グリムリーパー 第二位
あたいが務めている事務所はそのビルの最上階のワンフロアを占めていた。
エレベータを降りるとペルシャ絨毯が敷き詰められた廊下が出迎え、
様々な形をした扉が両端にいくつかある光景となり、
その廊下を50メートルほど真っすぐ行くと、ようやくあたいの所属部署となる。
そして、見飽きた気持ち悪いぐらいの密度で施された装飾をされた巨大な扉を開けると、
そこには、普段は他の豪華な個室でふんぞり返っているはずの
事務所長ギーディアムが行儀悪く大理石の机にデカい尻を乗せて腰かけていた。
身長210センチの超巨体だが、
対象物が無いと155センチの可愛い女だと錯覚しそうなバランスの人型の女だ。
奴はでっかい真黒な瞳であたいを睨んでこう言った。
「 ヘイ、ヒラリー遅かったやんか何しとってるでけつかるねん
待ちくたびれてケツにタコができるかと思ったやないかぁ 」
あたいもひどい言葉使いだが、それ以上に汚い物言いの腐れ上司の言葉にカチンとした。
お…お前、たかが200位程度の力しかないのに何を言ってるんや?
という気持ちをぐっとこらえて…
「 ああ?なんであんたがここにいる? 」
直属の上司はいけ好かない体臭のミリウスなのに、なんで事務所の頭のあんたが来てるんや?
とやんわりとした物言いでそう返してやった。
これでも我慢して丁寧に言ったつもりだ、監督不行でミリウスに火の粉がかかっちゃあいかんからな。
じゃなきゃこんな奴窓から放り出してやる。
すると、でかい頭があたいからは死角になっている方向に向かって顎をクイッと動かした。
あたいはそれにつられてその方向へ顔を向けると真黒な髪の女が私の顔を見て
賑やかに手を振っていた。
「 おひさしぶりねぇ~元気してたぁ? 」
「 ゲ…何した来た 」
その女は真黒な柔らかいソファーで体をくねらせながら金色の眼で私を見つめて来た。
そいつは”魅惑”と”発情”の能力で男どもを手玉に取るのが趣味の
あたいの知り合いの中でも群を抜く色キチガイ(ニンフォマニア)
それも相手から根拠もなく愛されていると錯覚する好訴妄想(妄想観念)型で
救いのない自意識過剰の塊だった。
特に嫌なのは…あたいと同じ両性愛なのがキモイ。
「 ウフン、ご挨拶ねェ…あんたとわたくしの間じゃないのぉ
今日はさ、うちの事務所の仕事よぉ…分かる?お客さんですわん 」
「 仕事? 」
こいつの事務所ではこいつがナンバー1だから分からんでもないが、
わざわざ出張るほどかいな。
「 忌々しいが、仕事だからここに入るの断れなくてなぁ。
内容はお前に直接話すらしいから聞いてやってくれや…
本来ならミリウスが相手して待っているところやったけど…
信用できんしウチが代わりに相手してるんや 」
ギーディアム…めんどいからいつものギーでいいか。
こいつ冷や汗が出てるわ…しょうがないか相手は一桁ナンバーで緊張するわな。
それに身長と頭身がアンバランスで気持ち悪いギーにとって、
性的な好奇心満載な潤んだ目で見続けられることなど経験無いから
心の底から気持ち悪いんだろう…同情するわ。
あたいを見て直ぐに対象が移ったんで少し安堵したのか、大きく息をし直した。
しかし、腐っても上司やな。
ミリウスなんかやったら、この馬鹿の能力であたいがついた時には玩具にされとるわ。
「 か…感謝するわギー、あたいでもこの雰囲気は気持ち悪いからな 」
「 まあ、上司やでな… 」
あたいは少しばかり見直した上司の肩を軽く叩いた。
体のでかいギーを奥のでかいソファーに移るように言うと、疲れたようにそこへ向かい
ドカッと腰を据えて天井を見上げて大きくため息をついた。
しかし、200位程度と言っても膨大な数の中で言えば超エリートのこいつが
それだけ疲れる相手という事だ目の前の馬鹿は…
あたいはコートを脱いで隣の一人かけの椅子に鞄と共に投げおいて、
同じく一人かけのソファーに腰を落とした。
それを3人掛けの長ソファーで寝転んでいる馬鹿が不満そうな顔で
ソファーに座り直して隣をスペースをポンポンと叩きながら言った。
「 こっち来なさいよ…隣空いているわよん
ねえ、ひらりん 」
馴れ馴れしい上に気持ち悪い猫なで声に顔は引きつったが、
それは逆に言えばあたいの事を舐めきってるって事になるか…きついな。
「 いや、誰がヒラリンやねん。
仕事やで真面目にせえや…仮にも向こうの代表やろ自分 」
寝首かいたり、だまし討ちならあたいでも勝ち目はあるで…と情けない自信があるので
あからさまに不機嫌な顔でそれに答えてやる。
「 そりゃそうだけど久しぶりだしさぁ…甘えたっていいじゃないのよ 」
と口を突き出す。
そのまるで恋人同士の様な会話をしてくる馬鹿に心底引いたが、仕事なので我慢する。
「 で、なんやねん仕事ってさぁ。
それになんであたいに直接なんや?事務所同士の話ならギーで十分やしそれが普通やろ? 」
大体、直接会わんでも能力で伝える方法はあるはずだしな。
「 うん、直接じゃないとヒラリン受けてくれないもん。
能力だと”盗聴”の能力で他に知られるし…そういうの困るのよねぇ
うちの事務所の方は承知だけど、公式には管理の方が知らない内容だから直接よ 」
そう言ってなまめかしく人差し指をくねらせて口の前に置いた。
「 お…おま、それって仕事なんか?秘密ってなんやねん 」
あたいらの事務所で仕事とは管理の方からの指令が元だから頭をかしげていると
「 うん、直接じゃないけど次の仕事に必要なら問題ないでしょ 」
にやっと笑顔になった。
そうだ…こいつにはそのぐらいの特権はあるわ。あたいもだけどさ…
「 かあ、そうかい。まあそこらへんはお互い様だからなぁ…
いいよ、聞いてやるよ…あたいに出来る事だったらなぁ…あ、あたい以外限定だけどな 」
「 何言ってんのよぉ、ヒラリンが欲しければちゃんと口説きますって。
その方が面白いし… 」
ゾゾゾ…と背中に虫唾が走る。
好きでもない同性の言葉って気持ち悪いなぁ…あたいも気を付けないといけないなぁ
「 簡単な事よ…その鞄の中身が欲しいんで譲ってほしいだけだわ 」
そう言うと色ボケした女の顔じゃなく、凍り付く様な目であたいを睨んできた。
有無を言わさない迫力だった。
「 いや、それあかんて!管理の方からうちで処理するように言われてるねん。
重要指令やし、報酬もあんた数千万は下らんデカい話やで渡せるわけが… 」
のんびり高みの見物となっていたギーが慌てて声を張り上げる。
「 はああ?国も持たんお前がわたくしに指図しますのぉ?
ヒラリンの上司だから大目に見てるだけですのよぉ…なんなら代わりにあんた貰って
うちの国で心行くまで玩具にして差し上げてもいいですけど? 」
最初はきつい口調で、最後は笑いながらギーに向かって話して、
決して好意の笑いでは無く残忍な欲望の混じった笑いだったのでギーが青くなった。
「 あほか、そんな事あたいの前でさせるわけないやろ 」
「 そう? まあいいわ…この仕事内容は確か重要と言ってもBでしょ?
わたくしの権限でねじ込めば管理の方は何とかなるし、
報酬の方はこちらで肩代わりしますから心配しないでね 」
そういって、宙に向かって指を鳴らすと
お互いの間にあった丈夫なクリスタルの机の上に小さな紙切れが現れた。
「 これで十分でしょ? 」
手に取ってみるとそれはこの馬鹿の国の国債だった。
で、そこに書いてある償還金4千万…十分な額が書かれていた。
しかも国王手ずからの紋様が入っていて信用度は抜群だし、利回りだって…
「 なんで、国債? 」
「 あら、いけなかったかしら?その方が利回りだってあるし
現金じゃあその場限りでしょ、ここの事務所とも縁は繋ぎたいからですわん 」
現金でも多分、瞬間で用意できるけど政治家でもあるこいつは金の使い道に五月蠅い。
ただ、こいつの国の国債は現金より信用度が高いからそれで十分だし
利回り付きで高利だから現金以上に価値はある。
えっと、断る理由が無いけど…悩んでいると
「 じゃあ貰って行っていいでしょ? 」
にこやかな顔になってソファーから馬鹿が立ち上がろうと腰を浮かすと
「 ちょっと待ってよ、そんな殺人鬼の魂持って行って何に使うんだよ?
それに管理との信頼関係に皹も入っちまうから”はいそうですか”って訳にはいかんぜよ 」
青くなっていたギーがそれでも事務所長として当たり前のことを聞く。
「 ふ~ん、そう?教える必要があって?
わたくしが抱えている仕事に必要で十分ですのよ”神”の方々も納得してくれるわ 」
自信たっぷりにそう言って更にその指を鳴らすと、
今度は彼女の手に大きな黄金の鎌が降りて来た。
「 邪魔してもいいですけど、あなた程度切り捨てても問題にならないんだけど。
国王2人も抱えてる事務所だから麻痺してるかもしれないけど、
本来は絶望的な身分の差があるのよ… 」
んなの聞いたことないけど…お前の勝手な思い込みだろう?
ギーは更に腰を抜かそうとするぐらいビビっていたが、頑張って得物を具現化した。
体に見合った大きな鋼鉄の斧を体の正面で構えて青い顔をしている。
流石に200位まで来ているギーは相手の強さもよく分かるようだが、
ここで退いては他の従業員に示しがつかないから必死そうだ。
「 あほか、さっきも言ったろうが…させないって 」
あたいは非力なギーが必死なのに上位の自分がながめてるわけにいかないので
こっちも獲物を具現化して振り回す。
音速を遥かに超える先端が衝撃音を残して黄金の鎌に絡みついた。
「 へええ、やるんですか?残念ですねェ… 」
160そこそこの小さい奴の体が何倍もの大きさに見えるほどの迫力を感じたが
ここでけつをまくる訳にもいかない。
「 そうか、なんならとっておきを使ってもいいけど? 」
無論嘘だ。
あれは準備がいるし時間と条件が厳しすぎるのでほぼ無理なんだが、
結果だけで過程を知られていないので脅しには使える。
「 ”星の海”でしたっけ…アレは厄介ですわねぇ 」
そう言って鎌を引きやがったが、そのまま対峙することになった。
得体のしれない能力を相手に自信満々で攻めれないからだろう。
膠着状態となった。
ギーもあたいも糞女もじりじりと動くだけで何もできないでいると…
「 な~にしてんのかな? 」
と、いきなり助けの声が少し上から聞こえて来た。
4メートルと高い天井の少し下にこの事務所のエースが浮かんでいた。
「 べス… 」
糞女は目を丸くして血相を変えると口惜しそうに舌打ちをした。
そして、片手で鎌を持ったままもう片方の手で指を三回打ち鳴らした。
すると、大きな金の鎌も糞女本体も消えてしまった。
恐らく、この状況でべスの様な助っ人を入れて3体 1で戦う事に意味が無かったからであろう。
ギーはともかくベスとあたいが二人がかりじゃあ天地がひっくり返っても
勝機など糞女にある訳がない。
「 相変わらずねェ… 」
消え去った場所を遠い目で見つめてべスが呟いた。
べス・ハートランディア・クライン…グリームリーパー最大の国の王で最恐の一位
優しいおばさんの様な柔らかい波動を持つ同僚の登場でどっと体の力が抜けた。
フェリルの鎌を引っ張ってた力は相当なものだったらしく鞭の持ち手が痺れていた。
ギーに至ってはその場で座り込んで大きく息をして
大きな目に涙を一杯溜めて声を殺して泣き始めた。
それほど糞女の気迫が大きかったからだ…
グリムリーパー 第二位
アルテェイシアム・コンジータ・フェリルという存在は。




