グリムリーパー 1
西暦 2288年…今は11月
人類は思い描いていたような技術革命も新たな文明創造も起こす事も出来ず、
超大国である米国が支配する世界は変わり映えもしない世界が続いた。
イデオロギーは陳腐化して、
格差社会も人種差別も一掃できなかった閉塞感満載の世界のままだった。
どうしてかって?
人は一度掴んだ権利や財産を分配するほどの度量が無かったことってとこかな。
僕は酸性のいつまでも降り続く雨の中で古びたオーキッドの下
興奮する気持ちを抑えられずにひび割れた煉瓦の壁にもたれていた。
”いい時代だ ”と思った。
みんな自分勝手に生きられている…腐った世界っていうのは人間らしい世の中だからだ。
腐った社会だが、
いい時代と言われる時より人と人との繋がりは気薄になってはいるけど今は治安がいい。
緩み切った警戒心は僕には都合がいい。
格差社会だがそれはしょうがない。
世の中は負ける奴がいないと誰も幸せにならないからね。
僕は落書きだらけの裏通りでそんなことを思いながら、
長い刃渡りのナイフを手に取りながら魅入っていた。
銀色に輝く中に固まった血潮がアクセントになって美しい。
さっき刺殺した女の子の若い匂いがそこから立ち上っているような気がする。
彼女の口を塞いで刺してから死ぬまでのわずかの間、
僕を絶望の光の入った燃える様な怒りの眼が忘れられない…とても綺麗だった。
もう、何十人も殺したがその瞬間はたまらない快感だ。
いつまでもそのナイフを見ていたい気はするが、
愛用の皮のナイフシースに25センチの長い刃渡りのそれを仕舞って
煙るような霧雨の中、高揚感を抱えながら家路をたどる。
暫く歩いたところで、僕の目の前に背の高い女が立ちはだかった。
凄く大きな女だ…白いスニーカーなのに180はありそう。
平均的な女性の身長は163センチのこの世の中では異様に大きいので
流石の僕も少し身構えてしまう。
青いタイトジーンズを纏った脚は凄く長く、腰のあたりが引き締まっているが
上半身は深めにフードを被って、ゆったりとした上着で体形はよく分からなった。
「 何ですか? 」
そう言うと、顔が見えないけど、少しだけ見える女の口が開いた。
真っ赤な血の様な大きな唇から、大きな犬歯が見えて少し驚いた。
「 もう、ここで終わりだよ 」
地の底から響き渡るような声を聴いて、僕は急に気が遠くなった。
意識がなくなるその刹那、
僕の体が、柔らかい何かに覆われる事だけが確かに感じられた。
チ…ちょっと遅かったか…
あたいは腕の中で気を失っている今回の標的の記憶を見てそう思った。
もう少し早ければ、
16歳の若い魂がこの悪魔の様な男に刈り取られることも無かったのにと。
木村 隆(19歳)ありふれた名前のこの男は稀代の殺人鬼だ。
この時点で48人も殺しているのだからそれは間違いないのだが、
もしこのまま放置すればこの後でも数百人は殺すらしいから
個人で一人ずつ殺す記録なら史上最悪の殺人鬼って歴史に名を遺す運命らしい。
可愛い顔してからに…こんな悪魔の様な男だが惜しい気がした。
あたいは両性愛者ではあるが基本は同性の方が好きな変態だ。
それでもたまに男でも趣味に合う奴がいる…確率は恐ろしく低いけど。
で、こいつは見てくれはその低い確率に入っている。
見てくれだけなら嬲りつくしてうちの国で飼い殺しにしてやるぐらいなんだが…
魂の質は腐っていて酷いものだ。
現状でも酷いものだが、転生を繰り返してきた過去のどの人生でも、
いついかなる時でも誰かの命を奪う最悪の人殺しには変わらなかった。
時に連続殺人鬼として犯罪に手を染め、悪人となり
時に野盗や海賊になり獲物を刈る様に街を焼き、奪いつくし、殺しまくり
時に戦場で多数の敵や民間人を惨殺して英雄となったり…
うちの事務所にある記録を総合すると
死者8万人 重軽傷者12万人という驚異的スコアだった…
それより上には原水爆の投下兵士ぐらいしか居ない。
流石にあたいでも砂粒以下に磨り潰してやりたいほどの悪党だ。
さて、あたいが何者かってのを説明しないといけないな…
あたいらは人間界であの世からの死の使い”お迎え”とも称される者で、
事実、ほぼそれが仕事だ
”死神”とも言っても差し支えないが”グリムリーパー”というのが正式な呼び名の種族だ。
何の事か分かりずらいだろうからもう少し具体的に言うと、
この世の…ここら辺の概念を説明すると難しいが、
太陽系という名の三次元空間とそれに付随する多層次元を作った存在…
まあ、”神”ともいわれるその存在は、世界の創造が仕事であり、
既にその役目を終え今は悠々自適に他の次元で新たな世界を構築し生活している。
よって今は管理された状態ではなく、自由で混沌とした世界になっているのだが、
、地球にいる生命の管理だけはそうもいかず、
その存在から業務を生命の管理を委託された別次元の存在が我らという事だ。
他に、あたいの友達でもある脳天気巨体女がエースのコプートスって種族もいるし、
多層次元ゆえに他にも種族はいるけど、説明すると長くなるのであたいたちだけ説明しよう。
あたいたちの世界は各国が独自の王政で、
更にそれらが集まってグリムリーパーという種族全体の社会となっている。
各世界の王はその”能力”と収める国の大きさ、
そして生命の管理をする”事務所”と呼ばれる組織での仕事の貢献度で順位付けがされている。
筆頭はべス・ハートランディア・クラインで、
その後は第八位 アルコキアス・ランド・トルメシアスまでが国を持つ王ってとこだ。
因みにあたいも国を持つ王の一人だ。
名前は、ヒラリー・グランド・インテリアスヒル・リネカーランドって長ったらしいから
あたいの他にグリムリーパーでヒラリーって名前はいないので
ただ単にヒラリーってぐらいに覚えればいい。
身体的特徴は人間とあまり変わらないのが基本だが、人間からすれば怪物の様な姿の者もいる。
まあ、全ての者が変身の能力を持っているので容姿にあまり意味は無い。
共通するのはあたい達は末端の人材まで不老不死である事だ。
不老といっても自分で自由に若返ったり年を取ったりできるのでそれ以上かもしれない。
ただ、限界を超える物理干渉や特定の病気じゃあコロッと死ぬから不死の方は限界があるが…
更に人間から見れば奇跡としか言えない力、”能力”ってのを持っている。
”能力”ってのは結構個人差があって
特に王と呼ばれる者達は絶大なものを有している。
この辺は…理解しようと思ったら悪魔の物語が参考になるか…
概要はこんなものか…細かく言えばきりがないからな。
人間側から見ればこんな事知っても意味がないので、
要は、”死神”って認識でそうは違わないからそう思ってくれればいい。
で、今回は業務命令でこの男を捕らえて一度輪廻の輪から外し、
”事務所”に引き渡すのが仕事だった。
その後がどうなるかなんて知ったことじゃないけど…
ともかく確保は出来たんだからこれで仕事はほぼ終わりだ。
さっさと引き渡して自分ん国に帰らなきゃ。
ふかふかのソファーで寝そべってお気に入りのメイドの頭でも撫でてのんびりしたいから…
あたいは腕の中で170そこそこで可愛い寝息を立てている男をぐっと抱きしめて
能力で現時空間の幕を切り裂いて、グリムリーパーの世界へ
そして、糞ッタレ上司の待つガーバディアスにある事務所へと向かった。
光り輝く無数の星空の下に街が広がっていた。
一見すれば、それは現代の世界とそうは変わらない都市には見えたが
よく見ればデザインも種々雑多で、統一性が無い建物が多く
だがその割に破綻せずに調和している不思議な景観の都市でだった。
石畳の歩道にはさまざまな肌や髪の人々が賑やかに歩きまわり
車道らしき道路には時折、豪華な車も通るが
馬の様な獣に乗った人々や
自転車の様な簡単な機械に跨った者たちが行き来していた。
街の中心部には大きな四角い建物があって、
そこから鉄道らしき高架が町の外まで繋がっていた。
鉄道には、煙は出さないが木製の車両をけん引する蒸気機関車の様なものが
乗っかってゆったりとその四角い建物へと向かっていくのが見えた。
その木製の車両の中で大きな欠伸をして
眠そうに体を揺らす茶色いコートを着たヒラリーが見えた。
「 次はカーバディアス、カーバディアスでございます。
降り口は左側ですので気を付けてお降りくださいまし~ 」
車内の間の抜けたアナウンスを聞いて、
あたいは、さっきの男の魂の入った鞄を肩に引っ掛けて席を立った。
列車を降りると、
柔らかなオレンジ色の照明で照らされた広い構内へと歩み始める。
あたいは一国の王でもあるので、
警備付きの自家用のバカでかい車で来てもおかしくないのだが、
何故かそういうのは私の趣味じゃない。
能力使って事務所に瞬間移動ってのも出来るけど疲れるし
移動なんて列車で必要にして十分だし渋滞もなく時間通りに着くからな。
それに、可愛い女の子でも見かければナンパする楽しみだってある。
駅自体はかなり芸術的で様々な展示物がところどころにありそのレベルも高い。
なにせ、歴史に残る名だたる芸術家が死後に来る街なので当然だ。
あたいは微妙な色合いの500角貼りのタイルをコツンコツンと音を立てて
都市の中でも最も背の高いビルの中にある事務所へと足を運んだ。
そして、その事務所では私の苦手な上司が憮然とした顔で
大きな大理石の机に腰かけていた。




