく知る落ち着いた30半ばの女性の姿をしていた。
金色の薄いメッシュが入るが全体は落ち着いた栗色のセミロング、
柔らかい印象の体形ではあるが、その中で調和を崩さない胸や腰を持っている。
茶色い瞳を持つ双眸は少し細めだが優しいカーブを持っている
印象的に言えば、何というか綺麗なおばさんになりかけのお姉さんという感じだ。
そしてその見た目の印象のように優しい…
2メートル強でパーツがいろいろと大きくて不思議な生き物のギー相手に
子供のように優しく頭を撫でられるほどだから。
「 ううう、ベス…もう大丈夫だよ 」
と、ギーが少し落ち着くまでベスは背中を摩ったり肩を抱いて慰めたりしていたが、
まだ涙を一杯抱えたギーが気丈にそう言うのを見て、
「 そう? 災難だったわねェ…ギーちゃん。フェリルって怖いねえ。
でも、ミリウスかばったのは立派だったわ…でもね、
ギーちゃんもいくら所長だからって言って無理しないのよ…特にあいつにはね。
まあでもフフフ後はヒラリーに任せようかしら。
私はまだ仕事の途中だしね、それじゃあこれで失礼するわね 」
と手を一度だけ私に振ってウインクするとそのまま煙のように消えて行った。
べスが消えてから、どうしたもんかと思ったがここはあたい流に慰めた。
自分の異空間の酒蔵からとっておきを数本見繕ってテーブルに置き、
国に連絡入れて酒に合う特産品を瞬間移動で取り寄せる。
酒好きのギーは、涙目でもいい酒には頬が緩んだ。
それから、慰めるように差し向かいで酒を酌み交わしながら
数刻をたわいない話をしてギーを落ち着かせた後
フェリルが執拗にこの魂を欲しがっていたのが少し気になって
「 で、この魂の方はどうするんだい? 」
と、いつもなら聞かないその後の処置を訪ねてみた。
「 え、そうやね…それについてはもう管理の方から指示を受けているの。
方法はこの事務所にお任せだけど、
これが犯した罪を真摯に受け止め、罪を罪として受け止めさせることにあるの 」
「 よく分からんなぁ… 」
もっちょと、具体的に行ってもらわんと…
「 それはね、この魂をこのまま転生しても同じことを起こすし、
魂自体を廃棄させ、次元の中で消滅させることもできるけど
それは、普通に人間界の死刑と同じであまり意味がないじゃない?
どのような形だとしても魂自体がその罪を感じ悔い改める意思が無ければ
転生も消滅もはたまたこの世界でここの住人として生きる選択も出来ないからって結論。
ってことで…
この魂にその罪の深さと殺していった人々の無念が何なのか知らせるのが仕事。
それ以降の始末に関してはその状況によって決められるらしいのよ 」
あたいは一つ不思議に思った。
”不公平”ではないかと…殺された人々にしたら凄まじい痛みや無念をもって
何千何万という数が死後の世界に来ているのに、
死んだとはいえ、何も反省していないこの魂がそんなぬるい事でいいのかと…
その旨をギーに伝えると、少し酒が回って来たのか口調が滑らかになった。
「 ええ、そうやね。”不公平”には違いないわなぁ…
それに関してはうちもそう思うわ。
でも罪の意識も無くただ単に罰せられたら…そいつにとって運が尽きたで終わりやろ?
それじゃあ、死んでいった魂の方が不公平や無いやろか?ってことかな 」
罪と罰か…悪いことをしたって意識が無ければ罰って意味がないよなぁ…
例えば、テロリストが人を散々殺した挙句に罰を受けても
それは神に与えられた試練とか、罰を受けて死ぬことによって次に続くものの礎になるとか
そんな風に思わら意味がない。
まあ、残酷にゆっくり切り刻んで殺せば…痛みだけは意味があるのかもしれんが。
「 まあ、そうなんやが具体的にどうしたらいいんやろか?
洗脳とかしても表層しか変わらんし、
記憶操作ってのは有効でも、それは洗脳より少しマシで脳内の意識は変わるけど
魂のレベルでどうにかなるって思えんしなぁ… 」
これと言って具体案が浮かばないあたいに
すっかり迫力が無くなったギーがぼそりと面白いアイデアを吐き出した。
「 へえ、流石に事務所の所長しとらへんな自分…で、具体的にはどうするんや? 」
あたいはギーのアイデアに乗ることにした。
それは素晴らしいアイデアであったが、同時に結構時間がかかるアイデアであった。
その間、この魂を何に使うか分からないが、
あの色情狂がまた強奪に来ないか少し不安になった。
まあ…思った通りになったわけね。
あたいは、少しっていうか遥か昔に流行った歌をカラオケで流し、
決して上手くは無いが、わいわいと幼馴染同士で歌っている健二たちを見ながらそう思った。
あたいは歳をとらないグリムリーパーだけどこの世界では見てくれだけは
こいつらの時間に合わせているし、体だって人間にほぼ近い。
既に遥か前にその人生を終え、幻の様なこの世界で生きることになった人々に合わせて…
「 まあ、いいアイデアではあったわなぁ 」
あたいの手を酒に酔って少し大胆になった幸次郎が引き寄せた。
多分、一人で渋い顔してカウンターで飲んでいるあたいが気になって
みんなの席へと連れて行っただけだったろう。
しかし、その目は少し真剣だったし、頬も上気している様だった。
お前…50も近いババア(人間基準)の容姿だぞ今のあたいはよぉ…
だいたい、幸恵が…と思ったら健二にベッタリだった。
「 まあまあ、飲みましょうよ先生…勘定は健二持ちだし! 」
瑞希ががっちり幸恵の体で挟まれて閉口している健二の肩を叩きながらそう言った。
ごめんなぁ…
いくらこんな幻の様な世界でも…健二と一緒になっても別に構わんかったけどさぁ…
それじゃあ健二の奴が幸せすぎちゃって本末転倒になっちまうからさ。
で、お前はなんで健二と深い仲になったんだろうなぁ幸恵…それは想定してなかったんやけど。
お前は瑞希には口が裂けても事実は言えない負い目なのになんで瑞希とそこまで仲がいい?
「 はあ、んじゃあお言葉に甘えてやなぁ… 」
そう言うと、
教え子だった瑞希からどうぞと差し出された冷たいビールを受け取った。
この世界は幻のようなものでも、あたいはしがない高校の英語教師って役回りだ。
酒は十分って程の給与は貰っていないからタダ酒は本当においしい。
実際、奢ってもらわない限りでは薄給を切り崩すからなぁ…で、月末は苦しくなる。
あたいはきりりと冷えたジョッキをぐっと一息で空になる。
冷たいそれがほぼ人間のあたいの体の中を暴れながら胃の様な所へと落ちて来る。
すごく気持ちいいし体が少し浮く様な感覚に陥った。
「 先生、相変わらず凄い飲みっぷりやねぇ 」
そんな事を言いながら、
いつの間にか、あたいの大きな体に隠れて隣の幸次郎が摺り寄せて来るが
幸恵はそれを見てもニヤニヤとしか笑わなかった。
別に生理的に幸次郎が嫌いなわけではないし年の離れた弟のようなものだから気にならんが…
それからしこたま…って言ってもワイン1本開けただけだが…
小用に店の端にある柔らかい間接照明のあるトイレへと立った。
すると、直ぐに私の後を幸恵が追って来ると、
「 先生、少し顔貸してくれん? 」
と、チラッと賑やかに盛り上がっている瑞希たちを一瞥してあたいをトイレへと連れ込んだ。
いや、お前そ…そういう趣味か?怖いわ
「 お…お 」
小さな飲み屋にしては手洗い場と個室2つあるトイレは女二人でもそうは狭くは感じなかったが、
熱い目をしてあたいを見つめて来る40近い女の性でかなり狭く感じた。
擦りガラスが、仕込んだ間接照明でぼうっと浮き上がり、人造大理石の床や
結構豪華な洗面台の世界の中で思わず…後ずさりしそうになった。
いや、あんた…女は好きやけど教え子やし、外にはお前の同級生が居るやんか?
声…う、経験なら豊富やけどこの世界では上げない自信がないわ…体が違うし。
「 先生… 」
小さな…といっても170近くて日本人では大き目なんだけど、180のあたいからしたら
可愛いおばさん(40近いんやでしょうがないやろ?)の幸恵が
短い手であたいの顔の両側をすり抜けてあたいを壁に張り付けた。
いや…お前…久しぶりすぎる。ヤバすぎるってば!
「 これ…先生に貸すわ 」
と急にニコニコしだしてあたいの前に、猫のアクセの付いた金色のカギを吊り下げた。
はあ?
何やそれ?それが言いたくてトイレまでついて来るんかい?興奮した時間を返せや!
「 何やそれ…なんの鍵や? 」
「 うん?隣のうちの鍵なんよ…実はお願いがあってさぁ幸次郎と寝てくんないかなぁ? 」
はあああああ?なんやそれ…
「 えっと、お前馬鹿か?ってはいそうですかって教え子と寝ると思ってるんかい?
お前その幸次郎の嫁さんやろがぁ? それにあたいはもうババアやし… 」
信じられない言葉に当たり前の反応を示す。
あたいはこの世界では男日照り、女日照りで飢えちゃあいるが、
普通この場合だと有り得ないし、あったとしても物事にはだなぁ…そのぉ…
はっきり言おうか…趣味じゃないわ…お前ならギリギリやけど。
「 あの人、もうあまり時間が無くて…末期のがんでさぁ。
ちゃんとエッチ出来る機会も少なくってさぁ。恩もあるし死ぬ前に思いで作って…
だって、幸次郎ってば先生の事高校生の時からずっと好きだし…
お歳に関しては気にしないでください。
さっき聞いたけど、いい具合にお年を召してもっと魅力的になったって言ってましたし 」
何やその理論、一見まともの様に感じるけど出鱈目もいいとこやろが!
って…なんで幸次郎が死ぬんや? あいつ予定ではまだ…
「 い…いや、お前。何言ってるん?エッチなら正々堂々お前が受けて… 」
「 し…死ぬほどしました一応、でも、死ぬ前に先生としたいってあの馬鹿が 」
う…う~んなんちゅう返しなんや!
「 お…お前、それでいいんか?って先生が幸次郎の相手するかは別やけどさぁ 」
別に減るもんじゃないし、
生身の人間に近い今の状態ならかれこれ半年はしていないからそれはそれで…
ってあたいは何を考えてるんやぁ…
「 まあ、納得はしないけどさぁ…対価が在れば忘れますって。
瑞希も幸次郎も協力してうちの夢をかなえてくれるっていうしさ。 」
「 ちょっと待て!お前、この飲み会ってば先生が提案した飲み会やろ?
ほんの数日前やろが?なんで、話が出来上がってるんやぁ?
おっと、それと、お前の夢をかなえるってなんやのぉ…お前の夢って 」
半分涙目で幸恵を見下ろした。
だって、まだ20代の頃(この世界では)教えていた子供たちとこんな生臭い話…
正直勘弁してほしい。
目的は監視と誘導で、こいつらの願望や社会に飲み込まれる訳がないはずだったのにさぁ…
「 それが、不思議なんですよぉ。
瑞希から先生の飲み会のお話を聞いてから変な電話がかかって来て…
最初は馬鹿らしい話で聞いていられなくて切ろうと思ったんだけど何故かできなくて。
それは瑞希にも幸次郎にもかかってきたみたいで、それでやる気に。
先生は断れない性格だし、男好きで恋人も星の数ほどいるでしょう?
先生優しいし私や瑞希が承知ならしょうがないな~って引き受けてくれるって思って 」
はは、星の数ほど居るかいな…ざっと20人程やぞ今付き合ったのわ。
んで、今はいないってば…50近い女なんか誰が…ってそれが幸次郎ってか?
しかし、見知らぬ電話ねぇ…
「 しょうがないか~ってどんな軽い女やと思ってるんや?
それに男がそんなにいるわけないやろが!しかも先生に向かって男好きって… 」
と、睨め付けるように幸恵の顔を見るが何かスイッチが入ったかのように
あたいの顔を余裕たっぷりに見て来る。
「 ごめんなさい、先生ってば両性愛者でしたわね…先生?教え子にも手を出したでしょ?
本当の所…香苗とか春江とか、他にも知ってますけど? 」
凄い所ついて来た。それに関してはノーコメントにしてくれや!
女の子やで傷物にならんし…ちょっと軽く優しくいただいただけでハードな事は…
「 はい…なんでぇ? うええ、しょうがないなぁ 」
先生としてのあたいの威厳は音を立てて崩れてしまった。
こいつには今のあたいはただの変態女にしか見えんやろうなぁ
気は進まんけど幸次郎の相手ぐらいしたるか…
しかしなんでやろ本体や無いって言ってもやなぁ軽~く誘導されるってのはおかしい。
「 で、お前の方の夢ってば? 」
「 健二…健二とエッチしたいし出来れば一緒に暮らしたいのが夢。
高校生の時からずっと忘れなかったわよ私…初めての男だったし今でも幸次郎よりも… 」
「 おま…み…瑞希が 」
許す訳ないやろ・・と口に出す前にぐうの音も出ない言葉を告げられた。
「 瑞希は…翌日って約束で話はつけたわ。
どうせ、幸次郎は私を最後の最後で裏切ったんだから文句言う筋合いないし、
瑞希は私より健二と親しかったし、妊娠までしたこともあるから譲ってくれたのよ。
後は、幸次郎が病院に入って…あ、ゴメンなさい先生一回だけじゃなく入院までよろしくね。
瑞希を抱き込んで、健二を二人で共有する算段も出来てるし。
それに、いい…啓子さんが倒れたのもその計画だったし、
目覚めたのは誤算だったけど、瑞希がちゃんと処置して元に戻ったしぃ… 」
背中に何か冷たいものが走った。
全体にはこの世界はあたいが仕切って入るけど、少しずつ情報が書き換わっているのに気が付いた。
瑞希が妊娠なんて事実は無かったはずだし、啓子は…確実に自然の病気だったはずだ。
で、なんだよ瑞希の処置って…くえええ…これってばフェリルの妨害よねぇ。
でも、最終はあの魂の回収でしょ?これでどう繋がっていくのかしらぁ?
「 それは…犯罪だろ? 」
力なくあたいが幸恵にそう答えると幸恵は笑って
「 見つからないし、誰も困らないじゃない?私も瑞希も幸せになるし、
あやねちゃんは瑞希に懐いてるし、私にも懐いてるから二人で協力して育てるわ。
頃合いを見て啓子さんには死んでもらって…
ああ、先生には協力してもらえばさっきの女の子の事は内緒にしておきますし、
お金は健二さえいれば必要ないから幸次郎の遺産はすべてあげます。
なんなら、昔私や瑞希をいやらしい目で見たことも叶えてあげてもいいですけど 」
そう言うと幸恵は柔らかいからだをあたいに押し付けて来た。
経験を積んで熟れた体と、熟成された女の体臭に頭がくらくらした…
「 負けたわ…幸次郎の相手ぐらいは… 」
あたいは、負けたふりをしながら大きくため息をついた。
トイレの戸を開けると、幸次郎が満面の笑みでソファーに座っていて、
健二は薬か何かで眠らせられたのか
静かな寝息を立てながら、瑞希の腕の中で瑞希に体中を触られていた。
「 あ~、今日は私のものって言ったでしょ! 」
と、笑いながら幸せそうに瑞希に抱き着いて幸恵がじゃれついていた。
あたいは知っている…
こいつら実は同じ様にお互いを何とかしたい思いはある高校の時から。
ただ、健二という存在がそれを許さなかっただけである…お前らだって変態だぞ!
しかし、幸次郎の相手か…キツイなぁ
半分はフェリルの策に下ったようなものだが、その気になればいくらでもこの事態はひっくり返せた。
だが、色情狂のあいつに負けないぐらい欲望に弱いあたいは、
中年最後の狂い咲きの異国の教師と、少年時代の教え子でいい大人になった男との不倫。
しかも、奥さん公認で好きなだけ求めても構わないし、
相手は死ぬ前の相手に自分を選んだという高揚感も彩になった今のシチュエーションを
簡単にどぶに捨てる事など到底できなかった。
まあ、フェリルにはそれ相当の仕返しを考えるがな。




