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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第六幕 罪 ~Punitions sévères~
36/124

ある夢~réminiscence~

  足を引きずるような重苦しい気分で俺は家に帰った。

 これから啓子が帰って来ての生活を思うとやりきれなく思う。

 まあ、俺はまだいい…まだこの段階では家の中は平和だからな…

 しかし、

 あの姿の啓子を今、相手にしている瑞希は辛いだろう。

  

  いくら啓子が嫌味を言ったところで、

 見慣れた愛嬌のある日焼けした啓子の笑顔なら冗談で受け流せるし、

 その表情なんかを察知して上手く立ち回る事も出来る。

 しかし、今の魂の奥まで見通すような琥珀色の瞳に

 寒気すら覚える見たこともない外人さんの風貌じゃあ洒落にならない。

 どこまで本気か冗談かも分からないし、

 その表情が何を意味しているのかも直ぐには分からないから 

 精神的にかなりきついだろう…

 ましてやここ数年、俺と瑞希の中を疑念とまではいかないにしても

 面白くは思っていない啓子との関係は非常に危うい物であったしな…



  家に帰っても啓子の意識が回復した事はとりあえず内緒にした。

 今回は今後の治療の事で瑞希から説明を受けたとか何とか言ってごまかした。

 入院している病院でも

 最初に意識を回復した時が瑞希一人がたまたま見つけたということで

 担当の看護師を変えてるので今は大騒ぎになっていない。

  それに容姿が変わるなんて到底信じられない内容を

 どうやって知らせ信じさせるか全く方法が思いないがな。


 だけど、いつまでもって言うわけにはいかないだろう。

 ただ今はとりあえず瑞希と俺が落ち着いて方策を考えるまでは

 そうするしかない。


  その後、あやねと風呂に入っていつもの様に一家で食事をして、

 軽くビールを飲んで一服してテレビを見ていると、

 ありえない事の連続で疲れ切った俺は、まだ9時にもなっていないのに

 意識が遠くなって座椅子に座ったまま夢の世界へと旅立ってしまった。




 

  


  暗い闇の筈の夜に、そのあたりだけが一面がオレンジの光に包まれていた。

 それは板葺きの屋根に石の重しを乗せた粗末な小屋たちが燃えて光を放ち、

 その中で複数の馬たちが立てる砂煙が空へと吹き上がって 

 その光が拡散して広がっている為だった。

 その光を呆然と少し離れた丘の上で尻もちをついて一人の女が座って見ていた。

 

「 ああ、あたいのこの村はもう駄目だ… 」


 女は涙交じりの眼でその地獄を見ている。


  村からはかなり離れているので、

 紅蓮の炎がのたうつ音や駆け回る馬の蹄の音に耳をつんざく断末魔の声と悲鳴が

 小さくか細く泣き叫ぶように響いて来るし、

 目に見える惨劇も小さくしか見えないのでどこか非現実的にも女は感じた。

 まるで夢のようにも見えるが、

 気味の悪い肉の焼ける匂いと強烈な血の死の匂いに

 何度も胃の中の物を戻しかける…

 それは逃避を拒む純然たる恐怖を運ぶ現実だ。


  いきなりの惨劇が起きたのはつい小一時間前。

 静かな里に奇声を上げて馬に乗った集団が襲ってきたのだ。

 何事かと集落の者が家から顔を出すよりも早く、火矢が家々に射掛けられ

 パニックになって飛び出した所を情け容赦なく蹂躙してきた。

 この時代には珍しくもない山賊の襲来だった。

 瘦せた土地で大して財産らしきものも無い村の者たちは油断していた…

 柵と言ってもヤギや羊を飼うものしかなく、

 武器の用意など無く、農機具の鍬や鎌程度のものしかなく

 抵抗らしい抵抗など出来るわけもなく

 金品や食料は当然の様に略奪され、

 価値のない大人の男たちは笑い声と共に殺戮され、

 女、子供は奴隷として売り捌く為に捕らえられていった。


 ”つい先ほどまで静かな夜の闇の中で

  寝酒に飲んだ蜂蜜酒でいい気持に穏やかに寝息を立てていたのに…”

 と丘の上の女はまだ続けられているその地獄を見ていた。

 

  女は留まったら地獄しかないんで肺の中まで焼ける様な熱風が吹く中、

 必死に走って何とかここまで逃げて来た。

 けど、もうここで限界を迎えた…これ以上は走れなかった。

 足はもう皮が破れて血まみれだし、

 舌の上に纏わりつく灰のせいで口の中はネチャネチャしていて

 息をつくのもきついほど消耗しきっていた。

 

  「 ここ…にいたんかジエイ。他の奴らは… 」


 女の背後から苦しそうな男の声が聞こえたので振り返った。


 「 あたい一人だよ…一緒に逃げれたんはいないわ。

   それよりガジンのほうこそ他に人誰かは見てないの? 」



 麻の白い上着が刃物で切られたのか血で真っ赤になって、

 よく見ると顔も傷だらけで頭から血が流れている。

 その血だらけの顔を袖で拭きながらガジンと呼ばれた男は

 力なく頭を横に振った。

 ジエイと呼ばれた女の近所に住む男で幼馴染であり、

 百人程度しかいない集落では同い年の数少ない異性は

 将来の伴侶になる可能性が高いのだが、

 女はそうなっても構わない程度にはこの男に好意は持っていた。


 「 俺も逃げている間一切見なかったよ…必死だったし

   途中で山賊の奴と殺し合いしたりして他の奴なんか気にしてられなかったし 」


 「 殺し合い?あんた戦ったの… 」

 女は目を丸くして驚いた。


 「 ああ、そうしなきゃあ死んでたよ…

   初めて人を殺しちまった…まあ、でもお互い様かもな。

   俺もあんまり大丈夫じゃないよそう長く持たないだろうし…隣いいか? 」


 男の苦しそうな顔を見て、ジエイは男がもう限界なのを理解した。


 「 まって、その前にさ… 」


 ジエイは這うようにガジンに近づくと傷の様子を見る。

 背中の傷は深そうだったが、布ががっちりと傷口に張り付いて血は止まっていた。

 下手に構うと出血がまた始まるのでそのままにして頭の傷を診る。

 

 「 止血が必要ねェ… 」

 そう言うと、ジエイは懐から高価な絹を取り出してガジンの頭に巻いた。

 家にあった唯一の高価な品物で自分の花嫁衣裳にと

 ついこの間、爪に火を点す思いで貯めたお金で買った大事な品物だった。


 「 お前…これって大事なものじゃあ… 」


 「 いいわよ気にしなくても。どうせ、もう動けないし 」


 「 そうだな… 」


 丘から見渡した荒れた土地には燃えている集落以外は何もなかった。

 

 「 隣の村って言っても2日は歩き通さないといけない…

   俺もお前もこんな体じゃあどうにもならないか。


   何とかして村に帰るにしても…暫く奴らが住み着いて地獄だろうしなぁ 」


 「 男連中は皆殺しだろし…

   女は…年寄りは駄目だろうなぁ。

   ジュクメとか若い女は飯炊きに身の回りの世話でこき使われて…

   その上代わる代わる玩具にされて、舌を抜かれて焼き印押されて市場行きだね。


   うちの村の食い物や酒を貪りつくしてか…3週間は居座るだろうし…

   はは、

   持たないね私たち…水も飯も無しか 」


 男と女はそれから大きくため息をついてお互いを見つめた。


 「 嫌だなぁやっと15になってさ、結婚も出来る年になったのにさぁ。

   ”おんな”にもなれずに死ぬのはさぁ… 」


 「 はは、それを言うなら俺だってそうさ 」


 ジエイは掠れた笑い声を上げる。


 

  その時二人の背中の方向から声がした。


 「 そうか…残念だったなぁ 」


  何が嬉しいのか言葉の端が明るい声だった。

  二人は驚いて振り返った。



  そこには黒い大きな馬に跨った一人の男がニヤニヤと笑っていた。

  相当に大きな男だった。

  筋骨隆々で丈夫そうな甲冑を着こんで重そうな矛を肩に乗せていた。

  その甲冑が燃えている村の光で反射している為に顔が見えないが、

  馬の首に飾りの様にぶら下がっているのを見てジエイが悲鳴を上げた。


   人の首だった…顔には傷がついてはいなかったが耳と耳と重ねて

  7.8人の男の首だった。


 「 バシン、キョキ、レイシン…そんな 」

  ガジンはそこまで言って体が動かなくなってしまった。

  

 「 まあ、運命だと思って諦めるこったな。

   女の方は生娘の様だから玩具代わりに生かして弄んで売り物にしてやる。

   上玉みたいだから俺専用にしてやってもいいが…


   仲間を殺したお前は別だ…死にな

   女の前だし首をはねるのは勘弁してやるわ、じゃあな 」


  二人がまだどう対処しようかと呆然とする中、男は風の様に馬を走らせ

  長大な矛を振り降ろしガジンの頭を直撃させた。


  か…と短く声を上げただけで真っ二つになって膝を崩して左右に広がって

  やや遅れて血があたりに飛び散った。


   勿論、即死である。

  恐らく痛みを感じる事も出来なかったろう。


   ジエイはその光景を目の当たりにしたまま固まってしまった。

  失禁して座っていたその場所と泥まみれの服を汚した。

  そして、真っ二つになった男を眺めながら大粒の涙を流した。



 「 汚いなぁおい… 後で川にでも放り込んで洗っておくか 」


  男は鞍の上からジエイの襟を猫の様に掴むと、

  ゆっくりと片手で引き上げて自分の体の前に置いた。


  そこで気が戻ったのかジエイがもがこうとするが、

  男はめんどくさそうにジエイの髪を鷲掴みにして掴みあげた。

  ブツブツと髪の毛が抜ける音とジエイの悲鳴が響き渡った。

  

 「 馬鹿かオメエ…何しても結果は同じだぞ 」

  と男が退屈そうにそう呟いた。


  いかに意にそわない状況とはいえ、

  髪が全部抜けるかという痛みと、全体重を吊るしている細首の激痛は物凄い。

  宙に浮いたまま30秒近くも吊し上げられたら…我慢できるわけがない。

  ジエイは痛さのあまり舌を噛んでと思ったが、


 「 舌を噛んだりして見ろ…生き残った女・子供は皆殺しにしてやる 」


  短くそう強く言った言葉にジエイは全身を強張らせた。


 「 御免なさい…何でもします。許してください… 」

  ジエイは振り絞る様にそう言うと、舌では無く唇を噛んで口を閉ざした。

  口の端から血が流れるほど悔しい思いで歯を食いしばった。


 「 わかりゃあいいさ…ま、そこのお前の男も殺したし、

   その物わかりの良さに免じてだな

   俺専用の奴隷にして可愛がってやる…どうだぁ嬉しいか?はああ 」


  男は腕を反してジエイの体を向けると、その胸に弱くかみついた。

  まるで品定めするようにその後はしつこく長い舌を絡めて来る。


 「 返事は? 」


  凍り付きそうなその声にジエイは泣きながら答えた。


 「 嬉しいです…どうか一生可愛がってください 」


  男はジエイのその言葉に満足したのか、また自分の前に座らせて

  ゆっくりと火の手の上がっている村へと馬を進めた。


  涙を流しながら体をまさぐって来る男に耐えながらジエイは馬の首に掴まったが、

  何を思ったのかジエイは男に声をかけた。


 「 あ…あなた様のお…ア…お名前はぁ… 」


 「 ほう…そうだなぁ…奴隷がご主人の名前を覚えたいかぁ。

   ケンジっていうんだ…ほお、柔らかいなぁお前…胸もでかいし 」

 

 男がそう言って、片手で胸を揉みながら下卑た笑いを浮かべ

 しつこく押し付けて来る強張りにジエイは吐きそうな嫌悪感を覚えたが、

 体の奥から湧いて出て来る女の性に涙を浮かべた。


  ケンジ…ケンジかぁ 殺してやる 絶対殺してやる

  例え何年かかろうと、この世で殺せなくてもいつか絶対に殺してやる


 頭の中で何度も呪文のようにその言葉を繋げながら、

 燃え上がっている村と同じように、これから待つ地獄を思いながら

 ジエイはそう心に誓った。




  ガタタ!!


 目が覚めた…なんて夢だったんだよコンチクショウ。

 俺は、啓子が居ない寝室で全身を汗まみれにしてその場で起き上がった。


  年甲斐もなく隆起したソレを見て

 啓子が居なくなって溜まっていたのを実感した…しかし夢で勃起かよ。

 中学生の様な自分に少し呆れたが、

 とんでもない夢を見たことの方が驚きだった。


  夢の中のジエイの顔は紛れもない高校生の時の瑞希の顔だったからだ。

 そして、あろうことかジエイを地獄に誘ったケンジという男は

 名前も同じだったが、その貌は確かに俺だった。


 「 しかし、夢にしてはやけにリアルだったなぁ… 」

 俺は冷や汗を拭きながら時計を見た…まだ10時、

 田舎じゃあ結構な時間だが、都会ではまだ宵の口に時間だった。


 その時、電話が鳴った。

 こんな時間に誰かよ…と思ってでたら瑞希だった。


 「 こんばんわ。

  ちょっと用事があるからさぁ…飲みに行かない?話がしたいの

  車なら心配ないわよ、幸恵んちの旦那さんが送り迎えしてくれるって 」


 飲みの誘いだった。


 おれも中途半端で起きて目が冴えてしまったからその誘いに乗ることにした。

 瑞希と二人きりって訳でもなく同級生の幸恵の店でって敷居が低かったからだ。


  変な夢を見たからか、俺は少しばかり瑞希の事を意識し始めたからだ。

 勿論、恋愛感情は無いのだが、

 瑞希が俺の夢に現れる事なんか、付き合っている時にも無かった事だからだ。


  それに


 「 今朝さ、ヒラリー先生に啓子さんの事話したらすぐにでも会いたいってさ。

  その前に久しぶりだって事で幸恵の店でお話もしたいって言ってたのよね。

  多分、結構呑むことになるから覚悟してきた方がいいわよ 」


 と後に続いた言葉には少し楽しみがあった。


  ヒラリー先生っていうのは高校の時の先生で市内でまだ英語教師をしている先生だ。

 歳は俺たちより8歳上だからもう48ぐらいになってるはずだ。

 物凄い美人だったけど気さくで姉御肌でちょっと色気過多の先生で

 俺には親切で優しかった…先生と生徒じゃなきゃあって事も考えたほど行為は持っていた。

 まあ、流石に50近いからそんな気は起きないと思うが

 懐かしくってあの頃の話で盛り上がるのは楽しみだろう?


  でも、なんで瑞希は高校の時の恩師なんかに連絡したんだろうか?

 と素直に思ったが返事は


 「 ああ、それなら行くよ 」


 俺は了承の返事をして電話を切った。

  



 

  

  







 







  


 

 

   


 

 

  



 

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