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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第五幕 悪鬼 ~demandes modestes~
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落下した男

  暗闇に瞬くような爆発の閃光が、崖の上で幾度となく輝いて、

 俺が足を滑らせたくさむらや樹木を照らし続けている。


 俺は体を受け止めてくれた柔らかい叢に仰向けになりながら、

 自分の間抜けさ加減に呆れていた。

 長年、野戦を生き抜いているというのに考えられないミスだ。

 いくら崖の上が深い叢とはいえ足を滑らせたのは全く俺らしくない。 

 普段だったら見落としようの無いが、敗走中なので焦りもあったかもしれないなぁ。

 

  ただ、下が草木で覆われていたのは不幸中の幸いだ。

 5メートル以上ある崖だから、下がただの原野か岩場なら転落死の可能性もあっただろう。

 ただ、柔らかい草木といっても地面の上であるには変わりなく、

 その時は背中を打って息が出来なくなってのたうち回った事にはなったが、

 頭を直接打っていたらこんもんじゃあ済まなかっただろう。

 そういう意味じゃあ不格好なヘルメットも役には立ったようだ。

  

  さて、済んだ事を悔やむより今は現状把握の方が先だ。

 まだ戦闘中だからボケっとしてここに居たら掃討が始まれば必ず殺されるからなあ。

  降伏しても捕虜などとるはずもない戦時協定など糞食らえの内戦だ。

 敵なら掃討ともなれば俺だって、明らかな死体でも一発入れるか

 怪しいと思ったら頭を容赦なく蹴り込んでの確認するのが基本だ。

 で、少しでも息があるなら必ず2発以上頭に打ち込んで確実に殺す。

 という事で、俺は周りの状況を確認し隠れなければならない。


  俺の落ちた崖を背にして前方は結構背の高い叢が広がっている。

 這っていけば多分、見つかる心配はなさそうだ。

 そして、その先には鬱蒼うっそうとした森となっている暗い闇があった。

「 ああ、まだ少しは運がありそうだな 」

 俺はそう言いながら安堵のため息をついた。


  もう視認するには厳しくなる夜の闇が深くなる。

 照明弾でも使えば別だが、そういうのは使う方の安全が確保されたらの話。

 一歩間違ったら自分たちも照らして的になってしまうので躊躇するだろう。

 安全を確保し体制が整えば当然使用してくるだろうけど、

 その前にその森に逃げ込んでさえしまえば問題なさそうだ。


  掃討が始まったとしても、基本はあちらの優勢で進んでいる場面だから

 間抜けに草原で寝転んでたり、虫の息で穴にでも隠れていたら

 火炎放射器が火を噴くところだが、

 トラップが怖い深い森の奥まで捜索するのは考えづらい。


  俺だったら、森の入口に2個小隊でも置いて警戒し、

 作戦終了とともに引き上げるのが無難なところだと思う。

 ここは陣地攻略の意味はない所で、

 それより次の戦いに向けて兵力は温存ってのが基本だ。


  ただ、相手が馬鹿だったら犠牲無視して強行掃討ってのも考えれないわけではないが、

 森の中は先程の平原より隠れやすいから、ぞろぞろ入ってくるなら

 俺の図抜けた狙撃技術が火を噴く事になるだろう。

 どちらにしろ今よりは生存の可能性は上がるってことだ。


  次に、崖から落ちた自分の状態をゆっくり確認していく。

 逃走中の銃撃戦での負傷は無いようだ…よかった。

 興奮状態にあると多少撃たれても気が付かないこともあるから、

 ほっとした。

 盲管銃創でも、貫通銃創でもここじゃあ止血ぐらいしかできないからな。

  後は、少しでも痛む場所の確認だ。

 崖から落ちたてかなりの擦りキズや切り傷をこさえた様だが、

 それは、テープか酷くても装備品で縫えば済みそうなので大したことは無い。

  ただ、落下した時に打撲した左足の状態が思わしくない。

 衝撃の痛みは最初はきつかったが、今は痺れに変わり始めた所だ。

 しかし、少しでも動くと稲妻の様なびりびりした痛みが襲う。

  外観では骨が突き出たりしていないから、単純骨折か捻挫ってとこか。

 単純に打撲かもしれないが医者でもないので分からない。

  とにもかくにも命に係わる重大な損傷は無いのは間違いない。

 なので、とりあえず這いながらその場を離れる事にした。

 叢を片膝を立てての匍匐前進で見つからない様にゆっくりとだ。

 敵は近くにはいないように感じたが、命が懸っているので念を入れるべきだ。

 俺は必死に息を殺しながら進み、森の入口まで来ると

 その場で前転しながら闇の中に入って立ち上がると、

 暫く頑張って森の奥へと、足を引き摺りながら向かっていく。


  いい加減歩いたところで手ごろな枝ぶりの木を見つけたので、

 丈夫そうな枝をコンバットナイフで切り落として添え木にした。

 痛む足は骨折かどうかは微妙だが固定した方が無難だからだ。

 紐の代わりには、近くの蔓を切り裂いて代用する事にした。

 しっかりと固定すると、痛みは若干和らいだ。

 持ってきた袋をまさぐると、

 鎮痛効果の高いフェンタニル錠剤が多少あったので慎重に齧った。

 痛みは正常な判断や計画立案などの頭脳労働を鈍らせるから、

 まずはこの痛みを緩和するのが急務だ。

   

 俺はそのままその木の根元で休ませてもらうことにした。

 樹は割と太く、俺の背中を十分に受け止めてくれた。


  いきなり、不注意な転落事故を起こしたが、

 俺は政府側の正規の軍人で肩書は中尉、名前はギルガー・ブナッシュって言う。

 中尉ってのは中間管理職って感じの将校ってことだが、

 疲弊しきったこの国で将校といってもたかが知れている。

 給金はいい暮らしができるほど貰えるわけでも無いけど、

 とりあえず食うには困らないし、多少の贅沢は出来るってぐらいだ。

 ただそれも、無事に生還出来たらって話。

 なんせ、部下など多分殆ど死んでるか、捕虜になっているかだろうし、

 今は俺一人だから階級にはここでは意味が無い。

 

  今回の戦闘はきつかった。

 いきなりの突撃進行命令で準備もそこそこに駆り出され

 あっという間のボロ負けだった。

 作戦立案者を呪い殺したくなるほどの戦力差が大きかったからしょうがない。

 でもまあ、下手するとわざとかもしれない。


  事前打ち合わせでは、作戦遂行中に戦力差の穴埋めに

 敵の後方に展開するために来るはずの友軍は、

 どれだけ待っても来ることは無く俺たちは敵と向き合ってしまった。

 いや、向こうも馬鹿じゃないから、

 ひょっとして別働隊でそちらを抑えていた事も考えれない訳じゃない。

 更に、展開される筈の航空支援も砲撃支援も全く無かった。


  地上戦で航空支援や砲撃支援が無ければ、

 戦力差のある歩兵なんて相手からするといい的ぐらいにしかならない。

 敵の放つ砲弾と銃撃の雨の中

 次々と戦友や部下は血を派手に飛び散らせて倒れていった。

  今になって冷静に状況を整理し、分析て見れば答えは簡単な物だ。

 俺達の部隊がただの戦略的捨て駒だったんだろうという事。

 時間稼ぎか、揺動か良くは分からんけれど古今東西、戦争では必ず発生する生贄だ。

 むかつきはするが、戦争なんて少ない犠牲でより多くを殺すという単純明快な算数の世界だ。

 今回は俺たちが犠牲の役って言うだけだ。


  そんな非情な地獄の中で、俺が生きていらるのは幸運だろうが、

 今の状況を考えると全く冴えない事態だ。

 

  怪我で身動きもままならないうえ、

 支給された小銃は、銃弾が無くなった時点で破棄しているし、

  一応、中尉なので命令違反の部下を殺害・及び自決用の拳銃も支給はされていたが、

 こいつも予備のマガジンも含めて撃ち尽く破棄した。

  よって、残った武器は鋭い切れ味のコンバットナイフのみとなっていた。

 怪我して動けんから…敵兵をどうとかするより自決用の方が現実的だが…


 その他に、俺の今持っているものは肩かけの小さな袋に、

 支給された薬品が数点と簡単なファーストエイドキット、

 僅かに水の入った水筒、時計、ビスケット・チョコ類が少々あるぐらいか…

 俺は、どうせ動きまわれないからとヘルメットを無造作に投げ捨てる。

 さっきの落下の時にはお世話になったが、

 動かない限りは必要もない。

 どうせ、貫通能力の高い現代の銃弾など防ぐことはできないからだ。

 

 ああ、そうだ…確か…

 胸ポケットを弄ると煙草とライターがあることを確認した。

 ありがたい…とりあえずは一服はできる。

 こんな状態だと、一番ありがたい物が残っていた。


  錠剤のおかげでだいぶ痛みも治まったので、

 傍にある枯れ木や枯れ葉を這いながら拾い集める。

 なんせ、森の中の様だから大型の猫や、熊がいるかもしれない。

  俺の故郷でも豹や山犬が多かったから奴らの怖さは身にしみている。

 死ぬのは怖くないが、骨までしゃぶりつくされて食べられるのは怖い。

  獣除けの火は絶対にいるから、必死に泥だらけになりながらかき集める。 

 小一時間ほどで十分な量を拾い集めれた。

 疲労と薬のせいで凄く眠かったが、何とか火がついた。

 ライターがあったのは本当に良かった。

 無ければ、火起こしで大変なことになる所だったからだ。

 本来なら、消えない様に火の番がいるが一人なんで仕方無い。

 燃えてくれれば、たとえ途中で消えたとしても匂いで避けてくれるだろう。

 甘い考えだとは思ったが、

 30センチも火が立ち上るのを確認すると自然に眠り込んでしまった。


  暫くして目が覚めるとすっかり日は落ちてあたりは空は漆黒の闇だった。

 ただ、焚火の炎がオレンジ色に近くの木々あたりに映っていた。

 良かった…これだけ火が強ければ獣は来ないだろう。


「 しかし、腹が減ったな… 」


 逃げるのに必死だったので昼食などを取る間も無かった。

 背嚢を捨て簡単な鞄に当座のものを詰めての逃走だ。

 レーション(携帯食)、調理器具、寝具…かさばるのはすべて捨てたから、

 食料は、水に菓子ぐらいしかない。

  もっともその様にならない為に訓練では、

 ちゃんと後先考えて装備を破棄しないで背嚢を背負い続けるのだが。

 でも、実戦は違う。

 重い背嚢を背負って弾の無い小銃の様な嵩張る物は敗走するのはただの馬鹿だ。

 現に、きちんと装備したままの奴は何人も倒れていった。


  大体の場合、何も持たないでも最悪ナイフ1丁あれば何とかなる。

 食料など、森や山で獣でも取るか頑張って近くの村で強盗でもすればいいからだ。

  そうは思ったが、今の俺の様に怪我すりゃ一緒だ。

 今の自分が手に入れれるのは、枯れ木に入っている虫ぐらいだろう…

 まあ、食えるだけましか。


  ゆっくりとゆっくりと菓子を齧る。

 虫や、罠で動物や鳥を捕えて食うのは少し回復してからにしよう。

 無理は禁物だからな。

 それまでは、ビスケットやチョコでも齧って動かないことだ。

 水は極力飲まない事にする。

 後で雨でも降れば問題ないが、降らなかったら絶望だ。

 喉の奥が渇いて切れる寸前まで我慢するほうがいい。

 多少動けるようになったら池か川でも探すとしよう。

  いずれにしても何らかの行動は明るくなってからにする方がいい。

 猛獣っていうのは夜行性だから今は火のそばを離れるわけにはいかない。


  ビスケットを3個、チョコを6粒齧って今日の食事は終わりだ。

 ポケットの中から、少し変形した煙草の箱を取り出す。

 後は、火が消えないように考えて木々を用意するだけだ。

 1本だけ取り出して、火を点ける。

  紫煙が俺の顔を撫でて、星も雲で隠れている暗い夜空に消えていく。

 しばらく、上がっていく煙を見ながら、胸一杯に煙を貯める。

 十分に煙を味わいつくして、ふうううと長く意識して煙を吐き出す。

 煙草も節約した方がいい…心を落ち着かせてくれるから、

 この先、必要になるだろう。

  疲れのせいか、頭の奥がじ~んとしてきた。

 戦闘と敗走で丸一日吸っていなかったので、体が驚いて少し咽る…生きている証しだ。

 なんせ、死んでしまえば、それっきりだからこういう感覚もいいもんだ。


 俺は、体をオレンジに染める炎の温かさをい感じながら、

 星の見えない漆黒の空を寝転がりながら見上げた。

  それは、真っ黒い穴をのぞき込むような感覚だった。

 どこまでも終わりが無いように思える闇…それは、俺が生きているこの国の様に思えた。

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