表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第四幕 楽しかったですか?
21/124

落ちて来た死神

  久しぶりの酒でやっと死の恐怖を和らげたところで、

 俺は泣きながら貪り食い、鼻からワインが飛び出す勢いで飲み続けた。

 溢れる肉汁を拭きもせず、ただひたすらに下品に音を立てて食い続ける。

 おお、刺身様…ここ数カ月ご無沙汰でしたぁ、

 ホッケの開きにウズラの串焼き、鳥皮様涙が出るほど嬉しゅうございます。

 ああビール勝っておきゃよかったなあ…

 俺は独り言を言いながら、久しぶりの豪華な食事を楽しんだ。


  1か月前にリサイクル・ショップに売り飛ばしたので、

 テレビもオーディオ類も無い静かな部屋に俺の下品な食い散らかす音だけが響き渡った。


  しかし、俺は、必死になって食い続けていたが、

 酒のペースも食事のペースも普段とは違ったし、大量過ぎて腹も張った。

 思っていたより3分の1もいかないうちに

 何か月ぶりの満腹感とアルコールによる血糖値の急上昇は、予想外に大きかったようだ。

 いつの間にかいい気持になって寝てしまったらしい……


 やっと気がついたのは真夜中に目が覚めた時だった。


 「 ううう、いかん早く死なないと… 」

 俺は、静かな夜の闇の中で炬燵の中から這いだして、

 ご丁寧に寝るときに照明を消した馬鹿さ加減に呆れながらも、

 古い吊り下げ式の照明器具の紐を手探りで探してだす。

 すると、手に何か当たった…手触りからすると何かの紙切れのようだった。

 何だ?と思いそれを引き下げると同時に灯りがついた。

 どうやら照明器具の紐についていたらしい。


  俺は紐に紙切れなどつけた覚えがない…

 疎遠の身内が留守中に入るとか、

 財産も家具もない俺の部屋に泥棒も来るはず無い。

 それに、鍵ならずっとしていたし第三者が入ってこれる訳が無い。


 が、ひょっとしたら酒に酔った勢いで何か付けたかも?って意識でそれを見る。

 観察してみると、あまり見かけない…いや、古代ヘブライ語に近いかもしれない。 

 大学の専攻で言語学を齧った俺は多少知識がある…様な気がする。

 意味は分からんが音読ぐらいは…


 「 アータデン、シャーコオ、ヘンガーナ? 」

 どんな意味かは分からないが、そう口に出して読んでみる。


  しかし…続けて読むと、あーた電車こーへんがーな?なんじゃそら?


  すると、いきなり聞いたことのある演歌のイントロが大音量で聞こえてきた!

 ダダダダン ウウーウ ダダダン ウウウー ダダダダーーーン オオオオー

 と津軽…なんとか?の有名なイントロだ。


 俺は、「 なんや!なんや!」と大声をあげてしまった。

 それは、耳もつんざく大音量に驚いたこともあるが、

 部屋に照明弾でも落ちて来たかってぐらい眩しくなったのでパニックったのだ。


  今に不釣り合いの賑やかなメロディーが収まると、

 今度はギコギコ木が軋む音が妙に部屋に充満してくる。

 俺は、閉じた瞼の裏側も明るい色から元に戻ったのでゆっくり目を開けた。

 すると、寝る前にきっちりと襖を閉じていた筈なのに全開となっており、

 その先に何もかも売り払って畳だけが敷いてある隣の部屋が見通せた。


  ”はああ?”不思議な光景に俺は声を失った。

 なにせ、隣の部屋の小汚い天井から肉付きのよさそうな女の下半身が、

 丁度、お尻のあたりで止まって両脚が生えていたからだ。


  しかも、それが猛烈な勢いでジタバタしている。

 恐らくスカートか何かが上で挟まっているのか、

 見えている下半身は真っ白いパンツの布地と靴の他には真っ白で綺麗な女の足だった。


  出来の悪いエロ漫画の様な凄く扇情的な光景だが、 

 暴れまくっている下半身のスケールが桁外れにでかい!!

 股下が90センチはあるし、太腿からふくらはぎにかけてのラインがお肉が豊か。

 決してデブではないが見ているだけで心臓が小躍りする魅力的な脚。

 履いている銀のピンヒールは26センチを超え、ヒールは10センチ近いだろう。

  それより最大の魅力はひっかっているお尻だ。

 サイズは少なくとも1mは優に超えているが、糞長い脚とのバランスが絶妙で

 ややピンクがかったシミも皺もこずみも無い白くて…反則のように輝いて見える。


  そんな魅力たっぷりの下半身だが迂闊に近ずくのは躊躇するしかない。

 空母みたいなピンヒールはまるで凶器の様で、マシンガンの様な脚の動きで

 俺の体中が穴だらけになりそうだったからだ。


  しかし、この脚に心当たりは全くない。

 上の階は…70過ぎのの孤独なばあさんしか住んでいない。

 天井に穴が空いて彼女が挟まるのは考えづらいし、ぴっちぴっちの綺麗な肌してる訳が無い。

 更に、こんなに魅力的で大きい訳がない。

 俺は、暫くモンスーンの様な凄まじい勢いで動き回っている脚を見ていたが、

 さすがに疲れたのか、ひとしきり暴れまわったのちに止まって脚がだらりと垂れ下がった。


 「 す、すいません。ひ…引っ張って…も…もらえま…せん事…? 」


 お尻の上にある方から恥ずかしいのか、つっかえつっかえ小声で聞こえてくる。

 しかし、日本語のイントネーションなのは分かるが、

 しゃべり方が少し変わっている。

 ただ、物凄く可愛い声なのは確かだった。


  これは、夢だなと一瞬そう思ってしまったが、

 酒で痛む頭を抱えて炬燵から這い出て、隣の部屋まで行き長い脚の下まで来る。


  若い女性特有の甘くて凄くいい匂いが鼻をついて…少し興奮する。

 更に軽くそのだらんとした足に触ると、

 僅かながらぬくもりを感じたので現実だと理解した…するしかなかった。

  で、現実なら可哀そうに挟まっている若い女性を放って置くわけにもいくまい。


 「 せーの! 」

 俺はその大きく綺麗な脚に抱きついて思いっきり下に引っ張った。

  天井の板がベキベキ、バキーンと景気のいい割れていく音とともに、

 「 きゃん! 」と、可愛い声が頭の上で聞こえて、

 凄く柔らかい胸や大きなお尻が落ちてきて咄嗟に受け止めたが、

 快感より先に、とんでもない重量感に驚いて踏ん張ったら、

 グキッっと、俺の腰が悲鳴を上げた。


 「 うおおおおお、くうううう…いぎぎ 」凄まじい激痛が

 腰から背中へと電気のように走る。

 経験した人間しか分からない、ぎっくり腰の痛みだ…

 脆くも崩れ去る俺の上に、女性の体が仰向けになって覆いかぶさってきた。


 「 にええええ…… 」

 今度は経験もした事もない凄まじい痛みが稲妻のように走った。


  しかも、それで収まらず俺の上には大きな女が立ち上がろうとのたうち回っている。

 柔らかい大きなマシュマロの様な触感と、蒸せるような甘い匂いと

 物凄い快感が女の動きとともに男である俺の体に発生してくるが、

 同時に形容しがたい地獄の痛みも蛇のように纏わりつく。


 「どけー、どいてくれー、どいてください…ぐううう、お願いします…」

 最後は半分涙声だ…った。

 女は俺の悲痛な叫びを聞いて直ぐに立ち上がってくれた。


 「 はーはー、はーぁぁ死ぬかと思いましたわ… 」

 女は膝に手を当てて、前かがみになって呼吸を整えだした。

 しかし、こちらは地獄の痛みで変な体勢を維持したまま床で手足をばたつかせている。


  痛い!痛い!ただひたすら痛い!


「 えっと…はじめましてでいいですか? 」

 女は、のたうちまわる俺をにこやかな顔で首を傾けながら見降ろしてくる。


「 か…くくく。」

 おれは返事など出来ずに必死に目で訴えかける。

 それどころじゃないわ!!って…


 「 だ…大丈夫ですこと?もろに落ちましたもんねえ、折れてるかもしれませんか。

  …話が出来ないですねこのままじゃあ。それじゃあちょっと待ってくださいな。 」

 アクセントは完全だが、おかしな日本語でそう言いながら

 俺の横にしゃがんで俺の腰に手を当て何か念仏の様な呪文を唱えた。

 直ぐに手を触れた場所が温かくなって、痛みが治まっていく。


「 ううう、あ、あれ?あれ~? 」

 しばらくするとその凄まじかった痛みが無くなった。

 不思議に思って、少し無理をして体を捻っても何の痛みもなかった。


  何なんだあれ…痛みが無くなって気がつくと、

 女が落ちてきた穴はあんなに板が割れたのに綺麗に丸くなっていて、

 穴自体は暗闇だった。

 目を凝らしても、闇しか見えなかった。

 目の前の現実の女性と、ありえない黒い穴に呆然とした。


 「 さ…寒いですわね… 」とその女が炬燵の方に目をやった。

 俺の方は、この寒いのに生足、ミニスカート、

 布地の少ないパンツでそんな理不尽な事を云う女を呆れて顔を見つめてしまった。


 「 あれは、こ…こたつですか?…初めてみますわそんな小さいの。

  でも、猫もいませんし…ミカンも無いしちょっと寂しいですわねぇ…

  ううう、でもあったかそうですわねえ…ん? 私の顔になんかついてます? 」


 猫にみかん?って、随分偏った知識だなっと思いながらもしっかりと彼女を観察する。

 女の顔は、明らかに外国の方の様だった。

 光輝き、なめらかに揺れる長い金髪、透き通るような白い肌、

 目も覚めるような青くて大きな瞳、鼻筋も綺麗で高さもバランスが取れている。


  更に極め付きは、真っ赤な薔に様な色で形のいい唇に、そこから除く白くて並びのいい歯。

 文句のつけようもない超美人である。


  見た事もない美人に年甲斐もなく胸が弾んだ。

「 い…いや何もついてませんよ…あんまり美人なんで驚いて。

  さ…寒いんなら、炬燵入ります?電気は無いけど布団はあるんで

  部屋の中よりは幾分暖かいですよ。」


  女は俺の言葉より、炬燵の上を見て小さく声を上げる。


「 あー、凄く安い葡萄酒がありますわね…匂いが下品ですわねぇ。

 シュリンプ?クラブ?みたいなのもありますわねぇ、

 天ぷらにフライにぃ…チーズに何で鯛の刺身なんです? 」


  そうだよ…食べきれずに酒が利いて寝てしまったからな…

 俺が食いたいもの並べただけで、組み合わせなんて考えていないしな。

  あーあ、最後の晩餐がこれでは死ぬのは中止するしかない。

 苦…今回はタイミングを逃しちゃったなぁ。

 こんな美人が天井から降って来るなんて…思いもよらんし。

  今更、第三者目の前にして死に直す訳に行かんし、なんか死ぬの怖くなった。

 ただ、この現状で俺はどう反応していいか迷ってはいた。


 普通そうだろ?真夜中に天井から女が振って来るなんて経験なんてあるわきゃあ無いんだから。

 でも、なんだろうこの女。

 炬燵の上の食いものをガン見してさぁ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ