楽しかったですか?
それから1時間後…流石にワイン1本半に焼酎3号も空けりゃあ幾らなんでも、
ジャニスさんの顔もほんのり桜色になってきた。
んじゃあ、ちょっとエロい質問するか?お互いに大人だし…聞きたいし。
俺は、器用に鰻のかば焼きを箸ですくいながら、
お湯割りを飲んでいるジャニスさんに意を消して質問した。
「 ジャニスさんって、背丈はどのくらいありますか?」
ちょっと冷や汗が出る。背の高い女の人に身長を聞くのは失礼かなとは思うが
まずはその巨体のスケールを数字で知りたかった。
「 そうねえ…186センチですわね。ちなみに体重は72kgですわ…
ちょっと太り気味かしら… 」
いや、とんでもない。その身長でその体重ならスパーモデル並みじゃないか…
それに凶器みたいなその体では、それでもかなり軽いと思うし。
「 す…スリーサイズは?ど…どうでしょう? 」
特にお尻は気になる。すごく大きくて形がいいし、柔らかいからな…
いかんなぁ…歳を取ると即物的にお尻に目が行くのは仕方が無いんだけど。
「 うーん、まあ今後会うことも無いし、教えておきますわ… 」
おおー、やったーと心の中でガッツポーズをすると、声に出していないのに
なぜかジャニスさんが俺にほほ笑みながら答えてくれた。
「 バストが104センチ、ウエストが67センチ、ひ…ヒップは103センチですわ… 」
ヒップ103センチィィ嘘だな…でも、一応念を押す。
「 あのぉ…サバ読んでません? 」
俺と彼女のお尻の間には炬燵の天板しかないので、俺は天板越しに彼女の下半身へ視線を移す。
「 女性のサバは笑って許す事ですわよ 」
そう言って薔薇の花の様な華やかな笑みを浮かべて答えられると、
それ以上の追及は出来なかった。
「 それに、正直に答えましたわよ…出来る限り。
でも、数字聞いてうれしいですか? 」
まあ、触らせて欲しいとまでは言えないわ…すっごく触りたいけど。
俺が年甲斐も無く顔を赤くしていると、
「 えーと、握手しません? 」
いきなり、握手って…酔ってますか?でも、柔らかそうな手を天板の上に出してくれた。
悲しい話だけど、ここ1年以上女性に触っていなかったんで凄く恥ずかしい。
「 も…勿論しますします 」
俺はそう言って、一張羅の封を開けていないハンドタオルを取りだすと、
台所へ走って行って手を洗って、封を開けて手を拭いた。
再び炬燵に戻って来るまで彼女は笑いながら待っていてくれた…
さああ、触るぞ!握るぞ!って興奮しながら彼女の手を握った。
巨体の美人さんの手は、凄く柔らかくて温かくて…何故か心が落ち着いていくような気がした。
それからも、俺たちは飲み続けた…楽しかった。
糞女と離婚してからこっち、女性と差し向かいで飲む機会なんてなかった。
そんな暇なく毎日毎日、ただただ借金を返すために必死で働いた。
でも、この不景気で継続して出来る仕事など無く殆ど派遣かアルバイトだった。
何とか頑張って返しても利子を払うのが精一杯で、少しずつ借金は雪だるまで膨らんでいった。
生き続けても絶望…が追いかけてくるだけだった。
それに、たまに訪ねてくるのは俺と同じで借金のカタで借金取りしている御同輩だけ…
寂しかったし、長い一人暮らしは精神を疲れさせた。
生きていてもこの先いいことなど確実に無い…それは確かだと思った。
でも、折角だからこの時を楽しもう…こんな機会はもう二度と来ないだろうし。
この時だけは…楽しみたい。
ジャニスは、それからも豊富な知識と、思い出話とで俺を幸せな気分にしてくれ続けた。
その度に、ゆっくりゆっくりとお酒が消費していく。
かなりのアルコールに意識がだんだんと刈り取られていく…
でも、幸せで楽しかった…これでいつ人生が終わってもいいとさえ思った。
「 窓の外に白い物が混じり始めましたわね…
もうそろそろクリスマスですか、最後ぐらい娘さんに会いたかったでしょうに。
あなたは運が無かったですわね。 」
ジャニスは窓の外を見ながら、寂しそうにそう呟いた。
小さな炬燵の天板の上の食事は全て平らげられ、
ワインが4本と、25度の焼酎の空瓶が端っこに壁の様に立っている。
「 まあ、よく飲みましたわよ…ご飯も、私も食べましたけど。
あなたもよく食べましたし…飲みましたね。
誰かが傍にいて、楽しく会話しながらの食事って本当に幸せな気分ですからね 」
ジャニスは、大きな鼾を上げている男の頭を優しく撫でた。
物が少ないその部屋だったが、
男が、鼾を立てて眠るようになってから、
ジャニスが無言で片づけて、なお且つ掃除までして後始末がしやすいようにしていた。
「 立つ鳥跡を濁さずって言葉もありますから、片づけて差し上げましたわぁ。
それでも大家さんには迷惑しか残りませんですけど、
せめてもの心づくしぐらいしておいた方がいいでしょうからねぇ。」
ヒーターが壊れていたはずの炬燵から赤い光が洩れてきて、
その中が十分に温かい事を示していた。
「 炬燵はですね、実のところかなり寒かったんですわよ。
あなたには認識疎外の能力をかけて、私が入って後にちょこちょこっと能力をかけて
直しておいたんですわよ。
あなたが、思いのほか温かいって感じたのはそのせいですわ。
死ぬ前ぐらい、温かい中で死にたいでしょうからねぇ…
ドテラは私の奢りですから…心配しないで眠ってくださいね… 」
男は、真新しくて温かい昔ながらの模様のドテラを着こんで
幸せそうに天板に突っ伏していた。
ただ、鼾だけが部屋に響く中、ジャニスは優しく頭を撫でてやり
最後に残ったワインをチビチビと飲みながら、時間が流れて行った。
其れから幾ばくかの時間が経ち、男の鼾が極端に静かになり
僅かな寝息がかろうじて気お超えるようになった頃、
ようやくジャニスは男の頭を撫でるのをやめて、立ち上がった。
「 もうそろそろ、お亡くなりになりそうですわね。」
ジャニスは台所から一つだけ残った椅子を持ってきて
自分が落ちてきた穴の下に置くとその上に乗っかって、穴を弄った。
そして、中から柄の長さが2mは優にある長大な鎌を取り出した。
鎌の部分は刃渡りは90センチはあり、どう見ても鋼鉄製に見えるのだが
軽々と頭上で8の字を書いて自分の肩に乗せた。
「 本当ならですわね…あの時目が覚めてあなたが鴨居で首を括った時に
回収してもよかったんですけどねえ。
もう、意識も無いから正体を明かしましょうかねえ。
私は、あなたたちが死神って言う存在に限りなく近い別次元の存在ですわ。
そして、その中で私の所属している事務所が
あなたの命に対して回収の業務命令を受けてここに来たって言うところですか。
ま、実際に生きているあなたに会わなくても、今回は良かったんですけどね」
本来なら、炬燵から這い出た男が首吊り自殺をする未来を予想して
ジャニスはこの部屋の上で、
次元を超えてやってくる魂を待ち伏せするだけで回収って仕事でよかった。
それならば、わざわざ男に現生側の開錠の言霊を唱えさせる必要もなかったし、
なにより、ジャニスのお尻が嵌ってもがくことも無かったはずだった。
「 頑張っても駄目、真面目にやっても追い込まれる、
身内や友人も離れる最後の決意で自殺までしようとしましたね。
でも、最近の保険会社はシビアですのよ。
覚悟の自殺じゃあ保険が降りない場合がありますものね。
更に、払いたくない保険会社の調査が長引いて、最後うやむやで減額処理もされますしね。
それに、確かに債権者の方々は独自の保険からお金が降りてお終いですけど、
保険会社って言うのは、金融屋さんと同じで蛇のようにしつこいですのよ。
それこそ自殺なら、
関係の無いって思ってる身内の方や関係者に嫌味のように”ご相談”って形で現れますしね。
これが自然死なら、保険の保険でうやむやになりますけどね。
残念ですが、死んだとしても自殺じゃあ結局みなさんに迷惑がかかりますのよ。
見ていたら、いい人そうだし、あんまり可哀想なんで最後ぐらい楽しんでもらいたくて。
それに、どうせ死ぬなら脳出血での突然死…寒くて大酒飲んだら自然でしょう?
これで大手を振ってご遺族が保険金の受取にも行けますし、
渋い保険会社も諦めて、保険金払いますからねぇ。
ああ、痛みは取ってあげました。
本当は、死ぬのって凄く痛いんだけど、私も楽しんだんでオマケですわよ 」
ジャニスが男の傍に戻って確認すると彼は事切れていた。
「 それじゃあ、私の事務所へと行きましょうかねえ、
そうだ聞いておきますけど、私と一緒にいた最後は楽しかったですか?」
ジャニスは突っ伏したままの男の口元に耳を近づけた。
「 そうですか…それは良かったですわね 」
ジャニスは少し笑みを浮かべて、鎌を男の上で振った。
すると、男の体が僅かに震え、やがて黄色がかった煙が立ち上がった。
ジャニスが手招きすると、その煙はジャニスの体に入って行った。
「 ああ、やっぱり善人の魂は美味しくないですわねぇ…
でも、なんか暖かいですわ…お酒が残っているせいかもしれませんわね 」
最後にジャニスはそう言いながら笑うと先程の穴の下に戻って椅子の上に乗る。
「 そういや、さっきの質問はサバ読みましたわ…
許してね…も…もうちょっとお尻は大きいわ。多分、110センチ?まさかね 」
その時また、よく聞いた演歌のエンディングのような音楽が
チラララー チーラ チラララ チーララ チーララララーンララ
「 ああ、時間が来たようですわね。
でも、出てきた時、またお尻が嵌ったのは誤算でしたわぁ、
この人が引っ張ってくれなかったら、あの時どうなったんでしょうか…ね。
まあ、優しい人でしたから、私を助けないって選択は無かったでしょうけどね。」
ジャニスはそう言うと、出て来た穴に鎌を投げ入れると、
案の端に手をかけ、両腕の力だけで巨体を上げ始める。
結構な筋肉が浮き上げながら、必死の形相で穴の中へと消えていった。
翌日、大家に発見された男の遺体は直ぐに解剖に回され病死の判定が降りた。
検死の為、現場に入った警官は首をかしげた…
何も置いていない部屋の真ん中にポツンと椅子が置いてあるのを見て…




