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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第二幕 暗闇に浮かぶ赤い目~Loup noir~
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ありがとうアルコキアス

  無責任な愛情ってやつは、性質たちが悪い。

 それも、一番ならまだしも二番手以下になった者には悪意よりも残酷だ…


 

 私は、どこかで聞いたような言葉を思いながら醒めた目で健二に答えた。


「 はあ、それ聞いてもちっとも嬉しくないわよ。

  古い話だから時効って事でいいけど、私の処女も捧げたし将来も話し合った恋人だったでしょ?

  それなのに、高校生の玲子にコロッとやられちゃってさ~

  んで、無残に捨てられた私に対しての言葉がそれ?馬鹿じゃないの?

  無責任って言葉知ってる? 」


「 ああ、馬鹿だとは思うよ。ただ、僕の中で君を嫌いになって別れたわけじゃないって事を

  知ってもらいたくて言ったんだよ。」


「 ふ~ん…で?それを知って私はどうするの? 」


 健二の顔は真剣で、その言葉は本心だとは思うけど死んだ後に言われても…

 生きている私にどうすればいいっていうのよ。


「 君は何もする必要は無いよ。僕が全て悪いのだから。」


 健二は、意を決したかのように私の目を見つめながら近づくと、

 その場で思いっきり額を打ち付けて土下座をした。


「 悪かった。君にはこうしてあの時の事を謝りたかったんだ。

生きていた時は玲子の手前もあって出来なかったから心残りで…

  でも死んだら彼女もいないし…あれから今の国で時間を過ごしていたら

  もう、我慢できなくなって…ランド様に無理言って、こうして謝りに来たんだよ。」


「 で?謝ってもらっても20年近くの歳月が戻る訳じゃないでしょう? 」

 私は足もとから申し訳なさそうに見上げる健二に冷たくそう返す。


「 ああ、それはそうだが…結婚まで約束してたわけだし… 」


「 ええ、そうね。そのまま結婚してくれたら良かったんだけどね~

  そうすれば、あなたは今でも生きてるし私だって幸せだったと思うよ。」


 勿論、それは後ろでのんびりとタバコ吸ってるアルコキアスに聞いた

 本来の運命を聞いているからの言葉だけど、過ぎてしまったことは元には戻らないもんねぇ

 健二にしてもそうでしょうけど。


 はあ、まあいいや…死んだ健二がこうして心残り無く謝罪を言えたんだし

 少なくとも彼は私に対して罪悪感を持ち、

 最低でも私の事は好きだった事も分かったから…糞妹の次だけどねぇ


 じゃあ、今度はこっちの番かな。


「 あのさ…私も言いたい事があるんだ。

  玲子とはこれであなたも二度と会えないだろうから、私の言葉を聞いても

  苦しまなくても済むし…あ、アルコキアス

  一つ聞き忘れていたけど、運命がどうとか知ってる黄泉の国の王様ならさぁ

  私が死んでと健二が一緒になるか、

  二人とも生まれ変わって同じ時間を生きていく未来ってあるのかしら? 」


「 ふむ、それを聞いてどうする? 」

 

「 いや、まだ彼との運命があるのなら、彼にこの先の事を話したら恥ずかしい。」


 アルコキアスは、私の頬が赤くなるのを見てへらへらと笑ったが、

 直ぐにまじめな顔をして正直に話してくれた。


「 うむ、お前と健二の運命か…はっきり言ってやれるのは後200年は何も無いだろうな。

  吾輩の国でしっかり仕事してもらうからな…


  その後は…グリムリーパーとしては教えられないってのが私の回答だな。

  ま、それでも今は答えてやるか…どうせ、何も覚えていないだろうしな。」

 アルコキアスはそこで、大きく息を吸い込んで更に大きく吐き出すと、

 私の顔をまじまじと見て来る。


「 覚えていない? 」


「 ああ、お前なあ…吾輩の様な人間とは違う存在の記憶など必要無かろう?

  覚えていたとしてその記憶がお前のその後の人生を狂わすからな。


  吾輩たちの掟で、用がすんだら全て対象の記憶を抹消しなきゃならんのだよ。

  ただ、健二は今は吾輩の国の住人なので消しはしないが、

  それでも、国から出て行ったり転生する時には全て抹消する事になっているのだよ。」


「 健二も? 」


「 ああ、生まれたときに前の記憶を持っているなんて者はいないからな。

  で、忘れるとして今聞いておくか二人の運命を。 」


 アルコキアスは、タバコの煙でわっかを作りながら私にそう尋ねた。


「 ええ、そうしないといけないと思う。

  たとえ記憶を失っても、彼に残ればいいのよ私の事を思い描くぐらいの時間はあるでしょうから。

  それに、私は彼にちゃんとお別れを言っていないからね… 」


 私が最後に彼と話した言葉

「 …糞野郎…地獄に堕ちろ~ 」だもん。

 いくら20そこそこの小娘だとしても品が無さ過ぎるし、彼には罪悪感しか残らない言葉。

 現にそれでさっき土下座までしたんだから。

 

 もしこのままいつかどこかで再会できるなら…記憶が残っていなくてもいいから

 その未来にかけて何も言わないつもりだ。

 

「 お前と、健二が今後出会う運命の確率は… 」


「  確率?って… 」


「 あのなぁ~完全な運命って言うのは無いのだ。それは今、目の前にいる健二と

  バーサミントでゴロゴロしている玲子とやらが証明しているだろう? 」


「 じゃあ…ここで聞いても確率の問題なの? 」


「 ああ、だが、その確率が凄いのだよ。

  お前と健二が今後出会う確率は、ほぼゼロ どんなにイレギュラーがあっても

  運命が変わらない。たとえ、この288億年後に宇宙の生命が終わるとしても

  微生物レベルまで範囲を広げてもだな2.3回にしか出会わない確率だな。」


 今何気に、288億年後に終わるとか言ってなかった?

 そうだとすると、288億年×全宇宙の生命体の…3どんな確率や!

 ゼロでいいじゃん。


「 …そう、じゃあこれが今生どころか永劫のお別れってことね。」


「 まあ、そう言う事になるな。」

 アルコキアスの言葉は、どこか優しげに私の心に響いた。

 そうか…じゃあここが二度とないチャンスって事なのかと私は理解し、健二と向かい合った。

 


 覚悟を決めると不思議な事に今までは感じなかったこの空間の中で、

 私はなぜか懐かしい柔らかい日差しと萌える草の匂いを感じた。

 

 そして初めて会った時の様な初々しい高校生の健二を目の前にして、

 同じような私は、中年の心臓とは違う生き生きとした緊張の鼓動で彼に告白した。


「 け…健二、私は出会ったあの時からずっと好きだったわ。

  玲子と結婚して、恨みの汚い言葉も吐いたけどその気持ちがぶれた事は無かったわ。

  そして、死んだあなたを前にしても何も私の心は変わりません。


  愛しています…この先、絶対にあなたと会う事が無いけど

  きっと、あなた以上に好きになる人は出て来ないって思います。 」


 心は40近いおばさんだが、口から心臓が飛び出しそうな思いだった。

 本当に好きな人に告白するというのは、年齢など何も関係しなかった。


「 どう答えたらいいものか…しかし、残酷だなぁ運命って。」


 健二は明らかに動揺している。

 二度と出会うことの無い私と玲子に対して、何を答えても意味はあまり無い。

 だが、自分を思ってくれる人々が自分から去っていく運命は残酷でしかない。

 一番不幸なのは彼なのかもしれない。

 私は、一応ここでの記憶が無くなるのだから一生、彼を忘れる


「 お前は、頭はいいがこういうのは不器用だなぁ。

  ここはだな。ただ一言”分かりました”でいいのだよ。 

  それ以上は、何も言うな。」


 アルコキアスは、健二に少し強い口調で命令口調で話す。

 健二はその言葉に頷くと、

「 分かったよ、美樹ちゃん。」と短く言って深々と頭を下げた。

 私は、その言葉と態度で満足した。

 20年近い彼への思慕と、憎しみもそれですべて忘れられる気がした。


 長い年月の末、死んだ後の彼のたった数秒のその行為だけど、

 私の素直な気持ちを全て伝えられたから…

 SEXは偉大な男女の気持ちの応酬だけど、

 実際にはこんな簡単な事の方が重い…ちゃんと口に出して相手が理解してくれるから。


 いつまでも頭を下げたままの彼の方を軽く叩いて

 少しだけ高い彼の顔の位置へと背伸びをして、キスをして言ってあげる。


「 これでいいわ。健二の謝罪もちゃんと受け入れてあげる。」


「 ありがとう、僕もこれで心おきなく… 」


 健二はそう言いながら姿が薄くなり、数秒で煙のように消え去った。

 

「 ここまでだな…残酷かもしれんが、既に死んだものとの再会は

  お前の体と精神にもきついし、長ければ運命の曲線も変わるしな。

  彼の本体は死霊なので国から出る時間もこれぐらいの方がいいのでな。」


 満足げに逝ったような健二の顔を見て、私は少し安心していた。

 頬に伝わる緑の匂いが心地いい満足感だった。


「 いいわよアルコキアス。残酷じゃないわよベストタイミングってとこだわ。

  これ以上も無いし、これ以下はちょっとって結末だけど満足しているわ。

  これで、あんたの頼みも片付けたし、何気に私の思いも遂げられたもの…

  後は心おきなく、あの子を手放すって事かしら。 」


 はっきり言って私は絵里奈を預かっているのはただのエゴでしかない。

 彼への忘れがたき思慕と、糞妹への憎しみ、

 そして子供のいない私が疑似体験できる子供を持つ喜びと満足感と嫌悪。

 それらを毎日抱きながら生活しただけで、

 彼女の将来とか、彼女自身の心情などをおもんばかった事はほぼ皆無だった…


 はっきりいって、養母としては大失格だし今更彼女に対して優しく出るのも難しい。

 だから、アルコキアスのいう幸せって運命があるのを妨害してはいけないのだ。


「 ああ、そうだ…申し訳ないがひとつ辛い事も頼んでいいか? 」


 アルコキアスは眉間にしわを寄せ(狼の顔だと泣いているように見えた)た。

 そして言いづらそうに言葉を繋げた。


「 なるべく、悪逆非道の養母って言うのを演じてくれないか?

  引き取る運命の男がやがて来るが、彼は警察という公僕なので基本は職務で来る。

  何も無ければお前に生活態度や娘への態度を改めるように説得に来る。

  さして、お前が普通に手放すって言うなら児童相談所へと話が行って養護施設ってなるからなぁ。」


 それ以上は言い淀んでそうだったから、私が親切心で繋いであげた。


「 だから、その人の心情を逆なでする事を言い続ければいいんじゃないの?

  まず、先制パンチで煩い帰れ!から始まって手放すなら金をくれとか、

  養護施設入れてもバンバン面会行くとか、将来引き取って金稼がせるつもりとか

  まあ、常識はずれな事言えばいいって事かしら?


  引き取るのが運命の人なら優しいし責任感もある人だろうし、警察って仕事上

  真面目で正義感も強いってところだろうからね。」


「 すまんな…お前そこまで気がつくならあの子に対してもちゃんとやれたんじゃあ… 」


「 無いわよ。あったとしてももう遅いんじゃないの自殺なんて馬鹿な考え起こさせたし。

  過ぎた時間は二度と帰らない。

  それは、健二とのあの時の時間を大切に必死に守りきれなかったという結末と同じでしょ。」

 

 私のさっぱりとした態度に呆然としているアルコキアスに質問をしてあげる。


「 ねえ、彼は子供とかいるのかしら、奥さんは…それぐらいは聞いておきましょうか。

  多分、罵りあいとか暴言・罵声の対面ってなるからさ。」


「 ああ、50近いベテランの刑事で、奥さんは元婦警でお前さんと同じぐらいの年かなぁ

  子供はいないっていうか、奥さんの方に問題があって出来ない。

  二人とも子供は欲しいがってところだな…夫婦仲はいい方だ。 」


「 へえ、結構年下の奥さんねぇ…それで、同じ警察、子供が出来ないのに夫婦仲がいいか…

  養子に入るならベストって感じだね。」


 多分、養護施設の職員でも十分すぎる案件で里親に出せるって思う。

 少なくとも、私より何千倍もいいし、アルコキアスの運命の保障入り…迷うこと無いわ。


 私は笑顔でアルコキアスを手招きした…


「 だと分かればもう帰りましょう。どんな鬼女でも悪女でも演じた上げるから。」


 アルコキアスは苦笑いしながら、私の方へと歩いてきた。





 それから数時間後、私は自分の部屋でこれ以上ない馬鹿女のふりをして大暴れした。

 あらん限りの力を振り絞って、まわりの物を投げ散らかし、

 頭の隅まで全部動員して、あらゆる罵詈雑言を大声でわめき散らかした結果…

 訪ねて来た高村っていう温厚そうな刑事が怒髪天を衝く勢いで


「 うるさい、あの子は引き取る!!今後一切かかわるな国家権力使っても潰すからな!」

 って最上級の結果を引き出した。


 それを沈痛な面持ち(狼なんで寂しそうって言った方がいいか?)で見ていたアルコキアス。

 勿論、認識できない能力で同じ部屋にいたんだけどね。

 で、高村さんと、もう一人の警官が帰った後、

 私が投げまくった本や鍋で嵐のようになった部屋で、疲れ切った私は呆然とした。


「 悪かったな…悪役やらせてさ。記憶を消すが…いいか? 」


 申し訳なさそうにアルコキアスが言うので、私は最後のお願いをした。


「 ちょっと待って、お礼ぐらい言わせてよ。」

 と言いながら両の手で回りきらないほどのアルコキアスの体に抱きついて、


「 ありがとう、アルコキアス。 」

 と言いながら毛むくじゃらのその体に顔をうずめて泣いた。

 夢のような時間だった…何もかも忘れるらしいから本当の夢だけど、

 今は彼にお礼を言わなければならないって思ったの。


 暫く泣き終わるのを待って、アルコキアスが短く呪文の様な何かを言った。

 すると、急に眠くなってきて…少しづつ意識を失っていく。

 

 ただ、最後に「またな…」って言葉が聞こえた気がした。

  







  









 



 

  



 









 




 

 

  


  



 


 

  

  

  




  

 

  



 

 








  

  



 






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