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既視感

  「 あたいたちってどういう関係だと思う? 」

  美樹は、唐突に僕にそう尋ねてくる。


  僕と同じ県下でも有数な進学校に通っているというのに、この馬鹿は

  黄色いメッシュや水色のメッシュも混じる派手な茶髪で

  ピンピンと跳ねまくるおかしな髪型をしている。

  服装も、

  短い黄色い派手なビニールのスカート、

  胸元が大きく開いて臍が見える様な赤いタンクトップに

  薄いデニムの上着で

  …背中には派手なイラストも描かれている。


  チェーンやアクセもちょっと大目に張り付いているし、

  赤いマニキュアが眩しい。

  そのうえ、下品にくちゃくちゃとガムを噛みながら馬鹿が光って見える。

  

  僕はそれを言うと馬鹿の固い拳が飛んでくるので決して言わないが、

  心の中でこう叫ぶ。


” いくら元ヤンキーで、夏休みだからといって好き勝手していても、

  気が緩み過ぎだ!

  それに、人に向かってガム噛みながらしゃべるんじゃない! ”と…

 

  でも、ここは馬鹿に合わせて無難に答える。 


「 ああ?幼馴染だろ、生まれた時から隣の家同士じゃないか 」


  当たり前の言葉を吐いて、ピクッと眉の動いた美樹に少しビビったが

  言葉を続ける。


「 それよりさ、あと10日もせんと夏休みが明けるんだから

  ちゃんとしろよ。

  停学どころか退学もんだぞその頭、その服、その態度、

  僕には理解できんなぁその感性 」


  しつこく頼まれて仕方なく付き合った映画の帰り、

  夕暮れの公園のベンチに引きずり回されて疲れた体を沈めながら、

  不機嫌そうにそう答え返す。


「 あんたさ~ただの幼馴染っていうだけで、

  普通、誘わんよ映画なんてさ。

  あのさ~、そのさ~、なんて言ったらいいか…あ~もう。

  あんた、男やら? 言ってよね~ちゃんとさ!


  さ~あたいとあんたってなんなんかはっきり言ってよ。」


  口を尖らせて、頬を赤くしてむくれている。

  美樹は、思ったことが直ぐに顔に出るから面白い。

  しかし、後から言った方はガン無視ですか…ってか気にしてないんだろうなぁ。


   ただの幼馴染というだけで、デートまがい?の事などする訳もないでしょ…

  好きに決まってるがな。

  ちゃんと言ってやってもいいけど、こいつ調子に乗るからなぁ…

  それより、昔からこんな関係だしこれでいいじゃないの? 


「 う~ん、そう言うの恥ずかしいんだよね。

  …そ…そうだ!友達以上で恋人未満?こんなんでどうだろうか…あ~恥ずかしい。 」


  正直、本当にこのぐらいで勘弁してほしい。

  

「 あんた、そのセリフ前にも言わなかった?よく覚えてはいないけどさ。」


  美樹はため息交じりに、僕の顔を眺めてきた。

  でも、僕にはそんな心当たりはなかったし、実際初めて言ったように思う。

  

「 馬鹿な、はじめって言ったわ!こんな恥ずかしいこと何度も言えるかっての! 」


「 ええ?そうか~。聞いたことあるような気がしたんだけどさぁ… 」

 

  この馬鹿、頭大丈夫か?

  うるさく言って、煙草は止めさせても

  いまだにちょくちょく酒飲む馬鹿な生活のせいで脳細胞が死んでるんじゃないのか?

  

「 ま、そのうちちゃんと答えてやるわ。

  それより、酒は飲むなよな~朝、うちに呼びに来た時すら、匂ってたしな。」

  デート前の夜に酒飲む女子高生なんてお前ぐらいだわ…


「 はあ?どうせもうチョイで大手を振って飲める歳じゃん。

  気にせんでもいいやん若いうちは内臓丈夫やし、

  煙草は…将来さ~あんたのさ~って健康に悪いでやめたけどさ 」


  将来のってなんだよ!お前怖いわ!

  って、こいつが怖くて昔から殆ど女子が寄り付かんからな~多分そうなるだろうけど

  それに…僕、基本はモテんしな。


「 はあ、お前…将来とかどう思ってるんやの? 」

 

「 別にぃ~そやな人間いつ死ぬか分からんから、死ぬまではあんたと居たいとは思うぐらいか 

  それ以上は別にどうだっていいよ 」

 

  そこで真剣な顔で僕を見るな!って思うけどまあいいかとも思う。



  夏休みの後半のけだるい夕暮れのベンチで

  まだ若い僕らはまるで決定したような未来を二人して漠然と思い浮かべていた。

  


    


  



   10月も半ばを過ぎると、日は早く落ちて空には、いわし雲がゴロゴロしだす。

  そして寒ささえ感じるほどの涼しい風が吹いてくる。

  つい最近、気力を失った私は、黒いプラスチックが乗った鉄製の手摺に身を預けながら、

  眼下に広がる綺麗な西洋庭園をなんとなく見ていた。


「 あっけないもんだ… 」


  匂いは無いし、煙も上がることは無いが、

  今、30年一緒に連れ添った妻が燃やされているのだ。

  

  焼かれる前に最後のお別れをしたが、

  まだ生き生きとした顔のように見え、

  泣くまいと心に決めてはいたが、娘が泣きながら

  私の顔を拭いてくれて初めて涙が流れていることに気がついた。

  自然に溢れ出るものなど、止める事など出来ないのだ。


  そして涙ながらに棺のふたを閉めると係の人にお辞儀をする。

  そして、ゆっくりと耐火煉瓦が敷き詰められた世界へと棺が吸い込まれていった。

  ゴオオと小さなバーナーの音が響くと手を合わせてその場を後にする。

  後は、骨壺へ治める儀式の為に、

  ゆっくりと低温で、骨を残しながらくまなく愛した肉体を焼き尽くしていく…


  完了するには2時間近くかかるそうだ。


  そして、決められた骨を私と娘たちで拾い、

  最後の形ある妻との別れとなる。

  そして、再び鉄の扉が開き、ゆっくりと中へと送られ、

  超高温で灰さえ残らず焼き尽くし、文字通り煙となる。


  私は、娘たちとも話すのが苦痛で、

  一人で、二階のテラスに出てきて外を眺めているのだ。


  つい3日前、家で美樹の元気な笑顔を見たのが嘘のようだった。


  妻とは、生まれた時から隣同士いわいる幼馴染っていうやつだった。

  しかも、保育園から大学までいつも一緒という腐れ縁でもある。


  妻の名は美樹という、ありふれた名前だった。

  性格は姉御肌で、口も悪い。

  いろいろあって、中学の頃は結構知られた不良だった。

  

  私は、特にそう言う世界とは関わりは無かったけども、

  美樹とは長い付き合いで特に違和感もなく友達として付き合った。


  美樹は、勉強嫌いで遊び好きの不良だったこともあって、

  学力はお世辞にもいいとは言えなかったけれど、

  いつも大事な時には私に縋りついて、こう言ってきた。


「 おんなじ高校行きたい!勉強教えて! 」

「 おんなじ大学行きたい!勉強教えて! 」

  

  そして、運がいいのか悪いのか、

  いつも、低空飛行の成績を死ぬほど勉強していつも奇跡的な合格。


「 まったく、いつもそこそこちゃんとやってれば苦労の少ないのに。」


  と、切羽詰るまで遊びつくして助けを求めてくる美樹に、

  文句を言ったこともあったけど、


「 う~ん、なんだけどさ~、あんたがいるから

  何とかなるんじゃねえ?って思ってるからさぁ…あ!でも一緒にいたいのは

  本当だから手を抜かないようにお願いしますわ! 」


  と、私の肩を笑顔でたたいて返すのをみると、

  長い溜息をついて、仕方なく貴重な自分の時間を殆ど潰して付き合った。

  大学も同じ学部で、サークルも同じだった。

  運命のようなもんだとも思うが、


「 あんた、なんにする? 」


「 ~ん、〇〇かな? 」


「 え~、△△がいいよ~それにしようよ~ 」


「 は~、しょうがないな~ 」


  というやり取りを保育園の時からしている私たちなので、

  きっと、どちらかの意思に引きずられているだけだと思っていた。

  基本、大体は美樹の意思だとは思うけど。


  流石に、就職は別々だったが、容姿は別としてガサツな美樹が

  髪を振り乱して、服を直しながら

  遅刻寸前で隣の家から飛び出していくのを見て、

  これはいけないと思っていたら、美樹の方が直ぐに音を上げた。

 


「 いや~25過ぎてははずいし…あたい、連れの中じゃあ遅い方だしさ~

  結婚しない?

  いいじゃん、小っちゃい時から一緒なんだし! 」

  が、彼女からの結婚の申し込み…会社勤めに耐えきれなかったんじゃないかと思ったけど。


  いい年して、手も出してなければ付き合った覚えもないが…受け入れた。

  まるで、そうするのが当たり前のように。

  それからは、

  炊事も、洗濯も、掃除などなど…全くできないので、

  ビービー文句ばかり垂れる美樹を、学生時代の受験勉強の時の様に

  ゆっくり確実に、褒めたり、叱ったり、宥めたり…

  一緒になんとか頑張った。楽しかったな…あの頃は。


  やがて、三人の娘を設けて

  戦争のような慌ただしさで時間が過ぎていった。


  生活というものは、毎日の積み重ねで特に大きな出来事も無かったが、

  代わりに、家族の珠玉のような思い出が溜まっていった。


  喜びもあれば、悲しみもあるごく普通の出来事だったけど、

  今思えば、なににも代えがたい思い出だったように思う。


  そんなこんなで月日は流れすぎて、昨年やっと末娘が嫁に行って、

  やっと、二人だけの静かな時間が流れ始めたばかりだった。

  これからは、美樹と思い出を重ねていく事になるか…。

  とも思ったけど、そうはならなかった。


  知らせを聞きつけて、病院へと急いだが既に意識が無く、

  数日間、眠ったままで娘や私とも何も語ることも無く逝ってしまった。

  原因は、脳溢血…年齢の割には珍しいらしいが、真実だからしょうがない。

  医者の話だと、

  何の前触れもなく突然襲う病気だし意外と原因も不明らしい。

  加齢や血圧、高脂血症、等々が考えられるらしいが、

  美樹の最近の健診では無縁の内容だった。


「 まあ、直ぐに昏睡してしまいますから恐怖も無く、

  痛みが恐らく無かったでしょうから。  」


  看護師の女性が、

  焦燥しきって呆然としていた私に声をかけて慰めてくれた。


  でも、何の慰みにもならない…大げさでもなく

  これからどうやって、何を糧に生きていけばいいのか途方に暮れていた。




  私は、その場でくるりと周りを見渡し、

  娘たちや身内の人間が近くにいないのを確認してから呟いた。


「 このまま生きていても意味は無いか… 」


  娘たちに対する責任も既になく、特にこの世に未練などない。

  既に、家のローンは完済しているし、他に迷惑をかけるような借金も無い。


  特段な趣味も無ければ、楽しみも無い…

  煙草もやらないし、賭け事もしないし、

  家で多少は飲みはしたが、飲み相手が死んでしまえば空しいだけだ。


  美樹を墓に入れてしばらくは見守る必要があるだろうが、

  落ち着いたら…幸い将来、美樹と介護施設にでもお世話になった時にと、

  それなりの貯金もあるので、後始末も困ることは無いだろう。


  そんな事を思いながら、再び手摺に体を預けて空を見だす。


「 それは、いけませんわねぇ、死んでどうなります? 」

  

  いきなり、女性の声がして、

  片眉を上げながらその声の方をゆっくりと見た。

  そして、その声の主を驚愕の眼で確認した。


  なぜなら、先ほどまで確かに近くに誰もいないのを確認していたからだ。

  こんな馬鹿でかい女など見落とすわけがない。


「 いや…あなたは誰です? どうして… 」


  少しばかりは離れているが、私の顎が自然に上がってしまう。

  女は…銀の凄く大きなピンヒールを履いて…背丈が2メートル近い。

  ヒールがどう見ても10センチ以上あるが、

  それでも、190近い身長だろう。気圧されるほどの巨体の持ち主だ。


  黒い厚手のワンピース?でフードが付いている。

  物凄く大きな胸と暴力的なお尻…1メートルは軽く超える…規格外だ。

  挑発的で真っ白で健康的な肉好きの生足が、

  膝上25センチはある短い裾から生えて…ピンヒールと相まって

  凄くバランスがいい。


  柔らかい日差しに輝くプラチナブロンド

  緑がかった大きな碧眼で長い睫毛がなまめかしく、

  薔薇の様に赤い唇…絵画の様だ。

  若干、顔がデカいような気がしたが、全部大きいので違和感があまりない。


  しかし、超巨体で惚れ惚れするほど美しいのは良しとして、

  右手に持っている大きな鎌が気になる…

  馬鹿でかい女の体よりも一回り大きな長い柄の鎌…まるで死神の鎌の様だ。


「 ジャニスですわ 」


  巨体に似合わない、幼い舌足らずのような高校生のような可愛い声でそう返事された。

  う~ん、名前聞かされてもな~。


「 いや、名前じゃなくて…どういう関係でここにいます?

  今日は私らが順番では最後なんで、知り合いしかいないはずだし。

  なにより火葬場に、

  そんな不謹慎な格好で…死神の鎌のような凶器を持ってくるって… 」


  他にも、いくらでも突っ込みどころはある。

  大体、欧米?の巨体美人にしては日本語がネイティブすぎる。


「 別に日本語なんか話してませんし、それにどこが不謹慎な格好です?

  こういう場所ですし、黒い服なのは普通でしょ?


  それにこれは凶器じゃなく舞踊の鎌っていうんですよ…

  人を傷つけるものでもありません。 」


  何かあったらパンツが見えそうなほど丈の短いし、

  実りすぎてこぼれそうな胸を大きく割れた襟元でかろうじて収めて、

  ぴったりと体の線が分かる色気たっぷりのその服が普通?

  いくら色が黒いからと言っても肌色の露出は激しすぎる。


  それに、日本語じゃなきゃなんだっていうのか?

  しっかりと、会話も成り立っているじゃないか。

  それに、舞踊の鎌ってなんなの?明らかに凶器でしょ?


「 パ…パンツって、別に見なけりゃいいじゃないですか! 」

  

  なにやら怒って、こちらへ足を踏み出そうとしたジャニスは、

  朝のうちの雨で濡れているタイルで

  着地面積が思いっきり少ないピンヒールを滑らせた。


  片足が思いっきり上がったままでドシーンと尻餅をついた。

  輝く様なシルバーホワイトのパンツが思いっきり見えたし、

  めくれ上がった裾が腰に張り付いたので、

  パンツの上の方に蝙蝠のような形のワンポイントまで見えた。


「 うえええ、痛いですわ… 」

  めくれ上がった裾を直しながら、

  涙目で舞踊の鎌を杖にして、よろよろと立ちあがった。


「 だ…大丈夫ですか?足首とか…そのお尻とか… 」

  

  バナナの皮で滑って転ぶ漫画は良く見るが、

  全く同じように転ぶ実際の人間など見たことが無い。


  ましてや、見なきゃいいじゃないですかって言ったばかりなのに、

  思いっきりパンツ全開で転んだので、

  思わずニヤニヤ笑いながら声をかけてしまった。


  今の今まで、妻の後を追おうと思った男の態度ではないと思うが、

  あまりのドジさ加減と見事な尻餅、

  ちょっとお色気さえ感じる状況では男としてしょうがなくもない。


  ジャニスは、目を強く瞑って大きなお尻を押さえてヒイヒイ言っているけども、

  足首の方には関心が無い様だ。

  なら大丈夫だろう…あんだけ分厚くお肉があるお尻なら…

  そう思った時、ジャニスがキリッとした目で睨んできた。


「 忘れてくださいね。

  それに、奥様が亡くなったばかりだというのに…その不謹慎ですわ。」

  

  不謹慎って…パンツ見せて尻餅つく人に言われたくないけど?


「 ああ、そうですわねぇ…ご…御免なさい。

  いろいろ説明しなければいけないですけど…う…イタタ

  分かりやすくするために準備しますわね。」


  腰に手をやり、脚は伸ばしているけどかなり屈んだ体勢から 

  ジャニスと言った女は、鎌を杖にしたまま、

  なにやら呪文のようなものを唱え出す…早すぎてよく分からないが、

  少なくとも私の知る範囲では聞いたことも無い言語だった。


  すると…目の前に深い霧がいきなり立ち込めて、

  何もかも真っ白い世界となってしまった。

  自分が霧の世界で浮き上がっているような錯覚にさえ陥った。


  呆然としていると…霧が急激に晴れ…


  見渡す限りの真っ青な空と、綿毛のような雲に覆われた。

  航空機で雲海の中を飛んでいるときの光景に近い。

  その平たい雲の上で呆然と立っている印象だ。  

  美樹との事で憔悴しているので変な夢でも見ているのかと思った。

  大体、あんな巨体の外人がいきなり出てきて、日本語をしゃべって、

  パンツ全開で転ぶわ、なんかでかい鎌持って呪文唱えたら雲の上って…

  あり得ないことだ。


「 まあ、そう思われるのはしょうがないですけど現実ですわよ。

  ここはですね、一時的に時間を凍結して私が作り出した仮の空間です。

  ことばで言っただけじゃ理解が難しいと思って呼び寄せたんです。」

  

  ジャニスは、既にお尻の痛みが治まったらしく、

  大きな鎌を肩に担ぎながら私に話しかけてきた。


「 馬鹿な、そんな事なんか神…いやまさかな、有り得ない。」

  こんな事など現実であろう訳が無い。

  それに、神ならドジすぎる…濡れたタイルで滑るか普通?


「 いつまで…まあ、いいですけど、でも現実です。

  高次元の存在の私はあなたから見れば、神ともいえる力が使えますから。

  そして、その能力を発現させるのがこの舞踊の鎌です。


  この黒鋼の柄に長大な刃は見た人が、死神の鎌と伝承されて、

  魂を刈り取る道具としての認識が強いですねえ…。


  基本、かかわった人々の記憶は綺麗に消しているんですけど

  人間の思考や記憶って曖昧なんで、残滓として残っていて

  死神の伝承と刈り取りの鎌のイメージとして変化したんでしょうね。


  ただ、死というのは生きている人間からすれば未知で恐怖な事ですから、

  私たちからすると、失礼な姿でイメージされてますけど、

  見ての通り、ボロボロのローブでも貧相でも男でも骸骨でもないですけどね。」


「 ま…回りくどい言い方だけど、

  それは、私たちからすると死神という存在でいいんですか? 」


  こんな、巨体で超美人…白いドレスでありがたそうな杖持ったら

  まるで女神のようなのに…尻餅つく女神って可愛いし。


「 まあ、女神は親戚みたいなもんですわよ。

  仕事の内容が違って、管理部署も違いますけど…ほぼ同じ能力ですから。」


  さっきから私が口にしないのに勝手に答えていたけど。

  ああ、やっぱり…私の考えが分かるんだ…。

  

「 あの~、あなたも女神って言えるのでは? 」


「 女性の神っていえばそうですけど、あなたたちのイメージだと

  欧米の神話からですから…違いますでしょ? 」


  う~ん、黒い服着た女神って聞いたことが無いからな~

  でも、だとしたらジャニスは死神ってことで間違いなし…か。

  え~と、

  ちゃんと喋りますから…心を読むのやめてもらえませんか?

  どんなに整然と考えても、その…あなたの裸とか墓まで持っていきたい秘密が

  考える意識とシンクロして出てくるのが人間ですので…

  しかも、あなたは魅力的過ぎる。


「 えへへ、そうですか、魅力的すぎるって…?

  それじゃあ、話が進みませんねぇ。

  分かりましたわ、ちょっと待ってくださいね。

  ナータデン シャーリンガオ ビル… 」


  いや~扱いやすい人だなぁ…って今はまずいか。

  また、呪文のような言葉を呟いて、すごく嬉しそうににやけている…

  透けるような白い肌なので、上気すると直ぐに赤みがかる。

  この人…嘘のつけるような人じゃないなぁ…死神なのに。


「 さあ、これで大丈夫ですわね。

  舞踊の鎌は、ちょっと邪魔なのでそこで立っていてね。」


  肩に担がれていた大きな鎌が、ひとりでに浮き上がり、

  少し離れたところまで飛んでいくと、

  鎌の刃の部分を上にして、

  柄の部分が丁度半分ぐらいの位置で三脚の様に開いて

  勝手に自分で立ち上がった。


「 べ…便利なものですね。」

  思わずそう呟いてしまう。


「 まあ、私の言うことはちゃんと聞きますわよ…なんせ分身みたいなものですから。

  ところで、これからは支障が無ければ全部話してくださいね。

  なんせ、もう心の声が聞こえませんから。」


  そうなのか?って思って試しにジャニスの裸でも思い浮かべる。

  神様?相手に不謹慎だとは思うけど、

  もしまだ、私の頭の中が分かるなら、真っ赤な顔になるからすぐわかる。

  あ~、しかし…目の前のジャニスの体って

  本当に凄い…凄すぎて下衆な性欲など全く起ってこない…

  ただただ綺麗で…抱き込まれたい印象だ…抱きつきたいとは思わないな。


  数秒待ったが変化が無い様なので間違いはないだろう。


「 そうですか…。

  それじゃあ、ジャニスさんが死神だとして…

  今日は何でこんなところに来たんです? 

  さっき、生きていてもしょうがないとは言いましたけど…

  実際はそんな強い思いがあるわけでも無くですねぇ、

  死にたいわけでもありませんよ、やることが無くて

  生きている意義を見出せないだけでですね。 」


  咄嗟に言い訳がましくそう答えたが、

  正直なところジャニスが現れなければ、

  美樹の死後の処理が出来てしまえば真剣に自分の死を考えても

  おかしくは無い状況だったと思う。


「 嘘ですわね。

  今はもうあなたの心を読むことはできませんけど、

  確かに私が声をかけた時には、真剣に自殺を考えていましたわ。


  そして、経験上ですね

  その思いの大きさから、自殺の確率が高いと思って声をかけましたの。

  でも、あなたの自殺を止めるのが最初の目的ではないですわよ。


  私がここに来たのは、あなたの奥様…

  亡くなられた美樹さんの魂の回収に来たんですから。」


「 美樹の魂の回収って?

  美樹なら一昨日に死んだはずですよ、その時に… 」


  我ながら間抜けな会話の様に感じるが、

  奇跡のような連続を見せられれば相手に合わせるしかない。

  それに、美樹は確かに一昨日に病院で死亡確認されている。


「 いや、つい今まで生きていましたわよ。

  確かに、心臓も止まって脳波も検知できないので

  この次元の医学では、確実に死んでいるという判断でしょうが、

  生きていました。

  かなり深いところまで意識が沈んでいましたけど、

  感覚はあったはずです…恐ろしく怖かったと思いますわ。


  なんせ、生きたまま焼かれるところでしたからね… 」


  なにを言っている?

  馬鹿な…もしこいつの言う事が本当なら、

  私は美樹を焼き殺すところだったのか?  


  私は全身に冷たい汗と、強い心臓の鼓動を感じた。


「 そ…そんな、確かに息もしていなかったし匂いだって… 」


「 まあ、珍しいことには違いありませんですけど、

  病死のほぼ5%程度は、確実な死ではないことが多いんですわよ。


  昔は、土葬が多くて、埋められる前に棺を叩いて生き返ったり、

  埋められても、なんかの拍子で掘り返すと

  棺を内側から掻き毟ったり、体勢が大きく変わっていたりしていることが

  よくあったそうですわよ。 」


「 でも、それは死亡確認が今より確かじゃなくて、

  仮死状態のまま埋葬されたのが原因って聞いたことがありますけど? 」


  昔、心霊ブームの時に勘違いの埋葬という恐怖話で聞いたことがある。

  埋葬だとかなり微妙だが、

  大量の死者が出る戦場では、死の確認もいい加減で

  死体の山の中で仮死状態で生き延びた兵士の話も聞いたことがある。


「 あ~、残念ですけど。

  私の目から見ると、この次元の医学なんて最低レベルの様に見えますわよ。

  死の概念もかなり未熟ですねえ、

  個々のケースはいろいろあるとして、奥様は間違いなく生きていました。


  でも、時間が経てば確実に亡くなるし、焼いてしまえばその場で亡くなりますね。

  凄まじい痛みや、誰にも知られることのない絶望と共にですね。


  うちの上司が、そこまでの苦痛を味あわせるのも可哀そうなんで、

  着実な死の前に、私に回収を命じたんですわ。」


「 それって、私が美樹に地獄の苦しみを… 」


「 いや、気にしないでください。

  ほとんどの場合、残された人々が知る内容の事ではないのですから。

  今回については、どうしても奥様の魂を使用したいのですから、

  多少の恩も売り、なおかつ奥様のご希望を聞いてですね、

  納得の上の方が、より魂の能力が上がるので… 」


「 はぁ…、でも彼女が苦しみを味合わなかったとしたら感謝します。

  ああ、でも魂の回収って彼女が苦痛を味合うとか無いんですか? 」


「 無いですわね。そうだ、奥様の体は既に焼かれ続けていますけど

  ちょっとだけなら、彼女の魂の形をお見せできますわ。」


  そう言うと、ジャニスが右手の掌をジャニスの胸の位置まで持ってくる。


「 ちょっとまがまがしく見えるかもしれませんが、

  より醜く薄汚れて見える方が善人の証ですから気にしないでくださいね。

  極悪人は、白金の様に輝いて神々しく見えますからね。 」


  ジャニスの掌に突然、まがまがしく黒いはっきりとした渦が見えた。

  握りこぶしよりやや大きい煙の渦の様だ。


「 こ…これが美樹? 」


「 ええ、でもこうなっては何も聞こえないし、見ることも出来ないでしょうね。

  意識は、深い眠りについています。

  納得はできませんでしょうけど、確かに奥様の魂ですわ。」


「 そうか…苦痛が無く魂に戻ったというわけか。

  ああ、ちょっと聞きたいが、美樹の望みってなんだったんだ?

  さっきそれを聞いてあげてとか言ってたじゃないですか。」


「 残された家族の皆さんの、これからの幸福と健康ですかね。

  既に娘さんたちには、分からないように処置はしておきました。

  それなりの寿命と、ささやかな幸せを送れるようにね。


  でも、あなたの場合少し遅れてしまって、

  自らの死という間違った選択をしようとしていましたから、

  そうなると、私といえども分からないように処置というわけには

  いけませんので、姿を現して思いとどまらせなければならなかったんです。


  特にあなたの場合、奥様のたっての希望で

  用事が終わった奥様の魂が、再びあなたと出会って

  また一緒に、幼馴染から過ごしたいという希望でして…

  ただ、それを行えるのがこの世界の時間軸で言うと30年後なんですよ。


  ここであなたが亡くなるとですね、難しくなるんです。

  だからあと30年は頑張って生きていただかないといけません。

  それに、

  家族の幸せという奥様の願いをかなえるのが難しくなるし、

  残された娘さんたちに嫌な思いもさせたくないでしょ? 」


「 30年?なんて長い…私は90近くまで生きなければならないのか… 」


  正直、ぞっとする。

  美樹のいない人生をあと30年も…


「 そうですねえ、それについては幸福に送れるように処置しますわ。

  やり方は…聞いても信じれないでしょうし、


  どうです?30年待って見ます?

  恐らくこの機会じゃ限り絶対に、二度と奥様とは会えなくなりますけど。」


  そんなの、答えは決まっているじゃないか。


  ジャニスは私の顔を見ながら子供の様に笑いながら答えた。


「 あなた、私と一緒で感情が顔に出ますわねぇ…

  分かりました。

  それじゃあですねぇ…多分、あなたと今度再開するのは47年後ですわね。

  ああ、そうだ。

  ちょっと難しい話ですけど、美樹さんとの再会は多元世界の一部で行いますから

  今のあなたが美樹さんと過ごした時間軸へと移行します。

  いまから47年後のこの世界での時間軸上はお話は出来ませんけど、

  あまり良くはありませんからね。」


「 え~と、それじゃあ。

  何もかも記憶を消して美樹との過去をやり直すと…言う事ですか? 」


「 まあ、そう言う事になりますね。

  でも、いくら記憶を消して魂をリセットして人生をやり直してもですね

  その前の人生の記憶の残滓は残りますし、全く同じ人生を送ることはありません。

  可能性の問題で、美樹さんと結婚もせず疎遠になる人生だってありますわ。

  でも、それはあなたの新たな人生、奥様の新たな人生ですわよ。

  私たちは、あなたと奥様を再び隣同士の家に生まれさせて、

  少なくとも家庭の事情で、お互いが離れるような状況にならないように

  能力を使って導くだけですけどもね。 」


「 ああ、いいさ。十分だよ…多分間違いなく一緒になるからさ。」


「 へえ、自信ありますのね。

  でも、羨ましい限りですわ…私なんかまだ相手もいないっていうのにね。」


  多分、冗談だと思った。

  巨体なのは別として、性格もいいしプロポーションも良くて超美人

  ドジで可愛いのに相手がいないわけがない。


「 いやあ、あなたのような魅力的な人…すぐにでも相手が出来ますって。

  僕が若くて、美樹とも知り合っていなければ

  間違いなくお付き合いしたくなる女性だと思いますよ。 」


「 ああ、奥様がいなければでしょ?

  いいんですわよ…大体、これはっていう男性に限って、

  相手って決まっているんですわよね~残念ながら。

  それに、半分はお世辞でしょうしね。

  まあ、気楽に待ちますわ…なんせ寿命も無限で歳もとらないんだし。


  でも、あなたには…30年は長いですわよね~ 」


  そう言うとジャニスはチラッと舞踊の鎌の方を見る。

  気のせいか、鎌が震えたように見えた。


「 奥さまとの約束もありますし、あなたはいい人そうなので

  ひと肌脱ぎましょう。

  といって恩を着せても記憶を消すだけだから、

  言ってもしょうがありませんけけど。

  

  奥様がいなくなった悲しみや苦しみは軽減できるように

  ちゃんと処置しておきますわ…サービスでね。

  

  それじゃあ、あなたも死なずに待っていることになりましたので、

  これで失礼しますわ。


  ビルヒデン シャーガォ コーヘンガーナ… 」


  肩の荷が下りたかのように安らかな顔で呪文を唱えると…

  ジャニスの体が霞んで消えていこうとする。


「 ああ、これは記憶を消すおまけみたいなもんですから。」


  ジャニスがふいに私の両肩に手を乗せると

  屈みながらこの世のものとも思えない、甘美な匂いと共に

  私の唇にジャニスの唇を重ねてきた。


  年甲斐もなく、私は真っ赤になって、その口づけを受けた。

  魂が吸い取られるような快感と、

  気が遠くなるように肉感的な唇に魅了されながら…意識が遠くなっていった。




  妻の葬儀が終わって3か月後…


  私は、日々の空しさに気が重くなってはいたが、

  ちゃんと仕事もこなし、

  娘たちが交代で家の事も手伝って教えてくれているので、

  いずれ、一人になっても大丈夫だろうと思うようになって来た。


  火葬場では、まだショックがあって自殺なんて馬鹿な事を考えたが、

  それは弱気になった一時の気の迷いだったかもしれない。


  少し、外で冷静になって考えて見たら、

  死にたくないのに死んでしまった美樹に対して失礼だと思うようになっていたし、

  孫の顔や成長もあって、まだまだ生きる意味があるように思えた。


  ああ、それと

  美樹が死んで3か月も経たないが、もう女友達が出来た。

  言っても、もう私も58だし、今更結婚とか考えるわけでもないし、

  大体、女性としてどうこうしようとするつもりもない。


  なにせ、彼女はまだ30そこそこだし、

  大体、長女の同級生だった子だし…気兼ねない異性の友達って感じだった。

  

  小さい時の怪我が原因で、手の甲に鎌の形の傷が残っていて

  それが結構リアルに鎌のように見えるのが変わっているだけで、

  どこにでもいる普通の子の様に思えた。


  父親がいないらしく良く私の家に来るようになった。

 

  



  それから、44年後…とある宇宙のある星で…  


「 煙草やめたってさ~、酒だっていかんのだぞ。

  肝臓とか悪くすると影響あるっていうしな… 」


  思わず冷や汗が出る。

  なにが将来だっていうんだ。まだ17だぞ僕たち。


「 何に?影響あるって…あんた、まさか変な勘違いやってそれ!

  煙草はさ~付き合ていたら副流煙であんたに悪いって思っただけやって、

  な…なんに影響あるっていうんや? 」 


  真っ赤な顔で、美樹が声を荒げる。


「 ううう、将来なんて言うから勘違いしただけじゃないか!

  ああ、ごめん、天地がひっくり返ってもそんなことないわなぁ! 」

  

  照れ隠しに叫んでみたが、良く考えたら美樹に失礼な事を言ってしまった。


「 うえ、本当には失礼ないい方やなぁ。もうちょい言い方考えんの?あたいはさぁ… 」

  夕陽を浴びているその顔を俯かせて黙ってしまった、ああ、面倒くさい。


「 ご…御免なぁ…言い過ぎた。

  まあなんだ、そうだな…折角、高校まで同じなんだからさ、

  大学まで一緒についてきたら恋人でも何でもしてやるよ。

  まあ、そんな頭してパンツ見えそうなスカート穿いてちゃあ

  ちょ~と無理かもしれんし、酒だってやめないとだけど。 」


  正直、美樹は成績はあまり良くは無い。

  中学の時の同級生全員が奇跡っていうぐらいの青息吐息の高校合格…

  元々、遊び好きの不良なんで、今じゃ低空飛行の成績で

  追試の常連なんだけど…

  それに、酒飲みってなかなか治らないらしいから、

  意志の弱い美樹には難しいように思えた。


「 あんた~、無茶言うな~もう2年生だから、無理無理やんか。

  そや、あんたがレベル落とせばさ~ 」


  俯いたまま答えてきた。

  そりゃそうか…大学だもんな~迂闊な事は言えんか。


「 えっと、何とかぎりぎりで進級するような美樹がそれ言う?

  今のままじゃあ、どっちにしろどこにも行けないよ。


  まあ、僕は将来もあるんでレベル落とさんよ。

  ああ、惜しいなぁ~折角高校まで同じやったのに。

  狙っているとこは、県外だから…高校でお別れってなるなぁ~

  だから、恋人って無責任な事は言えんな~


  あ~残念だ、まあ、幼馴染なのは変わらないから、

  たまに家に帰ったら挨拶ぐらいしてやるよ。 」


  美樹が、急にきつい顔をしてこちらを見上げてきた。


「 んじゃあ、あたいが何とかしておんなじ大学行ったら

  恋人でも何でもしてくれるんやな!

  いい?恋人ってさ~将来け…結婚とかもあるってことやんか。」


「 まあ、そう言う事もあるだろね。なんせ、恋人やし… 」


  そこまで言うと、美樹は凄い勢いでバックからスマホを取り出して声を上げた。


「 あ~おばちゃん?今日開いてる?

  ああ? もう最後の客って?悪い今から行くから待っててよ。

  なんでって?

  ほら、この間言ってたやろ…うん、うん。作戦どうりや!

  なら、待っててや! 」


  さっきまで、落ち込んで俯いていたのが嘘のように満面の笑みで

  スマホを切った。


「 あんた、今から美容院付き合ってや! 」

  美樹が僕の手を取った。


「 美容院? なんでいきなり…って、まさか? 」


「 ああ?頭直して、ちゃんとしないと先公の心象悪くなるやんか。

  それとやな、明日、デパート付き合えや服買うでさ。

  私服も大人しめにせんといかんやろからな。」


「 あ~、お…おまえ…まさか… 」


  なんか、首に虎かなんか噛みついたような錯覚に陥った。


「 ああん?あんたが言ったんやで!って口も直さないかんな。

  健二君さ、

  勉強教えてくれるやろ?なんせ、健二の目指している大学って

  思いっきり難しいからね。

  逃げちゃあいかんよ?ちゃんと言質は取ったんだからさぁ。」


「 ちょっと、今日一日僕を嵌めるために…それに、誰が誰の面倒見るって? 」


  なにか既視感があるな~高校受験の時と殆ど一緒じゃないのか?

  流石に同じ手ではなかったんで、驚いたけどさ。


  まあ、でも今度も半分は、そうなったらいいよなぁ…

  ぐらいには思っていたけどさ。


「 あのさ、あたいはず~と昔から、なんでか健二と一緒にいたかったんだよね。

  小さい時から、あんたと離れちゃいけないような気がいつもしてさ。

  今でも変わらんよ、絶対に逃がさないから。」


  美樹はそう言うと、ニコリと笑った。

  まあ、僕もおんなじだよ…なぜか初めて出会った時から仲がいいって

  お袋も言ってたし、

  多分、一生一緒にいるんだろうなぁ…と勝手に思ったこともあった。


「 かあああ、浪人は駄目だからな!現役合格だからな! 」


「 当たり前やんか、あたいの所も健二のとこもそんなに裕福やないもん。

  絶対、合格するようにちゃんと面倒見てや。

  あたい、なんもかんも我慢して頑張るからさぁ。」


「 はああ、分かった分かった! 」


  美樹がスキップして凄い勢いで僕を引っ張っていく。

  もつれそうになる足で必死についていく。

  なんやかんや言っても、離れることなんか無いよな~、

  そんな事を思いながら、公園の入り口の車止めまで出てきた。


「 あ!ごめ~ん。」


  飛び出した美樹が、歩道を歩いていた女性とぶつかってしまった。  


「 いえいえ、構いませんわよ。」

  

  美樹が必死になって、そう言っている女性に謝っている。

  普段なら、軽く会釈して立ち去るところだが、


  この女の人馬鹿でかい…凄く踵の高いサンダルを履いているといっても

  2メートルぐらいありそうだし、

  痩せてはいないし、胸もお尻も暴力的に大きい。


  貧相な高校生二人から見たら、まるで怪獣の様だ。

  流石に、強いものには敏感な元ヤンだ…真っ青な顔からすると

  本当に強いみたいだ。

  しょうがないので、僕もその女の人に謝った。


  土下座しそうな勢いで頭を下げながら謝っている美樹の声が

  突然消えて、周りの音がすべてなくなる…


  突然の事にびっくりしていると、巨体の女性に肩を優しくたたかれた。


「 うまくいくことを祈願してますわね。 私も…舞踊の鎌もね。」


  白いレースの上着の前がはだけて、

  パンパンに張った黒いTシャツの胸元に金色のネックレスが光っていた。


  なんだか、鎌?の様に見えたけど…何か懐かしい感じがした。

  

  その女の人は、軽くもう一度僕の肩を叩いて緩やかに去って行った。


  再び、美樹の謝る声と周りの音が耳に入ってくる。

  僕は、

  良く事情が分からなかったが、美樹を引き起こして


「 もう言ったよ。何か変だったよ美樹ってばさぁ~ 」


「 う~ん、なんか昔世話になったような気がしてさ~

  でも、会ったことないんだよね~あんな人。

  あんな馬鹿でかい人なんて忘れる訳ないのにさぁ… 」


  美樹のその言葉を聞きながら、僕も確かにあったことがあるような

  既視感を覚えた。

  でも、それがなんなのかは、まったく分からなかった。


「 ま、良くあることだよデジャブーってさ。

  それより、美容院でどう直すんだい? 」


「 いいの、もうおばちゃんと決めているからさ。 」

  

  美樹はそう言って笑った。


  まあ、あのおばちゃんなら大丈夫だろう。

  粋がって変な髪形にせずに、

  真面目に毛染めして、大人しめにセットしてくれるだろう。


「 格好はいいけど…大学っていうからにはかなりきついぞ。

  大丈夫かよ…。」


「 大丈夫大丈夫! 」

  美樹の笑顔が、オレンジの夕陽を浴びて赤く染まっていた。


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