表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第五幕 悪鬼 ~demandes modestes~
29/124

意味のある死

 「 いかがですか? 」

 ジャニスが豪華なサンドイッチを持って、

 可愛い声で俺に勧めてきたところでやっと正気に帰った。

 広がった雲の上にいる俺たちの足元には、

 良く見るピクニック用の赤のチェック柄の白い敷物が広げられていた。

 そして、その上には白い布が被った蓋つきバスケットが置いてあり、

 上級士官室ぐらいでしか見た事のない、

 銀製の取っ手のついた豪華なティーセットが置いてあった。

 ジャニスが能力を使って出したのだから、こういう趣味なんだろう。

 欧州の古き良き時代の森でのお茶会の趣だった。

  

「 ああ… 」俺は勧められるまま齧り付いた。


 甘い葉野菜と上等なベーコンとトマト…白い柔らかいパン。

 BLTサンドか…食べたことはあるが、レベルが違いすぎる。

 今食べているのが、人間の食い物なら俺が食べていたのは豚のえさだ。

 ピりりとした胡椒とマスタードが舌を刺激すると、

 あっという間に胃に落ちていく。

  美味い、美味すぎる!

 目の色を変えて食べ始めると、ジャニスは紅茶を煎れ、

 さまざまな食べ物をバスケットから取り出して渡してくれた。

 信じられないほど洗練された素晴らしい食事の数々。


「 生まれて始めてだぜ、こんな食事 」

 フライドチキンやピーナッツバターの甘いサンドを齧りながら呟いた。


「 そうですか、それは良かったですわね。

  どうです?毎日こんな食事したくありませんか? 」


 貪るようにに食べる俺を見てジャニスがにこやかな顔で笑っていた。


「 当然だろう?ああ、できれば酒もあるといいかなぁ 」


「 お酒ですかぁ、ならワインなどいいでしょうか。」

 そう言って、

 大きなグラスに並々と赤いワインを注いでいく。


「 分かってるな~ 」

 普段は度の強い火酒か、

 生ぬるいビールを浴びるように飲むがワインはあまり飲むことはない。

 葡萄ってのは手間がかかるし、広い土地もいるし管理にも人がいる。

 内戦でボロボロのこの国じゃあ細々としか造れないから凄く高いからだ。

  ヒレステーキを乱暴にフォークで刺して齧りながら、

 そんな高級品の赤い液体を流し込むと、この世の天国を感じた。


「 どうですか?落ち着きましたか? 」

 

「 ああ、大分落ち着いたよ。

  このまま死んでもいいって思えるぐらいに満足したしな。」

 俺は、正直にそう言ったが別に死んでもいいわけではない。


「 なぁ、俺が死んだとして、助かる奴ってどんな奴なんだよ。少し興味が出てきた。」

 死ぬのは承知は出来ないけど満腹になったら話ぐらいは聞いてやるかと思った。


「 凄く立派で魅力的な女性ですわよ。

  まだ今は若く辺鄙な田舎でくすぶっていますけど、

  そうですね数年で、この国を戦乱の無い平和な国に戻しますからね。

   現状の名ばかりで戦争を抑止できない自由民主主義に立った体勢を破壊してですね、

  彼女を初代女王として絶対君主制に移行させますわ。

  物凄く時代錯誤的に感じるかもしれませんが、

  疲弊した国家や矛盾した体制を一から構築するには絶対的な権力が必要ですからね。

  そうですね簡単に言えば、独裁国家の時は不満はあっても平和的で豊かであったのに

  自由国家になった途端に、駄目になる国があるでしょ。


   その逆をやるんです。

  社会って言うのは時代の流れとともに進化してるって思っているかもしれませんけど、

  人類の歴史から見れば民主主義より圧倒的に長くて社会構造的にも完成していますから。

  私から言わせれば、絶対君主制の悪い所は無いんです。

  圧政ってイメージが強いですけど、それは君主になった人の手腕が不足しているか、

  官僚や社会体制の組み方が甘いかのどちらかですわね。

  それに、社会が平和で豊かで公平ならば国民は何でもいいんです。

  そして、間違いなく彼女はその国を作り上げる運命にありますわ。

   で、あなたに殺された場合は体制はずっと変わらず

  十数年もこのままで殺し合いが続きますわ。


   最後には、疲弊しきったところで隣国に攻め込まれてこの国は滅びますわよ。

  そして人々は悲劇をあちこちに生みながら民族同和を強制され、

  その上、厳然たる差別的な体制のもとに呑み込まれてしまいますの。

  最低でしょこの運命。 」


 へえ、それじゃあ俺って凄い罪人じゃないか。

 俺自身にしてみれば、死んだら世界が無くても俺自身には関係ないけどな。


「 何人ぐらい死んでいくのかな? 」

 関係ないが、数字は非情だから事態の把握ができる。


「 彼女が死んだ場合は、おそらく累積で750万人。

  あなたが死んで彼女が生きた場合は約30万人ですわ。」

 あっさりと、恐ろしい数字を並べてきた。


「 それは、それは… 」

 ほろ酔いも吹っ飛ぶ衝撃だ、数字が違いすぎて比較なんかできなかった。

 一応、先進国だったこの国は、今せいぜい4500万人ほどしかいない。

 30万の損耗ならば、重篤な負傷者や病人はその10倍で300万人は軽くいく。

  普通の戦争なら戦場が固定されて軍人だけが死ぬが、

 内戦なんで、このぐらいの損耗からの倍率だろうと思う。

 はっきり言って、危機的状況だろう。


 後者の750万の損耗は、信じられない数字だと思う。

 国民の殆どが無傷ではいられないし、社会だって崩壊だ。

 殆ど、焼け野原になって何もかも無くなってしまうと思って間違いない。

 そりゃ~無くなるわ、この国なんて。


「 あのさ、ひとつ教えてくれないか? 」

 俺は、人生で一番の心配な人の運命を聞いておかなければならない。


「 なんでしょうか? 」


「 俺には、身内っていうのはお袋ぐらいしかいないんだが、

  はっきりと正確に教えてほしい。

  俺が死ぬのと、その彼女ってやらが死ぬのと…お袋の運命は変わるものなのか? 」


  俺が軍に入ってそれっきり、最後に見たのは、卒業式ぐらいか…

 俺は、毎月の給金から決まった額のお金を振り込んでいるので

 最近やっと、小さな家を建てて穏やかな暮らしをしているが、

 昔は俺を育てるために山の上の軍事施設で頑張って働いて、

 その上、体まで売って苦労し続けていたお袋を思い出す。


 今でも、事あるごとに手紙を書いてきて無事だと写真をつけて返事を送ると、

 ”いつでも帰っておいで”って字が滲んだ手紙を送ってくる。


 昔の貧しい暮らしの中でお袋はいつでも自分の事は俺の次だった。

 夕食だって俺の半分も食べずに俺にその分いつも乗せていて

「 もう、お腹一杯だから 」って言って

 満面の笑みで俺が飯を食べるのを見続けていたお袋。


 あの村に行くまで寝床も無く行くあても無く彷徨っていた時には、

 雨でも雪でも、体一つで俺を守ってくれた温かいお袋。


 そして、

 この世で一番俺を信じて愛してくれているお袋…


 普段は、死ぬことなんかどうとも思わず悪鬼のように人を殺してきた薄情な俺だが、

 死の選択を自分で決めなければならない立場になって、

 俺が思うことはお袋の幸せだけだった。


 ジャニスは、少し困ったような悲しい顔で俺を見つめた。

「 彼女が死ぬ未来には、

  貴方のお母さんは生きてはいけません。


  あなたが、死ぬ未来にはこの国は平和になって

  豊かになって、お母さんは…幸せになっていきますわよ。」

 恐らく、嘘じゃないだろう。

 ジャニスの目は、真実の光が浮かんでいるように見える。


「 そうか…幸せにか。なら、死んでもいいぜ 」


 よく考えたら、というか、いつも思っていることなんだが、

 自分が生きている意味や価値をいつも見いだせなかった。

 このまま生き続けても、いずれ殺されるか軍に縛られて生きるだけだ。

 でも、ジャニスの言うことが正しいなら、

 今は、俺が死ぬことに意味がある。

 なん百万人もの人間が死ぬといわれても、

 そうか…としか思えないが少なくとも、俺をこの世に生み出して愛してくれた女性だけは

 幸せにできる。


「 いいんですか? 」


「 ああ、でも過去を忘れるとか現状を変えるとか…どういう形になるんだい? 」

 

 一瞬、ジャニスの顔色が変わったように見えた。


「 ええとですね、まずあなたが死んだ後で、

  私が魂を一次預かりして、上司に業務報告書に添付して提出します。

  そこで、然るべき審査を終えた後、

  まっさらな形で転生してもらう形になります。


  本来なら、人間以外の生物も選択肢に含まれますが、

  今回の場合は、こちら側からのお願いということですので

  無条件で人間に転生という形です。

  ここまでで、ご質問は?

  あ、そうそう別に人間以外でもいいですよ。イナゴとか… 」

 まるで、役場の受付のような口調だった。


「 まるで…役所みたいだなぁ。

  詳細が無いから何とも言えんがイナゴってのは勘弁だな、やっぱり人間がいい。」


 この国でイナゴっていえば、大繁殖のときに田畑を荒らす悪魔の虫だ。

 しかも、顔が嫌いだ!却下だな。


「  それとですね、転生とはいってもですね、

  現在の状態は何一つ受け継ぐわけではありません。

  記憶も無いし、折角積み上げた技量や知識もゼロになります。

  これで、過去に縛られたりは全くしませんでしょ?

  まあ、才能って言う残滓ざんしのような形で残るかもしれませんが、

  転生後の生活に影響があるほどではありませんわよ。

  そうですね赤ちゃんからのやり直しってとこですかね。


  その次の転生までは面倒を見るわけでもないので

  転生した貴方からしたら、ただ一度の人生です。

  貴方が思い描いた現状の変化とは違うかもしれませんが、

  とにかく、真新しい未来を築くことはできますわよ 」


 へええ、つまりは何も覚えていなくて人生のリセットみたいなものか…

 よく分かったよ。

 でも、ジャニスの言う通り、死ぬのを懇願されているわけだから、

 ちょっとぐらいわがままを言おう!


 俺は、深呼吸しながら、どんな人生を送りたかったか、

 今一度、考えてみた。

 まあ、ありきたりの希望って言うのか…なかったものを願うわな普通。


「 なあ、ジャニスさんよ、そちらの希望を叶えるんだからさ、

  俺が人間に転生することについてだな、

  おまけっていうかさっき言っていた報酬のような条件を叶えてほしいんだが 」


「 なんでしょうか、さっき言った非常識なものは…無理ですよ。

  お金持ちとか、独裁者の場合は何とかなりますけど…

  そう言うのでいいですか?割と簡単なんで構いませんが。

  運動神経抜群とか頭脳明晰とか、ちょっとした超能力も大丈夫ですわ。

  そのぐらい、なんとでもしますけど。」


 俺は、笑いながら右手を振って否定する。

 そんなものにはまるで興味が無かったからだ。


「 そんなんじゃないさ、ありきたりの夢ってやつだ。

  なに、特段な能力なんかも別に欲しくはないさ。

  必要なら、生まれ変わった後で訓練すれ…ああ、記憶はないのか。

  まあいいさ、普通の人生でも。

  実はだな、かわいこちゃんのジャニスちゃんよぉ… 」


 俺は、初めて死神と呼ばずにかわいこちゃんと呼んだ。

 すると少しきつかったジャニスの顔が少女のように穏やかになった。


 その後に俺の要望というやつを短く話した。


「 そんなことぐらいでいいんですか?

  痛いですわよ死ぬときは…もっと贅沢を言ってもよろしいのですわよ。 」

 少し拍子抜けしたかのようだった。


「 いや、俺にとってはそれで十分だ。」

 本当に十分な条件だと思った。

 とりあえず、美味い食事と酒をたらふく取ってお袋の幸せも確約をもらったし、

 転生とやらも俺のささやかな要望を入れてもらえることになった。

 死ぬのは怖いと言えば怖いが、

 ちゃんと未来があるなら耐えることも出来るだろうしな。


「 それじゃあ、覚悟はできたので好きにしてくれ…なるべく優しくな 」

 俺は、ワインでいい気持になっていることもあって、

 雲の上に両手を広げて目を瞑って仰向けに寝転がった。

 少し間が置いて鼻先に薔薇のような匂いが一瞬したかと思うと、

 柔らかい唇が俺の唇に重なってきた。


  俺とジャニスしかいないのだから、相手はジャニスしか考えられない。

 頭の奥がマヒするような快感が走ってそれが全身に回っていく。

 流石に舌を入れるようなディープキスでは無かったが、

 十分に魅力的なキスだ。

 少なくとも、今までで最高に気持ちのいいキスだった。


「 まあ、これは私からのサービスですわ。

  どうせ、魂もすぐに抜けるでしょうけど体は元通りにしておきましたから。 」

  上から退いたのでどんな顔しているのかと目を開けた時には、

 既に俺の足元で、舞踊の鎌を大きく振り回していた。

  ふと、体を見渡すと骨折した足も治っており、

 腕に彫ってあった刺青も綺麗さっぱり無くなっていた。

 戦場で負った古傷も同じように無くなっていた。


  そうか…まっさらな形で死ねるのか…幸せな気分だぜ。

 戦場なら死ぬときは薔薇の花のような血を噴水のように吹き上がらせるか、

 粉々に飛び散るとか、ともかくまともには死ねないからな。


「 アーデン、シャーリン… 」

 ジャニスが何やら唱えだすと、急に胸が痛くなりだした。


 死ぬときは痛いですわよって言ってたからな多分これがそうだろう。

 きりきりと心臓をえぐるような強烈な激痛まで来たが、

 耐えられないことも無いと思った。

 もっと強い痛みは経験済みだったし、

 苦労を掛けたお袋が幸せになれると思うと我慢できる。


「 ごめんなさいね。 」

 と、何故かジャニスが涙声で呟いてのを確認して、

 俺の意識は白い靄のように不鮮明になり、やがて消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ