アルコキアスの小道具
「 ああ、運命の女が自分だと聞かされて…場が持たないんで吾輩に振ったか。」
しまった、この馬鹿…考えや感情が読めるんだった。
「 まあ、恥ずかしいよなぁ。
昔、夢破れて別れた男に運命の相手が自分だと言われたらなあ…
健二の言う事は事実だぞ…美樹。
本来なら二人は大学卒業と同時に結婚して、直ぐに妊娠出産で
今ごろ高校生の娘と中学生の息子と4人で慌ただしく毎日を過ごしている所だな。
まあ、この世界では果たせなかった運命で、
お前には大変気の毒だとは思っているのだよ。」
アルコキアスは、それまでとは違う真面目な雰囲気でそう答えた…
しかし、私が健二と一緒になった未来というか現在が運命としてあったぁ?
「 ちょ…ちょっと待ってよ。それが運命だとして何でその運命通りにならなかったの?
私が、玲子の馬鹿にさんざん煮え湯飲まされた揚句、彼氏取られて
今じゃあ海外単身赴任で殆ど関係の無い、不細工な宿六と一緒になった今はなんなのよ? 」
私は結婚はしているが、既に中近東に単身10年行ったきりになっている
金さえ出せば何とかなるだろう?って非常識な旦那のせいで、
孤独というものを嫌ってほど味わっている。
( しかし、送って来る金が高額で、パートでちまちま社会生活送って
贅沢しなければそこそこやっていけ、貯金もできるほどだ。
愛しているとかはもう無いけど、生活が出来るから別れてやるつもりは一切無い。)
あの子を引き取ったのだって、少しはその馬鹿旦那が原因だ。
「 ふむ、まあ金に困らず自分の時間を持ち自由に生きられるって権利は
無理やり変えられたお前の運命に対してのせめてもの賠償の様なものだ。
まあ、誰とかは言えないがある意思によるものって言っておこう。
さて、お前の妹とやらが無理やり運命を変えた件だが、
それは彼女が”暗黒 ”を使って運命曲線を変更したんだ。」
「 暗黒? 」
また、意味のわからない事を…ちゃんと説明してくださいよとばかりに
胡坐をかきながら、関節が逆の筈の狼の腕で器用に頭を掻いているアルコキアスを
きつい目で睨んだ。
「 ああ、すまんなちゃんと説明する。
”暗黒”って言うのは、その本人の強烈な負の感情のエネルギーの総称だ。
意識や感情がエネルギーに変換されるって概念は、
説明してもお前では理解できないので、そうなるって理解で説明する。
勿論、それ以外にも
彼女の場合は、何としても健二と結婚するがために権謀術策の限りを尽くして
健二を陥れたり、お前をだましたりした物理的な干渉は多分にあるが、
それだけでは、運命を変える事が出来ない。
嫉妬や、ねたみ程度の”暗黒”がそれに付加されても運命が軽い軌道修正ぐらいにしかならない。
だが、お前の妹の”暗黒”は度が超えていてな、全てをひっくり返す力を引きずり出し
運命を湾曲させ健二と結ばれる事になった。
ただ、それでも人間の持っている運命量というのは決まっていてな、
その力を行使したおかげで、
本来、彼女が歩むはずだった幸せな92年の人生は大幅に短縮され、
同じように、彼女に引きずられたそこの馬鹿も人生を短縮させてしまったのさ。
そして、それは死後の世界まで引きずっていてだな。
今後一切、健二と玲子は同じ世界に生まれもしないし行く事も出来ないのだよ。
つまり未来永劫に縁が切れたんだな。」
納得いかない。私はアルコキアスに食って掛かった。
勿論、彼に責任はないのだが…
「 いや…ちょっと何言ってんのよ?
そうだとしても、私の方が目一杯損じゃないのよぉ~
多少寿命が縮んだ玲子は、自業自得ってとこだけど
望通り健二と幸せに結婚生活送ってたし、
彼だって、同じで精いっぱいH楽しんで子供作ってさぁ…幸せじゃん。
私は、失恋のショックで自暴自棄になって酒場で知り合った馬の骨と
なんとなく一緒になって、ちったあ愛してるって幻想も抱いたけど、
ここ十年は女として煮干しじゃないわ日干しにされたじゃん。
金には困らんかったけど…もう子供が産めない年がカウントダウン。
運命ひっくり返した妹の罰は当然として、
スカ食わされた私の救済処置としては孤独すぎるし、惨すぎるんじゃない? 」
私は、場違いな雰囲気に苦笑いを浮かべている彼を横に見て、腸が煮えくりかえる。
「 んで、その上であの子を手放せだって?
どんだけ私が貧乏くじ引かなきゃならんのよぉ…。 」
「 それとこれとは話が別だ。
彼女の本来の運命はだなぁ…暫く後にお前の家を訪ねて来る刑事に引き取られ
幸せな家庭の時間を過ごし、
最高の伴侶を得て辺鄙な離島でゆっくり年を取って90まで生きる運命なのだよ。
その為にはお主が彼女を諦めてその男に渡さなければならないのだ。」
アルコキアスは、目を背けずに私の顔を見た。
「 お主は、幸せになるあの子の運命を変える事が出来るかぁ?
お前は、玲子とやらに飲まされた悪夢と同じような事を出来るかな? 」
「 く… 」
出来る訳が無い…あの子には辛く当たってきたのは確かだが、
反面数年も一緒にいるのだから愛着も愛情もあるからだ。
しかし、さっきアルコキアスの言っていた自殺未遂のように、
私の…今の私との生活は行きつくところは彼女にとって破滅しかない。
その上、彼女の幸せが約束された運命を変えることなどできはしない。
それをしたら、私はあの糞妹と一緒の…
「 はああ、分かったわ…アルコキアス。
絵里奈を手放す事、それについては承知するわ…それしかないもん。 」
私はなんでここに私を連れて来たのか分かった。
目の前に死んだはずの彼がいて、アルコキアスの話になにも異論をはさまずに
ただ、黙って立っているだけで十分に説得力があるからだ。
そう、彼はこの場ではアルコキアスの小道具でしかなかったのだ。
私の言葉にアルコキアスは目を細めて、深々と頭を下げた。
流石に首の構造が違うので背骨を曲げての礼なのだが…気持ちは通じた。
「 うん、ありがとう美樹、これであのボンクラ娘との約束は果たせる。
で、今度は吾輩の目的を成就してもらいたい…
そこの健二についてだが、
お前を捨て玲子を選んだ生前の罪に対して相当な罪悪感を持っていてな。
死んでからも後悔に苛まれてな、謝りたいと申して居る。」
私は、下を向いている健二に対して目を丸くして驚いた。
後悔してる?謝りたい?
私にも意地があったから出席しなかった結婚式のビデオ映像を思い出す。
これ以上ない幸せそうな顔で、誓いの言葉を言い放ったあの顔…
心臓が腐って落ちるほどの妹に対する敗北感と恨み、
そして、ちゃんと私のも手を出したのに、私には避妊はしっかりしてたのに
糞妹に対しては後先考えないなんて非道を行った彼に対しては、
恨みより、地の底よりも暗い悲しさを覚えたのに?
それなのに何?今頃になって謝りたい??
と、普通ならどんな女でもそう思うだろうけど、私は違う。
結婚して十数年…女としてはそこそこの経験もあるし、
宿六がいない10年の間にも、男と遊んでいない訳じゃないから
男に対しては幻想なんて、これっぽっちも無いけど
やはり、最初の男ってのは特別だし
何より自分から好きになったただ一人の男だったから…こういうのは理屈じゃない。
ただ単に今でも好きなのは変わりない。
「 へえ、健二…悪いって思ってるの? 」
とはいっても、少しぐらいは悪態はついていいと思う。
思いっきり顎を突き出して、不機嫌そうに言うくらいには彼に罪はあるのだから。
「 ああ、勿論…婚約が決まってから君とは一切、言葉も交わしてないから
君には僕の本心が分からなかっただろうけど、
僕は、君のことを忘れたこともないし…死んだ今となっても愛しているんだ。
だが、それ以上に玲子のことが好きになったんだよ。」
あんたは…中学生か?何それ…




