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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第六幕 罪 ~Punitions sévères~
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心臓が痛い

  窓の外は真昼らしく高い位置で光り輝く太陽に照らされた世界だ。

 しかるに天井が高く、窓が意図的に大きくない廊下は薄暗い。

 

  俺はまだ瑞希の話を信じ切れてはいなかったが、

 とにもかくにも面会したらって事で瑞希と啓子の病室へと歩いていた。

 ここは田舎の総合病院だが、

 長期植物状態の患者のケアが出来る程度には大きな病院だ。

  但し今、啓子が居るのは外来病棟や通常の入院病棟とは違って

 入院病棟としては普段は使われない場所だ。

 なので看護師の詰め所が無く見舞いの人々もいなくて

 病院にありがちな喧騒は遥か遠くから細々と聞こえるぐらいで

 静かなものだった。

  

 「 相変わらず薄暗いなあ… 」

  間引きした照明の為に暗い感じなのだが歩くのに支障がある訳では無い。

 病院の他の場所が照明が全灯なのでそう感じるだけだ。


 「 まあ、この階の入院患者は啓子さん一人だけ。

   後使うには私の住みついている部屋と研究室に資料室だものねえ…

なにせ事情がアレだもん。 

   経費節減よ、経営とはあんまり関係ない場所だもん。前にも言ったでしょ? 」

 

 瑞希はチラッと俺の方を振り返ってそう言った。


 「 そうだっけ? 」


 そうだった…普通なら基幹病院にって所だけど、

 そこは遠くて見舞いが大変だし、今は空きがない。

 かといって機械をレンタルして自宅で面倒見るってのも

 農家で忙しい俺たちには無理って事で、

 こいつに頼んで無理言ってここに置いてもらってるんだった。

 この病院も空いたベッドが無いんで旧棟のこの階に入れてもらったんだった。

  

 「 そうだわよ!ここ1週間も見舞いに来ないんだもの忘れたのかしら? 」

  瑞希は立ち止まって、振り向いて俺の顔を覗き込む。

   

 「 あんたさ、啓子さんの事を好きだから結婚したんでしょ?

   必死で頼むから、私があんだけ頑張ってくっつけてあげたのにさぁ。

   最初の頃は毎日のように来てたのにねぇ。

   あ、ひょっとして病気で相手されないから冷めちゃったのぉ? 」

  いつになく瑞希の眼が怖かった。


 「 そ、そんな事ないよ。

   農家だし、最近忙しいし娘の世話もあったし、あとは…寄合とか付き合いとか… 」

  しどろもどろになった。

  冷めてないって言ったら噓になる、

  只でさえ結婚5年目で日常に弛緩されて嫁さん恋人って感じは薄まっている所で

  2か月も体に触るどころか口さえ聞いていないから…


 「 農家って…私だって農家の娘じゃん。

   昼間なんか、普通に勤めてるよりよっぽど自由が利くじゃない 

   そんなの言い訳にもならないわよ。しっかりしなさいって! 」

  語気が強くなっ 瑞希の眼が何故か少し赤くなったような気がした。

  だが、直ぐに踵を返すと啓子の病室へと無言で歩み始めた。


  いや、無言じゃない。

  小さく聞き取りづらかったが、確かに

 

 「 私に言える資格なんかないか… 」

  と一言だけ言って少し頭を上げたのだけは分かった。


  そうだな…って俺は思った。



  

   啓子の病室の前に二人で立って、

  瑞希がドアに手を掛けながら俺に念を押すように声をかける。

 「 さっきも言ったけど、決して驚いたり不安になる話はしない事。

   見た目はどうであれ異和感があろうがどうしようが冷静に対処してよ 」

 

 「 ああ、分かってるって… 」

  と軽口を叩いたが、

  無言で開いた扉の先から感じたことの無い気配で少し緊張する。

  感じた気配は少なくとも啓子の気配とは異質だった。

  本当に瑞希の言うことが正しいのかどうかと少し疑いは残っている。


 「 それじゃあ私が呼ぶまでそこで待機してね。

   彼女の準備もあるだろうし、いきなりじゃあ拙いでしょ 」

 俺は言われた通りに瑞希が指さしたドアの横で

 壁にもたれて待つことにした。


  ギギギとドアを開け、瑞希が入っていく。

 「 どう啓子さん、少しは落ち着いた? 」

 さっきまで俺と話していた時のようにきつい口調じゃなく、

 明るくて昔の瑞希の脳天気そうな声だった。

 患者さんには受けがいいだろうなぁ…元気いいし気持ちがいい感じだし…

 ああ、あいつ俺にはあんな風にはもう接してくれないけどな。

  

 「 あら、瑞希さんご苦労様です 」

  静かに返す啓子の声は…確かに啓子の声だった。

   

 「 落ち着いたかって言われても…さっき看護師の南さんと普通にお話ししましたし、

   持って来た食事も普通に食べれましたしねぇ…本当に2か月もって感じです 

   そんなに長い間ベッドに横になってたら

   床ずれとかできるだろうし筋肉だって落ちて上手く動けない筈でしょ? 」


 「 まあね、普通なら2か月も横になってたら確かにそうでしょうね。

   それに、植物状態で寝てたりしたら会話なんて出来ない筈だわ。

   特に脳内出血で脳機能の損傷はMRIではっきりしてたから…

   

   奇跡の回復ってのは診た経験はあるけど、

   死滅した脳細胞を抱えて普通に会話も出来てるから有り得ない事でしょうね。

   検査もしますけどあまり意味がないかもしれないわね 」

 

 「 有り得ないって…でも私特に何も変わらないし。

   さっきまで台所に立っていて気が遠くなってまでしか記憶無いし 」


 「 そ…そう、自覚症状が無いのも奇跡かもしれないわね。

   脳内出血で目が覚めて気持ち悪さとか脱力感もないみたいだし… 」

  ちょっと声が上ずっている。

  何も変わっていないわけないじゃんって思っているんだろう。


 「 どうして目が覚めたかとか、今の状態がどうしてかとかは

   私でも誰でも分からないでしょうねぇ医学の範疇を超えてますもの 」


 そこで瑞希は大きくため息をしたような気がした。


 「 まあ、今はそんな事より回復の為にもちゃんと食べてください。

   起き上がれるけどまだ歩けないからリハビリもしないとね。


   そこであの馬鹿旦那に来てもらってるから会ってみる?

   あいつなりに心配してたし、あやねちゃんの話も聞きたいでしょ 」


 馬鹿旦那は酷いなと思いつつ、心配してたってつけてくれたのには感謝した。

 さっきは殴られるかって感じで怒っていたからなぁ。


 「 え、ケンちゃん見舞いに来てるの?今、結構忙しいでしょ? 」


 「 ケ…ケンちゃんって…啓子さん結婚5年たって40近い男にか? 」


 「 うん、好きだから普通でしょ?子供やお義父さんたちの前ではパパっていうけどね 」


 「 はいはい、あんたは真っすぐだなぁ 」

  呆れた声が聞こえる。


 「 真っすぐじゃないと損するもん。誰かさんみたいにね 」

  少し笑いながら啓子がそう答えたみたいだ。


 「 はは、キツイなぁ。その話はもう終わった事だろ? 

   それより髪を解いて多少の身だしなみの時間は上げるから準備してよ。

   健二ならもう来てるよ、ドアの外で待ってるからさ 」


  瑞希の言葉に答えるように小さな笑い声が聞こえた。


  それから直ぐに瑞希は部屋から出てきてドアを閉めた。

  出てきた瑞希の顔は何故だかひどく不機嫌そうで寂しそうに見えた。


 「 大丈夫か?何かあったのか? 」


  扉の前で声を聴いただけなのでそれ以上は分からなかったから質問したが、

  彼女は力なく笑うと、そのまま俺の隣の壁にもたれて小さく左手で壁を叩いた。

  そのまま貝の様に押し黙ったので、俺もそれ以上は追及しなかった。


  昔、昔の恋人で幼馴染の瑞希の事は良く知っているからな…



   で、3分ほどして落ち着いたと思って瑞希に声をかけた。

 「 いいのか?身支度とかさせてさぁ… 」

  俺は完全に別人な外見になっている啓子が鏡を見るのはどうかと思ったからだ。


 「 大丈夫よ、起きたときに近くの鏡に映った顔を見ても何とも反応が無かったから。

   急だったんで鏡をしまうことが出来なかったからね

   それより、逆に驚いて引いている私たちを不思議そうに見てたぐらいだし 」


 「 まさかそんな…ひょっとして鏡には前の顔で映ったとか 」

  あれは完全に啓子の顔じゃなかった。

  それなのに反応が無いってそれぐらいしか…馬鹿みたいに思えるだろうけど

  容姿が別人になるのも同じようなものだ。


 「 はあ?馬鹿じゃないの。

   彼女の容姿は鏡に映っても写真と変わってなかったけど気にもしてなかったのよ。

   理由なんかは分かんないわ。

   脳内のダメージで認識の阻害とか、知覚の障害とかも

   考えれないわけじゃないけどね…一応、簡易検査もしたしMRIもしたけど異常無し

   記憶の混乱も無しで医学的にどうとかは無いから…

     

   大体、彼女の今自体が非常識だし 」


  俺はドア越しにチラッと彼女の元気そうな声を聴いただけでもそれは分かった。

  ついこの間まで、乾ききった唇に固く閉ざした瞼の彼女は

  医学には詳しくない俺でも二度と回復しないし話すことは無いんだろうなぁ…って思っていたから。

  不謹慎にも、

  結婚に失敗したとか貧乏くじ引いたなぁ…ってゴミの様な感情まで出たぐらいだし。

  あやねの今後は俺が命を懸けてもって覚悟もした。


 「 何だろうねえ、現実ってのは 」

 

  俺がそう思わず声を出したが、瑞希はそれに反応を示さなかった。

  彼女はなんだか落ち着かなさそうに曲げた人差し指を嚙んで、

  思い通りにいかない事を紛らわす子供のように見えた。



   暫くしてドアの向こうから啓子の声が聞こえた。

 

 「 いい、何があってもさっきも言った通り対処してね 」

  念を押すようにしつこく瑞希はそう言うと静かにドアを開けた。


   部屋を入って右手にある目隠しの緩やかな襞を持った

 スクリーン衝立に映る人影を見ながら啓子のベッドの傍に出る。

 啓子は普通に立っていて俺を迎えてくれた。


 「 おはようケンちゃん…御免ね迷惑かけて 」

 

  俺はそう言って頭を下げてから、涙にぬれた女の顔を見て戦慄した。

 確かに啓子の声だったけど、見せられた写真と同じように全くの別人に見えたから…

 普通なら、愛している妻が二か月も意識不明でいたなら

 俺だって涙の一つも流して静かにきつく抱きしめてやりたいところだろうが、

 その逆に少し俺は後ずさりしそうになった。

 背中を瑞希が押してくれなかったら啓子に不愉快な思いをさせた所だった。


 「 馬鹿なの? 」

 小さくキツイ声が背中から聞こえて正気に帰った。


 「 何言ってるんだよ、迷惑なんて思ってもいないよ。

   頑張ったな長い間… 」

 それ以上は言葉が続かない。

 何故なら啓子が俺の胸元に頭を沈めて大きな声で泣き始めたからだ…

 反射的に彼女の体を抱いてその頭を撫でてやる

 農業で鍛えたしなやかな筋肉の塊だった彼女の体は、抱き心地すら変わっていた。

 骨が無いんじゃないかって思う程柔らかくて大きな胸が腹のあたりに来る違和感に

 嗅いだことも無いいい匂いに

 少し焼けたような匂いと痛んだ茶色い髪がいかにも農家の嫁って感じが

 指が滑って引き込まれるような髪質に光り輝く黒い髪…

 こいつはまるで別人としか言いようがなかった。


 「 二か月も寝込んじゃって、きっとお義父さんやお義母さんに迷惑かけちゃったよね。

   あやねの面倒とか家事の事とかさぁ… 」

 啓子は泣きながら俺に謝ってくれたけど、俺には現実感がまるでなかった。

 が、話し方とか彼女の態度もあって落ち着かせようと


 「 いいよ、隣の瑞希のご両親にも手伝ってもらったし…

  たまに瑞希にあやねを見てもらったりしてたし。

  何も困ってなかったし安心しろよ…退院したら大手を振って帰ってくればいい 」


  それ以上は言わなかったが、あやねが瑞希にかなり懐いている事や

 うちの両親が昔から瑞希の家と仲が良く、農作業も手伝ってくれた事や

 何気に、瑞希の休日などは近くの仲間集めて宴会してたし…

 これから啓子が戻ってきてくれて

 うちの家も大いに助かるし、あやねもお母さんが戻って来て喜ぶだろうが、

 俺的には本当に何も困っていなかった。

   

 「 へえ、瑞希さんが… 」

 

  泣きながら震えていた啓子の体が一瞬止まり、氷の様な口調が聞こえてきたが

  それは勘違いのようで直ぐに


 「 ありがとうございましたぁ! 今迄ね 」

  そう感謝の声を上げながら、啓子は俺の直ぐ後ろの瑞希の方を向いた。

  俺も振り返ったが、

  瑞希の顔は少し青ざめていて唇が震えていた。


 「 何、お隣さんだし。健二さんとは昔からの付き合いだし当たり前よ 」

  心なしか声に力が無いように思えた。

  しかし健二さん?俺、生まれてこの方こいつにそんな言われ方したこと無いんだけど。

  不思議に思いながらも俺は、

  啓子と瑞希と3人でこれからの事を話し合った。


  一応、退院までは精密検査の為更にしばらく入院し

  体力の回復等を見ながらって事になったが、

  瑞希の話では精々1週間もあれば大丈夫でしょうって話になり、

  経過観察には、月一で瑞希が実家に来るついでに診てくれるって事に落ち着いた。


 「 へえ、月1っ回で大丈夫なんですか… 」

  俺がそう言うと瑞希が頷いた…病状的にはそうだろうって所なんだろう。


 「 じゃあ、それ以外では往診の必要は無いわけだよねぇ… 」

  何か念を押すように他人の顔の啓子が瑞希に問いかける。


 「 ええ、そうね。あなた方のお家にはそれぐらいで十分でしょう 」

  瑞希は他人事のように気のない返事をした。


  そこでおかしな空気が流れた所で、俺がいらない事を言ってしまった。


 「 まあ、そうはいっても娘も瑞希に懐いてるし実家がお隣だし

   今迄通りに俺んちに顔出せばいいんじゃない? 」


  あちゃ~って顔を覆った瑞希の態度に気が付いて、

  俺はしまったって思った。

  一瞬、啓子は赤く血走った目で俺を見て、直ぐにニヤニヤと笑顔になって


 「 そうね…瑞希さん遠慮しなくていいですよぉ。

   オトウサマもオカアサマも瑞希さんが子供のころから知っている事だし、

   あやねも懐いているらしいから… 」


  啓子はそう言うと俺の肩を軽く叩いてこういった。


 「 そこまでだからね… 」

  

  心臓が痛くなった。


  啓子の顔が他人の顔なのでつい馬鹿な真似をしてしまったと思った。

  啓子は俺と瑞希が大昔、恋仲だって知っている。

  やけぼっくりに火がつくって思っている節がよく見受けられていたことを思い出した。

  でも勘弁してよ高校生の時だぞ!

  まあ、男と女だから間違いも少々あったけどさぁ…それでも20代前半までで

  それから一切何も無いんだよ!信じてくれよってよく心で叫んでいたっけ。


   しかし、これからどうしよう退院までの流れや今後の事を適当に決めたけど

  全くの他人の顔の啓子を家族が、周りが受け入れることが出来るだろうかと。

  俺だって受け入れられるわけがない。

  一生縁の無さそうな、とんでもない美人には違いないけど

  女としは大いに興味はあるが、あやねの母親で俺の嫁ってのは無理!

  中身は啓子って分かったけど

  人間さぁ、思い出も感情も容姿で記憶されているからなぁ…

  

   そういや、昔の漫画でクジラかなんかに飲み込まれて体が爛れて

  天才外科医に容姿を別人の姿で復元されて

  家族が苦労して最後に平手打ちで思い出すって話があった様な記憶がある。

  しかし、アレは漫画だし…


   ただ、不思議なんだが見たことも無かった啓子の顔だが

  実際に感情を表に出している姿を見て、どこかで見たような気持になった。

  どこで見たかはどうしてもその時には思い出せなかったが…


  

   

   

  



  

  






  

   

 

 

 

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