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死神 Danse de la faucille  作者: ジャニス・ミカ・ビートフェルト
第二幕 暗闇に浮かぶ赤い目~Loup noir~
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待っていた男

  靄が全てを覆うと周りは、真っ白い空間となっていて広がっていた。

 もはや私のいたベランダも部屋も無く、外の存在感も全く無い。

 その中で黒いアルコキアスの体だけが唯一存在しているかのように浮き上がって見えた。


「 う~ん 」

 現実感が全く伴わない中、アルコキアスは胡坐を解いて普通に4つ足で立ち上がった。

  

「 吾輩の背中に乗ってだな、行くのだが…お前体重は? 」


 凄く失礼な質問が飛んできた。


「 ろ…56キロだわ。」


「 ふ~ん、嘘は行かんなぁ。まあいい62キロってところか。」


 まったくもって正解で、私は二の句が告げなかった。

 でも、分かるんだったら聞かないでよ!


「 あっと、それにどういう意味が? 」


「 ふん、体重そのものに意味は無い。

  お前がたとえ200キロでも飛行には差し支えもないが、

  女の性格を計るのは心を読んだだけでは良く分からんのでな。

  こういうプライベートな質問での反応を見るのが一番なんだよ。


  ま、顔も少し赤くなってるし、考えていることから察すると

  40手前の女にしては純情ではあるか…考え方は捻くれているけど。

  という分析が出たが、

  あまり気にしなくていいぞ、これは女性に対してよく知りたいという

  ただの吾輩の趣味なんでな。 」


「 はあ。」


 趣味って言っちゃたよ…この化け物狼。しかし、人間臭い人だなぁ。


「 さて、行くとするか…背中に乗って貰おうか。」


 私はアルコキアスに促されて彼の背中に乗ることにした。

 彼は意外と優しいのか、前足を折って跨ぎやすく背中を低くしてくれた。

 私は足を跳ね上げて彼の背中に乗った。

 かなり大きな背中だ…彼が立ちあがると短くない!私の足が床から離れてしまい

 まるで小さな馬にでも乗るような雰囲気だった。



「 結構飛ばして断層界を抜けるから、しっかり摑まっているように。」

 との言葉に私は背中の長い毛皮にしがみ付く…嫌だ煙草臭い。


「 ふん、愛煙家のお前に言われる筋じゃないんだが… 」

 大分機嫌悪そうに呟いた。

 悪い予感は直ぐに湧いたが、謝るのが少し遅かった…

 ドバ~ンと大きな音を立ててアルコキアスが、

 信じられないほどの勢いで真っ白な空間へと飛び上がっていったからだ。


 ごはああほほ…あまりの風圧に息が出来ないほどの速度でアルコキアスは飛んでいく。

 すいません、すいませんと声を上げることできず涎は顎まで濡らしている。

 涙、鼻水も顔面を流れていくのを感じながら、

 風圧から逃れようと必死でアルコキアスの毛皮に頭を放り込んで躱す。


 その後にも、何度も急旋回を繰り返し私は吐くのを必死に堪えた。

 こんな所で吐いたりしたら、

 機嫌を損ねているこの化け狼に何されるか分からないからだ。


 暫くして何か分厚い空気の壁を破ったような感覚が走った後、

 明らかに今までと空気が変わっているのを感じる。

 そして速度もかなり落ちてゆっくりと下の方へと降りていく感覚に代わる。


どうやらアルコキアスが言っていた夢のような空間に到着したらしい…

 見渡すと周りの景色は真昼の空の上の様で蒼い空が広がっている。

 眼下には緑の大地が雲間から限りない広さで見える。

 真夜中のあの場所からたかが数分でこの景色って…アルコキアスって凄い…神様?


「 はは、神様は無いだろう?

  断層空間や鏡面界ぐらい…吾輩じゃなくても結構できるんだからなぁ。

  それ、もうすぐそこにその相手が待っているぞ。

  ああそうだ、着陸したらお前の鼻水で汚れた吾輩の毛ぐらい拭いてくれよな。」


 そう言いながら結構ふわりと気をつけて着陸してくれた。


 何この狼…神様って言葉で機嫌治ったの?すごいお天気屋さんじゃん。

 でもここで私が汚した彼の毛皮はちゃんと拭かないとまた機嫌悪くなっても

 怖いんで、必死に丁寧に上着で拭き取った。


 そうして私は、その場所に降り立った。

 周りをよく見ると幻想的な風景が広がっていた。

 綿のようなもこもことした白い雲が、晴れ渡った空に浮かんでいて

 毛足の長い芝生が、緑々として地平線の彼方まで広がっている。

 サンダルはさっき飛び上がった時に失っていたので、

 素足で地面に立っているのだが、普通の芝生とは多少違い柔らかい感触が強かった。


「 ほれ、あそこで待っているぞ。」


 アルコキアスが顎を軽く動かすと、広大な芝生の中から人の形が浮き上がって来た。

 それは最初は白い影のようだったが、やがて人の姿へと変わっていく。

 そして、私の前にある男が完成していく。

 その男は…私のこの世の全てと同じぐらいに愛していた男だった。


「 やあ、久しぶりだね美樹ちゃん。」

 そう言って、昔と少しも変わらない屈託のない笑顔を私を出迎えてくれた。


 ただし、その姿は最後に見た30半ばの中年ではなく、

 初めて出会った高校の文化祭、16歳の瑞々しい青春の始まりの格好だった。


「 いや、何よこれ。」

 私は、アルコキアスの言っていた信頼できるって人が

 まさか、飛行機事故で妹と死んだはずのこの人など思いもかけてなかったので

 驚いた…死んだ人間で若い時のままの姿って、もしかして


 私は慌てて両の手を見る。

 滑々とした白くか細い指…とても40近い女の指じゃなかった。

 手の甲に3つの小さな黒子がある確かに私の手には違いない。

 ああ、だとすると私も同じ16歳の姿なのかなぁ…嫌だなあ…

 雀斑多いし、胸もペッたん子でやせぎすのコンプレックスの塊だった自分なのかなぁ


「 どうして、あなたがこんな所にいるの? 死んだ筈じゃあ… 」

 いや、何んと無くは理解はしている。

 黄泉の国アルコキアスの国で仕事を手伝った人って事は最初から死人でしかないからだ。


「 ああ、完璧に死んだよ。

  目の前で飛行機が爆発して、真っ二つになって前の方に大きな穴が開いて

  俺は、座席にしがみついて放り出され、玲子は引きちぎれた後部の座席で

  情けない顔で僕を見送っていたから…死んだって意識はちゃんとあるよ。」


 自分の死んだ光景を笑いながら健二が話す。


「 はあ?玲子はどうしたのよ? 」

 私は。彼の言う通りに同じ飛行機で死んだ糞妹が一緒にいないのに違和感を感じた。


「 ああ、玲子か…彼女は、僕とは別のバーサミントっていう別の国に送られたらしい。

  ランド様に言わせると運命に逆らった結婚だからしょうがないんだと。」


「 え…っと。」

 私は彼のその言葉と達観したように他人事のようなその表情に驚いた。

 確かに、糞妹との結婚は普通じゃなかった。

 その当時、私が大学の2年の時だった…

 健二は私の恋人だったけど、

 糞妹はまだ高校3年…受験生なのにそれを無視して、彼を誘惑して寝取りやがった。

 しかも、数か月で妊娠発覚して

 勿論、阿鼻叫喚の姉妹喧嘩に、双方の両親大迷惑って事になったけど、

 堕胎するにもすでに危険な日数が立っていたし、

 死ぬ、死ぬ、子供下ろしたら死ぬって煩いことわめき散らかしたし、

 健二も責任はとるって言ったんで、その後に所謂、出来婚って奴。

 ただし、子供の方は流産って形で生まれなかったけどもね。


 あの時、妹が私を裏切って以来、疎遠にはなっていたが(当たり前)

 いくら若気に至りとはいえ、玲子は受験を諦めたし、

 健二もあの若さですべてを捨てて玲子と一緒になったはず。

 当事者が私じゃなければ、

 激しい恋の戦争の上、ドラマチックに勝ち取った結婚だったはず。


 あれが運命じゃないって?


「 じゃあ何よ、玲子が運命じゃないって言うのなら…ひょっとして? 」

 私は、その時一番近いところ…導き出される答えは一つしかないけども、まさかぁ?

 とは思いながらも自分に指を向ける。


 健二は申し訳なさそうな顔で私の言葉に無言で頷いた。


「 ちょっとぉ!アルコキアスゥ!!何よこれ! 」


 私は、魂の叫び声をあげながら…振り返って体育座りで見物している狼に問いかけた。

 



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