エピローグ
7月のとある夏の日
”…今朝、8時の便で、エルモア王国 アルテリア女王が成田空港に降り立ちました。
今回、初の来日となる女王の来日目的は、
自国の観光開発における日本政府の協力関係の構築です。
後日、総理との会談と並行して、
同国観光省事務次官との事務方レベルでの会談も予定されております。
今世紀最大の内戦を終わらせた女傑として有名な
アナスタシア女王を一目見ようと、成田空港は一時騒然としましたが、
日本政府の厳重な警戒態勢により、とくに問題となりませんでした。
女王は会談までの間、京都、広島、長崎と回られて、
日本の観光業の視察を行い、南島諸島でバカンスを楽しみ
同諸島のホテルにて総理との会談に臨む予定となっております。”
俺は、まだ眠気の抜けない体で食卓に座り、
何とはなしに、テレビのニュースを見ていた。
それは結構大きなニュースで俺でも興味があった。
21世紀で、初めて樹立した王国…カビの生えたような旧世代の体制…
絶対君主制でもあるエルモア王国の女傑
アリテリア・バン・ハートランディア女王陛下の来日の話だ。
遥か遠い国の事だが、
まだアルテリア女王が16歳の時に長く長く続いた過酷な内戦状態を
政府側、反政府側を押さえ僅か1年で平定し、
権力の集中化の恐ろしく高い絶対君主制の王国を樹立した常識外れの人だ。
まだ、30年近く前の事だがその卓越した統治能力は世界的に有名で
小学校の教科書でもかなりのスペースを割いて教える生きている偉人だ…
それが、この日本に来て、直ぐ近くの島に滞在する訳だから
興味を持たない方がどうかしている。
実際、来日前から連日の報道でどこのチャンネルも特集を組むぐらいだ。
南島諸島にすむ俺達だが、女王はここ東島には来ないが、
彼女が泊るホテルのある北島では
ここ半年前から増築や、相当な準備作業に追われているらしく
うちの島からもかなりの応援工数が入っていてお祭り騒ぎのような状態。
なんせ、総理や大臣、次官級の役人や関係者それにマスコミが
大挙してやって来るんだから仕方ない…
んで、本番の日はあと数日だ…島の大人は殆ど泊りこみだし、
この島の漁業も中止だ。
おかげで、関係ない俺たちは静かな夏休みを過ごしていられるわけだ。
ニュースに映る女王の顔を見る。
世界的な偉人でありながら、まだ40代半ばの女王は
ガキの俺の目で見ても、十分に魅力的で美しい人だと思う。
そんなことを思っていると、
「 明久、もう出来てるで食べてていいよ。」
朝食の準備が先に俺の分だけ終わったお袋が、
自分の方はまだ準備をしながら声をかけてきた。
「 もう、夏休みやで急がんでもいいからさぁ、
まっとるわ、一人で先に食べても美味しくないからさぁ… 」
俺の家は、お袋と俺の二人暮らしだ。
親父は、俺がまだ小さい時に病であの世へ旅たったそうだ。
かなり貯めこんで亡くなったらしく経済的には苦労は全くなかったので、
お袋が、生きがいに短いパートに出るぐらいで、
俺がいる時間は、普段から家にいた。
そのせいもあってか、俺は昔からお袋にべったりだった。
お袋からしても、いくら近所のおばちゃんたちが気さくでも、
本土から嫁に来たお袋にしてみたら、
気の許せる身内は俺だけだからかなり甘やかされて育った。
まあ、最近はちょと子離れして、近所の人たちとかなり親密になって
ほっぽり気味だけど、高校2年の俺には今の距離感は逆に心地いい。
「 私と一緒がいいって…別にいいけどさぁ。
お前ぐらいの年って母親ってウザいって思うんや無いんか? 」
「 そうか?親子やで当たり前やんか。 」
というような会話をしている間にお袋は調理をしていく。
お袋の顔には少しだけ笑顔を見せながらちゃぶ台に朝食を二人前置くと、
隣の座布団に座った。
「 ほうかぁ?ちょっと気持ち悪いぞぉ 」
お袋は俺の茶碗に飯を大盛りに盛りながらニヤリと笑った。
「 別に?学校ある時は船に乗らんと高校いけんから忙しいでしょうが無いけど、
中学まで必ず一緒に飯食ってたやんか…
暇があるときはさ、前みたいに一緒に食べたいやん… 」
「 まったく…親離れが遅いんだからお前はさぁ 」
お袋は目を細めながら俺を見るが怒ってはいない様だ。
「 大体やなぁ…毎日やな勉強しに楓ちゃん来とるのにやな、
頑なに朝飯だけは呼ばんのはなんでや?
昼飯や、晩飯は普通…アホみたいに食ってけって言うのにさあ 」
「 ああ、朝飯は駄目やん。
朝はお袋と二人だけで食べるって決めてるし…まずいやろ楓だって女だし 」
「 ええ~って、当たり前か…あの子も一応女やもんなぁ…
背低くて胸もお尻も無いし、真っ黒で細っこいで小学生の男の子見たいやけど
お前とおんなじ高校生で16歳やからなあ 」
「 それは失礼やって…あいつ結構モテるんやぞ。
近所のガキんちょとか、島の漁師のおっちゃんや、学校の先生とか…
お菓子貰ったり魚分けてもらったり、一緒に遊んだりとかやな。」
「 なんやそれ?まあええわ。
でも毎日飽きもせんと勉強見てるお前はどうなんや?
お前も16のいい男だし…好きとか彼女にしたいとかないんかぁ? 」
「 楓?無い無い。あいつは出来が物凄く悪いんで面倒見取るだけだって。
本土の公立高校は全滅で、
試験無い様な公立高校のうちの二次募集にひっかった馬鹿だから…
なんせ”2桁の女”やから 」
「 ”2桁の女”? 」
「 ああ、定期テスト9科目合計でまだ100点越えていないんだよ 」
「 はあ…そりゃあ凄いなぁ。よく高校って、あんたの高校は推薦と面接だけか…
でもそこまで悪ければ別の…でも、女の子やしなぁ。
親御さんも死に物狂いで普通の高校探したんやろなぁ…
こんな日本の外れまでさぁ。
しかしさ、それやったら同じ女子生徒とかあるやん。なんで男のお前? 」
お袋はきつい所をついてくる。
「 えっと、まあ…まあなあ最下位はキツイって泣きながらあいつに頼まれたし。
流石に成績が酷過ぎて留年もしたくないから必死だったし…
あ、あのな…可愛い馬鹿だからって事じゃないからな。
あいつはガキだし、出来の悪い妹みたいだしやな…おれが学級委員長だからかなぁ
決して、あいつを女だと思ったことはないって事だけはいっておくけどさぁ 」
しどろもどろで答えた俺に、
「 ほ~か、やっぱな~ 」
お袋は、俺の話を聞いて何やら分かった様に何度もうなずいた。
何がやっぱりなのか俺には分からなかった。
「 何がやっぱなんや? 」
と俺が聞き返そうとしたが、
「 ほお、この女王さん、綺麗やな~ 」
お袋は脈絡も無く、テレビに映し出された女王を見つめだしたので諦めた。
うちはお互いに平和主義者なので、言い争うことはほとんどない。
まあ、お互いにうまくはぐらかしているだけだけども。
お袋の美味い飯を軽く食べてから、身支度をする。
今日は隣の島にひとつしかない高校のみんなと約束があるから、
少し丁寧に髪を撫でつけ、顔を洗い、念入りに歯を磨いた。
女子も結構来るんで油断なく鏡を見て、集合場所へと向かい始めた。
買ったばかりのサンダルの底を踵に打ち付けながら、ペタンペタンと音を立てて歩く。
夏、真っ盛りの空には力強い雲と青い空が広がっていて、
強い光を熱風とともに送る太陽が昇っている。
軽自動車がすれ違うのがやっとの島特有の狭い道路には、
夏の日差しが強いので家で寝ているか、例の女王騒ぎで北島に行っているのか、
人一人歩いていないで、日陰でゴロゴロしている猫が居るぐらいだった。
潮騒と、風の音、蝉の声も合わさって聞こえてくる。
時々間の抜けた夏鳥たちの声が聞こえ、猫の欠伸くらいしか聞こえない。
他には、全然、詩的でない俺のサンダルの音ぐらいだ。
漁に出る船もこの時間は休憩だし、
定期フェリーも、本土の近くが荒天の為欠航だから、
いつもは聞こえてくるエンジンの音も聞こえてこない。
俺はしばらく歩いて、海に抜ける細い路地へとさしかかった。
目の前の細い路地は、すぐ横まで来ている民家の壁でできた影で
日差しが遮られて、吹き抜けてくる風は少し冷やされて、
心地よい涼しさとともに潮の匂いを運んでくる。
海辺近くは、漁の兼ね合いで民家が集中しており、結構な長さだが、
青く煌めく海は、路地の入口から良く見えている。
近づいていくと、魚や肉を焼く匂いと賑やかな声がしてくる。
俺は、その賑やかな声が俺を呼び出した声だと直ぐに分かった。
「 何やってんのよ遅いよ! 」
幼馴染みの愛の奴が、やや離れた波打ち際で手を振っていた。
こいつは俺の高校でも1.2を争う美少女だが、彼氏持ちなのでニヤリと笑うだけにしておく。
他にも親友の安藤や上条等の島の悪友の男ども、
男友達の多い望に和葉を筆頭に、クラスのまあまあの女子たちと、
見た目はそこそこだが中身が残念な楓がその中に混じっている。
皆、楽しそうにバーベキューを楽しんでいた。
楽しげに愛は女友達と肉や魚を共同で焼いていて、
男どもは、もっぱら焼いた肉を食べているようだった。
漁師町で離島のこの島は、古い価値観が生きているのでこれが普通だ。
もっとも、男尊女子とかではない…
何かあったら死んでも女性は守るって小さいころから叩きこまれている。
”2桁の女”楓は同じ年だが、もっぱら子供の様に波と戯れていた。
「 平和だねええ 」
俺は、気心の知れた友達の所までゆっくりと歩いていく。
「 待ち~な! 母ちゃん達も呼ばれとるだろ! 」
振り向くと、遅れて来たお袋が
ボックス片手にみんなのお母さんたちの神華さんや泉さん達を引き連れて、
笑顔でこちらに歩いて向かってくる。
今日は、幼馴染みが集まって親も一緒にバーベキューだ。
うちの島は本土から200キロ近く離れた4つの離島が集まる群島だ。
人口は全部合わせても8000人だし、
ここ南島は一番大きいけど3000人ちょっとしかいない狭い社会だ。
当然、親だろうが警官だろうがなんだろうが顔見知りだし仲もいい。
俺は波打ち際で歓声を上げている楓をもう一度見る。
奴は本土から引っ越してきた馬鹿だが何故か俺と馬が合う。
意識はまったくしないけど女性であることには変わりないが俺の家に遊びに来る。
まあ、頭がよくないから赤点地獄を助けてもらいたくて
俺に勉強を教えてもらうのがメインだけど。
でも、最近は勉強以外でも良く一緒にいることが多くなった。
楓の奴は、色気も何もない元気だけが取り柄なんだが、
賑やかないい奴だからうちの母ちゃんが気に入っている。
母ちゃんは、将来の嫁さんにって最近しつこいほど
言って来るけど、 まだ本当に子供の様な楓に対してそんな感情は無かった。
でも、将来は分からない。
今はチビで子供みたいだけど、胸やお尻は残念だけど可愛いし美人だと思う。
俺はそんことを思いながら浜のみんなを見まわして
「 ああ、幸せだな… 」と一言だけ呟いた。
母ちゃんに言わせると、小さいころからの口癖だったようだ。
まだ、人生の入口でもがく様な年頃なのに幸せって爺臭い気がする。
「 何、黄昏ていますの? 」
後ろから声がかかった。
「 もう、いつも思うんですけど貴方はちょっと爺臭い所があるように思いますわよ。
ほら、達観しているというか、今の生活に満足しているとか感じますわ。
若いんですから、もっとはじけてもいいんじゃないです事。 」
彼女の名前はジュディーさん。
島の高校の英語の先生で北島のホテルのオーナーの娘で外国人だ。
物凄い美人さんでまだ26って聞いているけど彼氏はいない。
だって、183の俺とそうは変わらない身長で、
胸もお尻も物凄いヤンキー姉ちゃんで、毒舌家だ。
美人なんで島に来て最初の頃は嫁不足で目の血走ったおっさんたちから
声をかけられたりはしていたけど、
冗談混じり(半分本気)で女日照りのおっさんにお尻触られて状況は一変した。
すぐさま長身から振り上げた拳で、蛙のように地面に叩き伏せたので
それ以降は海の男の島でも女としては相手にされなくなった。
ただ、酒には強いし気さくなんで呑み友達は
爺さんや女のひと達中心に相当いるらしいけどね。
俺も気がねない姉貴って感じのこの人は大好きだ…人としてだけどね。
ただ、このしゃべり方、妙に気になるんだよねぇ。
外国人にって感じでない準日本人の様な発音の彼女だがですます調はなんでって思う。
「 明久~ 」
その時、後ろから楓が凄い勢いで飛びついて来た。
「 どうや!ドキドキするやろ? 」
40キロ無い軽量な体に、
鉄板みたいな胸と細い脚で体にしがみつかれても特にどうとも…
頭を擦りつけるように甘えて来たけどどこもドキドキなどしない。
「 あほか… 」
ぶっきらぼうにそう答えたが先生の方はその様子を見て笑っていた。
光景が高校生の兄ちゃんに甘えて抱きつく小学生にしか見えないからだろう。
「 そうですかぁ?えらく嬉しそうにニヤついて見えますわよ。
本当はこのちびっ子の事が好きじゃないんですか? 」
ジュディさんが背中の楓を猫のように頭を撫でながらそう言った。
「 はあ?こんな…ありませんよ 」
俺は蛸のようにしがみついている楓を苦労して剥がして地面に下ろした。
そうは言ったが、内心は悪い気はしない。
一応この馬鹿娘の事は、最初に会ったときからかなり好きだったからだ。
でなければ家で一緒に勉強などする訳が無いし、
お袋がちゃんと家にいるから変な関係にもならずいい距離間で付き合えている。
俺は本土の大学に行きたいから、馬鹿も一緒に連れて行きたいと思っている。
まあ、俺は国立でも行けるけど
現状”2桁の女”にはどんだけ頑張っても私立のなんちゃって大学が関の山だけど
楓の実家はかなりの金持ちらしいので金銭的には問題ない。
お袋や島のみんな、更には楓にも内緒だが、
ご両親には内々には了承は貰っている…
土下座するような勢いでよろしく頼みますってお母さんの必死の頼みも確認した。
母親って子供に対しては必死なんだなぁって改めて思った。
「 それより早くいこうか、肉が無くなっちまいそうだ 」
子供のころから見ているのに、いつまでも好きなこの島の海。
今日は、穏やかに波の音が聞こえて、
強い日差しを、きらめくようにはねかえす水面。
バーベキューで騒いでいる幼馴染み達。
じじむさいって言われるけれど、その光景を見ているだけで本当に幸せに思う。
そう言えば最近、悪夢を見なくなった。
暗い山の中で、なぜかマシンガンを抱えて必死に逃げている事や、
すがりつく人々を足蹴にしながら撃ち殺したり、
親しくなった友人が死んでいったりと、
俺はその夢の中で、いつもささやかに願っていたのだ、
平和で、人間らしい暮らしがしたいと…ただそれだけを願っていた。
何故そんな夢を見るのか分からなかったが、
楓と出会ってからは不思議と見なくなった。
「 あなたのささやかな要望は、これからも叶い続けますわ… 」
後ろからそんな声がした。
でも、そこには忙しそうに話しているジュディーさんしかいなかった。
確かに声はそうだけど、
俺に話しかけた様子は全く見られなかった。
「 気のせいか… 」
俺はそう思って視線をみんなの方に向けて歩きだした。




